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虚界少女  作者: sara
復生の影
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魔法

天城由美はモニタリング用のカルテを手に、天童瑞穂の病室へ向かっていた。


廊下を歩いていると、見覚えのある姿に出会った。相手は遠山凛だ。彼女は牛乳の箱を抱えて、軽やかな足取りで宮野優子の病室へ向かっているところだった。


遠山凛は天城由美を見つけると、すぐに駆け寄ってきた。前回、優子の病室で彼女から天城由美の話を聞いたとき以来、遠山凛は彼女を心の中で戦友だと思っていたのだ。


天城由美は手術室でメスを振るい、重篤な患者たちを救っている。一方、遠山凛は聖剣を振りかざし、蝕刻の姫に襲われた人々を守っている。


二人はそれぞれ違う戦場に立っているが、命を救うという点では同じ戦友なのだ。


ただ一緒に道を歩くだけなら普通の仲間だが、異なる道でも共に歩み続けることができてこそ、真の友といえる。とはいえ、今はまだ自分が何をしているのかを天城医師に明かすのはためらわれた。もし知られてしまったら、天城由美は何かの力によって記憶を消されてしまうかもしれないからだ。


「こんにちは、天城先生。」遠山凛は天城由美に元気よく声をかけた。


「こんにちは、遠山さん。今日はまた宮野優子さんの見舞いですか?」天城由美は微笑みながら言った。


「ええ、そうなの。今日は学校の創立記念日で、一日お休みなのよ。」遠山凛は頷いた。


「宮野優子さんのことをずいぶん気にかけていらっしゃるんですね。」天城由美が言うと、


「もちろん! だって依頼を受けて彼女の面倒を見ているんだもの。しっかり責任を果たさなくちゃね。」遠山凛は真剣な表情で答えた。そして、天城由美の手にあるモニタリング用のカルテに目をやり、「天城先生、患者さんの様子を見にいくところですか?」と尋ねた。


「ええ、そうよ。」


「先生も患者さんをとても大切にしていらっしゃるんですね。」


「まあ、仕事だから当たり前のことよ。」天城由美は淡々と答え、続けてこう続けた。「それに比べると、あなたは毎日わざわざ宮野優子さんの見舞いに来て、牛乳まで買ってきているじゃない。」


「そんなこと、大したことじゃないわ。」遠山凛は照れくさそうに後頭部をかきながら、天城医師の次の仕事の邪魔をしたくないと思い、「じゃあ、これ以上お邪魔しないわね。天城先生、さようなら。」と別れを告げた。


そう言うと、遠山凛は足早に宮野優子の病室へと向かった。


その元気いっぱいの軽やかな背中を見送りながら、天城由美は思わず笑みを浮かべた。「本当に活力に満ちた娘だわ。」


遠山凛と別れた天城由美は、そのまま天童瑞穂の病室へと向かい、いつしか彼女の部屋の前に立っていた。


彼女はノックもせずに、ドアの小さな窓から室内を覗き込んだ。


すると、研修看護師の緒方花音がベッドのそばに座り、スプーンで天童瑞穂に朝食を食べさせていた。


「天童さま、いかがですか? 温かすぎませんか?」緒方花音は慎重にスプーンを老人の口元へと差し出し、心配そうに尋ねた。「もし熱かったら、吹いて冷ましてあげましょうか?」


「ご親切にありがとう。ちょうどいい温度よ。お世話になってばかりで、本当に申し訳ないわね、お嬢さん。」天童瑞穂は慈しみに満ちた微笑みを浮かべた。


「どういたしまして。」緒方花音は少し照れくさそうに笑い、「学生時代、私のルームメイトの沙耶は“猫舌”で、熱いのが大の苦手だったの。食堂でご飯を食べるときも、いつも私がスープを吹いて冷ましてあげなきゃいけなかったくらいよ。」


「それじゃあ、二人はとても仲が良かったんですね。」天童瑞穂は興味深げに耳を傾けた。


「ええ! 彼女は幼い頃に両親を亡くして、“流星”という孤児院で育ったの。私は院長の花形先生の孫で、よく孤児院へ行って手伝いをしてたから、沙耶とは何でも話し合える親友になったの。その後、私たちはお互いに努力して医科大学に合格し、大学でも再会したのよ。


彼女は寂しがり屋で、何をするにも私と一緒にいないと気が済まないタイプ。でも今は学校の推薦で海外へ留学して大学院で勉強しているわ。授業が忙しいけど、私たちは今でもよくビデオ通話で連絡を取り合ってるの。」


「素敵ですね。」天童瑞穂は話を聞きながら、嬉しそうに微笑んだ。「それで、友達の影響で、あなたも患者さんの食べ物を吹いて冷ます習慣が身についたわけですね。」


「まあ、そんなことは……患者さんの世話をするのは本来、私の分内の仕事ですから。」緒方花音は照れくさそうに笑った。


天城由美はドアの外に立ち、室内のほのぼのとした光景を静かに眺めながら、ほっと胸をなでおろした。若い看護師の緒方花音は、確かに自分の言葉どおり、真心を込めて患者さんに寄り添い、理解しようとしているようだ。


「緒方さんと一緒にいると、天童さまも本当にリラックスされているみたいね。」天城由美は心の中で思った。


これで十分だと感じた彼女は、そっと踵を返し、次の患者の病室へ向かおうとした。しかし、去ろうとしたその時、背後から天童瑞穂の優しい声が聞こえてきた。


「天城先生。」


振り返ると、天童瑞穂がドア越しに微笑んでいた。「こんなに早くから、私の体調をチェックしに来てくれたの?」老人が問う。


「いえ、通りすがりなんです。」天城由美は答えた。


「もう心配しなくて大丈夫よ。緒方さんがそばで世話をしてくれているから、私はとても快適なの。」そう言うと、彼女は慈愛を込めて緒方花音の手を握った。


「どういたしまして、天童さま。これは私のすべきことですもの。」緒方花音は少し照れくさそうに答えた。


「そんなにご機嫌そうなら、安心できたわ。では、他にお呼び立てすることもないし、次のお客様も待っているから、失礼するわね。」天城由美は緒方花音の仕事を邪魔したくないと、理由をつけて退散しようとした。


ところが、天城由美が去ろうとしたその瞬間、緒方花音が突然病室から飛び出してきて叫んだ。「天城先生!」


天城由美は足を止め、振り返って尋ねた。「どうしたの?」


「あの……あの……」緒方花音は一瞬言葉に詰まり、眉をひそめて必死に思い出そうとした。昨夜、確か天城医師に重要なことを尋ねるつもりだったはずなのに、今となってはどんな内容だったかもまったく思い出せず、まるでその記憶がどこかへ消えてしまったかのように、頭の中は真っ白になり、不安だけが残っていた。


「どうしたの、緒方? もし仕事に関することなら、はっきり言ってちょうだい。」天城由美は彼女のためらいを察し、さらに問い質した。


「いえ、なんでもありません。」緒方花音は結局諦め、「他の患者さんのところへどうぞ。私が何か勘違いしてるだけかもしれません」と言い、天城医師に深々と頭を下げた。


「それなら、わかったわ。」天城由美は特に疑問も抱かず、そのまま廊下の奥へと進んでいった。


遠山凛は新鮮な牛乳の箱を抱えて、宮野優子の病室へ向かっていた。病院の長い廊下を抜け、少し狭いその病室の扉をそっと押して入った。


室内では、宮野優子がドアの方を背にして、白い壁を舞台に手影遊びに夢中になっていた。彼女の指先は器用にさまざまな形を作り上げ、時にはユーモラスなセリフも交えて、童心あふれる楽しさと創造性を存分に発揮していた。


そのとき、ドアを開ける音が彼女の集中を破った。振り返った優子は、遠山凛が入ってくるのを見て、すぐに嬉しそうに叫んだ。「凛お姉ちゃん、来たのね!」


遠山凛はにっこりと頷き、優子のベッドの脇に牛乳の箱をそっと置くと、彼女のそばへ歩いていき、優しく声をかけた。「来たわよ、優子ちゃん。」


優子は嬉しくなって遠山凛の手を引くと、ベッドの端に座るように熱心に誘った。「凛お姉ちゃん、見て! 私、つい最近覚えたばかりなの……」


優子は指を巧みに組み合わせ、陽の光が差し込む壁に躍動感あふれる小鹿の影を映し出した。


「まあ、なんて生き生きとしてるの!」遠山凛は思わず感嘆の声を上げた。


優子はくすくすと笑いながら、指先をひとひねりすると、小鹿はたちまち白い鳩へと姿を変え、さらに手をひっくり返すと、鳩は羽を広げて飛び立つ蝶へと変化した。まるで孫悟空の七十二変化のような妙技だ。


遠山凛は優子のその一心不乱な様子にすっかり引き込まれ、じっと見入ってしまった。演技が終わると、優子は大きな瞳で期待に満ちた表情で尋ねた。「凛お姉ちゃん、どうだった?」


遠山凛は彼女の動きをじっくり観察したが、確かに動作はまだぎこちなく、あまり熟練していないようにも見えた。それでも、一つひとつの所作には真摯さと努力が感じられた。


「とても上手にできていたわ。ちゃんと一生懸命練習してきたのね。優子ちゃん、すごいわ!」遠山凛は優子の頭を撫でて励ました。


優子は褒められて胸を張り、誇らしげに言った。「だって、凛お姉ちゃんに教えてもらったんだもん。もちろん、ちゃんと練習するわ!」


「凛お姉ちゃん、もうすぐお昼の時間だよ。一緒に食べてってくれる?」優子が甘えた口調で言った。


「今はまだ午前九時よ。優子ちゃん、朝ごはんを食べたばかりでしょう?」遠山凛はスマホの時計をちらりと見た。


「えへへ、凛お姉ちゃんに少しでも長く一緒にいてほしいの。そばにいてくれると、すごく楽しいんだもん!」優子はいたずらっぽく笑った。


遠山凛は優子のベッドサイドテーブルに置かれた、まだ飲まれていない牛乳の瓶に目を留め、それを手に取って優子に尋ねた。「この牛乳は?」


優子は鼻をすんと鳴らし、顔をしかめて言った。「牛乳、飲みたくないの。」


「どうして飲むのがイヤなの?」遠山凛が問うと、


優子は唇を尖らせて、不承不慣そうに答えた。「とにかく飲みたくないの。検査のときに、ほかの子たちが『病院の牛乳は味が変だ』って言ってたから。」


「まずは一口だけでも試してみたら? 飲んだこともないのに、まずいって決めつけちゃうのは早いんじゃない?」遠山凛はそっと栓を抜き、牛乳を優子の口元へと差し出した。


「やっぱり、飲みたくないの。」優子は顔をそむけて布団の中に隠れてしまった。


そこで遠山凛はアイデアを閃き、優子に近づいて神秘的な口調で囁いた。「じゃあ、魔法を使って、この牛乳を美味しくしちゃおうか」


優子は布団から顔を覗かせて、興味津々の表情で尋ねた。「本当?」


遠山凛は牛乳の蓋を閉じ直し、手に持って、漫画に出てくるメイドのようなポーズで優雅に膝を曲げて挨拶をした。「いらっしゃいませ、こちらの可愛らしいお嬢様。」


優子は最初こそぽかんとしていたが、やがて遠山凛の仕草に強い関心を示し始めた。


遠山凛はメイドのポーズを保ったまま、牛乳を手に取り、「尊いお嬢様、本日当店では新しく“神秘の魔法ミルク”をご用意いたしました。これを飲めば、不思議な力が宿るんですよ。ぜひ一度お試しになってみませんか?」と語りかけた。


優子はますます興味をそそられ、「本当に美味しいの?」と尋ねた。


「きっと、そうなるわよ!」遠山凛は自信満々に言いながら、白いハンカチを牛乳の上にかぶせ、マジシャンさながらに謎めいた魔法の粉をパラリと振りかけ、ハンカチをぱっとめくると、そこには神秘的な“魔法ミルク”が現れた。


優子は牛乳を受け取り、ゆっくりと一口飲んでみた。すると、言われていたほどまずくはなく、むしろ甘くてほのかに香ばしい味がした。


「どうだった?」遠山凛が緊張気味に尋ねると、


「なんか……本当にちょっと、美味しいかも!」優子が答えた。


遠山凛は優子の頭を撫でながら、「ほらね、言ったとおり、魔法がかかってたでしょ? 美味しいでしょう? もしかしたら、飲んだらすぐに不思議な力が湧いてくるかもよ」と言った。


「本当に?」優子が問うと、


「本当よ。」遠山凛は答えた。「体を早く元気にしてくれて、もっとたくましくしてくれるの。」


その返答を聞いて、優子の牛乳を飲むスピードは一気に速くなった。


遠山凛は慌てて手を伸ばし、優子の背中をそっと叩いて、「ゆっくり飲んでね。むせないように」と注意を促した。


優子は満足そうに口元を拭い、遠山凛は持ってきた一箱の牛乳を眺めながら、「ここにあるのは全部、凛お姉ちゃんが魔法をかけた牛乳よ」と言った。


優子は目を大きく見開き、再び尋ねた。「本当に?」


遠山凛は丁寧に答えた。「本当よ。だから、きちんと飲んでね。だって、私と一緒に動物園へパンダを見に行かないといけないでしょう?」


動物園へパンダを見に行く約束は、優子にとって牛乳をきちんと飲むことへのさらなる原動力となった。


「じゃあ、必ずちゃんと飲み切るわ!」


優子のその決意を聞いて、遠山凛は満足そうに微笑んだ。自分の“魔法”がうまく効いたと実感したのだ。とはいえ、彼女は念のための保険も用意していた。万が一、優子が牛乳を飲んで「やっぱりまずい」と感じても、無理に押し付けるつもりはない。そのときは「魔法が失敗した」と言って、うまく切り抜けられるようにしていた。


ちょうどそのとき、病院の放送が突然鳴り響いた。「患者の遠山凛さんは、3番診察室へお越しください。」遠山凛は放送を聞くと、優子に告げた。「優子ちゃん、ちょっと診察に行ってくるね。」


優子は急いで遠山凛の腕をつかみ、「もう少し一緒にいて」と懇願した。


遠山凛は優子の頭を優しく撫で、「心配しないで、優子ちゃん。すぐ戻ってくるからね」と慰めた。


そのとき、病室のドアがそっと開き、優子の姉である宮野鞠子が入ってきた。彼女はジュースの箱を手に持ち、遠山凛を見て、礼儀正しく挨拶した。「こんにちは、凛さん。」


「こんにちは、鞠子さん。」


鞠子は次に優子に視線を向け、優子が手にしている牛乳の瓶を見て、すでに半分以上が空になっているのを確認すると、不思議そうに尋ねた。「優子、どうして……」


「凛お姉ちゃんが魔法をかけてくれた牛乳よ。飲んだら、不思議な力が宿るの!」優子が答えた。


遠山凛は鞠子を見て、小さく微笑んだ。鞠子は遠山凛の様子から、きっと彼女が何かの方法で優子に牛乳を飲ませたのだろうとすぐに悟った。


そこで彼女は遠山凛に歩み寄り、「ありがとう、凛さん。優子はいつも病院の栄養食を食べるときも、牛乳をちゃんと飲まないの。私も何度も説得したけど、彼女は意地になって瓶を投げ捨てちゃうから、仕方なくジュースを買ってきたのよ」と感謝の言葉を述べた。


鞠子は手に持ったジュースの箱を示しながら、優子を困ったように見つめた。


ところが優子は首を振って、瓶をさらに高く掲げ、「お姉ちゃん、ジュースはもう飲まない。凛お姉ちゃんの魔法ミルクを飲むわ! お姉ちゃんも一緒に飲んでね!」と宣言した。


鞠子はその言葉を聞いて、優子の気持ちを尊重し、柔らかく受け入れた。「じゃあ、お姉ちゃんも一緒に凛お姉ちゃんの魔法ミルクを飲むわね。」


遠山凛は鞠子が優子のそばに来てくれたのを見届け、優子に別れを告げた。「じゃあ、診察室へ行くね。優子ちゃんと鞠子お姉ちゃん、一緒に待っていてね。」


「わかった、凛お姉ちゃん、さようなら!」


「了解、凛さん。」


遠山凛は振り返って二人に安心そうに手を振り、診察室へと向かった。

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