幻影
鈴木友奈に引っ張られるようにして、蕭珊雅はよろめきながら彼女の後をついていった。
二人はフロントへと進み、その頃にはすでに客が次々と店に入ってきていた。鈴木友奈はすぐにその明るく元気な一面を見せ、甘い笑顔で少し甘えたような口調で客たちに挨拶した。「Sweet Lilyへようこそ、お客様方。本日は友奈ちゃんと兎美姉さんがお相手いたしますね。」
客たちはそんな鈴木友奈のやる気に満ちた姿を見て、思わず自分たちも元気をもらってしまう。そして次々と返事をするのだった。
「友奈ちゃん、今日も元気いっぱいだね！」
「やっぱり友奈ちゃんの笑顔が一番だよ！」
「当たり前だよ！お客様に一番真心を込めたサービスを提供するのが、友奈の使命だからね！」
一方の蕭珊雅は、そっと微笑みながらおずおずと頭を下げて客たちに挨拶した。「あ…皆さん、こんにちは…ようこそいらっしゃいました。」動作はぎこちなく、声も少し小さかった。
それでも彼女は徐々に役柄に入り込み、メイドとしての振る舞いを上手くこなしていく。月野兎美という田舎から出てきたメイドという設定のため、彼女は慎重に客たちに飲み物やお菓子を運び、一歩一歩をとても丁寧に踏みしめる。何かをこぼさないようにと、ひたすら気を遣っているようだった。
さらに、人見知りキャラクターを演じるために、サービスが終わるとあまり多くを語らず、ただ「どうぞごゆっくりお楽しみください」と軽く言ってすぐに立ち去るのが常だった。
しかし客たちはそんな彼女の態度に不満を示すどころか、むしろ蕭珊雅の演技がキャラクターにぴったりだと感じていた。
隣でそれを見ていた鈴木友奈は、内心では何度も蕭珊雅に親指を立てて称賛していた。もちろん友奈自身も自分の役割を怠ることなく、一生懸命に取り組んでいた。
「友奈、2番テーブルの料理ができましたよ。」厨房から料理の準備ができたという声が聞こえてきた。
「すぐ行くね！」
友奈はトレーを持って厨房の出入口から客が注文した料理を受け取り、素早く2番テーブルの客のところへ向かった。客は三十歳前後の女性で、どうやら友奈が気に入ったようで、いつも友奈が出勤するたびに来店してくれるのだという。
「あ、こんにちは、天城さん！」友奈は親しげにその客に挨拶した。
「こんにちは、友奈。今日も元気いっぱいだね。」
友奈はトレーから料理を取り出し、天城さんの前に置いた。「こちらがご注文のカレーオムライスです。文字を描いてほしいですか？」
「じゃあ、お願いします。」
「どんな文字を描きましょうか？」
「それはね……」天城さんは少し考え込む様子だった。
「じゃあ、『詩花』って二文字を描いてくれますか？」しばらく考えた後、天城さんはそう言った。
「わかりました、少々お待ちください……」
友奈はケチャップを手に取り、天城さんのオムライスに丁寧に「詩花」という文字を描き上げた。完成すると、描き上がったオムライスをきちんと天城さんの前に並べた。
「できましたよ、天城さん。描いてほしい文字、完成しました！」
天城さんは友奈の絵をじっくりと鑑賞し、次第に何かに引き込まれるように深く考え込んでいった。
「完璧に描けてるわね。ありがとう。」しばらくして、天城さんは友奈の絵に感心した。
友奈は天城さんの反応を見て嬉しくなり、ふと何かを思いついたように上目遣いで甘えた声で言った。「天城さん、ちょっとだけ友奈と触れ合ってもらえませんか？友奈へのご褒美として！」
天城さんはその提案に少し驚いたが、それでも頷いて言った。「いいわよ、友奈は何をしたいの？」
鈴木友奈はさらに甘えて言った。「天城さん、友奈、頭を撫でてほしいんです。いいですか？」
その大胆な行動は瞬く間に全客の視線を集め、隣にいた蕭珊雅さえも驚かせた。
「彼女、役作りのためにここまでできるなんて……」蕭珊雅は心の中で感心していた。
一方の天城さんは、友奈の申し出に戸惑いを感じていた。目の前の友奈を見て、何と言えばいいのか迷っていた。
だが友奈は懇願するような目をして言った。「ダメですか、天城さん？」
「あの、ちょっと……」天城さんは周りの視線を感じて、少し気まずそうにした。鈴木友奈は諦めず、潤んだ大きな瞳をパチパチさせながら、哀れっぽく言った。「ほんのちょっとだけですよ、天城さん。」
鈴木友奈のその瞳を見ているうちに、天城さんはどこか懐かしい感情を読み取った気がした。友奈の姿が、自分の心の中にあるある幻影と重なったのだ。
彼女はゆっくりと手を伸ばし、鈴木友奈の頭に触れた。友奈はそれに合わせて頭を下げ、天城さんの手のぬくもりを受け入れようとした。天城さんは鈴木友奈の真剣な表情を見て、遠い過去の幻影をそこに見た気がした。手を伸ばしてその儚い幻影に触れようとしたが、幻影はやはり幻影であり、触れようとした瞬間、その幻影は消えてしまった。
「ごめんなさい、やっぱりやめておくわ。みんな見てるし、もし友奈が望むなら、今度個室の時にでも話しましょう。」
鈴木友奈は悔しそうに唇を尖らせたが、すぐにまた笑顔に戻って言った。「じゃあ、今度は天城さんが約束守ってくださいね。」
「うん、約束よ。」天城さんは笑顔で答えた。「じゃあ、その代わりに美味しい魔法でもう一つ注文するわね。」
「はい！」友奈はすぐに美味しさを増すオムライスの魔法をかけ始めた。「美味しくなーれ！オムライスさん！」
午前中ずっと店内は笑い声と楽しさに包まれていた。鈴木友奈は情熱的で、蕭珊雅は冷静そのもの。この冷と熱のコンビネーションが店内に絶妙なバランスを生み出していた。蕭珊雅はこの仕事に全力で取り組んでいた。店長の姫城美月によると、かつて姫玥もここでアルバイトをしていた時、同じような役割を果たしていたという。
今、その役割が彼女の手に受け継がれ、ふと彼女は姫玥が店内で忙しく働いていた姿を思い浮かべた。まるで今、自分も姉の幻影を追いかけてるような気がした。
ほどなく休憩時間になり、蕭珊雅はバーカウンターの横で真剣にテーブルを拭いていた。彼女は細心の注意を払ってテーブルのほこりをきれいに拭き取っていた。そんな彼女が仕事に没頭していると、ふと視界の隅に見慣れた姿が映った。
遠山凛だった。
彼女は一人でカフェの向かいの通りを歩いていた。手にはスマホを持ち、時折下を向き、また顔を上げて辺りを見回している。何かを探しているようだった。
しかも彼女が進んでいる方向は、先ほど服部警官が注意を促した危険な通りに近づいている！蕭珊雅の胸が締め付けられ、ほとんど本能的に鈴木友奈に急いで言った。「友奈、ちょっと外に出るね。すぐ戻るから！戻るまで店は任せるね！」
「わかった、早く戻ってきてね！」
そして蕭珊雅は足早にカフェの出口を出た。変装を解く暇もなく、急いで遠山凛の方へと向かった。
その頃、遠山凛はスマホを片手に、ナビの指示に従って限定版『怪盗少女クロエ』の漫画を販売しているというデパートを探していた。
秋葉原の複雑な街並みを縫うように進んでいたが、おそらくスマホのGPS信号が弱いのか、彼女はこのあたりを何度かぐるぐる回ったものの、なかなか目的地を見つけられなかった。
「おかしいな、この辺りのはずなのに……」遠山凛は少し苛立たしげに髪をかきむしり、もう一度スマホに記録された住所を確認するために下を向いた。
突然、彼女の肩を誰かが軽く叩いた。
振り返ると、少し地味なメイド服を着た少女が彼女の後ろに立っていた。彼女は少し息を切らし、額には細かい汗がにじみ、丸眼鏡も少し歪んでいた。
「あなた、誰？」遠山凛は少し戸惑いながら尋ねた。
「私……」蕭珊雅は口を開こうとしたが、そこで問題に気づいた。もし自分が蕭珊雅だと正直に言ったら、普段の自分は冷たい淑女のようなイメージなのに、今のこの姿で遠山凛はどう思うだろう？
「私……私は……月野兎美と申します……その、この先は……少し危険な場所で……行方不明事件があるそうです。」蕭珊雅は呼吸を整えながら、「コミュ障」特有の怯えと緊張を含んだ声で言った。
「わかった、気にかけてくれてありがとう。」遠山凛は前方の通りを見て、振り返って月野兎美に感謝を伝えた。
「あの……それで……あなたは……何か……探してるんですか？私、あなたが……迷ってるみたいに見えるんですけど……」
「限定版の漫画を買いに来たの。このデパートの中に住所があるはずなの。」
蕭珊雅は彼女のスマホを借りて見てみると、ちょうどそのデパートの正確な位置を知っていた。以前、姫玥がよく彼女を連れてアニメグッズを買いに行っていたからだ。
「こっちです、お付き合いください。」蕭珊雅は小声でそう言うと、遠山凛が反応する前に、拒否できない力強さで彼女の手首を掴んだ。
「え？」遠山凛は突然の行動に驚き、手首には相手のひんやりとした柔らかな感触が伝わってきた。
蕭珊雅は遠山凛の手を引いて、素早く正しい方向へと歩き出した。彼女の手はしっかりと握られており、もし離したらまたこの「道に迷いやすい」田舎娘が迷ってしまうのではないかというくらいだった。
遠山凛は引っ張られながら、手首が少し痛くなるほど強く握られていたが、不思議と何も言いたくなかった。なぜか初対面のこの少女にどこか懐かしさを感じ、その導かれる感覚にすっかり魅了されてしまっていたのだ。口を開けば、月野兎美という少女が自分の手を放してしまうのではないかという不安があった。
一方の蕭珊雅自身も、相手の手首を握る力が少し強すぎることに気づいていた。力を抜こうと思ったが、なぜかどうしても手を離したくなかった。何か大切なものが指の間から逃げてしまうような感覚だった。
こうして二人は、秋葉原の昼下がりの少し混雑した通りを、手を取り合ったまま、無言で素早く進んでいった。
ほどなくして、二人は目的のデパートに到着した。三階の店舗看板には確かに『怪盗少女クロエ』の宣伝ポスターが掲げられており、その横には「限定版漫画本日発売」という目立つ文字が書かれていた。
「ここだ！」遠山凛は上の宣伝ポスターを見て、心の中で喜びが湧き上がり、興奮して店内へと駆け込んだ。蕭珊雅もすぐにその後を追った。
三階に着くと、漫画を売る本屋を見つけた。遠山凛は店員に限定版の漫画について尋ねた。
「あら、お二人とも本当にラッキーですね！」店員は笑顔でカウンターの下から二冊のきれいに包装された漫画を取り出し、「残りあと二冊しかありませんよ！ちょうど間に合いましたね。」
「よかった！」遠山凛は漫画を受け取って財布から紙幣を取り出し、店員は微笑んでお金を受け取り、お釣りを遠山凛に渡した。
「ご来店ありがとうございます。お受け取りくださいね。」
「他にお求めのものはございますか？」店員は続いて隣にいる蕭珊雅に目を向けた。
「私……」蕭珊雅は店員の背後に置かれた『怪盗少女クロエ』を見た。店員は彼女の視線を追って、蕭珊雅の意図を察したように言った。「この漫画をお求めですか？」
「あの……」隣にいた遠山凛が何かを思いついたように会話を遮った。
「他にも何かご希望はありますか？」
遠山凛はカウンターの上に残されたもう一冊の限定版漫画を見て、店員に尋ねた。「あの、この最後の一冊も買わせていただけますか？入院中の友人がいて、ずっとこの漫画が欲しかったんです。」
店員は申し訳なさそうに首を振った。「申し訳ありませんが、一人一本までという規定があります。より多くのファンに限定版を買っていただけるようにしていますので。」
「あの……」隣にいた蕭珊雅は緊張して指をギュッと握りしめ、数秒経ってから蚊の鳴くような小さな声でつぶやいた。「私……それを……買いたいです……」
彼女はゆっくりとポケットから二枚の紙幣を取り出し、カウンターの上に置いた。
店員は少し驚いたが、すぐに蕭珊雅の紙幣を受け取り、奥のカウンターの下から限定版の漫画を取り出して蕭珊雅の前に置いた。
「こちらがお客様の漫画です。どうぞお受け取りください。」店員の女性は穏やかに言った。
蕭珊雅は漫画を受け取り、それをそっと胸に抱きしめ、「あ……ありがとうございます。」と小さな声で言った。
店を出た後、遠山凛は少し首を傾けて、少し好奇心を帯びた表情で尋ねた。「月野さんも『怪盗少女クロエ』が好きなんですか？」
その言葉が終わるや否や、隣にいた蕭珊雅は遠山凛に漫画を押し付けた。
「え？」
遠山凛は驚いた。初対面で、しかも自分を案内してくれた女の子がこんな行動をするとは思ってもいなかったのだ。
「どうして……私にあげるんですか？」
「だって……あなたがすごく欲しがってるのがわかったし……それに……入院中の友達にあげるって言ってたから、きっと喜ぶと思って……」
彼女は漫画を受け取り、蕭珊雅が差し出した手にそっと触れると、再びそのひんやりとした感触が伝わったが、彼女の心には温かな波が広がっていた。
「ありがとう、月野さん。」遠山凛は真摯な眼差しで感謝を述べた。
「どういたしまして。」
「でも、どうしてそんなに助けてくれるんですか？道案内も漫画を買うのも……」
蕭珊雅は遠山凛のおばさんが自分に彼女を世話するよう頼んだことを思い出したが、それを口には出さず、ただ静かに言った。「あなたも私と同じように……地方から東京に来て勉強したり生活したりしてるんですよね。だから、少しでも助けてあげたいなって思ったんです。」
遠山凛はそれを聞いて、少し地味なメイド服を着て、人見知り気味のこの子が、実はとても優しくて心の広い人だということに気づいた。
何かを思い出したように、彼女はさらに付け加えた。「あなたも『怪盗少女クロエ』が好きみたいだし、これから一緒にストーリーを話し合ったりできますね。」
「ええ……また機会があれば。」蕭珊雅は淡々と答えたが、なぜか頬が赤くなって、腕時計を見ながら言った。「私……そろそろバイトに戻らないと。」
「月野さんって、本当に優しい人ですね。」
