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虚界少女  作者: sara
虚界呼唤
28/75

祛魔

  優子ちゃんとまた少し遊んだ後、遠山凛は優子に別れを告げた。


  「優子ちゃん、じゃあ、鞠子さんと一緒にお暇するね。」と遠山凛は優子に声をかけた。


  「うん、凛お姉さん。」と優子は少しだけ名残惜しそうな表情を見せながらも、仕方なく別れを告げた。


  「あのさ、次は私に何かお土産を持ってきてね!」と、遠山凛が去ろうとするその瞬間、優子は再び彼女に念を押した。その瞳には、期待に満ちた光が宿っていた。


  「いいよ、分かってるよ。もう前にも約束したじゃない?」と、遠山凛は笑みを浮かべて答えた。


  「優子、私が言ったこと、絶対忘れないでよね。」と、今度は宮野鞠子もタイミングを見計らって優子に注意を促した。


  「もちろん、お姉さんや看護師さんのお話をちゃんと聞くって、ずっと覚えてるからね!」と、優子はひょっこりと貧相な胸を張り、まるで自分がお姉さんの言葉をしっかり守っていることを誇らしげにアピールしているかのようだった。


  再びしっかりと別れを告げ、次回こそ必ずお土産を持ってくると約束した後、遠山凛と宮野鞠子は一緒に病院を後にした。夕陽が二人の影を長く引き伸ばし、そよ風が涼しさを運んでくる中、鞠子と遠山凛は手を取り合い、鞠子の家へと向かった。


  やがて二人は、どこか年季の入った印象のあるマンションの前に到着した。ここが鞠子の住まい——正確には、彼女が借りている一軒の小さな賃貸物件だった。ドアを開ける直前、鞠子は少し落ち着きなく遠山凛に向かって口を開いた。


  「あのさ、凛さん……ちょっと家の中、寒々しいかもしれないけど……どうか、嫌にならないでね。」


  「大丈夫だよ!どんな小さな家だって、そこは自分の居場所なんだから。私にとって、家ってのは誰よりも温かい場所なんだ。」と、緊張気味の鞠子の様子を見て、遠山凛は爽やかな笑顔を返した。


  鞠子はそんな遠山凛の何気ない微笑みに触れて、たちまち心の不安が吹き飛ぶのを感じた。そして、鍵を使ってドアを開けると、室内に入った彼女はまず、狭いながらも隅々まで清潔に整えられ、きちんと片付けられた部屋の様子に目を留めた。本棚には本が背の高さに合わせて丁寧に並べられ、テーブルの上にはきれいなナプキンが敷かれ、窓際には元気よく育つ観葉植物が飾られている。自分自身は叔母さんが買ってくれた三階建ての一戸建てに暮らしているものの、決してこの小さな空間を蔑むようなことはなく、むしろ、ここには鞠子が懸命に生き抜こうとしている証が詰まっていて、それがとても心地よく、温かな気持ちにさせてくれた。


  「これが鞠子さんの家なの?」と、遠山凛は興味深そうに部屋の周りを見渡しながら尋ねた。


  そして、さらに奥へと進みながら、心から感嘆の声を漏らした。「本当に小さいけど、すごく温かくて、居心地がいい感じがするね。」


  鞠子がそれを聞くと、顔に嬉しそうな笑みが広がった。


  「でも、この家は一人で暮らしていると、ときどきちょっと寂しく感じることもあるのよね。」鞠子は窓の外を見つめながら言った。その瞳には少し物憂げな色が漂っていたが、すぐに彼女の目には憧れのような光が宿った。「優子が完治して退院したら、一緒にここに住もうと思ってるの。ただ、彼女がいつ元気になるのか、まだ分からないから……」


  「大丈夫だよ、鞠子ちゃん。優子ちゃんはあんなに強い子なんだから、きっとすぐによくなるさ!」遠山凛が前に進み出て、そっと鞠子の手を引き寄せると、とても力強い口調で続けた。


  「ありがとう、でも優子って子はちょっと子どもっぽくて、時々反抗的になるから、いつも注意してるの。」


  「心配しないで。優子ちゃんの顔色も日に日に良くなってきてるし、きっとお医者さんや看護師さんの言うこともちゃんと聞いてくれてるはずだよ。」遠山凛はさらに強く鞠子の手を握り直した。


  だが、彼女が知らないのは、医師や看護師たちの努力だけでなく、自分自身の献身的な寄り添いがあってこそ、優子が日々少しずつ回復しているということだった。


  手のひらに伝わる温かな感触に、鞠子の心も自然と落ち着いていく。彼女は遠山凛の澄んだ、真摯な瞳を見つめ、大きく頷いた。「うん!ありがとう、凛ちゃん。妹のこと、こんなに気にかけてくれて、ずっとそばで支えてくれて、本当に感謝してるよ。」


  「え?そんなこと、全然たいしたことじゃないよ。ほんのちょっとのことでしかなくてさ。」遠山凛はにっこり微笑み、軽く手を振った。


  「じゃあ、私は今からご飯を作ってくるね。凛ちゃん、ここでちょっと待っていてくれる?好きなだけ座ってていいから。」鞠子が続けて言うと、遠山凛は「了解、宮野ちゃん」と答えた。


  ほどなくキッチンからは、野菜を切る音や調理の匂いが漂ってきた。リビングの小さなソファに腰を下ろした遠山凛は、エプロンをつけた鞠子が真剣に夕食の準備をしている姿を見つめていた。キッチンで忙しく働く彼女の後ろ姿を見ていると、この穏やかな時間がこれまでにないほど心地よく感じられた。


  そしてふと、普段は隠れている自分の手首にある刻印に目をやり、心の中で静かに誓った。「宮野ちゃんはもう、あの残酷な殺戮の運命から完全に抜け出したはず。本当に良かった。これからも、彼女のように虚界のゲームに巻き込まれてしまった少女たちを一人でも多く救いたい。そして最後には、その背後にいる“王”を見つけ出し、徹底的に倒すんだ——!」


  やがて、キッチンから食欲をそそる香りが漂い始めた。


  鞠子は大きなお盆を持ってくると、テーブルの上に料理を次々と並べていった。ジュージューと焼ける香ばしい焼き肉、彩り豊かな野菜サラダ、さらには大根と味噌のスープとご飯まで。特に遠山凛のために、鞠子はせっかくだからと秋刀魚も二尾追加で焼いていた。皮はこんがりと黄金色に焼き上がり、芳醇な香りが部屋中に広がっていた。


  「家にはあまり良いものがないから、ちょっとしたおもてなししかできないんだけど、気に入ってくれるといいな……」鞠子は少し照れくさそうに遠山凛に話しかけた。


  「いや、全然!見た目からしてめちゃくちゃ美味しそうだよ!」遠山凛は少しも嫌な顔を見せずに、むしろ目を輝かせていた。


  「じゃあ、遠慮なくいただきます!」遠山凛が両手を合わせてそう言うと、鞠子も同じように手を合わせて答えた。


  「私もいただきます。」


  その後、彼女たちは楽しげに会話を交えながら、この美味しい夕食を堪能した。学校での面白エピソードや、興味ある授業で厳しくも親しみやすい竹内先生の話題に花が咲き、さらに遠山凛の田舎にある実家の暮らしについても語り合った。


  「そういえば、私も最近漫画を読もうと思ってるの。」と鞠子は遠山凛に言った。


  「本当?鞠子ちゃんって、どうして漫画が読みたくなったの?」と遠山凛は不思議そうに尋ねる。


  「受験勉強中は特に余暇もなく、趣味らしい趣味もなかったんだけど、合格して時間に余裕ができたら、ちょっと気になっていた漫画を読んでみようかなって思ったの。実は優子ちゃんもよく読んでるから、私も挑戦してみようかなって。」


  「それはいいね!じゃあ、いくつかおすすめの作品を紹介しようか?」と遠山凛が熱心に誘う。


  「お願いしてもいい?じゃあ、よろしくね。」と鞠子は笑顔で答えた。


  食事が終わると、二人は一緒に食器を片付けた。そして、鞠子のふかふかとした大きなベッドに並んで横になった。何も言葉を交わさなくても、ただ静かに横たわり、窓の外から聞こえる風の音や、互いの穏やかな呼吸音を耳にしているうちに、これまで感じたことのないほど深い安らぎと落ち着きを感じていた。


  時間が過ぎるのはあっという間で、気づけば外はすっかり暗くなっていた。遠山凛は時計を見上げ、少しうしろ髪を引かれながらベッドから起き上がり、鞠子に別れを告げた。「鞠子ちゃん、そろそろ時間だから、これ以上長居するのは申し訳ないな。最近、ニュースでも謎の失踪事件が報じられてるから、夜道を一人で歩くのは危険だよ。くれぐれも気をつけてね。」


  「うん、分かった。凛ちゃんも、帰り道、気をつけてね。」と鞠子も起き上がり、軽く手を振った。


  遠山凛を見送り、階段の角から彼女の姿が見えなくなるのを確認すると、鞠子はそっとドアを閉めた。


  部屋に戻った彼女は、今日遠山凛からもらった小さな砂時計を、修復済みのクォーツ時計の隣にそっと置いた。なぜか、この二つのアイテムはきっと一緒にいるべきだと感じていた。小さく流れる砂を眺めているうちに、どこか懐かしいような感覚に襲われたが、その正体が何なのか、どうしても思い出せなかった。


  時計を見てみると、今日はまだお風呂に入って疲れを癒やす準備をしなければならない。彼女は服を脱ぎ、浴室へと足を踏み入れようとした。


  その瞬間、再び時間が止まった。


  周囲のすべての音が消え、空気さえもまるで固まってしまったかのようだった。鞠子は驚きのあまり心臓が高鳴ったが、なぜかこの感覚はどこか懐かしかった——しかし、それが一体どこから来るのか、どうしても思い出すことができなかった。


  彼女は驚きながら周囲を見渡した。すると、自分の寝室の陰から、紫色のロングヘアをたなびかせた女性がゆっくりと姿を現しているのが目に入った。その顔には、不気味なほど冷たい微笑みが浮かんでいた。


  「愛しい私のクルミ子よ」——静まり返った部屋に、彼女の声が響く。「王様はわざわざ、お前のような虚界の少女を始末するために私を遣わされたんだ。でもね、姉ちゃんはお前にこんな可哀想な最期を迎えてほしくないの。だったら、一緒に旅に出ようか?」


  虚界の少女、そして砂へと変わる運命——いったいこれは何なのか?クルミ子の心の中では、この女性の言葉がまったく理解できなかった。


  「あなた……一体、誰なの?それって、どういう意味?」クルミ子は思わず問い返した。


  「情けないクルミ子ちゃん、記憶力が本当に悪いのね。じゃあ、ちょっとお手伝いしてあげるわ。お前は王様に選ばれた虚界の少女で、他の少女たちと刻印を奪い合って生き延びなければいけなかった。ところが、芹沢美空という少女を殺した後、ずっと他の敵を攻撃しなかったために、王様はお前の処刑を決めたの。でもなぜか、お前はその制裁を逃れてしまった……なんて皮肉な話だと思わない?」


  「私……美空を殺した……?」宮野クルミ子は、あまりにも衝撃的な事実に、一瞬立ちすくんでしまった。体が動かないまま、ただ床に膝をつくことしかできなかった。


  突然、頭が激しく痛み出し、まるで大波のように膨大な記憶が脳裏に押し寄せてきた。あの午後、あの玄関先で、自分と美空が命懸けで戦い、ついに彼女を倒した時の記憶——!


  そして、自分を決して離さなかったあの女性の執念深さも、今になって鮮明に蘇ってきたのだ。


  「あなたは一体、誰なの!?どうしてこんなにしつこく私を追い回すの!?」クルミ子は勇気を振り絞り、声を張り上げて問いかけた。


  「どうしてって?」すると、その女性は突然高らかな笑い声を上げた。「だって、私はお前が好きなんだから。それだけのことよ、クルミ子ちゃん」


  「だから、私を連れて行って、王様の奴隷にしてほしいって言うの?」そう言って、彼女は両腕を広げ、再びクルミ子に触ろうとした。


  だが、その冷たい指先が彼女の肌に触れようとしたまさにその瞬間——クルミ子の右手の甲に宿るメビウスの輪の紋章から、突如としてまばゆいばかりの聖なる光がほとばしった!


  それは、純粋無垢なクルミ子の命にとって祝福の光だったが、目の前の紫髪の女性にとっては、まさに究極の毒——自然な相性によって完全に封じ込められていたのだ。


  「ぎゃああああ——!」


  女性はその聖なる光に焼かれ、耐え難い苦痛に慟哭した。聖光の猛威にさらされ、彼女の美しい人型はみるみる不安定に歪み始め、やがて血に塗れた巨大な口を持つ怪物へと変貌を遂げた。その両手は鋭利な剣のような形状をし、全身が妖艶な紫色に染まっている——。


  彼女の姿は、かつて優雅だった女性と、いまや獰猛な怪物との間を絶えず揺れ動き続け、ついには悔しさに満ちた怒号を放つと、闇の中に消え去ってしまったのだった。


  時が止まり、解けた。


  鞠子は驚きの余韻から抜け出せず、荒い息をつきながら、あの女性が消えた場所を見つめていた。心の中の恐怖はまだ収まらず、胸が締めつけられるように苦しかった。


  「俺は美空を殺してしまった!そんなはずはない!」と、鞠子は洗面所で怒り狂い、両手で頭を抱えて苦しみ叫んだ。


  彼女は次第に洗面所にあるあらゆるものを叩き壊し始めた。石鹸やボディーソープ、シャンプー、さらには脱ぎ捨てた服まで。洗面所中には金属音が響き渡り、鞠子は自分自身への怒りと、美空への後悔をぶつけるように、その場で思い切り暴れた。やがて顔を覆って激しく泣き崩れると、自分がただ単にあの引越社でアルバイトをしていたのは、美空に対するすべての罪を償うためだったのだと、ようやく悟った。


  突然、またしても頭の中に激しいめまいが走り、体がふらついて倒れそうになる。彼女は慌てて壁に手をつき、なんとかバランスを取り戻した。


  「さっき、一体何があったんだろう?」と、彼女は呆然と独り言をつぶやいた。


  どうやら自分の記憶は、またしてもあの謎の力によって消されてしまったらしい。ただ、あの女性が再び彼女に絡んできたことは覚えているのに、それがなぜなのか、まったく思い出せなくなっていた。


  ……


  一方、街の別の通りでは、路肩に寄り添う恋人たちがいた。


  「ねえ、健次、こんな遅い時間だし、もう帰ろうよ!」と、女子は遠くの夜景を見つめながら不安げに言った。


  「どうしたの、絵里子?まさかお前、こんなに臆病だったのか?」と、健次は少し皮肉な口調で返す。


  「だって、最近、行方不明事件があるじゃない!ちょっと心配になっちゃったの」


  「大丈夫だよ、俺がいるから何も怖くないさ。もし犯人が現れたら、すぐに追い払えばいいんだ。俺は空手チャンピオンの桃井健次だからね!」と、男は誇らしげに胸を張り、自信に満ちた表情を見せた。


  その瞬間、街の向こう側では、聖なる光に焼かれ、傷ついたままの紫髪の女性が、未だ完全に回復していない重傷の身体を引きずりながら、よろめきながらも歩き続けていた。


  「ねえ、健次、あれを見て!」と、絵里子は通り過ぎるその女性を指差し、困惑した様子で尋ねた。


  「ん?どうしてあの人、こんな変な歩き方をしてるんだろう?」


  すると、不意に女性の姿が一瞬にして獰猛な怪物へと変わり、その手には鋭い腕剣が二本握られていた。しかし次の瞬間、再び人型に戻った。


  「キャーっ!」と、絵里子は思わず悲鳴を上げ、思わず健次の胸に飛び込んでしまった。


  「どうしたの、絵里子?」と、健次はまさにその瞬間の出来事を目撃できていなかったようで、慌てて問いかけた。


  「怪……怪物が……!」と、絵里子は震える声で答えた。彼女の頬からは冷や汗がじわりと滲み出していた。


  「なんだ、それって変な女のこと?怪物なんてどこにもいないよ?」


  そのとき、まるで何かの合図を聞いたかのように、紫髪の女性は一気に恋人たちの前に迫り、瞬く間に冷たい、残忍な眼光に変わった。


  「あなたたち、見ちゃったわよね!」


  その言葉に、恋人たちは恐怖のあまり青ざめた。


  「絵里子、早く逃げろ!!!」と、男は女子の手を掴んで、一目散に駆け出した。しかし、彼らは気づいた——自分の身体がまるで鉛を注がれたかのように、地面に釘付けになり、微動だにできなくなっていることに。


  紫髪の女性は、ゆっくりと手に持つ腕剣を振り下ろした。刹那、地面には金色の砂が二つ広がり、夜風に吹かれて、やがて完全に夜空へと溶けて消えていった……



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