使命
ある授業のない休日の早朝、日差しが安価な賃貸住宅のカーテンを透かして差し込み、宮野鞠子はベッドから目を覚ました。まだ意識は少し霞んでいたが、無意識のうちにそっと横を向いて、窓際の小さなクォーツ時計に視線を向けた。
それはかつて壊れてしまった遺品だった。
しかし今、時計職人の手によって完全に修復され、見事なまでに透明なサファイアガラスへと生まれ変わっていた。内部で止まっていた回転子も新しい部品に入れ替えられ、すり切れていたベルト部分も深みのあるダークブラウンのレザーベルトに取り換えられた。
確かに、時計全体の部品はまるでテューセウスの船のようにすべて新しく交換されていたが、それでもついにそれはもはや壊れた欠片ではなく、まさに新たな命を得た芸術品のように、静かに窓辺で佇んでいた。内側の機械式回転子がチクタクと規則正しい音を立て、時の流れを刻んでいる。
鞠子は素足のままベッドから降りると、窓辺へ歩み寄り、そっとそのクォーツ時計を手に取った。冷たい感触が頭を少しだけ冴えさせ、自然と彼女の思考は過去へと遡っていった。
そこで彼女は、行方不明になった親友、芹沢美空のことを思い出した。
あの頃、二人は中学の国語の授業中、初めて出会ったのだ。その日、美空は遅刻したため先生に立たされており、一方の鞠子は前夜、妹の世話をしていたせいで寝不足で居眠りをしてしまい、同じく先生に呼び出されていた。互いに少々気まずそうな様子で教室で顔を見合わせた瞬間、二人は相手の目に浮かんだ、どこか諦めにも似た苦笑を確かに感じ取った。そして、そのとき、ふわりと友情の種が芽吹いたのだった。
以来、二人はすぐに心を通わせる親友同士となり、少女たち特有の秘密を共有したり、試験前に励まし合ったり、将来の夢について一緒に語り合ったりするようになった。さらに運命的にも、二人は同じ名門女子高校に合格し、なんと入学初日に再び同じ国語の選択授業に振り分けられたのだった。
ところが、その授業の後、美空は突然、彼女の世界から完全に消え去ってしまった。誰も彼女の行方を知る者はおらず、まるで人間ごと蒸発してしまったかのようだった。ただ、鞠子は最後に二人が別れた場所で、粉々に砕け散ったこのクォーツ時計を拾い上げた記憶だけが残っていた。
これが、鞠子が抱える美空との全ての思い出——いや、正確には、彼女がまだ鮮明に覚えている唯一の記憶だった。
彼女は自分の胸に時計を当て、目を閉じて窓の外に広がる青い空を見つめながら、小さな声で言った。「美空、あなたはきっとまだ世界のどこかに生きているよね。」
鞠子の心の中では、親友が確かにどこかに生き続けていると、今も信じ続けていた。
そう言うと、彼女は気をつけて石英時計を窓台に戻し、そっと振り返って普段着に着替え、家を出た。行く先は、なぜか自分でも説明できないほど強く惹きつけられる場所だった。
彼女が訪れたのは、静かな商業街にある一軒の引っ越し業者だった。店構えは小さく、少し古びた印象を受けたが、それがまたどこか味わい深かった。
鞠子がこの会社を見つけたのは、アルバイトを探していたときのことだった。その時、人手不足に悩む同社が、入り口に手書きのアルバイト募集案内を貼り出して、資料整理の手伝いができる人材を求めているのを目にしてしまったのだ。不思議なことに、その張り紙を見た瞬間、なぜか中に入って確かめてみたくなる衝動に駆られた。まるでこの会社が、ずっと彼女を待っていたかのように感じられたのだ。
面接してくれたのは、穏やかな笑顔が印象的な30代後半くらいの女性だった。社内のスタッフからは「姐さん」と呼ばれ、皆から慕われていた。彼女は鞠子に、この会社のオーナー夫人が、唯一の娘さんがつい先日謎の失踪を遂げたことをきっかけに深い悲しみに陥り、現在は病院で長期間の心理療法を受けていると話した。そして、自身は長年の親友である夫人のことを心から大切に思っているため、彼女の人生の礎とも言える事業を絶対に無駄にしたくないと考え、現在はすべての業務を一手に引き受けているのだと告げた。
おそらく、鞠子の清らかで純粋な瞳が彼女の心を打ったのだろう。姐さんは鞠子の姿勢に大変満足し、その場で即座に彼女を採用することを提案した。もちろん、鞠子も迷うことなくすぐに承諾した。
会社に入ると、ちょうど姐さんはカウンターの向こうで、丁寧に顧客と引越しなどの具体的な打ち合わせを行っていた。
「宮野さん、今日は早速バイトに来てくれたのね?」と、鞠子の姿を見つけるなり、彼女は優しい笑顔で迎えてくれた。
「はい、姐さん。午後には趣味の教室があるから、できるだけ早く来て、今日やるべき資料を片付けてしまおうと思ったんです。」と、鞠子は礼儀正しく頭を下げて答えた。
「了解よ。」と、姐さんは嬉しそうに微笑み、事務所の隅にある机を指差した。「今日処理すべき資料はそこに全部置いてあるから、それぞれのカテゴリーに分けて整理して、きちんと登録しておいてちょうだい。」
姐さんは率直で物事をはっきり伝えるタイプなのか、特に余計な言葉を交えず、さっそく鞠子に今日の仕事を任せたのだった。
「わかりました。」
鞠子は返事をすると、その事務机に向かって歩き出した。それは少し年季の入った木製の机で、天板の上にはまるで小山のように積み重なった古びた資料が山を築いていた。
資料の山のそばには、一つの繊細な写真立てが置かれていた。鞠子が興味深げにそれを手に取ると、そこには穏やかな笑顔を浮かべる母親と、若々しく美しい娘とのツーショット写真があった。撮影されたのは高校の校門前で、少女は清潔感あふれる中学の制服を身に着け、両手にしっかりと卒業証書を捧げながら、母親に寄り添うように微笑んでいた。その瞳はまるで泉のように澄み切っていて、どこまでも透明で輝いていた。
少女の顔立ちを一目見た瞬間、鞠子の心は激しく揺さぶられた。この少女こそ、すでに消息不明となっている親友の芹沢美空だったのだ。衝撃を受け、彼女は思わず後ろに数歩下がった。そしてすぐに鼻腔がじんわりと痛くなり、涙が止めどなく目頭でこらえきれず、視界がぼやけていくのを感じた。
つまり、この会社のオーナー夫人こそ、美空の母親だったのか……。自分はこれまで、目に見えない運命に導かれて、ここへ辿り着いていたのか……。
「あ、あれは以前、オーナー夫人が使っていたデスクなんですよ。」
いつの間にか、先輩が顧客対応を終えて、鞠子の隣まで来ていた。
「この写真は、彼女と娘さんのツーショットです。あの娘こそ、つい先日謎めいて姿を消した子供なんです。オーナー夫人はあまりの悲しみに耐え切れず、今も病院で心理療法を受けておられます。」と、彼女は鞠子が手にしている写真を見つめながら、少し切なげな口調で語りかけた。
そう言うと、今度は鞠子の放心した視線に気づいた先輩が、じっと写真の中の中学制服姿の少女を見つめていることに気付いた。
「宮野さん、この子をご存じですか?」と、先輩は意外そうに尋ねた。
「この子は……私の親友なんです。」と、鞠子は涙を拭いながら、喉の奥からようやく絞り出すように言った。
それを聞いた先輩は、一瞬固まったかと思うと、すぐに優しい表情を浮かべた。なぜこの宮野鞠子という少女が、写真を見た瞬間にこれほどまでの動揺を見せたのか、ようやく理解できたからだった。そして、彼女はとても温かな声でこう続けた。「そうですよね。誰だって、人生の中で最も大切な人を失う瞬間があるものです。生きている私たちにできることは、ただ『忘れない』ということだけなのかもしれません。」
「忘れないで……」
鞠子は、妹の優子に贈った特製のバッジを思い浮かべた。あの時、自分が優子にそのバッジを手渡したのは、彼女に決して忘れさせないためだったはず——でも、自分自身がどんな事情でそのバッジを特別注文したのか、今はもう思い出せなくなっていた。きっと自分にも、同じようなことができるのだろう。それは、親友との大切な絆、そしてあのかけがえのない友情を、決して忘れてしまわないこと。
鞠子は先輩頭目の方に視線を向け、彼女の言葉に静かに頷いた。しかし、涙はもはや抑えきれず、ぽろりと頬を伝って落ちていった。
先輩頭目は、今にも泣き出しそうなのに必死でこらえている鞠子の姿をじっと見つめ、まるで傷ついた子どもを慰めるように、心が温かく溶けてしまった。生まれ持った母性のようなものを感じたのだろう、彼女はそっと両腕を広げ、その細い体を優しく抱きしめた。そして、柔らかな声で言った。「もし泣きたかったら、思い切り泣いていいよ。ここには私たちふたりしかいないから、私の胸を、ちょっとだけ貸してあげるね。」
この一言が、まさにラクダの背中を折る最後の藁となった。
我慢できなくなった鞠子は、ぐっと先輩頭目の背中にすがりつき、温かくてしっかりとした胸に顔を埋めて、声を上げて大泣きした。彼女はこれまでずっと感じてきた迷いや恐怖、孤独感——そして、美空への負い目に押しつぶされそうになっていた気持ちまで、すべてぶちまけるかのように、ひどく激しく泣き続けた。
一方、先輩頭目は何も言わず、ただ鞠子が落ち着くまで、優しく包み込むように抱きしめたままだった。そして、泣きすぎて肩を震わせる鞠子の背中を、自分の柔らかな掌で、ゆっくりと優しくさすりながら、呼吸を整えてあげた。
やがて、鞠子の嗚咽は徐々に弱まり、小さな啜り泣きへと変わっていった。ようやく悲しみから立ち直れた彼女は、少し照れくさそうに先輩頭目から離れると、掠れた声でこう言った。「ありがとう、先輩頭目……泣き終わった後、なんだかすごくスッキリした気がするよ。」
「大丈夫だよ」と、先輩頭目は鞠子の頭を優しく撫でながら、まるで傷ついた小さな動物をなだめるように語りかけた。
その後、先輩頭目は再びお客様とのやり取りに戻った。一方、鞠子は涙を拭き取ると、美空の母親が使っていたというオフィスデスクへと歩み寄り、山積みになった資料の整理を始めた。
なぜ自分がこの引っ越し会社でアルバイトを選ぶことになったのか——それは決して偶然ではなく、何か運命的な導きがあったからなのだと、彼女はすでに理解していた。だからこそ、いつも以上に真剣に作業に取り組んだ。一枚一枚の書類を丁寧にめくり、慎重に分類し、きちんとファイルに収め、パソコンにデータ入力していく。まるで単なる仕事ではなく、大切な想いを守っているかのようだった。
お昼近くになると、既にすべての資料整理を終えていた。先輩頭目は、スタッフルームで休憩を取るように促し、紅茶を淹れてきてくださったので、鞠子はそこで紅茶を楽しみながら、お昼まで待った。
お昼になり、鞠子は自分のスタッフカードをタイムカード機に差し込んだ。すると機械がピッと音を立て、無事に打刻されたことを示した。その瞬間、先輩頭目は今日の時給が入った封筒を鞠子に手渡しながら、こう言った。「ほら、宮野さん、これが今日のお給料だよ。」
「ありがとうございます」と礼を言うと、鞠子はそのまま会社を後にした。
帰り道、彼女は時折、小さな引っ越し会社を振り返りながら歩いていた。自分には、ここに来るべき何か特別な使命がある——そう確信していたからだ。まだその使命が何なのかは分からないけれど、同時に、どこからともなく湧き上がるような、どこか申し訳ない気持ちも抱えていた。ただ、それが一体どんな感情なのか、今の彼女にはまだ分からなかった。
でも彼女は思う。卒業するまで、きっとこの会社でアルバイトを続けながら、この負い目と使命感を抱き続けていくだろう、と。最後に、その負い目や使命感が一体何なのか理解できるかどうかは別として……




