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虚界少女  作者: sara
虚界呼唤
16/70

奇遇

  宮野鞠子は、慌てて妹の優子に別れを告げると、病院の廊下を走り出した。頭にはキャップを被り、そのつばを深くかぶっていた。彼女はただ早くここから離れ、自分が落としたバッジを取り戻し、優子に渡す必要がある場所へ戻りたかった。


  ある角の廊下で、一人の少女が受付票を手にしながら診察室を探していた。彼女の視線は時々周囲を見回していた。


  「3番診察室、確かあれだ……」少女は受付票を見ながら診察室を探していた。角を曲がったところで、彼女は突然誰かとぶつかってしまった。


  「あっ!」


  少女は衝突の勢いで目まいがしてしまい、尻もちをついてしまった。手に持っていた書類が散らばった。


  「あ、ごめんなさい!」鞠子は慌てて少女を助け起こし、一緒に書類を集め始めた。


  少女は地面に落ちた自分の服を叩きながら顔を上げ、「大丈夫です、私が道を見ていなかったから」と言った。


  「え?どうしてあなたなの?」


  鞠子は目の前の少女に気づき、自分が先ほどお弁当をこぼさせてしまった相手だと気付いた。


  「あなたは……」少女は鞠子の顔をじっと見つめ、そして言った。「あ、あなたは先ほど私の弁当をこぼした人ですね。宮野鞠子さんでしたよね?」


  「どうして私の名前を知っているの?」鞠子は不思議そうに尋ねた。


  「あ、これ!」少女はポケットの中を探り、バッジを取り出して鞠子に差し出した。


  「このバッジ、あなたのものでしょう。上には二人の名前とキャラクターの絵が描いてあって、私はあなたに似ている方を選んだんです。」


  少女は鞠子に向かって優しく微笑んだ。鞠子は心が温まるような気持ちになった。


  「ありがとう!」鞠子は慌てて礼を言い、バッジを受け取った。それはまるで失くしていた大切なものを取り戻したかのような感覚だった。


  「そうだ!」彼女はポケットから1000円玉を取り出し、差し出した。


  「これは、先ほどの弁当代の補償です。」鞠子が手を伸ばして受け取ろうとすると、少女はまた鞠子のポケットに硬貨を押し戻した。


  「気にしないでください、私は怒っていませんよ。」


  鞠子は少女の意地を断る術がなく、仕方なくお金を受け取った。


  「まだ自己紹介もしていなかったですね。」目の前の少女が言った。「私は遠山凛です。よろしくお願いします。」


  「それでは私も自己紹介をしましょう。私は宮野鞠子です。よろしくお願いします。」鞠子は笑顔で答えた。


  「あの、宮野優子さんは?」


  「彼女は私の妹で、ずっとここで入院しています……」


  「お姉ちゃん!バッグ忘れてるよ!」小さな声が聞こえ、振り向くと、小さな姿が二人の後ろに立っていた。彼女は鞠子のバッグを持っていて、鞠子が急いでいたためバッグを忘れてしまっていたのだ。優子はバッグを見つけ、自分でベッドから降りて届けに来たのだった。


  鞠子は慌てて駆け寄り、少し心配そうな口調で注意した。「優子!どうして出てきたの!まだ療養中でしょ。すぐに検査もあるのに、勝手に歩き回っちゃダメでしょ!」


  「お姉ちゃん、急ぎすぎたからかな。模擬試験があるのに、教科書がバッグに入ってなかったら困るでしょう?」優子は頑なに言った。


  「私が戻しましょうか。」そう言って鞠子は優子を支え、病室へ送ろうとした。


  「私も手伝う!」遠山凛もそれに続き、二人で優子を支えてゆっくりとベッドまで運んだ。


  鞠子は遠山凛から受け取ったバッジを優子の手に握らせながら、「ほら、優子、これはあなたのためのプレゼントよ。」と言った。


  優子はそっとバッジを受け取り、太陽の光に向けると、銀色のバッジが光に照らされてきらりと輝いた。


  「わあ!素敵なバッジだね。私とお姉ちゃんの名前と顔が刻まれてる!」優子は宝物を見つけたようにバッジを手の中でじっくりと眺め、目には愛しさが溢れていた。


  「さっき失くしてしまって、このお姉さんが拾ってくれて返してくれたのよ。」鞠子は横にいる遠山凛の方を見た。


  「大したことじゃないわよ。」遠山凛は笑って答えた。


  「私は遠山凛というの。あなたは宮野優子さんよね。」遠山凛は優子の前に進み出て、自己紹介をした。


  「妹の優子は病気で入院していて、長期的にここにいるの。暇さえあればよく見舞いに来ているのよ。」


  遠山凛はやせ細っているものの、瞳は依然として澄んで明るい優子の姿を見て、心の中に優しい感情が湧き上がった。彼女は優しく手を伸ばし、優子の頭を軽く撫でながら優しく言った。「あなたは強い女の子ね。」


  優子は遠山凛の優しい手ざわりをとても楽しんでいるようで、気持ちよさそうに目を細め、まるで甘やかされている子猫のように静かにしていた。そして顔を上げて言った。「お姉ちゃん、手が気持ちいいよ!」


  「そう?」


  遠山凛には幼い頃から人の心を落ち着かせる力があったが、いつからその力を持っていたのか自分でも知らなかった。以前路地で出会った小さな猫も、この力によって落ち着かせることができたのだ。


  「あの…あの…」優子は潤んだ大きな瞳を遠山凛に向けて瞬きをしながら、何かを尋ねようとしていたが、言いづらそうで頬もわずかに赤くなっていた。


  「私…凛お姉ちゃんと呼んでもいいですか?」


  遠山凛は少し驚いて、反射的に隣の鞠子の方を見た。鞠子は苦笑を浮かべながら、遠山凛に言った。「彼女に答えてあげた方がいいわよ。断ったら泣いちゃうかもしれないから。」


  「そんなことないよ!お姉ちゃん、私のことをそんなに子供っぽいなんて言わないで!」と優子はすぐに頬を膨らませ、むっとしながら反論した。しかし、口では強く言い返しながらも、彼女の大きな瞳には本当に涙が揺らいでいるようで、今にも泣き出しそうだった。


  「いいよ、私もあなたを『優子ちゃん』って呼ぶからね。」


  「本当?嬉しい!ありがとう、凛ちゃん!」と優子は遠山凛の手を握りしめ、興奮して言った。


  そのとき、遠山凛の視線は優子のベッド脇に置かれたその漫画本に引き寄せられた。表紙に描かれた、華やかな夜行衣をまとった怪盗少女——それはまさに彼女が一番好きなキャラクターだった。


  「『怪盗少女クロエ』!まさか、あなたもこの漫画が好きなの?」と遠山凛は漫画を開きながら、優子に尋ねた。


  「え?凛ちゃんもこの漫画読んでるの!?」と優子は一気に心の友を見つけたように喜んだ。「やったー!私、ずっと誰かとストーリーについて話し合いたかったの!でも、凛ちゃんはそもそも漫画なんて読まないでしょ?代わりに難解で分かりにくい文学雑誌ばかり読んでるんでしょ?」


  鞠子はそばでこう付け加えた。「たださ、この漫画の作者がめっちゃ怠けてて、更新がちょっと遅いんだよね。しかもよく休載しちゃうから、普段から私は他の漫画を買って、優子ちゃんに読んであげてるんだけどさ。」彼女は、優子のツッコミをまるで聞いていないようだった。


  その後、遠山凛と優子は熱心に怪盗クロエの物語について話し始めた。最新の謎解きから、クロエの正体に関する推理まで、二人は楽しげに会話を弾ませていた。一方、漫画にはあまり興味がない鞠子も、久しぶりに妹が心から輝くような笑顔を見せているのを見て、なんとなく胸が温かくなったようだった。


  ちょうどその時、病院のアナウンスが遠山凛の名前を呼び、診察室での再診を告げた。実は、前回の奇妙な失神事件のことが気になっていた伯母さんからの指示で、定期的な経過観察が必要だったのだ。そのため、遠山凛は伯母さんの意向に従い、この日、病院を訪れていたのだった。


  虚界の戦争のことについては知っていたものの、こんなファンタジックな出来事は普通の人である伯母さんに話すわけにはいかず、仕方なく彼女に合わせることにした。それに、自分自身、記憶喪失という問題を解決したいという思いもあったからだ。


  「あっ、夢中になって話しちゃったから、つい忘れちゃった。私、再診に来たんだった……。きっと診察室の先生、ずいぶん待たせてるよね!」と遠山凛は慌てて立ち上がった。


  伯母さんが予約してくれたのは専門外来だったため、おそらくすでに予約された診察医師が待機しているはずだ。遠山凛はまだ気が済まない様子で、しぶしぶ立ち上がり、鞠子と優子に別れを告げた。


  帰り際、優子が彼女の服の端を引っ張り、「凛ちゃん、これからも時々遊びに来てくれるかな?僕、お姉ちゃんが漫画を読まないから、ストーリーについて話せる友達が一人もいないんだよ……」と寂しそうに訴えた。


  「それは……」と遠山凛は少し困った表情を見せた。


  すると、鞠子が前に出てきて、真剣な口調で言った。「お願いします、遠山さん!必ず来てくださいね。」


  短い時間の交流だったが、鞠子は遠山凛が信頼できる相手だと確信していた。もし自分がいなくなってしまっても、彼ならきっと優子のことをしっかり守ってくれると信じていたからだった。


  「宮野さんまで……」遠山りんは真剣な表情で姉妹を見つめながら言った。「いいよ、これからもよく会いに来るからね、優子ちゃん。」


  遠山りんは身をかがめると、優子の頭をそっと撫でた。


  「じゃあ、指切りげんまんしよう!」と優子が小さな親指を差し出し、指切りのしぐさをした。遠山りんも笑顔で自分の小指を伸ばし、二人でしっかりと指を絡めた。「指切りげんまん、嘘ついた人は千本針を飲むんだよ!」


  しばらく優子と世間話を交わした後、遠山りんは優子の病室を後にし、診察室の方へと向かった。一方、鞠子もバッグを持ち上げて病院を出ようとしていた。「優子、それじゃあ私は行くね。体調には気をつけて、午後は定期検査があるからね。」


  「バイバイ、お姉ちゃん!」


  鞠子はキャップ帽をかぶり、静かで細長い廊下を歩き出した。足取りは少しだけ軽やかになった。なぜなら、あの遠山りんという少女の手によって、本来優子に渡すはずだった自分のバッジを返してもらえたからだ。このバッジは、鞠子が特別に優子のためにデザインしたものだった。彼女はもう、これ以上“王”による殺戮ゲームを続けるつもりはなかった。たとえそれが、自分自身の死という終わりを迎えることになっても。


  しかし、本当の最後は決して死そのものではなく、むしろ忘れ去られることなのかもしれない。


  今、鞠子が一番恐れているのは、優子が自分を忘れてしまうことだった。だからこそ、彼女はこのバッジを作ったのだ。優子がバッジに刻まれた名前と肖像画を見れば、きっと自分を忘れないだろうと信じていた。


  そして今、あの遠山りんという少女も、定期的に優子の面倒を見てくれることを約束してくれた。短い交流ではあったが、鞠子は彼女が本当に信頼できる相手だと感じていた。こうして自分の使命もほぼ果たせた気がしていた。


  病院の出口に到着すると、彼女は太陽に向かって深呼吸をひとつ。これまで溜め込んでいた精神的な重圧をすべて吐き出し、解放した。その後、学校の方角へと歩き始めた。病院から学校までの道のりには、小さな商店街が広がっている。この商店街は規模こそ小さいものの、意外にも多くの観光客が訪れており、普段から学校の生徒たちも数多く買い物や散策に訪れる場所だった。


  鞠子は帽子のつばをさらに深く下げ、自分が虚界空間で出会ったあの二人の少女に見つからないように注意を払った。実は、この二人の少女もまた虚界の少女であり、虚界空間に入り込む能力を持っていることが証明されていた。一人はショートカットの髪をさらりと流しているが、背中を向けていて顔は見えなかった。もう一人はロングヘアの少女で、彼女の周りには魔法の書籍がふわりと浮かんでいた。その魔法の書籍が突然鞠子に気づき、すぐに振り返った瞬間、彼女はその冷たい美貌を目にしてしまった——一度見ただけで、二度と忘れられないほど印象的な顔立ちだった。


  今、鞠子はただ願うばかりだった。あの少女に自分の姿や顔が見つからないことを。もし自分が死を運命づけられたとしても、誰かに追われて殺されるような最期ではなく、ひっそりとした片隅で穏やかに迎え入れられることを。


  でも、時として、あなたが望まないことが、どうしても起きてしまうことがある——。信号機の向こう側で、鞠子はさらさらと腰まで伸びた美しいロングヘアと、清廉で冷淡な雰囲気を漂わせる少女を見つけてしまった。その瞬間、鞠子は確信した。あれこそ、間違いなく虚界空間で出会ったあの少女に違いないのだと——。



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