27 プロポーズ(終)
ひまわりがたくさん咲く園。
クリスが自ら管理している庭園であった。
一年に1回、クリスはヴィヴィアとノエルを連れてこの庭園へ招待することをイベントとしていた。
大きくなるお腹を支えながらヴィヴィアは歩く。
向こうでは雷獣とノエルが隠れん坊をしているのが見える。
こうして見るとノエルは外見年齢相応にみえる。
「あなたも適当に休んでいいのよ」
日傘をさすヴィクター卿にヴィヴィアが声をかけた。
「いいえ、俺は奥様第一です。妻も当然だと言っていますから気にしないでください」
「でも良かったわ。ケイトが安産で……」
はじめて聞いた時は驚いてしまった。
いつの間にやらヴィクター卿とケイトが入籍していて、数ヶ月で妊娠してしまってあっという間。
「ええ、おかげで赤ちゃんを一目みたら即追い返されましたよ。奥様の為に働け、養育費を稼げと」
完全にケイトのペースでヴィヴィアはくすくすと笑った。
ヴィクター卿が持ってきた手紙にはヴィヴィアの予定日までは必ず復帰するという内容だった。
ヴィヴィアの腹の中の子の乳母になる為、現在体を整えている最中だという。
「お母様!」
ひまわりを摘んできたノエルはヴィヴィアの元へ駆けこんだ。
「そろそろランチにしましょう」
「ランチはお父様が来てからよ」
先にひまわり園で待っていてほしいとクリスに言われてまだ彼は来ていない。鍵を渡されてきたのだが、そんなに忙しいなら別の日に改めても良かったのでは。
それでも楽しそうにしているノエルを見ては来てよかったと考える。
「仕方ない。腹が減ったなら私に任せろ」
そばにいた雷獣が摘んでいたひまわりから種をとりだす。何をするのかと見れば、バチバチと雷を放出してその熱でひまわりの種はローストされた。丁寧に割って香ばしい香りがする。
ノエルがそれを口にする。美味しいと叫んだ。
「確かに美味しいです。非常食にもいいかも」
そばにいたシエルもひまわりの種を食べる。
「塩をかけるとうまいぞ」
次々とロースト種を生産していく雷獣は鼻高々であった。
そういえばあれから何年も経過しているけど雷獣がここにいて大丈夫なのかしら。
雨の女神が気にしていないなら大丈夫なのかもしれないけど、雷の妖精にも仕事があるような。
その疑問に雷獣は答えた。
「大丈夫だ。私は10人(?)兄弟だから私がいなくても雷の仕事はまわせている。しかも、サンベル地方は私の担当だ!」
問題は解決された。されたのかな。
いまだに手のひらサイズの雷獣は尻尾をふりふりしている。悪竜の結界で弱体化していたならそろそろ元の大きさに戻ってもいいのではと心配していたら、この姿なら使用人たちがうまいものをどんどん献上してくれるからと味をしめたようだ。
本当にこのままでいいのやら。心配になってくる。
一方、クリスは自室で深く沈み込んでいた。
向かいに座るメドラウトにより打ちひしがれていた。
「信じられない。この私が、……非常識なメドラウト先生に論破されるなど」
国一番の花婿候補と呼ばれていた分、ショックが隠せない。
「残念だったな。俺の方が恋愛上手なようだ」
不敵に笑い挑発するメドラウト、はっきりいってむかつく。
だが、彼には感謝しなければならない。
後少しでクリスはヴィヴィアにひまわり園でプロポーズをするところだった。回帰前の、ベザリーにプロポーズをしてヴィヴィアを精神的に追い詰めた場所で。
実はクリスは後悔していた。
急いでいたとはいえ、強引にヴィヴィアを花嫁にしたことに。プロポーズもしていない。あるのは契約結婚の書類という事務的なものだった。
遅いながらも改めてプロポーズをしようとして、それをひまわり園に選んでいた。
ちょうど報告に来ていたメドラウトが、「それはやめてやれ」と警告して今に至った。
今からプロポーズの計画を練り直すか。ようやく探していたものが手に入り、今日を決行日に決めていたというのに。
落ち込むクリスに、メドラウトはため息をついた。
「仕方ない。仮にも甥のため、姪のために力を貸してやろう」
メドラウトは窓を開けて空に呼びかけているようだった。
先程まで太陽に照らされていたのに雲行きが怪しくなる。ポツポツと雨が降り出した。
ひまわり園にいたヴィヴィアたちは急いで屋敷へと戻ろうとしたが距離がある。
ヴィクター卿はヴィヴィアを抱き抱えた。
「奥様、こちらへ」
近くの温室へとヴィヴィアを担ぎ込んだ。
「ありがとう。ヴィクター卿、おかげで濡れずに済んだわ」
この温室はクリスの母親が建てた温室だった。5年前までは使用されず忘れ去られていたが有効活用しようとノエル=アンジェの研究に利用されていた。
薬草を栽培していて、ノエル=アンジェの好みの花も植えられている。花の栽培は庭師の助言で育てていて、時折ヴィヴィアの元へ成果の花を届けてくれていた。
「奥の部屋にタオルがあったのでとってきます」
ノエル=アンジェが不在の時はシエルが管理している。何があるかすぐにわかるシエルは奥の部屋へと向かった。退屈なノエルと雷獣も後に続く。
「灯りをつけましょう」
日の光はなく暗い中、雨の音を聞くのは心細いだろう。
「お願い、私はここで休んでいるから大丈夫よ」
温室内の椅子に腰をかけてヴィヴィアは笑った。
ヴィクター卿もいなくなり、あたりは静かでがらんとしている。
ノエルたちが戻るまで待ってもらうべきだったかな。
柄にもなくヴィヴィアは笑った。
「ヴィヴィア」
後ろから声がして振り返った。
暗闇でもわかるクリスの姿にヴィヴィアはほっとした。
「もう、遅いですよ」
せっかくのひまわり鑑賞が雨でお流れになってしまったではないか。
拗ねた声のヴィヴィアにクリスは優しい笑みをたたえてヴィヴィアの前に膝をつく。
「ちょっとそこまでしなくていいわ」
まさか膝をついて謝ろうというのか。ヴィヴィアは慌てた。
クリスはヴィヴィアの前に小さな箱をみせた。
綺麗な装飾がされた、箱だけでも価値があるとわかるもの。
「ヴィヴィア、私はたくさんの過ちを繰り返してばかりいた。そんな私のそばにずっといて感謝してまます」
クリスの言葉のはじまりに何が起きたのかとヴィヴィアは胸が高なった。
「そしてこれからも一緒にいてほしい」
クリスは箱を開いた。
まさか、これは――
自分には無縁のものだと思っていた。クリスとは契約書から始まった事務的な結婚で、私にはないと思った。
ヴィヴィアは目頭が熱くなるのを感じた。気づけば頬が濡れて、スカートに落ちていく。
「う、ひっく」
ヴィヴィアの口から小さな嗚咽がこぼれる。
その瞬間、雨がやみ、雲の隙間から日の光が現れる。それが、温室内を照らし箱の中のものが一層特別なもののように感じられた。
中から現れたのは、エメラルドの指輪。
店で見るエメラルドよりもずっとヴィヴィアの瞳に近い色で、これだけのものを探すのにどれだけの時間を割いたのだろうか。
これはまるでプロポーズみたいだ。
ヴィヴィアの期待に応えるようにクリスは最後の言葉を伝えた。
「あなたを愛しています」
クリスはヴィヴィアの手を握り、ヴィヴィアはクリスの顔を見つめた。
「はい、……私もっ、クリスを、愛してますっ」
涙声で必死にクリスに応えた。
指に先程の指輪がはめられる。
ヴィヴィアはクリスの背中に腕を回した。
光が差し込む輝きの中、二人は抱きしめ合い、熱い口付けを交わした。
それを見ているのは、出てくるタイミングを悩んでいた三人と一匹。一匹は雨の演出が母によるものと気づいていたようである。
ノエルは複雑ながらも二人の姿を見て穏やかに笑った。
雨の女神の祝福の中、ヴィヴィアとクリスは深く結ばれた。きっと今後、何があろうと二人を引き裂くことはできないだろう。
(終わり)




