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捨てられた悪役はきっと幸せになる  作者: ariya
第三部

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22 暗闇の中

 都市カークを囲う結界が崩れていく音がした。

 ギーベルが構築された結界は、術者の死によって解除された。


「メドラウト! 何とかなったか?」


 応援にかけつけていた賢者はメドラウトに声をかけた。


「術者が死んだからだろう。急いで空間移動を使い、クリスの元へ行くぞ」


 そう思うが力を使い果たしてしまい思うように魔術を使えない。


「くそ」


 近くの騎士に馬を借りて移動するしかなかった。


 ◆◆◆


 場所は変わり、王都。ゴーヴァン公爵家の館。


「若様は?」


 シエルが心配そうに声をかけた。

 ノエル=アンジェが振り向いた。指を唇にあてて静かにというポーズだった。ようやく赤ん坊のノエルが眠りについたようだ。ベビーベッドですやすやと寝息を立てていた。

 ここ数日、母の不在でノエルの不機嫌は続いた。


 今まで手のかからない子だったのに乳母もケイトもびっくりした。


「若様……奥様がいなくて不安なんだろう」


 まだ未熟ゆえに置いて行かれたシエルは口惜しかった。もっと早く生まれて、強い騎士になれたらよかった。

 しかし、館に残されたノエルを守る大事な役目を背負っている。ここで不貞腐れてはヴィヴィアに顔向けできない。


「私ね、思うの」


 ノエル=アンジェは呟いた。


「若様のいい子っぷりて、若様は気を遣っていたのかなて」

「何に?」

「奥様に……奥様が遠くに行かないように置いて行かれないように必死でいい子になっていたのかなて」


 まさかとシエルは笑った。

 ノエルはまだ1歳にならない子供である。

 そんなことができる赤ん坊など見たことがない。


 ふわりと風が吹いた。

 ノエル=アンジェは窓をみやる。

 窓は開かれてカーテンが風に揺れていた。

 窓を開けたかなと首を傾げながら、窓を閉めた。


 ――ノエル。


 眠るノエルに呼びかける声がした。

 それは眠るノエルの中へ入り、いくつもの壁を通り抜け声の主は中にいる存在に声をかけた。


「ノエル」


 そういうと振り向いた子供がいた。

 赤ん坊ではない。

 十五程の少年がいた。

 ノエルは金色の髪だが、少年は黒い髪に黒い瞳をしている。着ている服は、この世界から見ると異質なものだった。

 現代日本の中学生から高校生が着る――学ランと呼ばれるものだった。


「やぁ、ようやく君に辿り着けた。この壁の多さはさすがヴィヴィアの子だな」


 夢を渡り歩く大賢者エムリスは微笑んだ。ヴィヴィアに向ける笑顔に似て優しく穏やかなものだった。

 そして手を差し伸べる。


「行こう。ヴィヴィアを……君のお母さんを迎えに」


 ◆◆◆


 コンスタン公爵家は異質な雰囲気は変わらなかった。

 コンスタン公爵家の騎士に足止めされていた騎士団はようやく奥へ進めた。彼らが通る場所、いたるところには先程まで襲いかかってきた騎士と使用人たちが倒れていた。確認するとどれも息をしておらず死んでいた。


 ダンスホールの中に入ると、どれだけの死闘を繰り広げられていたのか。

 かつては荘厳な雰囲気を讃えた場所は見る影がない。

 いたる場所にヒビが入り、壁や天井は崩れかかっている。

 赤い血があちこちに散乱しており、中に入ることに躊躇していた。


「閣下! 傷の手当てをしましょう」


 戦いが終わったというのに微動だにしないクリスにヴィクター卿は何度も声をかけた。

 全身傷だらけのクリスは座り込み、ヴィヴィアを抱き抱えていた。


 彼は必死にヴィヴィアの腹を抑えた。血がじわじわと出てきている。

 ただ止血すればいいわけではない。内側には悪竜の呪いが回っていた。

 ここまでいくと助かるのは厳しい。

 だが、ヴィクター卿は言えなかった。ヴィヴィアは自分に任せてクリスは自身の治療に専念して欲しいと願った。これでヴィヴィアが死ねば、彼に殺されてもいいとヴィクター卿は思った。元は自分の失態でヴィヴィアの誘拐を許したのだから。


「ヴィヴィア」


 クリスは泣きそうな声でヴィヴィアを呼んだ。


「どうしたら目を覚ます? 私の血を全て竜杯に捧げればいいのか?」

「閣下!」


 頭が混乱するクリスは中央の大理石の台に置かれている竜杯を見た。雷獣は慌てて二つの竜杯を抱えて逃げた。また発動したら悪竜が復活するおそれがある。あんなのがまた出たら溜まったものではない。


「ヴィヴィア」


 クリスは涙をこぼし、それがヴィヴィアの頬につたう。

 今度こそ守ると決めた。

 今度こそ失うわけにはいかない。


 それなのにこんな形で失うなど。


「いやだ、いやだ……っ!」


 クリスはぎゅうとヴィヴィアを抱きしめた。


 ◆◆◆


「はぁ、はぁ」


 暗闇の中、ヴィヴィアは走った。

 後ろからは黒いどろの波がヴィヴィアに襲い掛かろうとした。


 悪竜の呪いを完全に封じ込められた訳ではない。

 一時的に力を封じられたにすぎず、まだ悪竜の呪いはヴィヴィアを蝕んだ。


 ――リリア、リリア。手に入らないなら一緒に堕ちよう。


 悪竜の囁きにヴィヴィアは恐怖する。

 あれに捕まれば自分は一生クリスの元へ帰れない。

 真っ暗闇の中で、悪竜に全てを奪われてしまう。


「いや、いや」


 拒絶の言葉を続けるが、悪竜は諦める様子はない。笑いながらヴィヴィアを追いかけまわしていた。


「っ!」


 突然、足元が崩れていった。

 崖のように足場を失いヴィヴィアは落ちそうになるのを必死にしがみついた。


 ――無駄だ。リリア。このまま堕ちよう。怖くない。私がいる。


 悪竜の囁きにヴィヴィアは首を横に振った。

 何とか這い上がらなければ。


「あぐっ」


 右足首が重くなった。

 下をみると美しい金髪の少女が恨めし気にヴィヴィアを睨み付けていた。彼女はヴィヴィアの右足を強く掴んで離す様子がない。


「許せない、あなたが幸せになるなんて許さない」


 それはベザリーが残した残滓であろう。

 ヴィヴィアを堕とすには十分な効果がある。


 ――そうだ。ベザリー、よくやった。


 悪竜は上機嫌に笑った。


 ――そのままヴィヴィアを私の元へ。


 黒い泥から手が伸びる。それはいつぞやの夢でみた黒い鱗に鋭い爪を持った化け物の手だった。


 崖にしがみつく手が震える。


 ダメ……もう、もたない。


 このまま堕ちて悪竜に食べられてしまうのか。

 ああ、でもクリスは無事だしノエルが生き延びるなら……大丈夫かな。


 私、頑張ったし、そろそろやめよう。

 もう頑張らなくてもいいよね。


 手を放した瞬間、ヴィヴィアの腕を掴む手があった。


 ……誰?


 ヴィヴィアは上を見上げた。


 クリス?


 クリスではない。黒い髪の学ラン姿の少年だった。


 誰なの?


 前世で知り合った地浦の知り合いだろうか。

 服装から前世の日本の子供のようだ。

 確か、地浦は何度か中学生の対応をしたことがある。その子がどうしてヴィヴィアを助けてくれるのだろうか。


「諦めないで……」


 少年はポツリと呟いた。


「行かないで、お母様」


 その言葉を聞いて混乱しそうになった。

 まさか、そんなはずは。


「ノエル、なの?」

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