29 ツリーに咲く雪の華
来訪者のあまりに無邪気な動きにヴィヴィアは首を傾げた。
令嬢は目をキラキラさせてクリスの頬に唇を寄せようとする。
「イボンヌ王女殿下」
クリスは彼女の肩を抑え引き剥がす。
「令嬢がむやみに異性に抱きつかない方がいいですよ」
嗜めながら彼女の行為に牽制をかける。
「私とお兄様の仲よ。大丈夫よ、ねっ!」
何故かヴィヴィアに振り向いて声をかけてくる。ヴィヴィアは反応に困った。
「私の妻を巻き込まないでください。あなたはもうすぐ適齢期でしょう?」
頬を膨らませてイボンヌは抗議した。
イボンヌ王女殿下と言っていたから、もしかしてあのイボンヌ王女のこと?
ヴィヴィアは内心動揺した。
確か15歳になる国王の第四王女。
リチャード王太子の異母妹で、母親はイブリン側妃の子。
リオネス公爵家が後ろ盾の王女だ。
ウルリカ王妃が妃になってから2年経過しても妊娠の兆しがみられず、国王の血が途絶えない為の措置として用意されたもう1人の妃。
それがイブリン側妃であった。
海のリオネス公爵家特有の明るさがあり、国王も彼女を寵愛していた。
そのイブリン側妃は3人王女を産み、3番目の産褥で亡くなった。
その3番目の娘がイボンヌ王女で、イブリン側妃に瓜二つで国王からかなりの寵愛を受けている。
第三王女がウルリカ王妃の子である。
だからなのか、国王は最も頼りにしている臣下のクリスに降嫁させたいと願っていた。
「側から見たら非常識な行動と見えます」
あまりに厳しい表情を浮かべるクリスにイボンヌ王女は仕方ないと聞き入れた。
「ごめんなさい。久々に会えたものだから嬉しくて、夫人も気にしないでください。私たち、兄妹のように育ったので」
謝っているようでいないように感じるのは気のせいか。
それでも相手は王女である。
「ヴィヴィア・ゴーヴァンと申します。イボンヌ王女殿下にご挨拶申し上げます」
「イボンヌよ。絵本を出版されたと聞いたわ。おめでとう」
「ありがとうございます」
挨拶は程々に、イボンヌ王女はそのままどこかへ消えた。
ヴィヴィアは午後に予定していた絵本劇2回目の様子を見に行った。
「ヴィヴィア、気を悪くしてすみません」
「天真爛漫な方ですね」
「あまりに幼いのです。国王陛下はイブリン側妃に瓜二つの彼女を寵愛し、将来を案じて私に嫁がせようとして」
クリスは困惑した表情を浮かべた。
「私はあなたを嫁にしたいと願っていたので断りました。彼女にも想い人がいると伝えたのですが」
――なら、私を正妻に。その者を側妻にすればいいわ!
本当にそんなことを言ったのか。
ヴィヴィアは反応に困った。
側妻を許されているのは国王のみである。
クリスが国王の血縁者であろうと認められない。
10歳に満たない王女がいうなら戯言と思えたが、去年のことらしい。14歳でこれと聞くと不安になる。
臣下に側妻を持てというのは即ち国王になれと言っているようなもの。
「仮にヴィヴィアがいなかったとしてもあの子を妻にはしません」
クリスの疲弊した声にヴィヴィアは苦笑いした。
「その、よかったのですか? 国王の願いを無視したことになるのでは」
「あくまでお願いで命令ではありませんでした」
国王の願いを跳ね除けられる地位にいたのを忘れていた。
「命令だったら私はあなたとは結婚できなかったかもしれませんね」
「命令でも結果は同じです。私はあの王女とは一緒にはならない」
クリスはヴィヴィアの手を握った。
「私はどんなことがあろうとあなたを妻にしていました」
あまりに直球な言葉にヴィヴィアは顔を赤くした。
あまり顔を見られたくなく、シオン・ノエルに声をかけた。
「次の劇は大丈夫?」
ヴィヴィアに声をかけられて二人は嬉しそうに笑った。
「はい! 次も楽しみです」
「お芝居て楽しいのですね」
二人とも楽しんでいるようで安心した。
「午後の部もお願いね」
元気な返事が返ってきた。
「あの子たちはあなたの助けになっているようですね」
「ええ、とても頼りになります」
ヴィヴィアは微笑んだ。
「ノエル」
クリスの口から出た名前にヴィヴィアは震えた。
「あの娘の名前は前の人生での私たちの子と同じ名前ですね」
「ええ」
だからだろうか。
ヴィヴィアにとって他人とは思えない。
「その子の名前を考えなければ」
クリスの言葉にヴィヴィアは首を傾げた。
「恥ずかしいことに、ベザリーに洗脳された状態でつけた名前で」
特に何も考えずにつけてしまった。
「あの子は春生まれだった。春にちなんだ名前に」
「いいえ」
ヴィヴィアは首を横に振った。
愛し気に腹を撫で、クリスに触れるようにいう。
「この子もノエルよ」
ヴィヴィアの言葉にクリスは首を横に振った。
「だけど、あれはクリスマスの置物をみて適当につけた」
「なら、今度は意味を持たせて」
ヴィヴィアは目を細めて言った。
「クリスマスはこの子の為に時間を使うの。あなたと私がこの子の誕生を待ち侘びていると」
生まれたらまず何がしたいか。
どんな服を着せたいか。
玩具は何がいいか。
絵画にこの子の姿を残したいから画家の手配もしたい。
「全部叶えられなくてもこの子の為に何がしたいかを一緒に考えるの」
今年のクリスマス、二人で過ごすもの。
来年は三人で過ごす。
絵本劇が終わる頃合いに、チャリティーイベントの中央に巨大なツリーが用意された。
色とりどりの飾りがついたクリスマスツリー。
魔法道具で暗闇の中でも美しく輝く仕組みになっている。
今年は賢者メドラウトも駆り出された為、輝きは去年の比ではない。
ツリーはクリスマスまでに飾り続けられる。
チャリティーイベント終了時の目玉である。
それは参加者たちにクリスマスの到来を知らせた。
「疲れた。来年はしない」
ツリーのお披露目と共に解放されたメドラウトはへとへとになり姿を現した。
「む」
ヴィヴィアを発見したメドラウトは声をかけようとしたが、すっと飛び込んできた雷獣に邪魔をされた。
「野暮なことはやめておけ」
そう言われてメドラウトは首を傾げた。
やめた方がいいというならそうしておくかと遠くで二人を眺める。
「なら、これはどうだ」
メドラウトは呪文を唱えた。
すると彼が作った魔法道具が反応して白く輝く雪の華を咲かせた。
ひらひらと舞う雪の華は輝き、宝石が舞っているようだ。幻想的な光景に子供たちは目を輝かせ喜びの悲鳴をあげた。
「おい、あれはクリスマス当日のやつでは?」
「当日まですごいのを用意すれば良いだろう」
雷獣の言葉に何ということはないとメドラウトは笑った。
「ヴィヴィアにはしてもらいたいことがある。ほんの少しのお膳立てだ」
雪の華が降り、子供たちがはしゃぐ。
それを眺めながらヴィヴィアとクリスは手を繋いだ。
(第二部 終)




