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空気を読まなかった男と不良未満少女の、ひとつ屋根の上交流日記  作者: 未紗 夜村
第九章 もっと繋がったり、もっともっと繋がったり。
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五月二日(火・5)。ばーべきゅー、準備1。

 ちょっと考え事をしながら、足りないものや欲しいものをちょいちょい集めてきて、程なく買い物を完了。通勤ラッシュから流れてきた人だかりと入れ替わるようにして、俺は宵闇迫る屋外へと歩み出た。


 店先で営業してる屋台や花屋の間を、あの娘たちの姿を探してうろうろきょろきょろ。してたら、その横の駐輪スペースの奥まったところに、雨宿りのような風情で人混みから避難してる三人娘を発見。


 俺は両手に下げた買い物袋をよっと持ち直し、人の流れを掻き分けて彼女達のもとへと歩み寄っていった。


「ただいまー」


 俺が声を掛ける前にこちらの存在に気付いていた三人娘は、特に戸惑うことなくそれぞれの反応を返してきた。


 詩乃梨さんは、当然みたいな顔で「ん。おかえり」ととても自然にお返事。香耶は、浅くお辞儀しながら「おかえりなさい」と小さく呟いて。佐久夜は、刺身の入ったレジ袋を天高く掲げながら「おかえりー!」と元気よくあいさつ。


 愛らしい女の子達の、三者三様の歓待。俺は頬をゆるっゆるに緩ませながら、ふと先程から気になっていることを訪ねてみた。


「なあ、なんでみんなして仲良くお手々繋いでんの?」


 そう。彼女達はなぜか、詩乃梨さんの両手をそれぞれ香耶と佐久夜が恋人繋ぎで確保する、という陣形を取っていた。女の子ってわりとこういうスキンシップしたりするけど、佐久夜はともかく詩乃梨さんや香耶が積極的にこういうことするのってなんとなくイメージと違う気がする。


 顔を赤くして俯いてしまった香耶と脳天気に笑うだけの佐久夜の代わりに、詩乃梨さんが拘束された両手を軽く揺らしながらちょっと照れくさそうに答えてくれた。


「これは、『ごめんなさい』と、『ありがとう』の、スキンシップです。……で、意味わかる?」


「ぬぅーん……? ……もしかしなくても、さっきの店の中での騒動に対して、ってことかい?」


「ん。そう。……だから、こたろーも二人とやる?」


 やりたい。でも香耶は学生鞄、佐久夜は刺身、俺は各種戦利品でそれぞれ手が塞がってるから物理的に無理です。まあ、塞がってなかったとしても、こんな人の多い所でおっさんと女子高生がベタベタするわけにはいかんから駄目だけど。ていうか、さっきそれが理由で二人に迷惑かけたのに、反省した端から同じ過ち繰り返してたらアカンでっしゃろ。


 そもそも、香耶も佐久夜も好き好んで俺と恋人繋ぎしたがるわけないしね! 香耶がちらちら向けてきてる上目遣いも、佐久夜が「あー」とか息吐きながら向けてきてる物言いたげな視線も、『しょうがないから、やりますか?』&『せっかくやし、ここはやっとく?』みたいなお誘いの意思が籠もっているわけなどないのです!


 だから俺は、詩乃梨さんの提案に対して首を横に振り、代わりに買い物袋を――その中に入っているはずのブツを――軽く掲げて見せた。


「俺は俺でちゃんと考えてあるから大丈夫。……香耶、佐久夜、さっきはごめんな。あと、俺と詩乃梨さんのこと、注意してくれてありがとう。……そしてしのりん、これ決して無駄遣いなどではないと思うので、どうか許してつかぁーさい……」


 と、誠心誠意頭を下げてみましたところ。香耶と佐久夜は若干呆れ混じりながらも微笑みと首肯をくれたんだけど、詩乃梨さんはちょっとむっとした様子でガンを飛ばしてきました。


「わたし、『そういう出費』を無駄づかい扱いするほど、心まで貧しくないもん……。ふん。バーカ」


 あ、今の罵倒はいつもの照れ隠しじゃなくて完全に怒ってるやつだった。こりゃまずい。


 俺はひとつ深呼吸をして心を落ち着けてから、ぐつぐつと憤りを煮込んでいらっしゃる詩乃梨さんの眼を真っ直ぐに見つめつつ、真摯な想いを台詞に変えた。


「ほんと、ごめんな。俺、詩乃梨さんのこと、ちょっと見くびってたみたい。でももう絶対そんなことしないから、安心して」


「むー。………………ほんとに、もうだいじょうぶ? わたしのこと、見くびらない?」


「うん。むしろ、ますます詩乃梨さんのこと尊敬しちゃった。普段からお金に関してすごくきちんとしてるのに、『そういう出費』は惜しまないって、すごく人として立派で素晴らしいなぁって思います」


「……………んー。……むぅー……」


 あれっ、俺とっても素直に褒めてるのに、詩乃梨さんはちょっと渋い顔だ。怒りは去ったみたいだけど、照れたりしてくれる気配は無し。


 詩乃梨さんはしばらく唸ってから、気落ちしたような溜息と共に心情を吐露した。


「……こたろーに『人として立派』って言われても、なんか、嬉しくない……。だって、こたろーってそんな『ザ・常識人』みたいなやつら、きらいでしょ?」


「うんまあ確かに否定はできないけど、いくら俺だってそんな無差別に常識人を敵視してるわけじゃないからね? ……けど、じゃーちょっくらリトライするか。

 ――『おともだちに対しては極端に激甘になっちゃう詩乃梨さんって、とっても愛らしくて胸がきゅんきゅんしちゃいますね!』」


「……………それ、ちゃんと正しくリトライできてるの……? ……でも、もう、それでいいや」


 詩乃梨さんは今度こそ照れの色彩を頬に滲ませながら、笑いたいのを我慢してるような表情でふいっとそぽを向いた。うんうん、この一見捻くれていながらその実どこまでもストレートな愛らしさ、これぞまさに詩乃梨さんって感じだよね。


  思わず小さな笑い声を漏らしてから、俺は「さって!」と仕切り直しの台詞と共に三人娘を見回した。


「無事に買うもんも買ったことだし、お待ちかねのバーベキュー、いきまっしょい?」


 その、俺の呼びかけに。三人の愛らしい女の子達は、温度も仕草もばらばらなれど、皆一様に喜色を浮かべながら応じてくれた。



 ◆◇◆◇◆



 何事も無くアパートへと帰還した俺達は、そこから一旦二手に分かれた。女の子達は詩乃梨さんの部屋に寄ってお泊まりの用意を整えて、俺はその間に自分の部屋行ってバーベキューの準備を進めておく、そういう段取りである。


 であるのですが、こういう時の女子は色々やることあるだろうから時間かかるだろーなんて気を抜いてちんたら作業しておりましたところ、俺の想定よりずっと早く詩乃梨さん達がマイルームへやって来ちゃいまして。みんなが来る前にさら~っとカッコ良く準備万端整えておいて『デキる男』な俺を見せつけてやろうと思ったのに、今俺はクローゼットに頭突っ込んで間抜けなおしりをみんなに見せつけてます。


 ごそごそごそごそやってる俺の肛門に、佐久夜とガールズトークしてた香耶が怪訝そうな声を投げてくる。


「……それで、琥太郎さんはずーっと何やってるんですか? 早くおしり引っ込めた方がいいですよ、佐久夜ちゃんがすーっごくいたずらしたそうに瞳輝かせてるんで」


「う、うう、うち、そんなことしないもん! こたちーのお尻の穴はしのちーのモノやから、もしうちがちょっかいかけるとしてもせーぜーおしりのお肉をもみもみ揉みしだく程度やぞ! こんなんいたずらの内に入らへんよ、絶対!」


「今俺の尻にちょっかい出したら、そいつ刺身とタン食わせないからな。ただし詩乃梨さんと香耶は除く」


「うちだけピンポイントに拒絶!? なんでや、なんでしのちーはともかくかやちーまでオッケーなんよ!?」


「だって、そもそも香耶はそんな悪戯しないし。……………………お、あった」


 ようやくお目当てのものを発見し、積み重なった空き箱を片手で持ち上げながら、テーブルクロス引きの要領でしゅばっと引っこ抜いた。


 取り出したるは、何の変哲も無い、ただの新聞紙だ。ちなみに、こいつを購入したのは記事を読むためなどではなく、ネットオークションに出品する際にダンボールと品物の隙間に詰め込むためだったりします。そして今日も、この新聞紙は本来の用途とは全く異なる使われ方をしちゃうのですよ。


 必要な分だけ三、四枚ほどてきとーに抜き取って、残りは再びクローゼットの肥やしにし、俺は若干湿気臭い空間からようやく頭を引っこ抜いてからからと戸を閉めた。


 新鮮な空気を肺に満たしながら、こたつの方へくるりと振り向いて――



 ――超至近距離からこちらを見上げていた香耶と、ぴたりと目が合った。



「……………………………………え、お前、何してんの?」


「…………………………いえ、だって、佐久夜ちゃんが……」


 香耶が身を離しながら気まずげな顔で視線を逸らし、こたつに陣取っていた佐久夜があははーと脳天気に笑う。


 宙を彷徨う香耶の手が、力なく閉じたり開いたりを繰り返してることと合わせて考えると、どうやら香耶は佐久夜に唆されて俺の尻をマジで揉みに来たようだ。………………え、マジで? 自分で推測しておいてなんだけど、え、まじでこの眼鏡っ娘、俺のおしり揉み揉みしにきたの?


「…………………む?」


 恥ずかしそうに俯く香耶、まじまじと凝視する俺。そして俺は、話の流れと全く関係の無い事柄に気がついた。


 香耶の格好、学校の制服から私服に変化してる。安定の黒タイツはそのままだけど、香耶らしからぬ短め丈のフレアスカートを履いて、これまた香耶らしからぬ盛大にだぼだぼしたパーカーを身に纏っている。どっかで見たことあるコーディネートだなと思ったら、これ詩乃梨さんの服か。


 ふと見てみれば、こたつから覗いてる佐久夜の上半身もパーカーに覆われてる。たぶん下半身は香耶と同じくフェミニンなスカートを履いているのだろう。


 二人が着ている衣装は、ほぼ同一のデザインだ。けれど、ぱっと見では全く異なる意匠であるかのような錯覚を覚える。それは、香耶はファスナーを喉元まできっちり上げて胸も体型も覆い隠してて、逆に佐久夜はファスナー全開で白いTシャツも胸の程良い隆起も丸見えっていう、二人で事前に打ち合わせしておいたみたいに全く逆ベクトルの着こなしをしているせいだろう。


 ちなみに詩乃梨さんはどんな格好なのかなー、と思って台所の方にちょいと首を伸ばしてみたら、こちらの様子を見守っていたらしい絶賛米とぎ中の詩乃梨さんと視線がごっつんこした。


「………………………………」


 詩乃梨さんは、特に快も不快も浮かんでいないフラットな表情で俺を見つめ続けながら、『これ、先に目を逸らした方が負けなの?』みたいな感じでノールックで米を研ぎ続ける。


 そんな彼女の現在の服装は、ケモミミフードが付いている以外はオーソドックスな意匠のパジャマだ。折角のフードは今日も被られることなく垂れているけど、首の両脇でくくった左右の髪を胸元へ垂らす猫又スタイルなしのりんがよく見えてて、これはこれでとっても愛らしいので良し。


 俺は眼福を堪能しながら、目が合ったついでってことでちょっと質問してみた。


「ねえ。詩乃梨さんは、俺が香耶にいたずらされてたら、嫌な気持ちになっちゃうかい?」


 ガタッ。近間の香耶が高速で後ずさり、遠間の佐久夜がこたつに手を突いて身を乗り出して来た。


 詩乃梨さんは、相も変わらぬ凪いだ瞳で二人の様子を眺めてから、「ふむ」というどっかの土井村琥太郎みたな吐息の後に返答した。


「わたし、やきもち焼いた方がいい? じゃないと、こたろーがまた寂しがる?」


「んー……。いや、今は特にそんな感じでは無いかな。俺、寂しくなんかないから、詩乃梨さんは心穏やかでいてくだされ」


「ふぅん……? …………………………。あのね、言っておくけど、私の知らない女とそういうことするのは、絶対だめなんだからね? いい? わかってる?」


「わかってるって。詩乃梨さんが極端に激甘なのは、身内に対してのみなんでしょう? そういう常識的に考えたらあんまりよろしくない部類の考え方、でも俺個人としてはものすっっっっっごく好みですっ!」


「……ん……。そっか。なら、良し!」


 詩乃梨さんは俺に好みだと言われたことが嬉しいみたいで、ちょっとはにかんだ笑顔で快く『良し』をくれた。


 と、いうわけで。詩乃梨さんが米研ぎに専念し始めたのに合わせて、俺も意識を『詩乃梨さんの身内』な呆け面の二人へと戻し、欧米の人みたいに大仰に両腕を広げながら宣言した。


「詩乃梨さんのオッケーも出たことだし、思う存分俺の尻を揉むがいい――」


『けっこうですっ!』


 速攻で拒絶の二重奏を投げつけられた。なぜだ。きみら二人共俺の臀部に興味津々だったんじゃないのかね。


 などと内心で疑問符を生じさせていたのは俺だけではなかったらしく、佐久夜がこたつから這い出てきて香耶を後ろから抱き締めながら問いかけてきた。


「こたちーもしのちーも、ほんとにそれでええの? しのち-って、浮気とかめっちゃめっちゃ大嫌いやん? それにこたちーだって、さっき『俺の尻触ったら刺身とタン食わせねぇ』って言うてたやん? ……………………ねえ、ほんとに、やってもええのけ?」


 お、前半はおそるおそる風味だったのに、最後にちろりと期待の炎を覗かせたぞ。むっふっふ、なんだー、やっぱり俺のセクシーなお尻にメロメロだったんじゃないかぁ~。にやにや。


 でも、香耶はまだ若干以上に気後れしちゃってる感じだから、実際にセクハラさせるのはちょっと可愛そうだな。こういう風に改まってやるんじゃなくて、流れの中でさら~っとサービスしてあげることにしようか。


 ひとまずそういう方針で固めておいて、っと。俺は、詩乃梨さんと佐久夜にじーっと観察されながら、手に持ってた新聞紙を香耶の頭へぺしりと置いた。


「俺と詩乃梨さんは、もうお前らのこと完全に身内だと思ってるからさ。軽いセクハラくらいならそのうちやらせてあげるから、今は取り敢えずメシの準備しちゃおうぜ」


「………………あの、これ、新聞紙、私、頭、叩く、なんで……」


「ああ、これ油跳ね防止用な。何枚かこたつの上に敷いといてくれる? 端っこの方が余ったら、そこを折り返して軽く壁作ってくれ。それでほぼ完璧に汚れをガードできるから」


「……………………え、あ、はい……?」


 香耶はやや間抜けな声で返事をしながら、怖々とした手付きで新聞紙を受け取った。


 手にしたそれぼぼんやりと眺めてから、香耶は非常にきょとんとしちゃってる顔で俺を見上げてきた。その様子があまりにきょとーんとしすぎてたので、俺まで思わず同じような顔で香耶をまじまじと凝視してしまう。


 見てみれば、香耶の背後霊と化してる佐久夜まで似たような顔しちゃってるし。なんだろ、俺そんなにおかしなこと言ったかな?


 そのまま、しばらく三人で顔を見合わせて。やがて、炊飯の準備を終えた詩乃梨さんが、水気の残る手を軽くふりふり振りながらやって来て、くりくりの純真なお目々で俺を見上げながら一言。


「もしかして、こたつでバーベキューする気なの?」


「え、うん。そのつもり、だけど……。……え、なんかまずい?」


「まずいとか、まずくないとかじゃなくて、どうやるの? ………………こたつをひっくり返して、遠赤外線で――」


「なんでやねん! いくら俺だってそこまで常識知らずじゃないからね、こっちに焼き肉用のホットプレート持って来て焼くってだけだからね!?」


 詩乃梨さんの中のこたろー像が非常に心配になってきちゃった俺とは対照的に、三人娘達は非常に安堵した様子で一様に『あぁ~!』と得心の声を漏らした。


 思い思いに行動し始めた少女達をしばし見守ってから、俺は台所へと向かった。そして、天井近くに設置されてる収納を開けて中をごそごそと漁る。


 最近使ってなかったから、けっこう奥の方行っちゃってんな。背伸びしながらだと、ちょっと探すのキツいかも。


「こたろー、この椅子、使っていいやつ? ……乗る?」


 そんな健気な声の発信源は、立てかけてあった折り畳みの木製チェアを両腕で抱えた詩乃梨さん。


 俺は笑顔で首肯し、詩乃梨さんが慣れない手付きで設置してくれた椅子へと、強度を確かめながらゆっくりと登った。


「……お、有った有った。詩乃梨さん、これ受け取ってくれる? 重いから気を付けてね」


「あーい」


 ベテラン夫婦のようにスムーズにやりとりを交わし、ホットプレートの入った箱をつつがなく受け渡し完了。こたつへ向かう詩乃梨さんを見送りながら、俺は椅子を元の位置へ片付けて、今度は流し下の棚をごそごそ漁り始める。


 今度は大して苦労することなく、目的の品――串と、小皿サイズのすり下ろし器を見つけ、それを軽く掲げて見せながらみんなの方へ声を放った。


「なあ、バーベキューなんだし串焼きもやるか? あと、一応にんにくも買って来たんだけど、使ってもいいスかね? ブレスをケアする丸薬もちゃーんと持っておりますゆえ」


 ホットプレートの設置に悪戦苦闘していた少女達は、動きを止めてお互いに顔を見合わせ、こしょこしょと作戦会議。それから話がまとまるまで紆余曲折があったようだが、ともあれ、佐久夜がスキップするような足取りでスカートをふわふわ揺らしながらやって来て結論を報告してくれた。


「にんにく、うちがやるー。んで、うちが一番いっぱい使うー。こたちーは食材切っておくれよ、それをあっちのかわいこちゃん達がちまちま刺してくからさー。あ、それとも、こたちーがかわいこちゃん達に自慢の串を突き刺したぁい?」


「唐突な下ネタやめなさい、もっと慎み持って、慎み。……あとお前、靴下どこやったの? なんで完全に生足素足?」


「どうせ後でお風呂入ったら脱ぐんだし、いーじゃんかぁ。…………あ、もしかして欲情しちゃった? これ、そそる?」


 YES。


 でも俺は敢えて何も言わず、串とすりおろし器を佐久夜に押し付けて、冷蔵庫からにんにくやら肉やら野菜やらを手当たり次第に取り出す作業に没頭した。煩悩退散、自重しろ俺、あくまでもセクハラOKなのは彼女達から俺に対するものだけだ、俺から彼女達にそういう目を向けるのはダメよ駄目だめ。


 色即是空、空即是色とあんまり意味はわからないけど何となくかっこよさげな呪文を呟いて、心を落ち着かせていく俺。やがて明鏡止水の境地へ至る頃にはめぼしい食材を粗方取り出し終えたので、冷蔵庫の扉をケツで閉めて、腕の中に抱えた品々を調理スペースの足元あたりへどさりと置いた。


 置いたついでにヤンキー座りした俺は、ひとまず山のてっぺんに乗っけていたにんにくを佐久夜へパスして、さて残りはどういう順番で処理してくかなと軽く思案。


 そしたら、にんにくの皮を剥き始めた生足素足少女の向こうから、黒タイツ履いた眼鏡っ娘がいそいそと歩み寄ってきて、考え込んでる俺の気を引くように眼前でゆらゆらと手を振った。


「あの、琥太郎さん、ちょっといいですか――ひぃッ!?」


 揺れてる手に飛びついたら、思いっきり悲鳴上げられちゃいました。しかし、俺は敢えて香耶ちゃんのお手々を放さぬまま、何の気なしに問いを放る。


「んで、なんか用だったか?」


「……………………え、あ、あの、て、てっ、なんで、にぎっ」


「用件言ったら放してやる」


「………………………………………………これ、浮気――」


「ではありません、ただのスキンシップです。ほら、詩乃梨さんだって怒ってないし」


 こたつの方では、ホットプレートの各種アタッチメントを興味深げに観察してた詩乃梨さんが、横目にこちらをちろりと見ながらうんうんと首肯してくれてる。


 けれど、詩乃梨さんはいきなりはっとした表情になり、やや慌てたような様子で俺をちょいちょいと手招きしてきた。


 なんだろ、詩乃梨さんも俺に用事なの? ……というより、詩乃梨さんが用事あるから香耶が伝令に来たって流れだね、これたぶん。


「……香耶、なんか俺お呼ばれしてるみたいだから、悪いけど食材切っといてくれる? お前、包丁の扱い上手だよな?」


 よっくらしょと立ち上がりながら台詞を放ってみたところ、香耶は開放された手を胸元でさすりながら「え?」と間の抜けた声を返してきた。


「……琥太郎さん、私が包丁使う所、見ましたっけ?」


「見たっていうか、夢うつつ状態で聞いてた。この前のカレーの時、お前すげー軽快なリズムでにんじんか何か切ってただろ? いいねぇ、料理上手な女の子。とってもポイント高いと思います!」


「…………………………はあ、そうですか……。ポイントなんかどうでもいいんで、さっさと詩乃梨ちゃんの方行ってください」


 香耶は、詩乃梨さんばりのぶっきらぼうな口調で言い捨てると、佐久夜の隣に並んで食材の処理に取りかかってくれた。


 佐久夜がめっちゃにやけた面で香耶のことじろじろ見てるんだけど、そんな視線を香耶は全力で意識の外に追い出そうと頑張ってる。ちょっとでも反応したらイジり倒されると思ってるんだろう。でもね香耶ちゃん、貴女がどれだけノーリアクション決め込んでも、貴女のほっぺたは勝手にみるみる紅潮してきてるから、その辺をもうすぐイジり倒されることになっちゃうと思うわ。……つか、ポイントなんかどうでもいいとか言っておきながら、めちゃめちゃ照れてんじゃんお前……。


 俺もなんだか照れてきちゃったので、その場は香耶と佐久夜に任せて、さっさと詩乃梨さんの下へ向かった。

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