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空気を読まなかった男と不良未満少女の、ひとつ屋根の上交流日記  作者: 未紗 夜村
第九章 もっと繋がったり、もっともっと繋がったり。
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五月二日(火・6)。心の汗の味がする。

「しのりん、なんか御用?」


 膝立ちになりながらあごに手をやって考え込んでいる詩乃梨さん。彼女の視線の先には、テーブルクロス代わりに新聞が敷かれたこたつと、その上に乗っかってる準備万端なホットプレート本体、それに換装用の各種プレート類だ。


 詩乃梨さんは俺の呼びかけにも気配にも目線を寄越さぬまま、ホットプレートをちょいちょいと指差して自信なさげに問うてきた。


「これ、新聞紙燃えない? だいじょぶ?」


「ああ、裏の方は熱くならないから大丈夫だよ。あと異常発熱したら勝手に止まるはず、たぶん」


 俺は答える傍らで、詩乃梨さんのケモミミフードを銀色の頭頂部へひょいっと被せた。これ何の耳なんだろ、アライグマ? タヌキ? まあ可愛いからなんでもいいか。


 詩乃梨さんは俺の奇行にも一瞥もくれず、お次は換装用プレート類をつんつん突っつきながら若干震えた声で重ねて問いかけてくる。


「……とりあえず、網のやつセットしたけど、こっちの波打ってるやつの方がいい? これ、焼き肉用だよね?」


「ああ、どうすっかな……。……じゃあ、前半は網で串焼きやって、後半は波のやつでふつーに焼き肉やるか。あとたこ焼き用のやつは明日使おうぜ、たこ焼きの素買って来てあるから」


 俺は何の気なしに詩乃梨さんの背後へと周り、膝立ちな彼女のふくらはぎを跨いで、同じく膝立ちの体勢を取った。そのまま、詩乃梨さんの背中やお尻へ身体を密着させて、両腕を詩乃梨さんのお腹へと回して抱き締める。嗚呼、しのりんってばちょーイイにほひ……。薄い生地に包まれた女の子のぬくもり、なにこれすごい、あったかい、心があったかい。


 しばらく俺にされるがままだった詩乃梨さんは、やがてかたかたと全身を震えさせ始め、猫又なしっぽをを胸元でぎゅーっと握りながら、裏返りそうなほどに震えまくった声で爆弾を放ってきた。


「……こたろーくんは、いま、しゃせー、したい、ですか?」


「…………………………え、なにそのド直球な問いかけ。したいよ、俺はいつだって詩乃梨さんのお腹の中にたっぷりと注ぎ込みたいよ。でもあんまりそういう破廉恥なこと言わないでね、だってほら、佐久夜と香耶がすごい顔でこっち見てるし」


 いつの間にか食材を操る手を止めて全力でこちらを凝視していた二人は、すぐさま白々しいまでに自然な動作で作業を再開した。でもやっぱりこっちの様子が気になるみたいで、何秒もしないうちに佐久夜も香耶も視線や手元がふらふらと覚束なくなる。


 香耶の指を血みどろにさせるわけにはいかないし、佐久夜の指のすり下ろしを食べたくもないので、これ以上は自重しといた方がいいだろう。と、頭ではそう思ってるんだけど、俺の腕は詩乃梨さん細い身体を抱き締めたまま放してくれず、俺の腰も詩乃梨さんのお尻に向かってくいくいと前進することをやめない。


 いや、だって、ね? 自重っていうならさ、今日はおがわで既に自重頑張ったんだから、家の中でくらい自分に正直になりたいっていうかね? 今日だけじゃなくて今後二年くらいは人目の多い場所でのバカップルを自重しなくちゃいけないんだから、せめてプライベートな空間では心置きなく詩乃梨さんを堪能したい。


 詩乃梨さんは、どう思ってくれているだろうか。なーんて、改めて訊ねるまでもない。だって、詩乃梨さんのケモミミフードに包まれた頭が、俺に甘えるみたいにすりすりと擦り寄ってきてるから。それに、詩乃梨さんのお腹に回してた俺の腕が、詩乃梨さんの手によって下腹部近くへ――子宮のあたりへ誘導されてる。



 あ、これ今すぐノクターン行けちゃうわ。



「………………………………………………」


 いやいやいやいや、今はお食事が先よ、性欲より食欲が先なのよ。じゃあ後で性欲満たすのかっていうと、たぶんそれは無理だけど。だって今日は折角香耶と佐久夜が来てくれてるんだから、俺が詩乃梨さんを独り占めするなんて、そんなのよくないと思うし。


 それに。今日は、香耶を元気づけるための集いだろ? まあ、香耶ちゃんってば既にすっかり平常運転になってる気もするけど、やっぱ初志は貫徹しないとな。だから今日はノクターン無しでーす!


 そう結論した俺は、詩乃梨さんからゆっくりと身体を離――せない。


「こたろー……」


 なんて、詩乃梨さんがちょーせつないお声で鳴くんだもの。鳴くだけじゃなくて、全身を俺にもたれかからせるようにして体重も心も預けてきてるんだもの。詩乃梨さんの求めているものが、俺の求めているものとがっちり噛み合ってしまい、しかもより強固に絡み合おうとしているのだから、こうなってしまうとそう易々と引き離すことなんてできはしませんぞ。


 でも、友達を自宅に招いておきながら、それをほっぽって彼氏といちゃつくなんて、そんなの心象最悪すぎてヤバいだろ。と不安に思いながら、香耶と佐久夜の様子を改めて伺ってみると。


「――ごくり」


 二人して、最早誤魔化すことすら忘れちゃってるような風体で、俺と詩乃梨さんへ並々ならぬ熱い視線をなみなみと注ぎながら生唾飲んでいらっしゃる。作業が完全に止まっちゃってるけど、無理に続けて血みどろになられるよりずっとずっとマシなので指摘はしない。


 ともあれ。どうやら香耶と佐久夜は、土井村夫妻のいちゃらぶに対して寛容であるらしい。というより、『これよりもっとすごいいちゃらぶ』を是非にと言わんばかりに熱望している様子ですらある。


 ぶっちゃけ、俺と詩乃梨さんのえっちを鑑賞したいようです。


「…………………………………………」


 今後の展開の選択権が俺の手に委ねられたのを、肌でひしひしと感じる。俺がこのまま詩乃梨さんの服の中へするりと手を滑り込ませて秘所と生乳を愛撫するならばノクターン直行、逆に血涙流しながらこの腕の中の温もりを手放すならばバーベキューの準備が再開の運びとなる。


 俺は、大層悩み抜いた末に、皆の耳へ届くように配慮しながら詩乃梨さんへと優しく囁いた。


「『後で』、えっちしようか」


「……………………後で? ……今すぐ、じゃないの?」


「俺からアプローチしといてなんだけど、今すぐはやめとこ? 折角香耶と佐久夜が来てるんだし、それにいっぱい美味しそうなものも買って来たんだし、まずはみんなでバーベキューをうんと楽しもうよ。……で、その後は、まあ……」


 香耶と佐久夜に見せてあげながら、えっちしよう。


 そんな、倫理的にアウトすぎて言葉にすることを躊躇った台詞を、詩乃梨さんはちゃんと読み取ってくれたみたいだ。詩乃梨さんはちょっと恥ずかしそうにのどをごろごろと鳴らしながら、キッチンで硬直してる二人と視線を交わらせて、しばしの空白の後にこくんと素直に頷いた。


「かやとさくやに、見せながら、えっち、します。………………それなら、みんなで楽しくなれるもんね」


 ……なんなら、みんなでもーっと楽しくなれちゃう方法もあるんだけど、今は敢えて言うまい。流石にこれ言っちゃうと、ただでさえ非常識扱いされてるこたろーくんが、最早リカバリー不可能な致命傷を負うことになっちゃいますので。


 詩乃梨さんが不意に見せた思い遣りに満ちた微笑みに、香耶と佐久夜が揃って呆けたような顔を返してきた。けれどその後の反応は多少異なってて、香耶は顔中をぼふんと沸騰させて鬼神の如き勢いで食材の下ごしらえに没頭してるフリを決め込み、佐久夜は頬をじわじわと紅潮させていきながら意味無く「えへへー」とわざとらしく笑った。


 佐久夜は、笑うだけじゃなくて何かを言いかけたみたいだけど、ふと俺と視線が合うと同時に台詞を放棄し、つつーっと逸らしていった目線を自らの手元へ頑なに固定した。しかし気持ちはふわふわふらふら宙を彷徨っているようで、散発的に摺り下ろされるにんにくが、じゃーこ……じゃこりっ……と心不全や不協和音のような歪な音色を奏でる。


 ……どうやら、俺だけじゃなくて、佐久夜ちゃんも『みんなでもーっと楽しくなれちゃう方法』に思い至っちゃったみたいね。香耶を遥かに超えるレベルで顔面が赤熱していってるぞ、あいつそのうちぶっ倒れるんじゃね?


「…………………………」


 俺は、最後に詩乃梨さんを一際強く抱き締めてから、ゆっくりと身体を離していった。


 ――今すぐには、えっちしない。けれど、後でする。


 詩乃梨さんとは、確実に。………………あと、たぶん、なんつーか、あっちの二人ともそのうちたぶんやっちゃいそうね、詩乃梨さん含めたみんなの反応からして――いやほんとはやんないと思うけど、でもえっと、やりそう、やらないけどやりそうで、ああもうこれなんて言ったらいいかわかんねぇよぉぅ……!



 ◆◇◆◇◆



 ぎこちない高熱に冒されつつあった場の空気は、それぞれの作業に集中している内にわりとあっさり霧散した。


 香耶が量産した一口サイズの食材を、佐久夜がこたつへピストン輸送し、俺と詩乃梨さんがどんどん串に刺していって。その傍らで手が空いた人が、小皿や焼き肉のタレ、串焼きにしない肉と野菜、それに特大刺身パックや醤油やわさびなんかも持って来て、こたつの上や周りをどんどん賑やかに飾り付けていって。


 そうして程なく、『ご飯とお寿司はまだだけど、ちょいとお先にバーベキュっちゃう?』みたいなわくわくそわそわ感が皆の心に芽生え始め、みんなしてまるで示し合わせたようなタイミングでそれぞれの席へ着いた。


 ちなみに各人の配置は、キッチン方向には俺と詩乃梨さんが隣り合って座り、その対面が香耶、んで壁側が佐久夜となっている。


 それは、前回この部屋に集まった時と同じ陣形でありながら、前回とは異なって不自然なまでに一カ所だけぽっかりと穴が空いている布陣だった。


 座る者の居ないベッド側の席をぼんやりと眺める俺に、ほのぼのとガールズトークしてたかしまし娘達がきょとんとした眼を向けてきた。


「こたろー、どうしたの? …………わたしのとなり、狭い?」


 やや不安げに問うてきた詩乃梨さんに、俺は朗らかに笑いかけながら首を横へ振って見せた。


「いや、別に席移りたくてそっち見てたわけじゃないから。ってか、俺いつも詩乃梨さんと隣同士で座ってるじゃん。なんで今更?」


「ん……。だって、なんか、バランス悪いよね、これ……」


 うん、まあそうね。一番座りやすそうな場所が空席になってて、佐久夜が好き好んで壁の方に挟まってて、俺と詩乃梨さんが好き好んで一カ所に収まっててって、これだいぶ不格好っすね。事情を知らない人が見たら『こいつら何やってんの?』って思われちゃうこと請け合いである。


 唯一まともな座り方してた香耶が、きょろきょろと視線を彷徨わせながら自信無さそうに口を開いた。


「……詩乃梨ちゃんと琥太郎さんが、別々に座る……っていうのは、ナシですよね。――あ、あの、これ誤解しないで欲しいんですけど、別に二人を引き離したいとかそういうのじゃなくて……」


「心配しなくても、ちゃんとわかってるって。お前、全然そんなことしないし」


 香耶は詩乃梨さんのことを愛しているのだと宣言してきたくせして、俺と詩乃梨さんの仲を引き裂こうとはしてこない。さっきなんかは、俺と詩乃梨さんがムツミゴトに及ぶのを積極的に希望してたくらいだし。やはり、香耶は生粋の同性愛者と呼ぶには少々以上に語弊があるような状態なんだろう。それか、詩乃梨さんを真に愛しているがゆえに、詩乃梨さんのしあわせを奪うような真似は絶対にしない、とかなのかな。


 詩乃梨さんは、香耶が俺と詩乃梨さんを引き離しがたるような理由が思いつかないらしく、しばし小首を傾げていた。けれど、そこは気にするようなことでもなさそうだと判断したのか、香耶の台詞の前半に対してのみ答える。


「わたしとこたろーは、いつだって、となり。こたろーのとなりは、わたしだけのもの」


 詩乃梨さんの声音は、およそこの世の常識を述べているにすぎないというような、えもいわれぬ説得力や安定感に満ちあふれていた。


 赤面するでもなく素面のままでするりと放たれた惚気台詞に、香耶は虚を突かれたようにたじろいだものの、すぐに「そう、ですよね。うん、そうです」と同意の首肯を返してきた。


 そうして見つめ合う詩乃梨さんと香耶の間に、これまた素面の佐久夜が上半身をぐいーんと乗り出して割って入ってくる。


「かやちーが言いたかったのはそこじゃなくてさー。あやちーが居ない心の穴をどうやって埋めよっかぁっていう、そういうことでしょー?」


 佐久夜の台詞に、香耶が再度こくこくと首肯し、詩乃梨さんも得心の鼻息を漏らす。


 どうやら、俺だけじゃなくてこの娘達にも、なんとなくこの席は綾音さんのものなんだっていう認識が有るらしい。ついでに言うと、俺を除いたこの娘達にとっては、今日この席に綾音さんが座ることがないってことも共通の認識であるような雰囲気だ。さらに言うなら、ただ単に招待していないというわけではなく、誘った上で断られたような気配でもある。


 どうにも出鼻を挫かれたような気持ちになりながらも、俺は半ば答えのわかってしまっている問いを皆に放った。


「綾音さん、今日なんか予定有るって?」


 途端、皆の表情が一様になんとも言えないビミョーなものへと変化。想定とは違うリアクションが帰ってきて戸惑う俺に、佐久夜が一転してわざとらしいほど晴れやかなお顔を向けてきた。


「あやちーはねー、あれだねー。実はうちの同類だったっていうかね?」


「………………………………。え、どこが?」


「素で返すのやめてー! うちとってもせつなくなっちゃうのぉー! うちだってね、あと三年もすればあやちーみたいなちょーぜつ美人さんに大変身しちゃうんやからねっ!」


「いや、お前はどうあがいても超絶かわいい系にしかならないと思う」


「………………………………。え、うち、今口説かれてる?」


 なんでやねん。と声もなく表情だけでツッコミ入れてやったら、佐久夜は大仰に「ぐふっ」とダメージを受けて死んだフリ。


 胸を押さえたポーズで瞳から光を消失させた佐久夜を、香耶が片手でくいっとぞんざいに押し退けて、会話を引き継いでくれた。


「綾音さんは、大学の課題を溜め込んでたとかで、今日はお友達のお家で泊まり込みで頑張るそうです」


「ああ、同類ってそういう……。………………え? 綾音さんって、ほんとにそういう系の子だったの? お勉強できない子……っつーか、夏休みの宿題を溜め込んで最終日に泣きながら消化するあほの子タイプ? え? あの綾音さんが? まじで?」


「……琥太郎さんの中で、佐久夜ちゃんがあほの子なのはともかく、綾音さんってどんな……、どのくらい高評価だったんですか…?」


「え、そりゃ、あれだろ。……見た目も中身も完璧で、文武両道、才色兼備、頭脳明晰でスポーツ万能な、高嶺の花的――」


「ぷひゃっ」


 え、なんかしのりんがめっちゃ愉快そうに吹き出しおったぞ。その上、肩をがたがた震えさせながら閉じた唇をぷるぷる言わせつつ必死に大爆笑を堪えていらっしゃる。


 確かに俺の言った台詞は陳腐すぎて爆笑ものというか失笑ものだったかもだけど、俺が綾音さんのことを高嶺の花扱いして半ば憧憬すら抱いていたってのは紛れもない事実だ。……まあ、ちゃんと会話するようになってからは、そんなイメージが速攻で瓦解したような気がしないでもないけど、それでも五年以上かけて醸成されたイメージは俺の中に根強く残っている。


 そんな先入観でごりごり凝り固まってる俺とは違って、詩乃梨さんは――詩乃梨さん『達』は、素の綾音さんをちゃんと見てるんだろう。気付けば、詩乃梨さんのみならず、香耶や佐久夜まで面白い表情で俺を凝視していた。


「……んだよ、言いたいことあるなら言えよ」


「い、いえ。琥太郎さんって、……ああ、そっか、なるほど、はい、そうですよね……。綾音さんのあの見た目と営業スマイルを考えれば、琥太郎さんみたいなチョロい人はそうなっちゃいますよね……。………………哀れな……」


「こたちー、おもしれェー! ぶんぶりょーどー! さいしょくけんびっ! たかねのぷははげらげらげら! まがおでっ、真顔で『綾音さんは、俺にとって高嶺の花なんだ……(遠い目)』とかまじウケるヒィーッ! ふひぃーッ!」


「わたっ、わたしの、こたろー、を、わらう、な、ばかっ、ばか、さく、や……。………………ぷはっ、ぷ、ぷ、ふふっ、ほんと、わらうな、わたし、まで、うつるっ、ぷ、ぷふっ、く、くひ、くひひひひっ」


 おいおいおい詩乃梨さんが腹抱えて轟沈したぞ、どんだけまじウケしてんの貴女。そんな酸欠になりながら笑い声抑えるなら、佐久夜みたいにこたつべしべし叩いて素直に大笑いしてくれた方がマシだわ。いやそもそも笑うなや。あと香耶の、あの本気っぽい哀れみの視線なんとかして、ほんと何とかして。香耶の中の琥太郎さん像が『チョロい通り越して哀れ』で固まりつつあるのほんとどうにかして。


 でも、あっそう、綾音さんって俺の思ってたのと違う娘なのね、へーふーん。勝手にもりもり妄想盛って高値の花扱いしててすみませんでしたぁー。勝手に十歳くらい年下の女の子に憧れの眼差し送っちゃっててどーもすみませんでしたねぇー! ふーんだ!


 いいもん、もうこの娘達ほっとくもん。勝手に笑ってろ、俺はもう一人でやけ食いしてやるもん!


「おい佐久夜、ビール寄越せ。お前さっき服ん中に隠しただろ。ネタは上がってんだよ」


「ふひひひひひひひひひひひひひひひひ――あふぅん♡」


 佐久夜がバグってたから、勝手にヤツのスカートのポケットに手突っ込んでミニサイズの缶ビールを抜き取ってやった。ちなみに今日買って来たアルコール要素はこれ一本だけである。そして俺はこの一本を一人で飲みきってやる。味見なんぞさせてやるものか。


 俺はプルタブをぷしりと開けて中身を一口啜り、口内に広がるえぐい苦みに思わず眉を顰めながら、ホットプレートのスイッチを最大火力までスライドさせた。


「香耶、串焼き取って。哀れな俺にお肉様を寄越しやがれ。一人でガンガン焼いてぱくぱく食ってやる」


「………………熱くなったら、私が焼いてあげますよ。……それまで、お刺身どうぞ」


 ミートを所望したら、フィッシュを数きれ小皿に取り分けて差し出してくれた。香耶が優しい。香耶の行動と、何より目つきが底抜けに優しくて、どこまでも痛い。俺の胸がぎしぎし痛む。俺が痛々しい。俺、イタい。


 俺は震える手を頑張って香耶に向かって差し出そうとしたが、それに先んじて、おしりを浮かせた詩乃梨さんが香耶の手からしっかりとお皿を受け取った。


 俺の隣へぺたんと腰を下ろした詩乃梨さんは、ぶるぶる震える肩を俺の腕に押し当ててきながら、ぷりぷり刺身を一きれ箸で掬い上げ、真っ赤なお顔を俯かせたままでぷるぷる震える箸先を俺の口元付近へ差し出してきた。


「は、はははは、はい、あーんぷぅーっふっふふっふっ」


「……………………………………」


 目測誤って頬にぐにぐに押しつけられてきた、極めて斬新奇抜な『はい、あーん』。


 俺はしばしジト眼で詩乃梨さんを見下ろした後、これ見よがしにて盛大に溜息を吐いてから、しょーがなしにぱくりとお刺身に食らいついた。


 望まぬ性行為を受け入れた生娘の思いでもごもご咀嚼したそれは、醤油も付いていないというのに、なんだかしょっぱい味がした。

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