16話
「だ…誰よ…貴方…」
修羅場ってのは起こるべくして起こるモノだ。
起こるべき要因が重ならなければ起きはしない。
仕事の締め切り前だったり人間関係の拗れだったり様々な要因で修羅場って言葉は使われる。
今回においては後者…人間関係の場合に当てはまる。
先輩の家から出て来たのは女の人だった。
見た目は凄い美人の女性だ。
悪いけど先輩には不釣り合いと言わざるをえない…そんなくらいに凄い美人さんだ。
どうしてこんな美人が先輩の家から?
考えれば考える程に解らなくなる。
答え合わせをしようにも肝心の野村先輩はこの状況が余程マズイと感じてるのかアワアワと挙動不審だ。
それはそれはとても挙動不審だ。
アワアワ慌てふためいてる滑稽な先輩も可愛いけどいい加減答え合わせがしたい。
最も無難な回答はこの美人は先輩の彼女か奥さん。
先輩は恋愛に興味が無い…そう勝手に思っていた。
奥手だと思い込んでた…。
でも…実際はこんな綺麗な人が家にいる。
この人は先輩の事をたっちんと呼んだ。
下の名前でしかも愛称でだ。
ただならぬ関係を想起させる。
でもどうしてだろう…恋人…まして奥さんだった場合ここまで狼狽える理由はなに?
まさか美人局?
あり得る話だ。
恋愛経験もなく女を知らずに生きて来た先輩の純粋な心はこんな見てくれの良いだけの詐欺師にも簡単に引っかかる……のかも知れない…。
まぁ…正直言っておいて何だけど美人局の可能性は薄いと感じている、先輩は純粋であっても馬鹿じゃない。
こんな簡単なハニトラに引っかかる程幼くも愚かでもないのだ。
無いですよね?
なら…答えは…
「こっ…答えなさいよ!あんた…っあんた誰なのよ!!」
「おっ…おちつけよ!彼女は会社の後輩だ!酔った俺を家まで送ってくれたんだ!」
「会社の後輩?いつも話してる頼りになる後輩って女だったの…?そんな…そんな…なによ!何よ!あんた!あんたは私からたっちんを取るつもりなの!そんなことさせない!させない!!」
「おっ…おい佳代!」
謎の美女…佳代…そうか、この美人は佳代っていうのか、
佳代は私の肩に掴みかかって睨みつけてくる。
美人の怒った顔は怖い、特に女の怒った顔は迫力満点だ、なまじ顔が整ってるから怖い顔にも迫力が増す。
私は昔から怖い顔をした女からこうして掴みかかられる事が多い。
寝取り女だとか略奪女だとか泥棒女だとか昔から散々言われてきた。
だからだろうか…もうこんな程度のヒステリー女の相手は慣れている。
彼女の両手を確認するも凶器は持ってない…この手の輩で一番怖いのは武器の所持だけどその心配は無さそうだ。
「落ち着いて下さい…私は野村先輩が言うように今はただの後輩です、ご心配なさらぬ様に。」
「い…今は…?」
「先輩にはいつもお仕事の事とか沢山お世話になってます。だから後輩として私には先輩を家まで送る義務があると思い同道したんです。だから奥様が邪推する様な事は何もありまそんよ?」
「お…奥様…?お…奥様…だなんて…」
「あら?奥様ではないのですか?」
「ち…違う…コイツはただの同居人だ…結婚なんてしていない!」
野村先輩が勘違いを余程正したいのか割り込んでくる。
と言うことは少なくとも結婚はしていない…つまり奥さんとかではないと
「成る程…奥様でないなら恋人さんですか?」
「ちっ違う!俺とこいつはそんなんじゃ無い!」
「じゃどうして女の人を家に上げてるんですか?もしかして御家族の方ですか?」
「さっきからベラベラと…何だって良いでしょ!?貴方には!部外者はとっとと帰ってよ!」
「そうはいきませんよ、会社の先輩が見ず知らずの女の人を家に上げてるんですよ?下手したら誘拐ですよ?貴方の素性をハッキリさせないと駄目でしょ?」
「わ…私はたっちんの彼女よ!結婚の約束だってしてるもん!」
成る程…家族の方…姉や妹の線は消えた。
「でも野村先輩は貴方と結婚する気は無いって言ってますよ?」
「そんなの照れ隠しよ!私とたっちんは幼い頃に結婚の約束をしてるのよ!?相思相愛なのよ!」
「巫山戯るなよ!俺はお前と…「たっちんは黙っててよ!私はたっちんと結婚するの!するの!するのぉ!!!」結こ…」
「はぁ…大きな声を出さないで下さい…御近所に迷惑ですよ?」
「何よ!何よ!澄ましてるんじゃ無いわよ!あんたたっちん狙いなんでしょ?私からたっちんを奪いに来たんでしょ?そうだ!そうに決まってる!」
「そうですね…私は野村さんに好意を寄せていますよ」
「え…?結城……さん?」
「やっぱり!」
「でも貴方が本当の奥さんであるなら身を引きますよ…野村さんに迷惑をかけたいなんて思いませんし…」
「だったら帰りなさいよ!」
「でも貴方は野村さんの伴侶なんかじゃないんでしょ?大方彼の優しさに漬け込んで上がり込んで依存してる駄目女とか?」
「なっ!失礼じゃないの!?だ、誰が駄目女よ!」
「駄目女でしょ?昔からの付き合いがあるなら幼馴染とかなんでしょうけど、そんなの大人になってまで持ち出すモノじゃない!貴方は野村さんに依存してる寄生虫よ」
「いっ…言わせておけば勝手にペラペラと!関係ないじゃないのよー!アンタには!」
「関係ない?だから何ですか?尊敬してる想い人が貴方みたいな寄生虫に取り憑かれてるなら助けたいって思うのが普通です!」
「言わせておけば寄生虫寄生虫って!私は被害者なの!可哀想なの!だから報われなきゃ駄目なのよ!」
「はぁ?被害者?何のですか?」
「そ…それは…」
「はぁ…野村さんも野村さんです…なんなんですか?彼女は?」
「あ……いや…」
「はぁ…全くもお…」
カオスな状況に誰もまともな判断が出来なくなっている、私も冷静さを欠いている。
このままじゃ駄目だ…何が駄目ってこのままこの訳の解らない女と野村さんを2人にするのはとても危険だ。
私の…女の勘がそう告げている。
でもやっぱり来て良かった…。
今日の飲み会は無駄じゃ無かった。
「野村さん行きますよ?」
「行く?何処に?」
「決まってます…私の家にです」
「家ぇ?だっ駄目だよそんなの…」
「そ…そうよ!駄目よー!たっちんを攫う気なのねアンタ!?この人拐い!!」
私と野村さんの会話に癇癪混じりに女が混じってくる。
こんな所でこんな訳の解らない女に邪魔はされたく無い。
このままここにいれば最悪警察とかがくる可能性もゼロじゃない。
そんな事になったら面倒どころの騒ぎじゃない。
「いいから行きますよ!」
「あ…ちょっ…」
私は野村さんの手を掴み走り出す。
野村さんは酔いは抜けて来ているみたいだけどまだ完全じゃないみたい。
まだ千鳥足が残っているみたいでまともに走れない。
こんなんじゃ直に追いつかれる。
そう危惧したけどあの女は追い掛けて来なかった。
「はぁはぁ…どうして…?」
「はぁはぁ………アイツは限定的な引き篭もりだ…追い掛けてはこないよ…」
「引き篭もり?」
「行き慣れてる所には行ける…近所のスーパーとかコンビニとか…でも少しでもコースをそれると途端に足が動かなくなる…だから追い掛けては来れない…」
「トラウマ…なんですか?」
「わからん…」
「わからん…って…一緒に住んでるんじゃないんですか…?」
「一緒には住んでる…でも会話らしい会話はほとんどしてない…アイツの過去にも興味ない…聞いてもしょうが無いだろ……」
「……、兎に角私の家に行きますよ…話はそこで詳しく聞かせて貰いますよ?」
「まっ…まて…こんな夜分にお邪魔なんて出来ないよ…俺はこのまま帰るから…」
「馬鹿言わないで下さい…このままあの女の所に帰るんですか?何されても知りませんよ?本当に…」
「そんな…大袈裟な…」
「先輩はもう少し危機感を持ってください…あぁ言う類は追い詰められると手段を選びません!何されても後悔しないなら構いませんけど後で泣き言を言わないでくださいよ?」
「うぐ…なら俺は何処かのホテルにでも泊まるよ…」
「私は一人暮らしですから親とかを気にする必要ありません。」
「え…いや…それじゃ…なおさらマズイよおれも一応男で…」
「うるさいです!つべこべ言わずについて来る!」
「はっはい……」
こうして私は半ば無理やり野村さんを自宅に連れ込む事に成功する。
まさかこんな形で彼を自宅に連れて来る日が来ようとは昨日までの私には想像すら出来ていなかった。
そりゃそうでしょ…
あんな女を家に囲ってたなんて予想出来る訳が無いのだから…。




