17話
「それで…?どういう事なんですか?ちゃんと説明してもらえるんですよね?」
結城さんに詰め寄られ俺は説明する事を余儀なくされていた。
今俺がいる場所は彼女の部屋、彼女が言う様に親の姿は見えない。
本当に一人暮らしをしているようだ。
しかし男の一人暮らしとはやはり違い整理整頓がしっかりされているし清潔感がある。
女の一人暮らしはしっかりと整理整頓がされていて清潔…そんなのは男の妄想だ!なんて昔誰かが言っていたのを思い出したがそんな事は無く、その妄想を体現していると言っても良いくらいに片付いている。
花柄のクッションや何かしらのキャラクターもののぬいぐるみなんかもおかれていて女性の部屋だと言う事を否が応でも実感させる。
加えて何かいい匂いもする。
なにかはわからないが香水の匂いだろうか?
しかし今はそんな事を実感している場合ではない。
俺は今日ここに遊びに来たのでは無い。
最も最悪な形でお招きされているのだ。
元幼馴染、中岸佳代の存在がついにバレたのだ。
自分でも何故こんな事にと思わないでもない…
酒なんて飲むんじゃなかったと後悔しても既に遅いのだ。
バレた相手が結城さんで良かったと思う反面最もバレたく無かったとも思う複雑な心境の中、俺は口をゆっくりと開く。
「彼女の名前は中岸佳代…俺とは所謂幼馴染の関係だ」
「まぁそこはなんとなく察してました、昔結婚の約束がどうの言ってましたからね。」
「あぁ…そうだな…、」
「先輩はあの人…中岸さんにまだ未練があるんですか?」
「無い…そこは断言していい。」
「じゃどうして同棲なんてしてるんですか?普通付き合う気もない女性と同棲なんておかしいですよ?先輩無垢そうに見えてヤリチンなんですか?」
「はぁ?馬鹿言うな!てか女の子がヤリチンとか言うな!」
「だったらどうしてなんですか?」
「そ…それは…」
どうしてなんですか…
実際どうしてなのだろう…
そんなの俺にだって解らない。
ソレらしい理由付けはいくらでも出来る。
でも本当の所、俺にはアイツを追い出さない事にソレらしい理由があったりするのだろうか…
掃除洗濯をしてくれるから…
朝や帰宅後に文句を言わず飯を作ってくれるから…
美人で胸がデカくて目の保養になるから…。
話し相手になってくれるから孤独を感じなくてもいいから…。
全部嘘では無い。
あの女を家に止めておくのに此等は真っ当な理由になる。
まぁ、結城さんにこんな事を馬鹿正直に話せば呆れられる…最悪幻滅されるだろうけど…。
「なんですか?言えないんですか?」
「えーと…だね………」
「はぁ…煮え切らないですね…あの人…中岸さんの事が好きなんですか?」
「だから違う!」
「私には貴方が彼女の事を好きで未練タラタラにしか「だから違う!!」みえきゃっ!?」
突然大声を出したものだから彼女はビックリしてしまっている。
「違う…あんな女に…、未練なんてない…未練なんて、あってたまるか!」
「……、何があったんですか?」
「……。」
「……、ごめんなさい…話したくない事も…、ありますよね…」
「いや…話すよ…話させてくれ…」
「良いんですか?」
「多分誰かに聞いて欲しいんだ…聞いて……欲しかったんだ…」
「……なら…聞かせて下さいよ…」
俺は彼女…結城さんにアイツと俺の事を話した。
高校時代の事を。
俺とアイツが中学の頃に付き合い出した事。
あの頃は間違いなく相思相愛だった事。
互いに同じ高校に入り大学や、その先もずっと一緒にいようと約束した事。
高校に進学してからしばらくしてアイツがそっけなくなっていった事。
約束をしても適当な理由をつけて断られたり、すっぽかされたりする様になっていった事。
たまにデートの約束を取り付けても当日にドタキャンされたりする事も増えて俺のなかで不安が芽生え始めていた事も話した。
ある日、一緒に学校から帰る約束をしていてその時もいきなりドタキャンされて……
「佳代のやつがよく使っていた言い訳が先生に頼まれたからってヤツだったんだ…」
「先生に頼まれた……ですか?」
「ああ…先生からの頼まれ事を俺の約束を優先して断れ!なんて流石に言えないだろ?でも実際何を頼まれたのか具体的には知らなくてな…気になって…俺は興味本位で佳代の後をつけたんだ…」
「……」
「アイツは先生と一緒にいた、言っていた通り先生とな…」
「…………っ?…まさか…」
「そのまさかだよ…アイツは学校の先生と肉体関係にあったんだ…教師相手に浮気されてたんだ…、俺と約束した日なんかは決まってあのクソ教師とよろしくやって楽しんでたんだ…俺との約束よりもクソ教師との背徳行為の方が気持ちよかったんだろうな…」
「……し…信じられない…」
「だよな…」
「違いますよ…私が信じられないのはそんな相手とよく一緒に居れますね…私だったら普通に無理です…って事です。」
「あ…あぁ…そりゃそうだよな…」
「そりゃそうだよな…じゃないですよ!何考えてるんですか!?おかしいですよそんなの!!」
「おかしいのは俺だってわかってるんだよ…」
「ならどうして今も一緒にいるんですか!?そんな気持ち悪い相手と…!」
「気持ち悪い相手…か…」
「先輩…?」
気持ち悪い…世間一般の意見として浮気し…自らの背徳行為で気持ちを高ぶらせ、快楽に浸る存在はやはり気持ち悪いと認識されるのだろう。
当たり前だ。
高校の頃の俺もアイツ等の事を心底気持ち悪いとは思っていた。
なら今はどうか?
気持ち悪いと思っているか?
「昔はともかく…今はそこまでアイツに険悪感を俺は持っていないんだ…」
「ど…どうして…?先輩を裏切って…あまつさえその裏切りすら利用して……そんな奴を許すんですか?」
「許すも何も無い…もう高校生の時の事だ…10年以上も前の事だ…いつまでも憎み続けられるほど俺は若くない…」
「お…おかしいです…そんなの…やっぱり未練があるんじゃないんですか?」
「どうしてまたその話になる?」
「だって…そんなヒドい裏切りを受けて今尚一緒にいるなんて…未練があるとしか…」
「未練なんて無い…」
「そんなの信じられませんよ…佳代さん…中身は屑ですけど見た目は凄い美人ですよね…先輩が言う様に佳代さんって人間に恋愛感情が無くても……その…男としての本能が未練を感じてるんじゃないですか?」
「それこそありえない…」
「な…何故ですか?」
「……確かに佳代は美人だ…30手前とは思えないくらいに若々しい…手離したく無いって気持ちがまったく無いって言ったら嘘になるかもしれない…でもそれはあくまで目の保養ってだけの話だよ…」
「目の保養…?」
「普通ならあんな良い女が側にいたら手を出そうと思うものなんだろうけど…俺はそんな気になれないんだ…」
「そ…それは先輩があの人に酷い事をされたからで…」
「違う…そうじゃない…いや…原因の一つなんだとは思うけど…」
「ど…どういう事なんですか?」
「その……たっ…勃たないんだ…」
「へ……?」
「何度も言わせないでくれよ……」
「あ……あう…すいません…」
「詰まる所アイツがどれだけ誘惑して来ても…どんなに際どい格好をしていても男としての部分が一切反応しないんだ…」
「そ…そんな事…」
結城さんは絶句している。
だから話したくなかった。
こんな情けない話、女の人に…それも結城さんみたいな美人に話すのは罰ゲームもいい所だ…
俺に性衝動があればあいつからの誘惑に負けて押し倒すなんて一幕もあったのかもしれない……。
しかし俺はアイツに手なんて一度も出しちゃいない。
手を出したくとも俺のあそこは一切反応してくれない。
反応しないくせに男という動物の本能は目の前の女に対する欲望だけを向けてくる。
だから俺は奴を見る。
観賞用のモノとして。
目の保養の観賞物として…。
「そんな事が…」
「幻滅したろう…?男として終わってるんだよ…俺は…」
「それが…なんだって言うんですか…?」
「な…なんだって…」
「私が先輩を好きになったのは先輩の純粋な優しさに惹かれたからです…男としてどうとか関係ありません…」
「結城さんが俺を好き…?」
「そ…そうですよ…」
「え…、…冗談とかではなく…?」
「冗談って…この期に及んでまだ……私はそんな嫌な女にはなりたくありません…真剣に言ってるんです!」
「……そんな…、嘘だろ…」
彼女が俺に妙に優しいというか…変に意識されているのは知っていた。
他の男よりも頼りにされているのも理解していた。
でも信じられなかった…
だってそうだろ…?
俺みたいな何にもない凡人が誰かに好かれていたなんて…それも結城さんみたいな美人からとか…そんなの奇跡よりもありえないじゃないか…。
事実入社当初の彼女は俺を見下していた。
そこからわずか数ヶ月で想いを寄せられていたとか妄想乙も良いところだ。
俺は無能寄りの凡人だ。
それは他の誰でもない、俺自身が誰よりも理解している。
だから元カノの幼馴染にも飽きられ浮気をされ惨めに捨てられ、今は体よく利用されている。
それが俺という人間だ。
そんな奴に…そんな何にもない面白みもないつまらない人間が好意を寄せられるなんてあり得ない…
普通そう考えるだろ?
「はぁ…先輩が私の想定していた100倍はヘタレなのは十分理解しました。その上で提案です。」
「提案…?」
「先輩…手を…」
結城さんが握手でもするみたいに俺の方に手を差し出してきた、白く細い…しなやかな指は男のゴツゴツしたものとは違う、女性の手。
俺は彼女の方に手を出すと彼女はそのしなやかな手で俺の手を握る。
手全体に広がる結城さんの温かさと柔らかさ…そんなものを感じているとおもむろに彼女は握っていた俺の手を自分の胸へと押し当てたのだ。
「ふぁわぁっ!?なっ何を!?」
「ふふ…凄い純な反応ですね…で、どうでしたか?」
「ど…どうでしたか……って…」
そんな事言われても…
でも…
とても…
柔らかかった……
「私が野村先輩…貴方の事を好きだっていう証拠です…貴方の為なら私はこんな事だって出来るって証明したかったんですよ?」
「ど…どうしてここまで…」
「初めてだったんですよ…私に色目を使ってくる男は沢山いました…でも貴方は違った…純粋に私を一人の後輩として扱ってくれた…投げやりにならずに…親身になって私を見てくれました…それが嬉しかったんですよ…だから私が…」
「私が…?」
「先輩のその…心の病気を治すお手伝いをします…いえ、させてください。」
彼女からの提案
それは俺の不能を治す手伝いというものだった。
彼女がどうして俺なんかにここまでしてくれるのかはわからない。
俺はただ単に彼女の仕事を先輩として当たり前に見ていただけだ。
そんな事でこんな風に思われるなんて想像出来るわけもなく、俺の頭の中は混乱でいっぱいだ…。
それでも
俺の中に確かにあるのは彼女の温い心だった。




