1.転生者さん、ミノタウロスと出逢う
第1節.ケモミミノマオウ誕生
あらすじ
いかにして最弱ウサギは魔王となったのか?
カルシャ・グリムは神様が与えた絶対的な力“ギフト”を呪い堕として奪い取る特殊ギフトを持っていた。彼女の目的は生きる事。そしてギフトを集める事。ただし本当の彼女は最弱種族のウサギさんなので、今日も生存本能全開、ギフトを求めて転生者たちを暗殺気味に狩りまわる。
そんな彼女に待ち受ける受難、そして魔王の影。
ケモミミノマオウ誕生の秘密が、ここに明かされる。
第1節.ケモミミノマオウ誕生
「受けてる依頼、次で最後だっけ?」
「ゼチの森で、はぐれミノタウロス」
「予想外に時間かかったから、ソイツは明日だな」
「オッケー、今日は野宿ね」
「しょうがないだろ?」
俺の名は榊ケント。
何を隠そう転生者だ。
なんの因果か交通事故で死んだと思ったら、異世界に転生していた元・高校生だ。今は縁あってゼチ村の用心棒をしている。
「さて、それじゃ準備にかかりましょうかね」
荷物をばらして鍋などを取り出し、焚き火の準備をしているのは南原カナ。同じく転生者で俺の彼女だ。
「《焔の担い手》」
カナの掌に焔が灯る。
この世界には“ギフト”と呼ばれるモノがあり、カナが使ったのは焔を灯すスキルだ。
まるでゲームの魔法ようだけど、村人たちが言うには神の加護なのだとか。
いつも通りに焚き火をおこしたカナの後ろでは、ギフトを使ってテントを建てる男。
「ケント、お前はぼけっとしてないで他の準備しろよ」
怪力になるギフト《巨人の力》を持つ頼れる男、鈴木タイガだ。
「任せろ」
と言っても、基本的に俺のやることはあまりない。
夜番用の薪調達くらいだが、それもパーティの要の仕事が終わってからである。
「順調?」
「まあまあ。少し離れてて」
ぶっきらぼうな物言いの彼女は、鈴木シエリ。タイガの妹だ。
彼女のギフト《拒絶結界》によって、許可のないモノを野宿に入り込ませないための準備をしている。
傍目には小石を並べているようにしか見えないのだが、既に結界は出来上がりつつあるのだろう。
俺は邪魔にならないよう(けっしてシエリが苦手な訳ではない)薪を拾いに行くことにした。
「薪を拾うの手伝ってくれ」
村で雇った荷物運びの女の子に声をかけ、俺は一晩火を保てるだけの焚き火を集めるのだった。
*
榊ケント、鈴木タイガ、南原カナ、鈴木シエリは転生者だけで編成されたゼチ村の用心棒として、転生後の生計を立てていた。
この世界では特に珍しくもない転生者たちの、よくあるパターンの一つだと言えよう。
決して弱くはなく、しかし英雄と呼ばれる程でもないが、これからきっと数多の夢や希望のある物語を紡いで行くはずだった。
そんな少年少女たち。
だがその日を堺に、ケントたちの消息を知る者は居なくなってしまった。
ただ一人を除いて。
「じゃ、良い夢見なよ、《鏡移しの呪い》」
*
夜のヴェールの下。
ミノタウロスの雄叫びと少女の悲痛な叫びが森の中に響いた。
「なんで!なんでよ!焔、出てよ!《焔の担い手》!」
前方に向けられた掌から今はもう何も出てくる事はなく、今まで何体ものモンスターを消し炭にしてきた少女の顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
何故なら、目の前で惨劇が幕を開けていたからだ。
「あ、あ、お兄、ちゃん、なんで、なんで首ないの…、なんで」
カナの隣りでへたり込むシエリ、その指差す先には頭部が握りつぶされ、四肢だけとなったタイガが転がっている。
現実を受け入れられず、ただブツブツと呟くシエリ。
自身のギフトを発動させようと必死に指を動かして小石を並べるが、自分自身を守れる程の大きさの結界どころか、まるで発動しない。
ケントはまだ戦意を失っておらず、愛剣を構えて二人を鼓舞する。
「諦めるな、俺が守ってやる」
「ケント、だめ!」
そして、カナの静止も聞かずに、いつもの調子でミノタウロスへと突っ込んでいく。
こんな奴、俺のギフトで一刀両断にしてやる!
大きく振りかぶり、剣を振り下ろしながらギフトの名を呼ぶ。
「タイガの仇!いくぞ!《王の剣》!」
戦いを経てようやく使い方が解ってきたこのギフトならば、ミノタウロスの骨だって断ってみせる。
「え?」
その筈だった。
剣はミノタウロスを切り裂かず、分厚い筋肉を薄く斬って止まる。
ミノタウロスは嘲った。
それから剣を引こうとしたケントの頭を無造作に掴むと、タイガにそうしたように力を加えた。
「ケント…ウソ、ウソだよね」
断末魔すらなく、ケントの身体がビクビクと痙攣し、血が撒き散らされる。
心臓は動き続けており、まるで噴水だった。
「あ、腰、抜け…」
それを見たカナは後ずさり、そしてシエリは腰を抜かして立てないようだった。
血塗れのミノタウロスは一歩一歩二人に近付く。
ミノタウロスがどちらを狙ったかは言うまでもなく、シエリだったものは無造作に投げ棄てられた。
「シエリ、まで」
最早絶望しかなく、カナは必死で己のギフトを叫んだ。
「うぁぁぁぁ!《焔の担い手》!」
だが、カナのギフトは応える事はなく。
「ァハ、なんで、私の身体、そこにあるの?」
ケントの剣を拾い上げ、試し斬りとばかりに振り抜いた一瞬。
ごとりと落ちたカナの生首が、狂ったひとみで身体を眺めていた。
*
そして、この場にいる人物が、もう一人。
「あ、用心棒さんたち…死んじゃった」
茂みで隠れていた荷物運びの少女である。
ガサリと音を立ててしまい、ミノタウロスは次なる獲物に気付く。
口元を歪めたように見えたのは気のせいではないだろう。
「ぅ、や、やっぱりコッチくるよね、当然」
ひん曲がったケントの遺品を放り出し、ミノタウロスは少女へと跳ぶ。
「ブモォォァァァ!!」
そのまま少女は握りつぶされ、死に至る。
そのはずだった。
「なんてね」
ニヤニヤと嘲いながら少女は唱える。
「《拒絶の盾》」
シエリと似たような拒絶のギフト。
跳んで静止の効かないミノタウロスが激突するが、少女はビクともしない。
ミノタウロスはギフトの盾を殴りつける間に、少女はさらに唱えた。
「《巨人の暴力》」
何処かで見たような、力の集約。
赤黒く変色した右手で、少女はミノタウロスの拳を捕まえる。それから幼児でも振り回すかのように腕を振った。
ミノタウロスは横一直線に飛び、木に顔面ダイブして止まる。
首の骨が折れて絶命しているにも関わらず、少女はさらに唄うように唱えた。
「《焔の射手》」
左手が輝き、焔の矢が放たれる。
ミノタウロスの心臓を射抜き一瞬でステーキに変えたそれを見て、少女は満足げに笑い、それから最後のギフトを開く。
「《王の鉄槌》」
ひん曲がったケントの剣。
少女が拾い上げると、剣先に幻影が現れる。
黄金のハンマー、その打面。
スパイクが生え揃うそれを、少女は燃え盛るミノタウロスの死骸に叩きつけた。
*
これは英雄譚ではない。
人の話ですら無い。
ただ生きるために生きる一匹のモンスターの、取るに足らない路傍の石のような話である。
後書きウサギ小話
不死身のミノパイセン編
これは英雄譚ではない。
人の話ですら無い。
ただ生きるために生きる一匹のモンスターの、取るに足らない路傍の石のような話である。
ミノタウロス)オイラの話かな?路傍の石とは失礼な
少女)いや、アンタ1話で死んでるから!
ミノ)なん、だと…!
少女)いつから自分が主人公だと錯覚していた?
完!