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28. ニセ勇者と女神様、星を渡る


 時は少し遡る。


 マタタビが地竜アダマの体内へ落ちた後、女神モモは魔石から飛び出した。聖剣を引き抜こうとするが、鱗の隙間にがっちり刺さっていてビクともしない。


 仕方が無いので聖剣はそのままにして、《念話テレパス》でマタタビと通信する。


 「――どういたしまして。リトッチを頼みます」


 彼とリトッチの無事が確認できたので《念話テレパス》を切る。女神モモは合流よりも地竜アダマと対話することを選んだ。


 なぜなら、この巨竜が自身と会いたがっていたことを知ったからだ。


 地竜アダマの右目は腐り落ち、左目は神獣ギルタ・アラクラに潰されていた。巨竜は両目から血を流しながら、首を振って辺りを見回している。


『おお、女神よ! 何処にいるのか! なぜ我の目には映らぬ!』


 女神モモは巨竜の背中を駆け出した。鱗で素足が傷つきながらも、彼に声が届く距離まで近づく。そして巨竜に話しかけた。


「私をお探しですか、竜の子よ」


 地竜アダマがゆっくりと振り向き、背中にいる女神モモに首を近づける。


『おおお……わかる、わかるぞ。其方そなたこそ真の女神。我が同胞を救いに来たのだな!』


「……」


『女神よ、我が願いを聞き届けよ。愚かな人間どもに裁きを与え、我ら竜族ドラゴンに繁栄を!』


「……」


『なぜだ。なぜ応えてくれぬ。そうか、女神でさえも我らを見捨てたか!』


「可愛そうに、今まで苦しかったでしょう。20年間ずっと呪いに耐えていたのですね」


『誰も彼も、呪われろ! みな等しく呪われろ! 女神に呪いあれ!』


 巨竜は脳までもが呪いに侵され、完全に狂っていた。


「ごめんなさい、竜の子よ。せめて私ができる精一杯の祝福を授けます」


 怒りに支配された地竜アダマが息を吸う。喉が真っ赤に発熱し、業火を放とうとする。


――優しい歌声が、巨竜の耳に届いた。



◆◇◆◇◆◇



 生き残った戦士たちを介抱していたダリウスは、動きを止めた巨竜へ目を向けた。背中に小さな幼子がいることに気づく。彼女の歌声が不思議と頭に響いた。


「連合長、この歌はいったい……」


 部下達が困惑する中、ダリウスはこれが子守歌であることに気づいた。怒り狂っていたはずの地竜アダマが鎮まっている。


 ――そうか、あれが本物の女神様か。


 ダリウスは膝をつき、ただ祈りを捧げた。部下の戦士たちも彼にならう。


「地竜アダマよ、せめて心安らかな最期を」


 そして上空の船にいたオッカマン盗賊団の面々も、豆粒ほどにしかみえない女神モモを見て震えていた。


 彼女こそが勇者マタタビを祝福している女神なのだ。その子守歌が暴走している巨竜に向けられたものだとわかる。


「私達にできることなんて、これくらいよね」


 オッカマン達も膝をついて、女神モモに祈った。



◆◇◆◇◆◇



 都市国家ジュラでは、緊急避難の鐘が鳴り響いていた。


 地竜アダマがジュラに向かっていると知り、人々は我先に逃げ出す。通りは人で溢れ、親とはぐれて泣き出す子や、他の人に押されて倒れる女性、周囲に罵声を浴びながら逃げる男性など混乱の極みにあった。


――遥か彼方から歌が響く。


 その幼くも優しい歌声は、南の方角から聞こえてくる。ひとり、またひとり、その歌に気づいて足を止めた。そして次々と同じ方角へ目を向ける。


 エレミーア城塞のバルコニーから、クレイヴとアレン、ナナイも彼女の歌声を聞いていた。


「クレイヴさん、あの歌声はまさか……」


「間違いない、女神モモの声だ。地竜アダマへの祝福に違いない」


「なんて優しい歌なのでしょう……お母様を思い出します」


 住人が次々と手を合わせ始めた。彼らも気づいているのだ。女神様が降臨されたのだと。


 クレイヴ達も住人と同じように、南へ向かって祈りを捧げた。



◆◇◆◇◆◇



 怒り狂っていた怪物は動きを止め、じっと女神モモの歌を聞いている。


 地竜アダマは思い出す。1500年前、星核ほしざねから生まれ落ちた日の光景が蘇った。原始の三竜の前に現れた女神ティアマトも、歌で彼らを祝福したのだ。


 巨竜はもう目がみえぬ。しかし確かに、目の前に女神ティアマトの姿が重なる幼き女神がいる。彼女の慈悲に包まれ、巨竜は死の間際に理性を取り戻した。


『……感謝するぞ、小さき女神』


 ゆっくりと記憶が消えて行く、彼の命と共に。全てが塵となり、この世から魂が旅立つのだ。


 ――地竜アダマは女神モモの子守歌を聞きながら、その生涯を終えた。


 最期は心穏やかだった。


 女神モモは歌い終えると、その場にうずくまった。ぽろぽろと涙をこぼす。


「本当にごめんなさい。私が地上へ来なければ……」


 彼女は夕暮れになるまで、ひたすら泣いていた。



◆◇◆◇◆◇



 僕はリトッチと一緒に、動かなくなった地竜アダマの背中に登った。座り込んでいる女神モモを見つけて駆け寄る。


「大丈夫ですかモモ様!」


 彼女は泣き腫らした顔で僕らを見上げた。


「ふたりとも無事ですか?」

 

「はい、何とか生き残りました」


「おかげ様でな。助かったぜ」


「それは良かったです……竜の子は逝きました」


 巨竜の背中から呪いの痣がなくなっていた。宿主が死んで消えたようだ。しかし目的を達成したはずの女神モモは暗い顔をしていた。


「モモ様、どうかしましたか?」


「私の責任なのです。私が地上へ降りたせいで竜の子が暴走してしまい、人々に犠牲が出ました」


「それは……僕の責任でもあります。モモ様に非はありません」


「でも、私が地上へこなければ……」


 リトッチが女神モモに近寄り、彼女の肩に手を置く。


「あんまり気負いすぎるな。確かに犠牲は出たかもしれん。だけどお前とマタタビに救われた人も大勢いるよ」


 彼女は肩をすくめて自身を指さす。


「アタシもそのひとりさ。お前が地上へきたことは間違いじゃない。アタシが保証する」


 女神モモは涙をぬぐって、リトッチに抱きついた。


「本当に無事でよかったです」


 リトッチは女神モモの背中をとんとん叩きながら僕にウインクする。僕も苦笑した。いつものかっこつける彼女だ。


 地竜アダマは止められたし、リトッチも救った。ドン・ブラウン伯爵の企みも挫いた。一気に疲労が襲ってきたので座り込む。


「長い一日でしたが、ようやく終わりですね」


 ――しかし次の瞬間、巨竜の背中が振動した。


 大地に横たわっていた地竜アダマの身体が揺れる。


「……もしかして、ですが」


 巨竜が生きている?


「いえ、確かに地竜アダマの魂は消えました」


「だが動いているってことは……」


 突如、巨竜の傷口から呪いが噴き出した。神獣ギルタ・アラクラに千切られ欠けていた翼が、呪いの触手に覆われて修復される。そしてめいいっぱい翼を広げて羽ばたいた。轟音と暴風が僕たちを襲う。


「おい、嘘だろ!?」


「どうなってるんですか!?」


「呪いはまだ諦めていません。恐らく心臓を無理やり動かしているのです!」


 呪いに操られた巨竜が起き上がった。つんざくような叫び声をあげる。地竜アダマの声とは似ても似つかない、耐えがたい音だ。


 その巨体が宙に浮く。僕達3人は突風で吹き飛ばされそうになった。咄嗟に鱗に突き刺さっていた聖剣タンネリクにしがみつき、女神モモの手を掴む。


「モモ様、手を放さないで!」


「リトッチ、私の手を!」


「やべえ落ちる!」


 リトッチは女神モモの手を掴めず、巨竜の背中を滑り落ちていく。


「マタタビ、モモ!」


 彼女はあっという間に遠のき、豆粒ほどの大きさになって地上へ落ちていった。


「リトッチぃぃ!」


「彼女は《飛翔フライ》があるから大丈夫です! それよりも!」


 僕たちは聖剣にぶら下がっている状態だ。地竜アダマは真上に空高く飛んでいく。その際に頭上にいた船4隻とぶつかった。


 オーロシップ号の船体が真っ二つに折れる。捕虜になっていたドン・ブラウン伯爵と長耳族エルフの女が、船の残骸と一緒に落ちていくのが見えた。


 伯爵の悲鳴が聞こえたような気がした。


「……くそっ!」


 こんな形で、奴らに罪を償ってほしくはなかった。


 高度500メートルほど上昇した後、巨竜は北へ飛行を始めた。恐らく行き先は都市国家ジュラだ。


 なんとか呪いを止めないと。



◆◇◆◇◆◇



 手をこまねいている内に、巨竜はあっという間に接触地帯コンタクトベルトへ到達した。巨竜の背中にしがみつきながら考える。このままジュラに行かせてはならない。


「あれを見てくださいマタタビ君!」


 女神モモが指さした先に、十数隻の魔導帆船が見えた。陣形を作って防衛線を敷いている。ジュラ軍がいるということは!


「クレイヴさんの和平交渉が上手く行ったみたいですね!」


「本当に、本当によかったです」


 ふたりで笑顔になるが、すぐに凍り付いた。魔導帆船が砲撃を始めたのだ。弾が巨竜にいくつも命中し、衝撃と腐った血しぶきが僕らを襲う。黒煙で目がかすみ、硝煙を吸い込んでしまって咳き込む。


「マタタビ君、ジュラ軍に任せて飛び降りましょう!」


「駄目です、呪いが死ぬまで離れるわけには!」


 嫌な予感というのは当たるものだ。巨竜が叫び声をあげながら進行方向を変えた。真上だ。垂直に飛翔し始めたので、僕は女神モモを抱きしめ再び聖剣にしがみつく。あっという間に高度1000メートルまで到達した。


 ……更に上昇している?


「空を見てください!」


 女神モモに言われて見上げると、惑星アトランテが見える。まさかこのまま隣星に逃げるつもりなのか!?


 巨竜が飛翔速度を上げる。必死に向かい風と重力に耐えた。高度がぐんぐん上昇する。


 ――こんな時だというのに、僕は地球のことを思い出していた。


 「アポロ計画」。アメリカが1960年代に挑んだ月旅行計画。そこで開発された「サターンファイブ」は、全高110メートルの史上最大級ロケットだった。奇しくも巨竜の全長もそれくらいだ。サターンVの乗組員も、宇宙へ行く時はこんな気持ちだったのだろうか。


 高度1万メートル。巨竜は止まらない。見下ろすとジュラ軍の魔導帆船が小さな点になっていた。


 空気が薄くて寒い。女神モモがぶるぶる震えている。星の口づけ(プラネット・キス)が終わり、惑星同士が離れる前兆に違いない。


「モモ様、このまま呪いを逃がすわけにはいきません。重力が反転した瞬間に行動します」


「マ、マタタビ君。どうやって心臓を止めるのですか」


「もちろん、この聖剣タンネリクで斬ります。僕がモモ様を信じるなら、何でも斬れるでしょう?」


「……これからマタタビ君にだけ秘密を話します。誰にもバラしてはいけませんよ」


「急にどうしたんですか?」


「実は……聖剣タンネリクは私のポイントカードと接続リンクしています。マタタビ君が私を信仰すればするほど、カードから聖剣に魔力が供給されるのです」


 なにそれ凄い! 魔力不足が解決するどころか、マジのチートでは!?


「それ他の女神が許可したのですか? ポイントカードの乱用じゃあ……」


「もちろんルール違反すれすれです。ぶっちゃけインチキですから、聖剣タンネリクは脱法剣です」


「脱法剣!?」


「これもマタタビ君を勇者に仕立て上げるためです。絶対に他の女神にバレないでください」


 聖剣タンネリクの悲しき真実は知りたくなかった。ひどすぎる。リトッチとは甘い秘密を共有したのに、なんで女神モモとは犯罪行為を共有しなければならないんだ。


……まあ、僕は漂流者で存在自体が犯罪者だけど。



◆◇◆◇◆◇



 高度3万メートル、成層圏。初めて来た時よりも、惑星同士の距離がだいぶ離れていた。さよなら惑星ゴルドー。こんばんは惑星アトランテ。


 無重力になったタイミングで、女神モモをおんぶするように姿勢を変える。


「ほらモモ様、首に手を回して下さい。離さないでくださいね」


 彼女が頷き、ぎゅっと僕に抱きつく。ふたりとも覚悟完了だ。こんな形で星渡りをするなんて、まったく僕らはついてないな。


 ――再び重力が戻る。


 その瞬間、僕は聖剣タンネリクを鱗から抜いて駆けだした。


「うおおおおおっっ!」


 垂直に落下するように巨竜の背中を走る。呪いの痣が再び背中に浮き上がり、僕らを止めようと這い寄ってきた。


 女神モモを信じて剣を構える。すると、聖剣タンネリクに何万という魔力が一気に供給された。ゴルドーの人々が祈りで捧げた魔力だ。魔力の刃が何十メートルも伸びる。


「人の想いをのせて、呪いを切り裂け聖剣よ! 剣技《閃光斬魔せんこうざんま》!」


 硬い巨竜の背中に剣技を振るう。巨大な魔力の刃が、地竜アダマの胴体を真っ二つに切り裂いた。


 呪いが触手を伸ばし、二つに分かれた体を修復しようとする。その間に露出した心臓を見つけた。無数の呪いの痣が纏わりついている。奴らは直径3メートルの心臓を必死に動かしていた。


「これで、最後だああぁぁっ!」


 もう一度、剣を振り上げてとどめの一閃。心臓が切り裂かれて大量の血があふれ出した。


 ――呪いの痣が悲鳴を上げ、次々と死んでいく。


 触手がちぎれ、地竜アダマの巨体が完全に二つに分かれた。皮膚を這っていた呪いも霧散していく。今度こそ本当に終わったのだ。


 僕達の、いやゴルドーで祈りを捧げた人々の勝利だ。


 ……あとはどうやって生き残るかなんだけど。


 僕らは地竜アダマの亡骸と一緒に、惑星アトランテの海上に激突しようとしていた。

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