27. ニセ勇者と魔術士、キスをする
現在、地上へ落下中。
巨竜はサソリの怪物をバラバラにしながら、怒りで我を忘れているようだった。
『マタタビ君、このままだと地竜アダマの背中に激突しますが……』
「……」
『ノープランではありませんよね!?』
「待って、今考えています」
やば、どうしよう。考えろ考えろ。
『マタタビ君!』
「ええい、ままよ!」
咄嗟に思いついたアイデアを試す。聖剣に《大神実》の魔力を篭めると同時に、地竜アダマに向かって投擲した。
聖剣タンネリクが巨竜の背中に突き刺さり、そこから桃の木が生えてくる。結構な魔力を注いだのでぐんぐん成長していく。木のクッションだ。
僕は体を丸めて枝にぶつかる姿勢をとる。
『なるほど、《大神実》を上手く使いましたね。80点です』
「我ながらグッドアイデア!」
巨竜が一歩前へ進んだ。着地点が十数メートルずれる。
「あっ」
『あっ』
僕は地竜アダマの背中に激突した。
◆◇◆◇◆◇
激しい衝撃が全身を襲った。
呼吸が一瞬止まる。バウンドするかと思ったが、僕はそのままズブリと肉壁に埋まっていった。どうやら激突した部分は硬い鱗ではなく、ぱっくり開いた傷口だったようだ。落下の衝撃を殺せず、皮膚を貫通して巨竜の体内に落ちる。
再び激しい衝撃。地面はあまり固くなかったので全身むち打ち程度で済みそうだ。
痛みを堪えながら起き上がって周囲を確認する。そこは地竜アダマの皮膚と消化器官の隙間だった。
「ていうか広っ!」
脈動する消化器官の上に立つ。天井の肉壁に手を伸ばしてみるが届かない。人の体に入り込んでしまった蟻の気分だ。
改めて巨竜の体内を見回す。そこはひどい惨状だった。消化器官の至るところに呪いの痣があり、あっちへこっちへ這いずり回っている。天井からは腐った肉塊が爛れ落ちていた。全身をガンに侵されているみたいだ。腐敗臭がきつい。
僕に気づいたムカデやミミズの痣が這い寄ってくる。
「《衣装》!」
間一髪で変身。奴らは足元から登ってこれない。歩き出すと蟲は僕を避けるように退いていく。だけど諦めたわけじゃないのか、僕を囲むように一定の距離を保っていた。
――ポタポタと、鼻から血が垂れて地面に落ちた。
やばい。魔力切れか。
魔力が不足すると身体が変調をきたすらしい。本来は健康維持に魔力を使うのだから当然だ。僕の保有魔力は5000ほどあったが、休まずに魔法を使いすぎたせいで空っぽのようだ。
手で鼻血を拭きながら、それでもリトッチを探す。
頼む。生きていてくれ。
彼女はすぐに見つかった。無数の痣が触手となって山を作っていた。そこから彼女の手だけが見えたのだ。
「リトッチ!」
近寄って触手を引きちぎる。その拍子にカラになった聖水の瓶が転がり落ちた。彼女の背中が見えたので、両腕を回して抱きつきながら引っ張る。
触手から引き離して彼女を抱きかかえた。リトッチはぐったりして意識を失っているが、微かに息をしていた。ひとまずは安堵。
だけど全身が無数の痣に侵されていた。脳にまで達していないのは、聖水が効いているからにすぎない。しかしこれだけの呪いだ、効果はすぐ切れるはず。
『マタタビ君、リトッチは見つかりましたか?』
女神モモの《念話》だ。
「見つかりました。彼女を連れてそこへ行きます」
『いえ、先に脱出してください。地竜アダマは私が食い止めます』
「そんな、無茶ですよ」
『それはお互い様です』
「……ですね。今の内に言っておくことが」
『なんですか?』
「《衣装》ありがとうございました。なんやかんやで助かってます」
『どういたしまして。リトッチを頼みます』
「わかりました。モモ様もお気をつけて」
《念話》が切れる。リトッチを見ると痣が頬まで伝っていた。
さて、僕も覚悟を決めるか。彼女を助けるにはこれしか思いつかない。
僕は《衣装》を一旦解除した。呪いが我先にと僕へ群がり、足元から這い上がってくる。
「ぎっ……ぐぅうぅぅぅ」
歯を食いしばって必死に耐える。覚悟していたのに、思わず口から悲鳴が漏れるほど痛くて気色悪い。
呪いを無効化する方法は思いついていた。原理は《大神実》や《治癒》と同じだ。《衣装》を他者に発動して女神の服を着せる。これが成功できれば呪いを浄化できる。
リトッチを抱きしめながら、意識を集中する。
何種類もの蟲がくるぶしまで登ってきた。それだけじゃない。天井から爛れ落ちた肉塊が僕の腕につくと、そこからシロアリの痣が拡散した。無数の痛みが走る。
「……っ! ……っ!」
慌てるな。
そう自分に言い聞かせながら、必死に成功のイメージを思い浮かべる。もう魔力は無いに等しい。失敗は許されない。
「――《衣装》!」
すると、リトッチが光り輝いて女神の衣装を着た。正確には僕の服なのだがこの際どうでもよい。彼女を覆っていた痣が悲鳴をあげ、一気に浄化されていく。
鉄の臭いを感じた次の瞬間、僕は大量に吐血した。両手を見ると魔力が足りないのか真っ青だ。頬もこけている感じがする。
限界が近い。
ともかく今はリトッチを助けるのが先決だ。彼女に着せた《衣装》はここでは解除できない。また呪いが群がるだろう。だからリトッチを背負い、巨竜の腹に向かって降り始める。
歩くたびに呪いの痣が身体を這いあがってくる。気持ち悪くて何度も嘔吐した。空っぽの胃の代わりに吐き出されるのは赤黒い血だ。
もうやめたい。リトッチを置いて逃げ出したい。
そんな思いが胸を駆け巡る。だけど、ある意味で女神モモに鍛えられた忍耐力がある。2周目の長い人生に比べれば、こんなのへっちゃらさ。
嘘です。きつすぎて死にそう。
気づけば僕はぐちょぐちょに泣いていた。いてえよ、いてえよと声が漏れている。それでも歩みを止めずに巨竜の腹までこれたのは、男の意地というやつだった。女神モモとリトッチを裏切るわけにはいかない。
巨竜の腹には大量の血だまりができていた。まるで湖だ。目を凝らすと、湖の中心が渦を巻いている。腹の傷口から出血しているらしい。
大きく息を吸うが、肺にたまっていた呪いの痣が動く。思わず咳き込んだので、もう一度。
肺の痛みを我慢して、リトッチを抱きかかえつつ血だまりにダイブした。
◆◇◆◇◆◇
激しい渦に飲まれつつ、僕は地竜アダマの血と共に体外へ脱出した。
荒野の地面に落ちる。リトッチを庇って背中から激突。血反吐を吐きつつ見上げると、巨竜の動きが止まっていた。
リトッチの無事を確認する。脈もある。息もしている。
「はぁ、はぁ……やったぜ」
僕の全身は呪いで大渋滞だ。あまりの痛みで神経が馬鹿になったのか、逆に痛く感じない。こういうのは発狂というのだろうか。完全におかしくなっている。
巨竜から少し離れた岩の影まで移動。リトッチを寝かせて《衣装》を解除する。
最後は自分に《衣装》を発動するだけだ。魔力はすっからかんで、もう一度発動すると疲労で死んでしまうかもしれない。最低でも寿命が縮むだろう。
「呪いで死ぬより、マシかな」
女神モモ、どうか僕に加護を……
彼女に祈ろうとしてやめた。女神モモはどうにかして地竜アダマを止めている。僕が邪魔をして彼女の手を煩わせるわけにはいかない。
息を吐いて、必死に成功のイメージを思い浮かべる。頼む、死ぬな僕。
「……《衣装》!」
その瞬間、景色が反転して真っ暗になる。僕の意識はブラックアウトした。
◆◇◆◇◆◇
それは例えるならば、炎だ。
炎が僕の口から入り、体中を巡っている。熱いというよりは温かい。炎のスープを飲んでいるようだ。
ふっと意識が戻る。どれだけ気を失っていた?
目を開けると、ぼやけた視界にリトッチが映っていた。僕を見下ろしている。
「……リ」
「しゃべるな、じっとしていろ」
彼女は僕に顔を近づける。
そして唇を重ねた。
再び炎のスープが喉を通る。
……そうか、これはリトッチの魔力だ。
空っぽだった僕の体が、彼女の魔力で満たされていく。とても気持ちがいい。
僕はまた気を失った。今度は魔力切れじゃない、安堵によるものだった。
◆◇◆◇◆◇
次に目が覚めると、上空に惑星アトランテが見えた。灯台がチカチカ光っている。確か今日の夜に惑星同士の接触が終わるはずだ。
「星の口づけも見納めだな」
横に目をやると、リトッチが座っていた。
「……リトッチさん、無事ですか?」
「ああ、おかげ様でな。助かった」
「それは、良かったです」
上半身を起こして地竜アダマを見る。巨竜は今も微動だにしない。女神モモが何とかしたようだ。
「伯爵や呪術師はどうしたんだ?」
「やっつけてやりました」
「流石、勇者様だな。だけど次からは魔力切れに注意しろよ。お前も死ぬ一歩手前だったぞ」
「リトッチさんが、助けてくれたじゃないですか」
彼女が僕に顔を向ける。その頬が赤いのは、夕焼けのせいなのか。それとも。
「リトッチでいいぜ」
「えっ?」
「ほら、あれだ。敬語は堅苦しいだろ。だからリトッチでいい」
「……ありがとうございます、リトッチ」
「おう。……それとモモには言うなよ。アタシは魔力の供給が苦手だから、ああするしかなかったんだ」
さっきの口づけを思い出して恥ずかしくなる。うーん、人工呼吸みたいなものだからキスのうちには入らない……よな? リトッチがどう思っているのか気になる。めちゃくちゃ気になる。
よし、確かめよう。再び気絶する振りをしてみる。ばたり。
「お、おいどうした? まだ魔力不足か?」
「……」
目を瞑って倒れたまま待つ。ごそごそと彼女が近づいてくる音が聞こえた。
静寂が訪れる。
……ち、沈黙に耐えられない! 我慢できずにちらっと片目を開けてみる。
リトッチと目があった。彼女は髪をかきあげつつ唇を近づけていた。
「あっ」
「あっ」
リトッチの顔に笑みが浮かぶ。だけど目が全然笑ってなくて怖すぎる! なにか言い訳しようとした瞬間、彼女にヘッドロックをきめられた。
「おい、この状況でいい度胸だな」
「ギ、ギブ、ギブ!」
「このエロ勇者、いやエロニセ勇者か? どっちでもいいが、二度とするなよ」
「し、しません! ごめんなさい! 苦しい!」
「よーし、他の誰にも言わないな?」
「い、言いません! ふたりだけの秘密ですね!」
「そういうこった」
ちょっと反省。でも凄く奇麗なものが見れた。いつもは飄々としてかっこつける彼女の、恥ずかしがっている表情。
忘れないように、魔核に刻んでおこう。




