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26. VS欲王ココペリ

 魔王。


 それは邪神を崇拝する魔人の中でも、序列1位から10位だけが名乗ることを許された称号である。その強さは他の魔人と一線を画す。


 中でも歴史書に載るほど有名な魔王は3体。


 悪しき死者を統べる【死霊王スペクター】。序列3位。


 とある病原体から生まれ落ち、数億人の命を奪った【嵐王ズムハァ】。序列5位。


 惑星一つを飲み込んだ超巨大生命体【偽王アルバストール】。序列10位。


 そして残りの7体も影で暗躍しつつ、大勢の人々を邪神教に改宗しようと策を巡らせている。彼ら魔王が、邪神を復活させようとする主犯格なのだ。


 ココペリという名の魔王も、そのひとり。



◆◇◆◇◆◇



 オーロシップ号はオッカマン盗賊団に制圧された。彼とその手下達が歓声をあげている。


 それを尻目に、僕らは緊張で固まったままだ。僕と伯爵と長耳族エルフの女。そして3人の中心に黒煙を纏った魔王がいる。


「あーあ、せっかくのおもちゃが台無しだよ」


 ノイズ交じりの幼い子供の声。黒煙で姿は見えないが女の子っぽいな。女神モモのように、実は数百年を生きている魔王かもしれない。油断は禁物だ。


「お前は誰だ!」


 声を掛けてみるが、魔王は僕を無視してブツブツと独り言をしゃべっている。


「改良が必要かな? でも結構な人数を改宗させられたし、次はもっと大きな国で試そうか」


 ドン・ブラウン伯爵が四つん這いで魔王に近づいて懇願する。


「コ、ココペリ様! お助け下さい! 今一度、私に魔道具を!」


「うるさいなあ。《ねむれ》」


 その言葉が魔術であることに気づいたのは、僕と女神モモだけだった。2隻の船にいた人々がその場で次々と倒れた。伯爵も女も、歓声をあげていたオッカマン達も、捕虜となった連中も全員だ。


『マタタビ君!』


 僕も眩暈を覚えてよろめくが、女神モモの言葉で何とか意識を保つ。ココペリと呼ばれた魔王は、そこで初めて僕の存在に気づいたようだった。


「あれえ? この魔術に耐性があるってことは……そうかキミがボクの邪魔をしたのか。勇者……じゃないか。もし勇者なら特別苦しめてやったのに」


 黒煙から殺意に満ちたオーラが漏れ出す。やばい、ちびりそう。勇者を名乗る勇気はとてもなかった。僕は勇者としてそこそこ活躍できればそれでいいわけで、魔王と戦うなんて流石に無理だ。


『いいえ、彼は立派な勇者です。貴方をけちょんけちょんにするために地上へ降り立ちました』


「モモ様!?」


 いや、こんな時まで律儀に契約を守らなくて良いですよ! 嘘でも、いや本当でも良いから否定してくれれば見逃してもらえたかも……あっ、殺意が増しましたね、はい。


「僕を馬鹿にするなよ、キミが勇者じゃないことは一目瞭然だ」


 どうしよう。こうなってしまっては後戻りはできない。仕方がないので、半分強がりながら言い返す。


「……えっと、正確には勇者(仮)です」


「えっ? 勇者って(仮)あるの?」


「な、ないんですか?」


「400年以上生きてて聞いたの初めてなんだけど……」


「じゃあ僕が初代勇者(仮)です」


「面白い子だね。勇者っぽくないところが気に入った」


 魔王は咳ばらいをして高らかに宣言した。


「相手が勇者(仮)なら名乗っておこう。ボクは序列8位『欲王よくおうココペリ』。以後よろしく」


 序列8位!? やっぱり本当に魔王なのか!


『間違いありません、彼女は魔王です。欲王ココペリは私もよく知っています』


「おや、魔道具にまで名が知れ渡っているとは光栄だね」


『魔道具ではありません、私は女神モモ。8人目の女神です』


「……ええっと、そういう設定かな?」


『ですから設定ではありません! 魔王のくせにそんなこともわからないのですか!』


 女神モモがめっちゃキレてる。魔王がリトッチと同じ反応をしたのでちょっとだけ親近感がわく。


「いやいや、女神にしては魔力が小さすぎるからね。名前も聞いたことがないし」


『貴方を倒して、その名を轟かせましょう』


「言うじゃないか」


 ココペリと呼ばれた魔王は、目の前に女神がいるというのに余裕があった。


「この魔王はどんな悪事を働いているのですか」


『邪悪な魔道具をばら撒いて、人々を破滅へと陥れています』


 黒煙から口だけが見える。妖艶で小さなその口が、大きく開いて嗤いだした。


「あはははは! まるでボクが悪いみたいな言い方じゃないか! ボクの魔道具はちゃんと有用な物ばかりだよ。道具には何の罪もない、間違った使い方をする人間が悪いのさ!」


『あえて堕落するように誘導し、いくつもの国を破滅へ追いやりましたね』


「それは否定しない。ほら、よく『騙される方が悪い』って言うじゃないか」


 伯爵を裏で操っていたのが魔王だったとは驚きだ。いきなり序列8位と戦って、正直勝てるか分からない。


『心配いりません。マタタビ君なら勝てます』


 女神モモが僕を励ますと、また魔王が嗤った。


「魔道具のデータは十分にとれた。悪いけどもうこの国に用は無い」


 黒煙が揺れながらゆっくりと霧散していく。


「逃げる気か!」


「見逃してやるのさ、ボクは寛大だからね」


 せめて一太刀浴びせようと、駆け出して魔王ココペリに剣を振り下ろした。しかし巧みに躱される。その動きから、少なくとも手練れであることがわかった。


「最後に、勇者(仮)さんに忠告だ。キミもいずれ人類に裏切られるよ。そう、ボクのようにね……さよなら」


 黒煙が完全に消えようとしていた。


『逃がしませんよ。貴方の秘密をばらされたくなかったら、マタタビ君と勝負しなさい』


「えっ?」

「えっ?」


 急に何を言い出すんだこの女神。



◆◇◆◇◆◇



 黒煙が僅かに残ったまま、魔王が訪ねてくる。


「そんな挑発にボクが乗ると思っているのかい?」


『魔王ココペリ。私は貴方の秘密をたくさん知っています』


「面白い、試しに一つばらしてみなよ」


『貴方は約400年前の【第四次邪神討伐戦】に参加した勇者パーティーのひとりです』


「……へえ、詳しいじゃないか」


「モモ様が生まれる前の時代ですよね、何で知ってるんです?」


『魔王大図鑑に載っていました』


「魔王大図鑑!?」

「魔王大図鑑!?」


 僕と魔王の声がハモった。あれか、また知恵の女神ミネルバの本だな。


『しかし貴方は心変わりして、邪神に魂を売って魔人となりました』


「売ったんじゃない、救ってもらったんだ。女神と違って邪神はボクらを祝福してくれる」


『貴方の祈りがよこしまだからです』


「いやモモ様も稀によこしまになりますよね」


『どっちの味方ですかマタタビ君!』


 魔王ココペリが嗤いながら彼女を挑発する。


「その程度の秘密、ばらされたところで何とも思わないね。むしろドラマチックな場面シーンじゃないだけ、気が楽というものさ」


『他にもあります』


「空気の読めない女神だね。好きなだけどうぞ」


『Aカップ』


「てめえぶっ殺すぞクソ女神!」


 急にキレた!?


『身長145cm』


「せ、成長期だし!」


「いや400歳以上で成長期は苦しいですよ」


「ていうか、さりげなく5cm下げるなよ! 本当は150cm!」


『勇者パーティーから追放されたのが闇落ちのきっかけ』


「そ、そんなの……よくあることだし?」


「よくあることなんですか!?」


『でも復讐できるほどのチート能力がなかったので、ポエムで憂さ晴らし』


「やめろー! 何で知ってる!?」


 ポエムは止めて差し上げろ。


「もうわかった! 何で知ってるのかはともかくわかった! 勝負するよ!」


 霧散していた黒煙が再び集まった。


 えっと、こんな流れでいいの? 魔王との初対戦だよね?



◆◇◆◇◆◇



 僕は剣を構え直す。黒煙から肌が露出し始めた。顔や胸は隠しているが、体格からやはり少女のように見える。


「なんかすみません。せっかく悪党らしい退場を台無しにしてしまって」


「ボクこそキミに同情するよ。女神に振り回されて大変だろ?」


「わかります?」


「ボクがいたパーティーの勇者は、女神フレイヤの祝福を受けていたんだ」


「なるほど……そちらも大変だったでしょう」


 お互いにうんうん頷くと、女神モモが憤慨した。


『ちょっとマタタビ君! 魔王と親しくなってどうするのですか! 斬るべき相手ですよ!』


「そ、そうですね」


 黒煙から膨大な魔力が放出される。空気がピリッと引き締まった。


「茶番はここまでだ。魔王では戦闘力が低い方だけど、ボクを舐めすぎたな。キミを殺すだけの魔力は十分にある」


 魔王ココペリが放つ魔術が「呪術」だと直感する。ジャジャ婆とは比較にならないほどの濃い魔力。間違いなく、魔王は僕を殺すつもりだ。


 先手を取るべく床を蹴る。魔王に接敵して剣を振り上げた。


「遅い。《夢見る死者(デス・ウィッシュ)》」


 それは単純シンプルな呪言にして必殺。言葉を魔核で知覚すると即死するであろう呪術が僕を襲う。


「《衣装コスチューム》!」


 が、女神の衣装に着替えて呪術を弾く。そして胴体を切り裂くように剣を振り下ろした。


「なっ……!」


「舐めたのはそっちでしたね!」


 確かな手ごたえを感じる。魔王がよろよろと後退し、胸の位置からポトリと白い何かを2つ落とした。それを拾いあげてまじまじと確認する。


 なるほど。Aカップというのは本当で、本人も気にしていたようだ。つまりは詰め物(パッド)です、はい。


「う……うわーっ! 変態っ! この変態勇者!」


 魔王がしゃがみこんで悲鳴をあげる。


「今のは不可抗力です! 決して辱めるつもりは……」


「そっちじゃないよ! 女装してる件だよ!」


 あっやばい、一瞬気にしてなかった。慌てて元の服装に戻す。


「遅いよ!? ばっちり見せておいて今更照れるなよ!?」


「もしかしなくても、女装する勇者っていませんでした?」


「いるわけないよ!」


 魔王は僕を罵倒しながら、黒煙と共に霧散していった。最後に「覚えてろよ!」と聞こえた気がした。


『よくやりましたマタタビ君、人の子の勝利です』


 えぇ……? 今ので勝ちなの?


『目の前にいた敵は超上級魔術《分身ファントム》です。本体は別の惑星にいるのでしょう。ですから泣きべそをかかせたマタタビ君の勝ちです』


「あ、やっぱり本体じゃなかったんですね。流石に魔王が相手でこの決着は少子抜けというか」


『これで他の魔王にも目を付けられるでしょう。全員倒しますよ』


「モモ様また調子に乗ってますね!?」


 僕がニセ勇者だってこと、忘れてないよな? ぶっちゃけ魔王に挑むつもりなんてありません、はい。旅を続けられれば良いのです。


 ていうかリトッチ! リトッチを助けないと! 魔王ココペリとのしょうもないコントで時間を無駄に使ってしまった。この遅れで彼女が死んだら一生悔やむ。


 僕はオッカマンを叩き起こした。


「……はっ!? 勇者様、私はいったい……ま、まさか目覚めのキスをしてくれたのかしら!?」


「しませんよ! 伯爵を操っていた魔王を退けました。僕はリトッチさんを助けに行きます」


「魔王を倒したの!? いやーんもう、ハグさせて頂戴!」


「後は任せましたー!」


 僕は彼から逃げるように、船の端から飛び降りた。眼下にはいまだ暴れている地竜アダマがいる。

リトッチ、今助けに行くぞ。


 ……どうやって着地しよう。

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