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10. VS呪われたドラゴン


 全長20メートル級の竜が頭上を通過した。でかい。


 竜の後をついていくように突風が僕を襲った。髪が乱れる。羽ばたくだけでこれか。岩にぶら下がったまま、興奮を抑えきれずに叫ぶ。


「今の、竜ですよね!?」


 あれが本物の竜なのか、すげえかっけえ! ファンタジー映画で観た火を吐くドラゴンにそっくりだ!


『そうですが、様子がおかしいですね』


 岩の頂上に登って竜を確認する。竜は滑空したまま、荒野を走る7匹の動物を追っていた。


『アレが二足小竜ラプトルです。乗用として人に飼われることが多いです』


 馬みたいなもんか。よく見るとラプトルにはそれぞれ人が乗っている。防塵マントを着ているがその顔は人族ヒューマンではなく、爬虫類のそれだった。


蜥蜴族リザードマンですね。竜に見つかって逃げているようです。……やはり妙です』


「妙、とは?」


『図鑑によると、惑星ゴルドーでの竜族ドラゴンと蜥蜴族は友好的な関係のはずです』


「そういえば、リトッチさんも竜を狩って儲けようとしていました。三国間同盟で禁止されているはずですよね」


 女神モモの図鑑に記された情報は100年近く前のものだ。もしかしたら関係が変わったのかもしれない。あとでリトッチに聞いてみよう。今は蜥蜴族を助けるか否かだ。


 どうするべきか迷っていると、女神モモが唸るように喋った。


『――あの竜も呪いに感染しています』


「本当ですかっ!?」


 もしかしたらリトッチの呪いの宿主かもしれない。僕は岩から跳躍して地面に降りる。


「彼らの後を追います。いいですか?」


『マタタビ君なら追いつけるでしょう。ですが気を付けてください、竜は強敵です』


 もちろんわかっている。噛みつかれたらおしまいだろう。


 僕は大地を蹴って走り出した。



◆◇◆◇◆◇



 クレイヴ・マ・ギジャは、ギジャ部族連合の長であるダリウス・マ・ギジャの息子である。


 彼は6名の部下を率いて、都市国家ジュラを目指していた。盗賊団や竜族に見つからないよう、双毒蠍スティンガーの縄張りを縦断するルートを選択したのだが……


「まったく、運がないな」


 呪いに蝕まれて暴走した竜に補足され、必死に逃げているところである。


「隊長、竜が来ます!」


 クレイヴは振り返って竜の接近を確認した。一般的な火竜だが、呪いの影響で凶暴化している。


 火竜の喉が真っ赤に発熱すると、クレイヴは部下に指示を出す。


「各自、散開!」


 彼の命令に従い、部下はラプトルを操って一斉にばらけた。火竜の目標がぶれて、中途半端な場所へ火球を放つ。火球が着弾して爆発と轟音が戦士たちを襲った。着弾箇所に一番近くいたラプトルが爆風で吹き飛ばされ、部下が放り出される。


 他の部下が必死に叫ぶ。


「オットー! 逃げろー!」


 倒れた部下はすぐさま立ち上がって槍を構えるが、竜の方が素早かった。火竜は滑空する勢いのまま着地すると、地面を滑りながら長い首を伸ばして部下に噛みついた。オットーは叫び声を上げる暇もなく絶命し、上半身が丸ごと食われる。


 火竜はその場にとどまり、残った下半身にも食らいつき始めた。


「オットォォォ!」


「隊長! オットーがやられた!」


「我らが足止めを! 隊長は先を急いで!」


 クレイヴには重大な使命があった。懐には父ダリウスの書状が入っている。これを都市国家ジュラの統治者であるシャル家に直接渡さなくてはならない。双方の未来のために。


 だがしかし、部下を見捨てて生き恥を晒すつもりもなかった。


「馬鹿を言うな。我はマ・ギジャ族の戦士であるぞ。ここで火竜を討つ!」


 掛け声をあげ、ラプトルの手綱を引いて走り出す。他の部下もすぐに覚悟を決めてクレイヴの後についてくる。狩猟においては最も強い戦士に従うのが彼らの掟だ。竜を討つ際は僅かな連携の乱れも許されない。クレイヴは竜殺しの槍(ドラゴンスレイヤー)を掲げて部下を鼓舞し、瞬く間に意志を統一させる。


「オットーの死を無駄にするな!」


 火竜が食事に夢中になっている隙に戦士6人が取り囲む。武装は槍と弓、そしてロープのついた銛だ。


 部下のひとりが弓を構える。矢には竜の鱗を加工した矢尻がついている。射手は風魔術を付与して矢を放った。音速の域まで加速した矢が火竜の眼を貫こうとするが、敵は眼を閉じてガードした。矢はまぶたに刺さるが、貫通までには至らない。


「グオォォォ!」


 火竜は吠えると尻尾を振り回し、射手をはたいてラプトルから叩き落とした。


 その隙にクレイヴは跳躍し、竜の背中に張り付く。


 別の部下が笛を吹き始める。竜が嫌がる音色が響く。火竜は苦しむように頭を振った。残りの部下3名は火竜の脚や翼へ銛を投擲する。そして鱗に突き刺さった銛と繋がったロープを地面に固定し、火竜を拘束しようと引っ張った。


 部下が火竜を押さえている間、クレイヴは背中の「隙間」を探す。彼は特別な才能ギフトを持っていた。対象の「隙」を感知できる《針孔はりのあな》だ。物理的な隙間だけでなく、相手の油断なども察知できる。


 この才能とたゆまぬ努力により、クレイヴはマ・ギジャ族で若くして隊長となったのだ。


「そこかっ! 《激震雷鳴槍げきしんらいめいそう》!」


 クレイヴは右腕に力を込めて叫ぶ。


 魔核まかくに記憶されていた技能スキルが呼び起こされ、反射的に動作を行う。


 竜殺しの槍(ドラゴンスレイヤー)に雷魔術を付与。背中の「隙間」めがけて正確無比に突き刺す。槍は固い鱗の隙間を貫通し、火竜の体内へ食い込んで電流を流す。


 火竜が悲鳴の鳴き声をあげた。


「(心臓には届いていないが、あと一押し!)」


 更に腕に力を込めて、槍を竜の心臓に到達させようとするが……


「隊長! 蚯蚓病みみずびょうです!」


 火竜の背中に、ミミズ模様の痣が無数に浮き出ていた。クレイヴの足に触れようと一斉に群がる。


「くそっ!」


 呪いに掛かってしまっては、シャル家に面会など叶わない。クレイヴは槍を手放して跳躍し、ミミズから逃れる。


 クレイヴに警告するため、笛を吹いていた部下が叫んだことが仇となった。火竜はカッと目を開き、体を捻ってロープを引きちぎった。そして火球を放ち、笛を吹いていた部下を消し炭にする。


「(俺としたことが判断を誤ったか……!)」


 使命を優先し呪いに怯えてしまったのが間違いだ。呪いに掛かろうとも心臓を突き刺すべきだった。


「密集するな! 火球の餌食になるぞ!」


「翼だ、翼を狙え!」


 部下が予備の銛を構えるが間に合わない。火竜は翼を広げ、空へ退避しようとする。


「ま、間に合わない!」


 火竜が羽ばたき、その巨体を浮遊させた。


 その時になって初めてクレイヴは気づく。火竜の背後にひとりの少年が迫っていることに。



◆◇◆◇◆◇



 半神族デミゴッドの体は人間と比較すると本当に凄い。流石に竜の飛行速度には及ばないが、地上でもチーター並みの速さで走ることができる。だから火竜が再び飛ぶ前に追いつくことができた。


 走りながら遠目に蜥蜴族の戦いを見ていたが、大分苦戦しているようだった。本来はもっと大勢の人数で狩るに違いない。


『マタタビ君、背中を!』


 火竜の背中に槍が突き刺さったままであることに気づく。


「うおおおおっ!」


 僕は叫びながら、浮遊した火竜の尻尾に向かって跳躍した。そして尻尾を踏み台に更に跳躍し一気に槍まで距離を詰める。


「ホップ、ステップ――」


 背中を踏み台に最後の跳躍。


「――ジャンプ!」


 脚力を生かして高く跳ぶ。そして両手を握り合わせて、体重を乗せつつ槍の石突を強く叩いた。槍が更に深く突き刺さり、確かな手ごたえを感じる。


「グオォォォ!」


 火竜が痙攣し、力を失って地面に落ちた。僕も地面に落ちて転がるが、片膝をついたまますぐに火竜を見据える。土煙が辺り一面に舞い上がった。


 ――火竜は苦しむように叫んで天を仰ぐが、すぐに息絶えて地に伏した。


「……やったか?」


 どうやら槍が心臓に達したらしい。危険な賭けだったが上手くいったようだ。ホッとしてその場に座り込む。失敗したら火球の餌食となっていただけに、心臓がバクバク鳴っている。


「××、×××!」


 蜥蜴族リザードマンが素早く僕を囲んで槍を構えた。何か叫んでいるが理解できない。恐らく現地の言語だろう。


「あの、ネアデル語は喋れますか?」


 大人しく両手を上げつつ尋ねてみる。

 

「×××××、×××!」


 特に風格のある戦士が他の蜥蜴族を叱ったようにみえた。彼がリーダーなのだろう。その戦士が僕に一礼して、ネアデル語で喋りだした。


「部下が失礼をして申し訳ない。我が名は――」


『まだ動きますっ!』


 女神モモの叫びを聞いて、僕を含めた全員が一斉に火竜に向き直った。


 ――息絶えたはずの火竜が立ち上がり、体をぎこちなく動かしている。


「死んでない!?」


『いいえ、確かに死にました。あれを動かしているのは呪い自身です!』


 よく見ると、火竜の皮膚を無数のミミズが這いまわって無理やり火竜の体を操っていた。火竜の死体が走り出して僕らに迫る!


『触れたら感染します!』


 この野郎、そこまでして人を呪うかよ! この位置からだと誰も避けられない! 咄嗟に地面に手をついて、ありったけの魔力をつぎ込んで魔法を発動する。


「《大神実オオカムヅミ》!」


 迫り来る火竜の目の前に巨大な桃の木が生える。火竜はそのまま桃の木に激突し、体勢を崩して倒れた。桃の木がバラバラになり破片が舞う。


「今の内に逃げてください!」


 蜥蜴族らは指笛でラプトルを呼んでいた。僕らも出来るだけ離れなければ。そう思って振り返ると、見知った人物が目に映る。


「――リトッチさん!?」


 リトッチが箒にまたがり、地面にすれすれに飛行しながら凄いスピードで近づいてきていた。


「どいてろマタタビ!」


 彼女は僕の隣で急停止して地面に降りると、箒を反対に構えて穂先を火竜に向ける。


「くらえっ! 《炎の揺り籠(キャンドルファイア)》!」 


 リトッチが叫んだ瞬間、箒を軸に魔術式が展開される。地面にも直径3メートルの魔術式が描かれた箒の穂先が針状に尖り、その一つ一つに小さな炎が灯る。そして穂先から膨大な風が吹き出し、小さな炎を一瞬で爆炎の奔流に変えた。


 まるで巨大な火炎放射機のように、しかし圧倒的な風速と熱量で火竜を包み込む。炎に包まれた火竜はしばらく暴れるが、やがて全身が黒こげになってボロボロと崩れ落ちた。


 ……火竜を焼き殺しちゃったよ。火竜が放った火球より凄いじゃないか。蜥蜴族も唖然としているぞ。


『風と火の合成魔術ですね。魔道具のサポートがあるとはいえ、超上級クラスに匹敵する素晴らしい魔術です』


 リトッチは構えを解く。穂先を叩いて残り火を散らすと、箒を肩に担いで僕らに向き直った。


「――ふう。焚き木があったからよく燃えたな」


 か、かっけえ!


『なんて罰当たりな人の子ですか! 神聖な桃の木を焚き木扱いだなんて!』


「いやー、木がバラバラになったら燃やしたくなるじゃん?」


「まあまあ、ふたりとも喧嘩しないでください。協力して倒したと思えば」


「うわっ! この焼き桃上手いな」


「焼き桃!?」


『その発想はありませんでした。私にもください』


 リトッチは元気を取り戻したようだ。聖水が効いて本当に良かった。3人で談笑していると蜥蜴族の戦士たちが近づいてきた。先頭に立つリーダーっぽい人が頭をさげる。


「我が名はクレイヴ・マ・ジャギ。部族を代表して貴殿らに感謝する」


 クレイヴと名乗ったリーダーは、雄々しくも品格のある人物に見えた。


 ――せっかく助けたんだし、女神モモの名を布教するチャンスだな。


 気合を入れて対話に臨もう。

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