11. 女神様の信者:6人
回想。2週目の人生、16歳。
「先生、質問があります。なんでわざわざ言語を勉強するんですか。《言語習得》の魔術で簡単に覚えられると聞きましたが」
「良い質問ですねマタタビ君。1女神ポイントです」
女神ポイントってなんだ。いま初めて聞いたぞ。
「魔術は覚えれば良いとは限りません。魔術を習得すると、その原理や使い方が魔核に記憶されます」
女神モモは紙に円を描き、その中に《治癒》と書いた。
「魔核には容量があります」
《炎魔術》《風魔術》《水魔術》と次々書いていく。更に《必殺技A》や《剣技B》《才能》《技能》と書いたところで、円の中に空きスペースがなくなった。
「なるほど。魔術を覚えられる量に限界があるんですね」
「その通りです。ちなみに本物の勇者は容量が桁違いなので、共通言語は全て《言語習得》で習得しているはずです」
「つまり勇者を演じるためには……」
「はい、マタタビ君は頑張って勉強して覚えましょう。今後のためにも魔核の空き容量は多い方がいいです」
め、面倒くせーー!
「……《降臨》や《大神実》といった魔法も原理は同じですか?」
「目の付け所が良いですね。2女神ポイントです」
だからそのポイントなに?
「魔法は魔術とは根本から異なります。【記憶する】のではなく【宇宙の真理を感覚的に理解する】のです」
「なるほど。一ついいですか」
「なんでしょう」
「《念話》を覚えればとても楽だと思うのですが」
「そういうインチキはいけません! マイナス50女神ポイントです!」
マイナスでけえよ!
◆◇◆◇◆◇
クレイヴしかネアデル語を話せないと知ると、リトッチが彼の部下に魔石を渡し始めた。
「それ魔石ですよね。《言語習得》が込められているんですか?」
「まあな。言葉が通じない奴にはネアデル語を配ってる」
ちなみに【ネアデル語】は世界三大共通言語の一つだ。南東星域で最も使われている言語らしい。地方言語の独特な単語や言い回しにも対応しているので、先住民が習得しやすいという特徴がある。
『言語を追加しやすい点も魅力の一つです。他の言語と比べると、魔核の容量を圧迫することが欠点ですが』
部下が魔石を握りつぶすと、魔力が溢れ出して腕から頭へ流れていく。すぐに彼らは口々に「感謝する」と礼を述べた。ネアデル語だが流暢ではない。
僕らも自己紹介を始めることにした。
「僕は勇者マタタビと申します」
リトッチには「勇者は伏せていた方がいい」と助言されていたが、今回は女神モモとの契約を優先することにした。女神モモの正体を明かして信者を増やすのだ。さっき命を救ってあげたわけだし、信じてくれると思いたい。
「アタシは魔術士リトッチだ」
『……』
「ほらモモ様、女神の名を広めるチャンスですよ」
『5人以上の視線が辛くて……』
どんだけ人見知りだよ! 僕は蜥蜴族の眼前に聖剣を突き立て、魔石に顔を近づけて話しかける。
「いま布教しなくていつするんですか!」
『姉様たちみたいに笑われたらと思うと……』
結構深刻だった。虐められた過去は簡単に払しょくできていない。その気持ちはよく分かる。でも、いつかは乗り越えなきゃいけないんだ。今がその時だ。
「僕は絶対に笑いません。だから僕に話しかけるつもりでいいんです。もし笑う奴がいたら、僕が叩き斬ってやりますよ」
僕なりに精一杯励ましの言葉を送る。
少しの沈黙の後、彼女は震えながら呼びかけた。
『わ、私は女神もモモ。ひ、人の子を祝福するために、ちち地上へ降り立ちました』
自分の名前を噛んだよ。いや、ここは褒めるべきだ。よく頑張りました女神様。
蜥蜴族は全員黙ったまま聖剣を見つめている。沈黙が痛い。女神モモもきっと泣きそうになってると思う。これで笑ったら斬るぞ。絶対斬るぞ。
すると。
クレイヴが静かに片膝をついて首を垂れた。他の蜥蜴族も彼をまねる。
「――ようこそ地上へお越しくださいましたモモ様」
『……っ』
「あまつさえ我らをお救いくださり、感謝の極みにございます」
『……礼には、及びません。どうか顔をあげてください』
女神モモは震えながらも、彼らの信仰に必死に応えた。
……信じた。信じた? 本当に?
本音を言うと、ぶっちゃけ信じてくれないと思っていた。女神モモは他の女神と比較して明らかに幼い。声や立ち振る舞いからも、どうしても未熟さを隠しきれない。だから僕は彼が信じてくれないと決めつけていたのだが、それは大きな間違いだった。
蜥蜴族は立ち上がると、今度は右手の拳を左胸に当てて一斉に叫んだ。
「「女神モモに栄光あれ!」」
この後、女神モモが嬉しさのあまり泣き出したため皆が慌てることになった。
僕もまだまだ未熟で、駄目なやつだ。
もうちょっと女神様を、正確には異世界の人々を信じないとな。
◆◇◆◇◆◇
この一帯が砂嵐に襲われそうだ。アタシの《風詠み》がそう警告していた。すぐにその事実を皆に告げ、避難することを提案した。蜥蜴族は先を急ごうとしたが、モモの「彼女に従いましょう」という一言で思いとどまった。
この辺りには岩の洞窟がいくつもある。砂嵐を避けられる手ごろな大きさの洞窟を見つけ、二足小竜も含めて全員で避難した。
そしていま、荒れ狂う砂嵐が外の視界を覆っている。
蜥蜴族は都市国家ジュラを目指しているようだが、理由は教えてくれなかった。わざわざ双毒蠍の縄張りを横切るほどだ。誰かにバレたくない事情があるんだろう。
そんな彼らは聖剣の周りに集まってモモと真剣に話をしている。アタシは遠巻きに彼らを見ながら、箒のメンテナンスをしていた。
マタタビがやってきて近くに座る。
「あの火竜、百足病の宿主じゃなくて残念でしたね」
「竜の死骸が手に入っただけでも御の字だ。商人に売りつければ、3人とも半年分の生活費が手に入るぞ」
アタシを気遣ってか、少年はすぐに話題を変えた。
「その箒は魔道具なんですか?」
「そうだ。気になるか?」
「ええ、まあ。じっちゃんが作るガジェットに似てますが、かっこよさが段違いですね」
「光栄だな。もっと褒めていいぞ」
本当は師匠のおさがりだが内緒にしておくか。
「それにしても意外でした」
「何が?」
「リトッチさんはモモ様を魔道具だと言っていたのに、あっさりこの状況を受け入れましたから」
モモと蜥蜴族をちらりと見る。
……別に、あいつらの態度がきっかけじゃない。
「最初に火竜が死んだ後、モモが『まだ動く』と叫んだだろ?」
「はい。モモ様のおかげで素早く気づけました」
「あの時あいつは《念話》を使っていた。距離が離れていたアタシにも聞こえた」
マタタビは怪訝な表情をしている。やっぱりこいつは何も知らなかったか。
「《念話》を使ったのは、ネアデル語を知らない蜥蜴族にも言葉を伝えるため……だと思ってないか?」
「……? 違うんですか?」
「アタシらの知る《念話》ってのは、声を介さずに言葉を伝達する魔術だ。伝達するだけだから、言葉自体は何も変換しない。ネアデル語で伝達すれば、相手はネアデル語の言葉を受け取るだけだ」
マタタビが驚いた様子を見せる。そう、《念話》は同じ言語を持つ者同士で使って初めて意味のある魔術だ。
「だけどモモが使った《念話》は全員が一瞬で理解できた。言葉じゃない、もっと根源的な何か……想いのようなものが伝達された」
「……僕はてっきり、人類が《念話》を完全に再現できたと思ってました」
「それはほぼ不可能だ。再現というより模倣が精々だな。魔術はどうやっても魔法には及ばない。アタシは魔術士だし、蜥蜴族は直感が鋭い。だから魔法を使うモモが女神だって気づいた」
「なるほど、そういうことだったんですね」
「それはともかく、アタシはあいつを信仰しないからモモって呼ばせてもらうぜ」
「信仰するしないは自由ですが……理由を聞いても?」
「ご利益がわからんからな」
「確かに」
あいつの勇者のお前が頷いてどうするんだよ。
――とはいえ、マタタビはアタシの嘘を信じたようだ。本当はもっと前に気づいていた。
気づいたのは、モモが聖剣から現れて朦朧としたアタシに聖水を飲ませた時だ。その瞬間の彼女は、アタシでも見惚れるほどに神々しかった。そしてアタシを温かい目で見つめる、幼くも慈しみを持った表情。直感的にこいつが女神だと信じ……同時に、信仰しないことを決めた。
アタシは自分が悪党だと自覚しているし、実際に悪事を働いてきた女だ。こいつに祝福される資格はない。懐に入れている聖水の小瓶を握る。
これは祝福じゃない、単なる借りだ。だから借りは必ず返す。
◆◇◆◇◆◇
モモを除く女神七姉妹の存在は、世界の誰もが知っている。しかし彼女らは滅多に地上へ降りてこない。生涯を通して祈りを捧げても、普通はその存在を認知せずに命が尽きる。
クレイヴを始めとする蜥蜴族の部族は七姉妹の三女、大地を司る女神イザナミを崇拝している。しかし祖先がこの惑星に移住してから、女神が降臨したという話は語り継がれていない。
女神とは、まさに天上の存在であったのだ。ゆえに、クレイヴらにとって女神モモとの邂逅は歴史的な瞬間だった。
「まさかこの星に女神様が降臨なされていようとは」
「この任務に志願できて本当に光栄です。どのような結果でも悔いはありません」
「もし生きて帰れたら妻に自慢します。女神を見た者は今まで一人もいませんから」
部下たちは舞いあがっている。
「女神様はなぜこのような辺境の星に? もしや我らをお救いに来られたのですか?」
『……』
対して女神モモは緊張で固まっていた。
クレイヴ自身も気持ちが高まっていたが、落ち着いて部下たちを諫める。浮かれてばかりだと困るので、気を引き締めるように彼らを叱咤した。
「モモ様に失礼であるぞ。女神は地上の揉め事に干渉しない。我らの問題は、我ら自身で解決せねばならぬ」
『……ごめんなさい、人の子よ』
「何をおっしゃいますか女神様。我らの窮地を救って頂き、感謝以外の言葉はありませぬ。恐れながら、モモ様が地上におられるのは魔人絡みだと愚考いたします」
「おお! となると、あの少年は本物の勇者ですか。気迫が感じられず、偽物と疑っていた自分が恥ずかしいです」
「確かにあれだけの若さで竜に挑む胆力は素晴らしい。勇者にも出会えるとは、これまた自慢話が増えましたな」
クレイヴの部下たちが感嘆の声を上げ、一斉にマタタビを見つめる。
『彼は私が召喚した勇者マタタビです。彼が歩けば大地は震え、その魔法は天まで昇るほど空高く――』
女神モモは調子に乗って、あることないことを吹聴し始める。蜥蜴族はいちいち頷いて、感嘆の声をあげた。
『もしお困りであれば、勇者マタタビが人の子らに手を貸しますよ』
うっかり余計なことまで言ってしまったが、結局クレイヴは申し出を拒んだ。蜥蜴族は誇りを優先する。勇者の力を借りず問題を解決するつもりなのだ。
少女もそれ以上言及はしなかった。女神による過度な干渉はご法度だ。姉達の心象をこれ以上悪くするわけにもいかない。しかし、現状はできるだけ把握したかった。
『ひとつお願いがあります、竜族と貴方達の間に一体何があったのかを教えてもらいたいのです』
「――承知しました。我らが知っている限りのことをお伝え致します」
クレイヴが居住まいを正し、20年前に起こった事件について語りだす。
災害『竜の堕天』。
マタタビがその過去を知るのは、もう少し先のことだ。




