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28 冒険者のルール


「――というわけで、お前たちを俺の拠点に連れていくことになった。拒否権は――認めない。そういうことでいいか、ギルド長?」


 若い冒険者たちに事情を説明したのち、横で煙草を吸っていたゼクトのおっさんに話を振った。

 未だに、こいつらのような厄介な連中を連れて行くに未だ抵抗感がある。

 俺の希望的観測に過ぎないが、できたらクーリングオフして、そのまま冒険者ギルドまで送り返したい。

 ただでさえ、人間形態(男の娘)になるのは心身共につらい。おもに羞恥心が。


「あぁ、そうだ。今回の一件でこいつらブラックリスク乗る一歩手前だ。冒険者ギルドに戻っても冒険者稼業を続けられるかはほぼ無理だろうナ。しかも、奴隷落ちどころか三ツ星の咎人堕ちになるかもしれん」


 ゼクトのおっさんの言葉に若い冒険者たちが一斉に顔を青くする。

 咎人堕ちとは、いわゆる罪人になることであり、罪人には罪の重さに比例して星が付けられ、星の多さで刑罰を決めるのがこの世界の制度だとか。花娘から昔習ったことがある。

 たしか、一つ星なら軽い刑罰で大抵は半年の牢屋生活、三ツ星だと財産没収ならびに数百万の罰金、さらに数十年にも及ぶ強制労働が当たり前だとか。

 あと、四つ星になると死刑が確実でそこから星が増えれば増えるほど過酷な労働に拷問がオプションとしてついてくるとのこと。

 いうなれば三ツ星の咎人は死刑になる一歩手前ということだ。

 しかも、下手をすれば三ツ星だから最悪、四つ星以上で死刑確定ときた。

 彼らが怯えるのも無理はないだろう。


「どうして、わたしたちが咎人堕ちになるのですか!」

「そうよ! あたしは冒険者として魔物を退治しに来ただけなのに!」

「悪者はジャーマインさんで、俺たちはむしろその人に騙されて連れてこられただけだ!」

「むしろ冒険者として魔物を駆除することは使命じゃないの!?」

「しかも、そこに魔族が絡んでいるなら、冒険者として捨て置けるかよ!」

「俺たちが正義なんだ!」

「そうだ! 大人たちの都合で僕たちが従うと本気で思うなよ」


 一部の冒険者たちが顔面蒼白気味に反論するが、こいつら本気で言ってるのか?

 相手は自分らの上司で、冒険者ギルドという組織である程度の権限をもつ権力者だ。しかも周りには冒険者として退治しなくてはならない武器を持った魔物たちが囲んでいる。

 下手に反抗的な態度をとれば、自分の首を絞めることになることに気づけよ、このアホども。

 さっきまで大人しくしていた犬娘にいたっては、もう冷めた目をしながら、剣の柄を指で触って遊んでいるし。

 これ以上騒いだら、この場で冒険者の首を一つ宙に舞うかもしれない。犬娘の抜刀術はガチで早く、丸太を一太刀で両断するほどの技量だ。

 《人化》の副作用で能力値が下がった今の俺では、抜刀した犬娘を止める力は無い。




 ――もっとも、花娘特性の蘇生薬があるから、かばう必要が無いというかこいつらを守る義理がないから別にいいんだが。



「おめぇらぁ……――すこし、黙れよ」

「「「「「ひっ!?」」」」」


 騒ぐ若い冒険者たちにゼクトのおっさんが凄まじい眼光で彼らを黙らせた。

 例えるなら蛇に睨まれた蛙、もしくはチェーンソーを持った殺人鬼に殺されかけるモブのような図だ。

 それくらい、恐ろしい形相をしている。

 俺と花娘と犬娘と祖父犬は耐えられるが、周りのコボルドたちは若い冒険者たち同様にビビってしまっていた。


「頭の悪いおめぇらに俺がやさしく順に説明してやる。最初はおめぇらがギルドが決めたルールをやぶったこと。つまり、冒険禁止区域に無断で踏み込んだことだ」

「「「「「……ヴっ!?」」」」」


 若い冒険者たちが痛いところを突かれ、苦い顔をする。


「冒険禁止区域?」

「あなた様、冒険禁止区域というのは冒険者ギルドが国から狩猟・採取が許可されない地域のことですわ」


 横にいた花娘が俺の疑問に答える。

 小説だと冒険者ってフットワークが軽くて、所かまわずモンスターを刈り取ったり、未踏の遺跡を探索したりする職業だと思ってたんだがそうじゃないのか?


「冒険者は自由の代名詞の職業といわれているが、好き勝手にできることじゃねぇ。よそ様の土地で暴れたらギルドどころか国にまで迷惑をかけてしまうしな。下手をすれば戦争に発展しかけねぇ」

「あぁ、たしかに」


 ゼクトのおっさんの説明で納得した。

 もしも他国が管理している土地や施設に土足に入り、あまつさえ事件なんか起こしたら国際問題が起きるかもしれない。

 ファンタジーなのに、そこんところはしっかりしているなぁ。


「というか、侵入禁止区域になってたのかここのあたり?」

「……私、初耳」

「当然だ。なんたってここは熟練冒険者より強い魔物たちがゴロゴロいる地帯。ただでさえ、お前らみたいな知性を持ちながら人と同じような生活をしている奴らもいやがる。アダナギ教よりマシだが種族差別する人もおるから、接触すれば間違いなく問題が起こるかもしれん」

「ゼクト殿の言う通り。幸い、儂らの部族でよかったが、もしも人間を見下すリザードや戦闘狂いの一族と接触したら大惨事になるのはまちがいなかろう」

「それを防止するためにあえて冒険禁止区域に指定したんだ。もっとも、接触を回避してたのは例のプロジェクトのためにあえて俺他の実力を見せて信用させるための布石の意味もあったんだがなぁ」

「へぇ~」

(……実力を見せる……、それはつまり私が――うんうん、私たちがたまに冒険者たちを監視してことをはじめっから知ってたってこと? むしろ、利用していた? ……たしかに、思い当たる節もある。冒険者のパーティーを観察してた時、彼らが獲物を追い詰めたのに、私たちの活動地域近くになると突然追いかけるのやめたときもあった。別のパーティーも、貴重な薬草の生息地が目の前にあったのに数分考えた末諦めて帰ったことも……。冒険者は常に金欠で明日を生きるために稼ぐことを第一に考えているって母から聞かされてたから、目の前の金のなる木を見逃したことを不思議に思っていたけど、あれって、私たちの縄張りを荒らさいことで敵対意思がないことへのアピールだったんだ……)

「シャルロット?」

(だとすれば、長の言う通り、今回の襲撃はお互い幸いだったかもしれない。もしも、ほかの部族――とくにリザードマンの部族だったら間違いなく彼らは八つ裂きにされて冒険者ギルドと全面戦争になってたかもしれない。そうなると彼らの努力も水の泡になって、両者ともども死人が出たのかもしれない。……あのとき、あの神父から彼らを生かしておいてよかった、うん)


 なにやら考え事してるようなので俺は犬娘からゼクトのおっさんのほうへ向き直る。

 おっさんはため息を零して言葉を紡ぐ。


「まぁ、テメェらのせいですべて台無しになるところだったがなぁ。さて次に問題なのは依頼書を通さず、討伐を向かったこと。あの神父がおめぇらを駒にするために依頼の受注を偽ったかもしれないが、どうせ依頼を確認しなかったこんだろうぉ? 依頼書を通さずクエストはやるのは犯罪行為だぞ、きみたちぃ~」

「「「「ぐぅっ」」」」


 おっさんの容赦ない言葉攻めに少年少女たちがたじろぐ。


「無断で依頼を受けることも犯罪なのか?」

「あぁ、ギルドの依頼は依頼者から正式に受けた仕事だ。その仕事を独断で勝手に達成することは仕事を横領したとして扱われるのさ」

「それに、独断での依頼達成は危険でもありますしね」

「危険?」

「はい。例えばの話、とある村の近くの森に生息している草食系の魔物の狩猟依頼を冒険者が受注したとします。依頼内容では納品する数は決められているのにもかかわらず、金になるからという理由でその森に生息する草食系の魔物をほとんど乱獲してしまいました。さて、その結果がどうなったか、あなた様ならわかりますわよね?」

「……あぁ、なるほど。肉食系の魔物たちが村を襲ったんだな」


 その通りですわ、と笑顔で頷く花娘。

 森に住む草食動物がいなくなれば、とうぜん森に住む肉食動物が飢えるのは当たり前だ。

 その結果、空腹から魔物たちが村人を襲うのは当然だろう。なんせ、すぐそばに新鮮な人肉()が大量にあるのだから。

 毎年、食べ物が不足したため街に降りて畑や売り物を食い漁り、空腹から人を襲う熊や鹿がニュースで取り上げられるのが定番だろう。

 ましてや人間の手に余る獰猛な魔物なら、その村は尋常ではない被害が出たかもしれない。

 魔物だらけの森に暮らしていたからわかるが、通常の肉食動物に比べて魔物のほうが強い。

 規模を例えるなら動物が爆走する自転車なら、魔物は爆走するトラックだ。

 それがただの一般人めがけて襲ってきたら後者は即死してもおかしくない。


「過去にも依頼を解釈して独断で狩猟や採取、あげくに雑な後始末をしたおかげで、のちに多大な被害を出した事件がいくつかある。とくにひどいのは盗賊や魔物の討伐依頼だ。力量を見極めず無策で突撃して返り討ちにあった挙句、報復として罪のない村や人々が襲われ犠牲になっタ」

「そのため、依頼の受注には細心の注意が必要なのですわ」

「「なるほど……」」


 ゼクトのおっさんと花娘の説明に俺と犬娘が納得する。

 

「……冒険者は自由の職業の代名詞。しかし、実際は国が定めた法の上で人々の迷惑をかけず人々のために働くのが冒険者という誇り高き便利屋だ。私欲を持つなといわん。生きるためには金や名誉がいるのはあたりめダ。――だが、自分勝手な行動で他人に迷惑をかけていい理由にはならん」


 そういって、ゼクトのおっさんは鋭い目つきで少年少女たちを睨んだ。


「テメェらの自分勝手な行動で冒険者ギルドが長年かけてきたプロジェクトを破綻させかけたあげく、樹海の住民たちとの全面戦争が始まるところだっタ。これはギルドに対する妨害工作および戦争誘発によるテロ犯罪になりかねない行為だゾ。国で有罪判決をさせるまえに、今すぐ俺がこの手で処罰したいところだゼ」

「「「「「ひぃひぃぃぃ!!」」」」」

「ちょっ、ゼクトのおっさん!?」


 掌から巨大な火球を生み出すゼクトのおっさん。

 その火力は彼らを灰を残さず焼却させるほどの規模だ。

 蘇生薬があるとはいえ、灰すら残らないとなると蘇生させることは無理だ。

 生き返らせる方法があるから俺は余裕で見殺しすることができるが、蘇生できないとなるとさすがに見殺しすることはできない。

 ゼクトのおっさんを止めようと言葉をかけると――


「――だが、この坊主たちのおかげで、難は逃れた。それどころか、ギルドに入り込んでいた害虫を駆除するどころか、今回のプロジェクトに手伝ってくれる協力者も得られた」


 そう言って、ゼクトのおっさんは巨大な火球を消し、俺の頭をぽんぽんと撫でながら彼らを見据える。

 あれ、褒めらてるの俺?


「よって、テメェらの最後のチャンスを得やる。今回のプロジェクトが成功したら、試験役を頑張った者にはこれまでのお咎めは無し。それどころか多額の依頼金に王宮就職への推薦状、ならびにゴールドランクをくれてやル」

「ほ、ほんとうですかギルド長ッ!?」

「男に二言はねぇ」


 ゼクトのおっさんがタバコを吸いなら断言すると、彼らの生気が蘇る。

 さきおどまで死刑判決を言い渡され絶望していた彼らは、名誉挽回と褒賞のチャンスが得られることに活気を取り戻したのだ。

 そんな現金な彼らにやれやれとばかりに呆れている俺に、ゼクトのおっさんが俺と犬娘の肩に腕を回すると微笑しながら言う。


「だから、こいつらの言うことをしっかり聞いとけヨ。これから行く場所はこいつらが十年もかけて整備した集落だ。居候の身なんだから、あんましオイタはやめておけよ。でねぇと――」


 煙草を咥えながらゼクトのおっさんが言葉を放った。


「ギルドの玄関口でテメェらの首を晒すからそのつもりデ」

「「「「あ、はい……」」」」


 眉間に拳銃を突き付けらたようなドスの効いた言葉に少年少女の冒険者たちは静かに返事した。

 至近距離にいたため、さすがの俺もビビってしまった。


「あと、女子どもは晒し首の代わりにこいつの雌奴隷にするからな。献身に働けよ」

「「「「あっ、はい……」」」」


 いや、雌奴隷はいらないんだが。

 抜きゲーは嫌いじゃないがDQNで犯罪者予備軍の美少女(雑魚)を抱くのはむしろ萎える。

 というか、数名だけ顔を赤くしている者がいるんだけど?

 あれか?

 オークに犯されたいドMちゃんなのか?


「……ライバル、増加?」

「あらあら、自称正義の味方のくせに、中身は痴女ですわねぇ」

「雌が強い雄に惹かれるのは種族問わず同じだが、さすがに人間の子供に発情するのはどうかのぉ。いや、中身はオークで同年じゃが」


 横で犬娘、花娘、祖父犬が何か言っているが「がっはっははは、おめぇさんもこいつらの面倒頑張れよ」とゼクトのおっさんの笑い声にかき消されて聞こえない。



 こうして、俺たちの住処に新たな住民が増えたのであった。



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