2幕 貴音美月が憤慨する真夜中
貴音美月は憤慨していた。
それは最近、同じ部員が自分のことを蔑ろにしているのではないかという疑惑から始まった。以前ならば威厳があり、誰よりも部長という役割をこなしていたはずなのに(大きな勘違いである)、と心底憤りを覚えていた。
「おかしい! 何故私は陰で魔王とか男女とか言われているんだ!? 虹~」
「美月ちゃん、そんなことを言うためだけにわざわざ家に来たの?」
子供っぽく泣きつく美月に対し、水無月は苦笑を浮かべながら一応頭を撫でる。
水無月が自宅にて有意義な時間を過ごしている時、突然美月が彼女の元を訪ねて来たのだ。突然の来訪に驚きながらも、幼馴染ということもあり招き入れたのが水無月の間違いだった。
押しかけてくるなり自分の不満不平を機関銃のように撒き散らす美月。もはやどちらが年上かもわからないほどと思えてくる。
そんな無駄な時間を数時間も繰り返しているのである。
懐が広い水無月といえど、こうなってしまった美月を慰めるのがどれだけ面倒か、誰よりも知っている。そのためどうにかして収めようと考えているのだが……これが全くうまくいかないのだ。
――事の発端は先日の買い出しにおける一色と雪彦の一連の出来事。デリカシーのへったくれもないのは水無月も二人を咎めたいところであるが、しかしながら普段の美月の所業も知っているため、あまり強く否定することもできない複雑な水無月なのだ。
「そんなこととはなんだ! ま、まさか虹も私を……」
「……もうっ。ちょっとは私のこと信じてよ。少なくとも魔王とか男女とかは思っていないから!」
……少なくとも、という部分を無視はできないものの、一応美月はこくりと頷いた。
「一色くんも海老名先輩も、流石に女の子にそれは言い過ぎだと思うよ」
「だ、だろ!?」
「でも! 美月ちゃんに女の子としての心構えが足りてないことは確かだよ!!」
水無月の目には見えない鋭利な剣が美月の胸に突き刺さる。なぜか本当に突き刺さったかのように振る舞う美月だが、水無月の口撃は止まらない。
「大股歩きだし、化粧は全然しないし、目つきは鋭いし、口調は男前だし! そのくせ肌のスキンケアしてないくせに綺麗だし、高めようとしていない癖に美人さんだし、おっぱい大きいし!!」
「虹、後半は少しちょっと関係なくないか?」
「……ともかく、美月ちゃんは男の子に見られる意識が足りません!!」
「なっ……」
珍しくも捲し立てる水無月の勢いに圧倒され、美月は言葉を失う。
他の誰でもない親友の水無月に女の魅力ゼロ認定されてしまったのだ。美月にしたら一色や雪彦に陰口を言われるより何十倍も辛いものがあった。
肩をガクッと落とし、下を向く美月。そんな美月の肩を水無月はそっと触れた。
「美月ちゃん。これは良い機会だよ」
「良い、機会?」
「そうだよ。今まで美月ちゃんが興味のなかったことに手を出すチャンスだと思う! 美月ちゃんはやればできる子ってことを男子たちに見せつけるの!」
「見せつける……。ふふふ、そうか。奴らを見返してふんぞり返ってやれば、さぞ愉しいのだろうな! 愉悦を感じれるのであれば、やってみる価値は大いにある!!」
「美月ちゃん、口調!!」
「うふふ、困った男子たちを見返してやるのだからね!」
多少口調に違和感を覚えずにはいられない水無月であるが、しかしながら一つの変化としてうんうんと頷く。
言動と表情が一切噛み合っていない美月であるが、かくして水無月監修の元、美月改造計画が始まるのであった。
「ともかくこれは私だけの手には余るから……よし」
水無月はとりあえず最初の一歩を進めるため、協力者を募るために初香に電話をすることにした。
初香の小悪魔さはともかくとして、一部を除いての女子力に関しては一考の余地がある。ああ見えて天真爛漫すぎる様から告白などはないものの、陰で根強い男子人気がある初香なのだ。
普段ならばツーコール目で出る初香であるが、今回は珍しく水無月の電話に出なかった。
「あれれ……珍しいね、初香先輩が出ないって」
「そうね、うふふ。初香さんったら、何をしているのかしら」
……彼女は果たして、それが自然な女性らしいと思って行動しているのだろうか。些か疑問である。むしろ女性らしさを舐めているのではないか。
……すると水無月の携帯電話に着信が入る。相手は先ほどの電話に出なかった初香からの着信だ。水無月はすぐに画面を操作して通話を開始する。
『もっしもし~? ごめんね、こーちゃん! 電話気付かなかったよ~』
「あ、大丈夫ですよ! でも珍しいですね、、初香先輩が気付かないなんて」
『あ~、実はさ』
『おい初香、電話なんかより次はお前と千尋の一騎打ちだぞ』
電話越しに聞こえる雪彦の声。しかしそれだけなら何ら不思議ではない。悪ふざけはあるものの、海老名兄妹は基本的に仲が良く、夜一緒の部屋にいて遊んでいても不思議なところはない。
そう――雪彦の口から一色の名前が聞こえなければ、不思議なことは何もなかった。
「え? そこに一色くん、いるんですか?」
『うん! 雪彦が無理やり家に連れて来たから、今は兄妹でおもてなし中なのだよ、こーちゃん!』
「そうなんですか……」
『今は私の部屋で三人仲良くゲームしてるところだよ!』
……きっと無意識なのだろう。水無月は特に声の抑揚があるわけでもなく、初香と淡々と話していた。
しかしその表情を近くで見ている美月は、ほんの少し違和感を幼馴染から感じ取った。
――虹の奴、ちょっと怒ってる? 美月は決して口に出さずにそう思った。
『ちひろん、こーちゃんからお電話だよ! ほらほらぁ~』
『いや、俺が電話変わる必要なんて。っていうか引っ付かないでください、暑苦しい。
……はぁ、本当に無理矢理だな、海老名先輩は。悪いな、水無月。海老名先輩に何か用事があったんじゃないのか?』
「……ううん、別に大したことじゃないんだー。一色くん、楽しんでるかな?」
『水無月、お前なんか…………。いや、なんでもない』
勘の鋭い一色は水無月の変化にいち早く気づくも、追及するのが得策ではないと考えたのか。特にそれ以上を尋ねることはしなかった。
「皆でゲーム、楽しそうだね」
『騒がしいけど、一応な』
「そっか、そっかー。じゃあまた次の部活でね」
水無月はいつもならばここから会話の華を咲かせるのだがそれもせず、そのまま電話を切ってしまった。
美月は水無月の表情を伺いつつ、ちらっと彼女の顔を見る。水無月は何かを考えるようにぶつぶつとしきりに呟いていた。
「こっちが美月ちゃんの相手をしている時に問題の二人が遊び呆けるのはなんだかなぁ……」
そして考え事が終わると、バッと顔を上げて美月の方を見た。
「ね、美月ちゃん」
「は、はい」
「一色くんが唖然としちゃうようなくらい変えてみせるね」
「あ、ああ……お手柔らかに頼むよ」
――水無月の笑顔は人を癒すほどの、一種のアロマセラピーのようなものがあると、美月は常日頃から豪語している。だけど今の水無月の笑顔は不自然というべきか、ともかくどこか怖いものがあった。
……美月は水無月の静かな怒りの正体が掴めず、しかしながらついぞ始まる自分の改造計画に心が少しだけ踊るのであった。
「……なんなんだ、あいつは」
「あれれ、ちひろん切っちゃったの?」
先ほどまで水無月と通話をしていた一色であるが、水無月の態度にいまだ違和感が残っていた。しかし水無月が仮に怒っていたとして、何に怒っているかというのは分からず、電話は終了。今は何とも言えないモヤモヤを抱えているというわけだ。
「特に何もなかったらしいので」
「ふーん。……ってそれよりもちひろん、一方的に私、ぼこぼこにしてるけど、いいの?」
「え……。あっ」
一色は初香と格闘ゲームで対戦をしていたのである。しかも明日の昼食を賭けており、一色が水無月との会話をしていた時に初香はしれっと一色のキャラクターを攻撃していたのだ。
体力ゲージは既にレッドゾーン。初香はニヤリと笑っており、一連の流れが全て計算付くであったことに一色は気付いた。
「えげつねぇな、初香よ。わざと電話を代わって千尋の意識を逸らすとは」
「性格悪いですね、かなり」
「――勝てば正義なのだよ、ちひろん!」
遠慮することなく初香はとどめの一撃を繰り出し、そのまま一色は成す術もなく敗北する。顔が引きつる一色に対し、初香は悪そびれることなくピースサインを見せていた。
「ちひろん、明日は学食で一緒に昼食だね♪ ちゃんとデザートまで付けないと怒るからね!」
「はいはい、分かってますよ」
「よしよし。っていうか雪彦が無理やり連れて来たから思ったんだけど、和那ちゃんは大丈夫なの? お家で一人なんじゃ……」
初香はそう一色を心配すると、彼は首を横に振った。
「今日は両親がいるので大丈夫ですよ。そうじゃなきゃわざわざ雪彦先輩と買い物なんて行かないですし」
「それもそうだよね」
「……千尋、それは流石の俺でも傷つくぞ」
美月の一件以降、一色と雪彦は仲が良くなったと言っても過言ではない。 少なくとも以前ならば買い物帰りにわざわざ家にお邪魔するなんてこともなかっただろう。
一色としても吝かではなかったし、素直に交友を深める気持ちもあったため誘いに乗ったが、余計な出費が増えたと今は若干の後悔をしていた。
「……それで、今日来たのはゲームだけが目的じゃないでしょ?」
すると初香はコントローラーを机の方に放り投げて、足を組んで得意げな顔でそう言う。その指摘は非常に鋭いものであると一色は思った。普段はおちゃらけている癖に、変なところは無駄に鋭いのが海老名初香である。
「まあそうなんだけど、お前に言い当てられるのは癪だな」
「本当にそうですよね」
「ひどっ!? 私、そんなにお馬鹿に見えるの、ちひろん!」
……一色は決して目を合わさない。それが初香の質問に対する答えであった。
「まぁ実際頭は悪いけどな。いつも赤点ぎりぎりだろ?」
「そ、それはそうだけどさぁ……」
納得がいかないのか、頬を膨らませてわかりやすく自分の心情を表現する初香であるが、あざとさが極まっているため一色は罪悪感を抱くことはなかったのだった。
しかしこんな会話をいつまでも続けていたら話が続かないため、一色は単刀直入に言うことにした。
「この前、貴音先輩と雪彦先輩と買い出しに行った時のことなんですが――」
――さて。勘違いというのはどのようにして起こるのか、考えたことがあるだろうか。
ある物事に対する決めつけ。何らかの感情が絡んだ結果、本来違うにも関わらずその事象が正しいと決め込んでしまい、柔らかい発想ができずにそれを信じ込んでしまう。それが勘違いだ。
そしてここに一つ、大きな勘違いが生まれてしまったのだ。
それによって起きるいざこざは明日、一色千尋と海老名雪彦に襲い掛かる。
……ただ一つ言えることは、勘違いは新たなる勘違いを量産してしまう。それだけをお教えしよう。
○●○●
「和那、早く起きろ」
「んん……まだねむいよぉ」
一色千尋の朝は早い。朝の弱い妹の和那を起こすところから始まる。生活サイクルがめちゃくちゃな両親であるから基本的に自分のことは自分でするというのが一色家の風習である。しかしまだ小さな和那にそれは流石に苦であるから、一色がこうして面倒を見ているというわけだ。なお両親はまだ熟睡中である。
まだまだ兄離れができていない和那はほぼ毎日一色と同じ部屋、同じベッドで眠っている典型的な甘えん坊であり、こうして一色が世話を焼いているのも嬉しいとしか思っていないお年頃だ。
「こういうところは似なくてよかった」
両親の生活能力の低さ(芸術家であるから若干仕方ない部分も大きい)は似なくてよかったと一色は改めて思うが、ここで甘やかせてしまえば和那が両親の二の舞になるのは明らかである。
ここは心を鬼にして布団を剥ぎ取った。……しかし、和那は強い。剥ぎ取った瞬間にベッドから飛び出て、一色の背中に張り付いたのだ。
……もはや起きていると言っても良いが、背中越しに吐息は聞こえる。一色は妹の駄目さ加減に若干ため息をつきつつ、諦めも肝心と心に決め、背中に引っ付いた状態でリビングに向かった。
「ぬくぬくぅ……」
「……こいつ、いつまで経ってもこんな感じっていうのは流石にないよな?」
和那が思春期を迎えればこんなこともなくなると思いつつ、若干それも不安になってきた一色の朝のひと時であった。
……それからはもう流れ作業だ。顔を洗い、寝ぼけている和那の髪の毛を櫛で梳いて整え、パジャマから服に着替えさせたところでようやく意識がはっきりしたのだった。
「あ、おはよー、おにいちゃん」
「お前は起きるのに何で一時間もかかるんだ?」
「……?」
どうやら無自覚なようだ。
一色は肩を落としつつもとりあえず荷物を持って家を出て、鍵を閉める。そして和那と手を繋ぎながら通学路を歩いていき、和那を小学校に送っていく。
……それが一色の朝の一連の流れである。
一色は和那を送り届けてから電車を使って学校に向かう。電車の扉付近にもたれ掛かりながら、車窓から景色を見ながらぶらぶらと揺られる。一色が普段使うローカル線はあまり混まない。地域が都会ではないため社会人は仕事に向かうときは大抵、電車ではなく車を使うためである。そのため車内にはスーツを着た人はちらほらとしかおらず、どちらかといえば学生服を着た学生が多かった。
「おっはよー、ちひろん♪」
「……はぁ」
「あぁ、今、明らかに面倒って思いながらため息吐いたでしょ!? どういうことか説明を求めます!!」
朝からテンションが異様に高い初香と出会い、一色はついため息が漏れたのだった。
……一色たちの通う学校までの電車は一本しか通っていなく、その周辺にも他の交通機関がないのだ。よってこの電車を乗っていればおのずと顔見知りに会うことが頻繁にある。
朝は静かに過ごしたい一色にとって今日は厄日である。しかもこれが水無月ならまだしも、美術部の中でも特に絡みがしつこい初香なら尚更だ。
そんな一色の心境もいざ知らず、いつもの如く一色への絡みを楽しんでいる初香は通常運転であった。
「それで昨日の雪彦がねー、ちひろんが帰った後、女を連れ込んでねー」
「本当に節操ないですよね、雪彦先輩。あの人にはきっと理性というストッパーがないんですよ」
今日も今日とて、いないところで株をどんどん下げていく雪彦なのであった。
そんな風に珍しくも初香と電車に揺られながら学校に向かう。ゆらゆらと揺られていると、普段の早起きのせいなのか、それとも電車特有の謎の眠気なのか。一色に唐突に眠気が襲ってきた。
一色は口元を抑えて欠伸をすると、つられて初香も欠伸を漏らした。
「あー、ちひろんの欠伸が移ったー」
「人のせいにしないでください。どうせ夜中まで起きていたんでしょう? 俺のは早起きしたからです」
「のんのん、ちひろんは女の子の扱いがなってないなー。こういうときは――欠伸が移るのは親しい証拠ですよ、先輩……ぐらい言うべきだよ!!」
「……それ、言ったら言ったでまた弄るネタにするんでしょう?」
「もちろん!」
一色はひどく頭を抱える。しかしこんな馬鹿な会話をしていると眠気もどこかに去ったため、一応彼女に感謝をすることにした。
……無論、直接言えば調子に乗るので心の中で。
一色はふと車窓から空を見つめる。天気はあまり良くなく、雲がかかっていて若干暗い。一応折りたたみ傘を入れているため雨が降っても大丈夫であるが、和那には持たせていなかったことが気がかりであった。
電車から見える空と雨雲が、一色は嫌いではなかった。
一色の視界の中で、唯一他人と共有できる色は黒と白だ。そしてそれが織りなす灰色。雲はその二つの要素でできている現象である。だからこそ、一色は曇りの日や雨の日が好きなのだ。
色で溢れすぎている世界の中で、唯一自分が共感できる世界。なんて表現したら馬鹿にされるだろうか。しばらくの間、一色が空を眺めていると、電車は学校の最寄り駅に到着する。
改札を抜け、初香と肩を並べながら通学路を歩いていく。一色はふと、素朴な疑問が浮かんだ。
「そういえば雪彦先輩はどうしたんですか?」
「あー、何度も起こしても起きなかったから、手足を紐で縛って放置してきたよ」
「あんたも大概変だよ」
つい敬語を忘れ、そう指摘する一色なのであった。
校舎についてようやく初香に解放された一色は、自分の学年の下駄箱に向かった。靴箱で靴を履き替えるためである。
一色が下駄箱を開けると、するとそこからひらりと一枚の紙のようなものが舞った。それを空中で掴み、じっと見つめる一色。するとそこには一言だけ達筆に書かれた文字列があった。
「……覚えていろ、か」
……心辺りがないわけではない。むしろこんなことをわざわざしてくる人物を一色は一人しか思いつかなかった。こんな時代遅れの果たし状のようなものをわざわざ投函するのは苦しくも彼の身近な人物である。
「何やってんだ、あの人」
初手から全力で正体がばれていた。それこそが貴音美月が残念美人と称される確たる証拠なのであった。
しかし当人はまさか最初から正体がバレるなどとは考えていないのだろう。それを証拠に、現在彼女はやり切ってやったという風に教室でくつろいでいるところであった。
「一色くん、おはよう!」
すると元気な声で一色に挨拶をする水無月が登場する。学生カバンの代わりにリュックサックを背負う水無月は、下駄箱の前で固まっている一色を見て目を丸くして首を傾げた。
「どうしたの、一色くん。馬鹿丸出しの人を見るような顔で何を見ているの?」
「鋭いな、水無月。まさにその心情だよ」
一色は水無月に下駄箱に入っていた果たし状を水無月に見せると、水無月はそれを引き笑いで見つめた。
普段はめいっぱいの笑顔の水無月の引き笑いは非常にレアである。一年に一度、見ることが出来るか出来ないかの瀬戸際ものだ。
……それもそうだろう。女の子らしいところを二人に見せつけよう、と先日二人で決めたのにも関わらず早速女の子らしからぬ行動をしているのだから。むしろ今時の男子でもこんな果たし状は送らない。
「誰が送ったかなんてわかりきっているけどな。何か知っているか?」
「え、えーっと……」
水無月は本気で迷っていた。もう、自分の幼馴染は手遅れなのではないかという仮説が浮上したのだ。だからもうネタバラシをして、逆に幼馴染を弄った方が賢明であるのではないかとまで思い始めていた。
「(で、でも……一度乗りかかった船を途中で降りるわけにはいかないよね!)」
きっと水無月でなければ切り捨てていただろう。しかし優しすぎる水無月は首を横に振った。
「いつもの悪ノリじゃないかな? 美月ちゃんも懲りないよね」
「ま、そうだよな」
「うん! ……じゃあ一色くん、また放課後、部活でね?」
そして水無月は自分の教室ではなく、美月のいる三年生の教室に向かった。
擬音の「ドスドス」という音が聞こえてくるほど、彼女からしたら荒々しい。そして教室につき、その横開きの扉をガラリと開け、変に女性的な座り方をしている美月の前に立った。
「あ、あらあら虹さん。ごめんあそばせ?」
「――美月ちゃん、ちょっと面を貸そうね?」
あの穏やかな水無月から発せられた声音と表情とは思えないほど冷徹な態度の彼女は、美月の首根っこを掴んでどこかに行ってしまったのであった。