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その運命、ダウト。  作者: 月山 未来
Mission2―追及せよ
26/41

臍を噛む

 


 嫌味なくらい晴れた空だった。


 窃盗事件が発生し、私とひばりは再び探偵本部に赴くことになった。

 その道中、ひばりはいつものように話題を提供することもなく黙っていたので、少し気まずい思いをした。



「お疲れ様です」



 本部に着いて、例のごとく会議室へ向かう。


 ひばりに続いて中へ入ろうとした時、本部長は私に視線を投げた。

 思わず体が強ばったが、彼は至って冷静に口を開く。



「紫呉、お前は別室に行け。事件当時の調書を作る」



 自分は関係者であるから勿論その指示は仕方ないのだが、先日の言葉を思い出すと何か他意があるのでは、と勘ぐってしまう。


 表面上は平静を取り繕いつつ、了承の返事をして会議室を出た。

 担当員が案内をしてくれるらしいので、その後に続く。


 と、前方から見覚えのある人影が歩いてくるのを見て、私は声を上げた。



「兎束さん!」



 その隣には鹿取くんも当然いるのだが、何より彼女のことがずっと気がかりだったのである。



「久しぶり! 体調とか大丈夫?」


「うん、平気。ありがとう」



 表情を和らげた彼女に、心底安心した。

 博物館警備ではほとんど兎束さんと共にいたので、会話には困らない程度に打ち解けている。


 再び愛らしい笑顔が見られて、こちらも自然と頬が緩んだ。



「……兎束、行くぞ」



 鹿取くんは渋い顔で周囲を見回した後、兎束さんに声をかける。

 彼女の方も何か気が付いたように目を伏せると、頷いて彼の隣に並んだ。


 その様子に首を傾げたが――まあ確かにここで油を売っている場合ではないか。

 そう納得して私も二人と反対方向に歩き出した。



「警察から送られてきたスパイだっけか?」


「いや、本当は怪盗集団とグルだって噂だぞ」



 廊下を進んでいる最中、そんな会話が耳に入ってきて、思わず弾かれたように振り返る。

 途端にサッと視線を逸らされて、やはり自分のことか、と唇を噛んだ。


 様々な情報が錯綜し、伝染して、私が内部から何となく良く思われていないのは知っていた。

 ここへ来た時から薄らと感じていた居心地の悪さは、どうやらそこに理由があったらしい。


 運が悪かったと諦めるべきか、タイミングが悪かったと嘆くべきか。

 警察の肩を持ったことが探偵組織への反抗と受け取られ、さらに犯人を目の前にして取り逃したことが裏切りだと囁かれる。



「失礼します」



 会議室からは少し離れた場所だった。

 窓もない閉鎖的な空間には、簡素なデスクと椅子が置かれている。


 調書担当の者が別に来るから待っていろ、と言い渡されて私は椅子に腰掛けた。



「お待たせしました」



 ドアを開けて入ってきたのは、強面の男性だった。

 制服のデザインが通常と若干違う。本部長もそうだったが、重役に就いている者の証だ。

 粗相がないように、と無意識に背筋が伸びる。


 しかし心配とは裏腹、事は穏やかに進んだ。

 警察に聞かれた内容と被っていることもあったが、なるべく詳細に答え、少しでも調査の役に立つよう努力したつもりだった。


 あらかた話し終わった頃、相手が僅かに息を吐いた気配がして、そろそろ解放されるだろうかと気を緩める。


 彼は手を組んで私と目を合わせると、唐突に聞いた。



「本当に何も知らないの?」



 心臓を後ろから刺されたかのように息が詰まった。


 彼の質問の意図は容易に分かる。

 いい加減に吐けよ、と――そう言われているのだ。



「……何を、仰ってるんです」



 総意なのか。それが、この組織の。


 私は今、紛れもなく疑われていた。

 目の前に座る男は、犯人に対する鋭い視線そのものをこちらに向けている。



「これまで警察や我々が手を尽くしても接触すら難しかった奴に、なぜ君が対面できたのか。非常に疑問だ」


「私が遭遇したのはナイチンゲールではありません。関連する人物であったのは確かですが……」



 恐らく、ナイチンゲール自体はそうそう尻尾を出さない。慎重に機会を見極めて、確実に勝算がある時しか行動に移さない。


 あのグレースーツの男がどのようにナイチンゲールと関係があるのか、目的は何なのか。

 その全てはベールに包まれている。私が知る由もない。


 彼はため息をつくと、面倒そうに書類を整えた。



「分かった。今日のところはそういうことにしておく」



 ああ、諦められた、と臍を噛む。

 このままでは何を言っても怪しまれるだけだ。


 これは始まりにすぎない。

 ナイチンゲールを捕らえて正体を暴き、真相を明らかにするまで私への疑いは完全には晴れないだろう。


 厄介なことになった。

 そのためにはやはり、成果をあげて機密組織に配属されるしかない。

 果たして、本当にその幻の組織が存在するのかは分からないが。


 取調室を出て考えごとをしながら足を動かしていると、



「ひばり……」



 壁にもたれかかり、腕を組む彼の表情は固い。

 私の声で顔を上げたひばりは、少し口角を上げて口を開いた。



「お疲れ。終わったか?」


「うん。そっちは?」


「とりあえず簡単に説明だけ受けた。明日からまた現場調査だ」



 そう、と返して何となく黙り込む。

 聡明な彼のことだ。私が組織内でどう思われているかは勘づいているに違いない。


 学校で周りから非難される分には自分でも対応できるが、今回はそうもいきそうになかった。

 彼だって、前のように迂闊に私を庇うことはできないはずだ。

 もしそうされたとしても、今はただ情けなくて悔しい。


 この重苦しい空気を打開すべく、息を吸い込んだ時だった。



「――ひばり」



 私の代わりにその名を呼んだのは、重量感のある低い声だった。

 その声の主は廊下の奥から大股で歩み寄って来る。


 距離があっても分かる、皺が寄った眉間に固く結ばれた口元。

 不機嫌を絵に書いたような表情を浮かべた男性は、私の父と同じくらいの年齢だろうか。


 彼はひばりの目の前で立ち止まると、冷ややかな目で告げた。



「最近、お前に関して良い報告を聞かないが。座学で点を取れても実地で役に立たなければ意味がないぞ」


「すみません」



 やけに素直に頭を下げるひばりに、どことなく違和感を覚える。


 男性はふとこちらに視線を投げ、私の頭から爪先まで舐めるように観察した。

 意図せず眉根を寄せた私から顔を逸らし、彼はあくまでもひばりに問う。



「これがお前のバディか?」



 その言葉遣いに反応したのは、私ではなかった。



「彼女は物ではありません。俺の大事なバディです」



 横顔からでも伝わる張り詰めた雰囲気に、思わず息を呑む。

 ひばりは毅然と言い返し、険しい顔で拳を握った。



「なるほど。よりにもよって、こんな異端児を」



 馬鹿にすらされていない。

 真っ当な事実を淡々と述べるかのように彼は言った。


 悔しいとは思わなかった。

 彼の目の奥は冷え切っていて、見る人に畏怖を感じさせる。



「せっかく色々教え込んでやったというのに、親不孝な息子を持って残念で仕方ない」



 彼がそう言った瞬間、ひばりの肩が跳ねる。

 その表情は、可哀想なほど怯えていた。


 この人がひばりの父親なのか。

 探偵内で腕を振るう、優秀な指揮官。以前きなこから聞いた話だとそのはずだ。



「お言葉ですが」



 私は半ば使命感に駆られて声を上げた。

 そうしなければ、言わなければいけないような気がした。



「彼には彼の意思があります。彼は自分の意思で努力し、良い成績をおさめ、そしてバディを選びました」



 子は親の所有物ではない。

 一人の人間としての人生があり、意思があり、道がある。


 例えレールが予め敷かれていたとしても、それに沿うと決めたのは自分自身だ。

 全ての選択が許されるべきである。



「親不孝だなんて、そんな言葉を盾にするのはフェアではないのではありませんか」



 沈黙が流れて数秒、男性はようやく私に視線を送ると、退屈そうに首を傾げた。



「それで以上か?」


「は――」



 馬鹿な、と言いたくなった。

 目の前で息子が項垂れているのに、なぜそれを平然と見ていられるのだろうか。



「やはりお前のバディは少々、いやかなり出来が悪いようだ。私が他を見繕っておく」


「ま、待ってください」


「今後はより気を引き締めてかかれ」



 ひばりの抵抗も虚しく、彼は一方的に宣言すると背を向けて歩き出した。

 その後ろ姿をしばらく二人して呆然と見つめ、どちらともなく顔を合わせる。


 しかし、お互いかける言葉が見つからなかった。

 ひばりの目は私のものと合っているはずなのに、どこか虚ろで頼りない。

 私だって恐らくまともな顔をしてないだろう。



「はは、」



 静まり返った廊下に、乾いた笑い声が響く。

 ひばりはぎこちなく表情を緩めると、すぐに眉尻を下げた。



「情けねー……」



 その腕が顔を覆って、見えなくなる。

 声色は潤んでいて、彼も限界なのだと悟った。


 何がよ。

 そう呟いて、私はぶつけようのない感情を堪えた。



「何が、情けないのよ……」



 もう誰を恨めばいいのか分からない。何を憎めば正解なのか分からない。

 怒っていいのか、泣いていいのか、それすらも。



「ひばりはひばりでしょう!? 動機なんて知らないけど、あんたが努力してきたことくらい私にだって分かるわよ!」



 彼がなぜそこまでして探偵を目指すのか、ナイチンゲールに執着するのか、私の知ったことじゃない。


 だけれど、今まで見てきたひばりは少なくとも嘘じゃなかった。

 一生懸命に、彼自身を全うしていた。



「正直、なんでひばりが私をバディにしてくれたかなんて今も全然分かんないけど、でもそれはちゃんとあんたが考えて決めたことじゃない」



 だめって言われるのは私の役目なのに。

 バディってだけで、どうしてひばりまで否定されなくちゃいけない。



「ごめん」



 彼が呻いた。酷く憔悴した声だった。



「あげは、ごめん」



 それだけ言って、ひばりは背を向けて駆け出した。

 終始俯き気味だった彼の表情は結局分からず終いだ。



「ごめんって、何……」



 返ってくるはずがないと分かっていながらも、聞かずにはいられない。


 遠ざかっていく青色の頭髪だけがやけに目に焼き付いて、視線を逸らせなかった。

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