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その運命、ダウト。  作者: 月山 未来
Mission2―追及せよ
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感情の行き場

 


「結局、母の意向を尊重して手術することになったんだけど、その頃にはもう私も割り切っちゃってたんだよね」



 涙に溺れた記憶を思い返し、私は息を吐いた。


 母は自分が長くないと知ると、横たわりながら私に囁いたのだ。



「あげは。私がもし――もしよ。もしだめだったら、あなたがこれを大事にして欲しいの」



 毎日首にかけているペンダントだ。

 私はその言葉に一も二もなく頷いて、でもそれから母を怒った。



「縁起でもないこと言わないで。言霊ってあるんだからね」


「そうね。ごめんなさい」



 薄く微笑んだ彼女の頬は、痩せこけていて生気がない。


 前は執拗に強請ったペンダントも、今となっては欲しくなかった。

 だってそれを自分が手にする時、母はこの世にいないから。


 願わくばその美しい宝石が、母の首元を永遠に照らしてくれますように。



「今思えば、ちょうどその頃だったわね。ナイチンゲールが騒ぎ出したのは」



 私の言葉に、ひばりは肩を震わせた。

 その瞳から光が消える。まさか、と言いたげな視線に、私は頷いた。



「そのペンダントが盗まれたの。何者かにね」



 母は失くしてしまった、と最後まで言っていたが、私はそれは有り得ないと思う。


 肌身離さずあんなに大切にしていたものを、不注意で失くすだろうか。

 そんな訳はない、と結論づけて、盗まれたという見解に至った。



「もしかしたら本当に失くしたのかもしれないけど、その時は私も冷静じゃなかったから。盗まれたんだって決めつけてた」



 母は最後まで美しかった。

 手術は成功したものの、術後合併症で呆気なくこの世を去った。


 唯一の形見となるはずだったものも行方知れずで、私は心底憤った。

 でも母を責めるのは違う。この感情の行き場を知りたくて、私は決めた。



「形見を盗まれた恨みを晴らそうって思ったの。そこから探偵に興味を持った」



 何かに没頭したかった。

 一生懸命になれるものを見つけないと、必死に何かをしていないと、負の感情がたちまち自分を支配してしまう。


 そんなこと、母はきっと望んでいない。



「現実的に母の形見を取り返すのは無理かもしれないけど、今でもそこが原動力になってる。きつい時は、もっときついこと思い出せば大体我慢できたから」



 世間では怪盗だなんて立派な呼び名がついているが、ただの強盗じゃないか。

 狡くてせこくて卑怯な、犯罪者だ。



「それから父が再婚しようとして、女の人を家に連れて来た。私のためだっていうのは分かってたんだけど、どうしても受け入れられなくて」



 正直に言わせてもらえば、多分女の勘というものだったと思う。

 何となく、彼女は「違う」と感じて、強い嫌悪感を抱いた。


 父は首を縦に振らない私を見て、彼女との籍は入れなかった。

 それに少しだけ安心して、同居を許してしまったのだ。



「その人、私のことは好きじゃなかったんだと思う。父のことが好きなだけで。母親っていうよりも、父の恋人っていう感じがいつまでも抜けないの」



 父に色目を使う彼女に、嫌気がさしてしまった。

 そういうことに聡いのは女同士だからなのかもしれない。

 仕方ないとは思いながら、次第に父にも苛立つようになった。



「あんなに母のこと大切にしてたのに、急に違う人を連れて来て楽しそうにして……妬いてたのかもしれない。でも、それじゃあ母があんまりじゃないって、ずっとモヤモヤしてた」



 女は、最初こそ私にも穏やかだった。

 よそよそしくはあるがそれはお互い様だし、もしかしたら家族になれるかもしれないと淡い期待を持った。


 だが、彼女はいつまで経っても籍を入れない父に不満を漏らした。



「ねえ、マサトさん。いつになったら結婚できる?」


「ああ……もうちょっと待ってくれ。あげはも、まだ心の整理がついてないんだろう」



 父が行動にうつさない理由が私にあると知って、女は徐々に態度を変えてきた。

 さながら本妻に嫉妬する愛人のように。


 高校生になって進路を考え始めた頃、父に探偵になりたいと初めて告げた。

 決して安全とは言えない職業だし、探偵になるためには育成学校に通う必要がある。学費も馬鹿にならない。


 父には反対された。

 それでも折れずに反抗し、学費は自分で稼ぐから行かせて欲しいと頭を下げた。



「分かった。お金の心配はしなくていいから、あげはは勉強に集中しなさい」



 最後には許しをもらって、私はその道を歩き始めた。

 それにいい顔をしなかったのは、勿論父の恋人だ。


 彼女はことあるごとに嫌味を被せてきて、私を妬んだ。

 それを父に言おうか迷ったが、これまで母の分も背負って私を支えてくれた父を、これ以上悲しませるのも気が引けた。



「私が我慢すれば済む話かと思って考え直したけど、でもやっぱりあの人が母親になるっていうのは腑に落ちなくて」



 そうして今現在も、歪な関係のまま私たちは同じ家で暮らしている。


 リビングの居心地が悪くなった。テレビが欠かせなくなった。

 玄関の扉を開ける瞬間、緊張が走るようになった。



「未だに私がこの学校に通ってるの、よく思われてないのは分かってる。さっきもちょっと居づらくて出てきちゃった」



 湿った制服を自分の体ごと抱き締める。

 やっと見つけた自分の居場所だ。夢を追いかけていないと、私はたちまちどこへ行っていいのか分からなくなってしまうから。



「私は探偵になるの。探偵になって、たくさん事件を解決して、それから――」



 ぐ、と喉の奥から何かがせり上がってきた。


 我慢しなくちゃ。我儘を言うのはもうやめたんだ。

 今までもらった優しさの分、私は誰かに尽くせるような人間になりたいって、そう決めた。


 唇を噛む。目を瞑る。

 首を振って、弱気な心を振り払った。


 ひばりに視線を投げて、ゆっくり笑ってみせる。



「それから、私は『素敵な大人』になるの」



 母のように、可憐で美しい女性に。

 だから私は耐えなければ。今は辛くても、いつかきっと。


 あの日の悲しみに比べれば、この程度どうってことはない。

 ずっとそうやって自分を叱咤してきたのに。



「あげは……」



 目の前がぼやける。

 違う。これは雨が目に入ったんだと。訳の分からない理屈を並べたくなる。


 だってこんな所で落ち込んでいる場合じゃない。

 もっと強くならないと。我慢しないと。


 隣から手が伸びてくる気配がして、私は「ごめん!」と叫んだ。

 彼が怯んだ隙に、勢い良く立ち上がる。



「変な話しちゃったね。ごめん」



 彼の脇に置いてあった自分の傘を回収し、背を向けた。

 話をしたら大分落ち着いた。今なら帰っても穏便に済ませられそうだ。



「何で誤魔化すんだよ」



 背後から咎められる。

 本気で怒られている気がして、背筋が伸びた。



「何で泣かねえんだよ。泣きたいんだろ。我慢して笑ってんじゃねえよ」



 そう怒鳴られて、堰が切れた。



「だって――だって、どうすりゃいいのよ。泣いたって何も変わらないもの。何も解決しないじゃない」



 我慢しないと、止まらなくなってしまう。

 本当の自分はもっと我儘で情けなくて、みっともない。



「変わるよ」



 短く放たれた言葉に、堪らず振り返る。

 何かに縋りたくて必死だった。安心したくて、甘えたくて、でも気を抜くと転んでしまうから。



「気が済むまで泣けばいいじゃん。それで自分の気持ちに折り合いつけれるなら、安いもんだろ」


「折り合い……」


「自分の気持ちを救ってやれるのは、自分だけだよ」



 そう言って柔く微笑んだひばりに、目頭が熱くなった。

 嗚咽が止まらなくなって、口元を押さえる。


 ――お母さん。私、頑張ってるよ。


 ずっと甘えたかった。誰かに甘やかしてもらいたかった。

 許されたかった。それでいいよと、言って欲しかった。



「ひ、ひばり……」


「ん?」


「頭、撫でて、お願い」



 しゃくり上げながら乞うと、ひばりはくしゃりと笑う。

 その表情が幼くてびっくりした。でも多分、今の私の方が子供だ。


 彼は立ち上がって私の目の前に立つと、最初は気遣わしげに手を乗せた。



「よしよし」



 あやすように声をかけられて、少し恥ずかしくなる。

 抗議の声を上げようとした矢先、彼は急に真剣な顔になって言った。



「あげはは偉いよ。沢山我慢したな」



 何で、こうも私の欲しい言葉をくれるんだろう。

 鼻を啜り上げていると、頭を撫でていた手が背中に回った。


 優しくさすられて軽く叩かれると、思わず抱き着きたくなる。

 残った理性を総動員させて、彼の腕を掴む程度に留まった。



「体、冷えてる。ちゃんと風呂入ってあったまれよ」


「分かってるわよっ」



 いつものお節介が始まった。

 噛み付くように返して、それでもこの手は彼に縋ったままだったから、ひばりは肩を揺らして笑った。



「話してくれて、ありがと」



 穏やかな彼の声に頷いて、私は俯く。

 体感温度はもう、とっくに熱い。

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