番外編:苦くて、甘いバレンタイン
今日はあの日、そう。お菓子がいっぱい食べられる日……ではなく、バレンタインデー。
ほぼ、百合になるかと思いますので、苦手な方は飛ばしても本編にそこまで影響を与える事はないです。
青空の下、ケルノたちがモーモー鳴きながら柵に集まっていた。
うちは腕いっぱいの干し草を、その前に置いていく。
空はあんなに晴れているのに、うちの心はずっと曇っている。
「お父さんだってできる……あだっ! イデデッ」
「あぁ! ミノさん腰痛めてるんだから動かないの、うちに任せていいから」
「お父さんはじっとして! もう! ルーイさん、お手伝いしてもらってごめんなさい」
イベントの素材集めをしていたら、たまたま通りかかった道で住民が倒れていた。餌を運ぶ途中でぎっくり腰になって倒れ込んだのが、ミノさん。娘のアンナちゃんと小さなケルノ牧場を運営している。
《バレンタイン・スイートラッシュ》——それが今回のメインイベント。のはずだった。
なんであんな言い方しちゃったんだろう。最初はみぃとイベントの素材集めをしていたし、一緒にイベントするのを楽しみにしていた。
遡ることしばらく前。
相変わらず、シーちゃんの司会が神々しすぎてイベント内容を聞き逃していた。
「いつも聞いてないんだから……アイテム集めして、ハートのチョコに交換するイベントよ」
「あははっ、ごめんごめん」と、笑ってごまかしつつも少しだけ不安になっていた。鳥を見るともふもふしたくて勝手に体が走り出しちゃうし、ゲームにも詳しくないし……みぃの優しさに甘えすぎて、彼女は呆れてうちのこと嫌になっているんじゃないのかなって。
そんな風に悩み始めたのは、ジョンさんの紹介で依頼していたアイテムを受け取りにある工房へ行った帰り道。鳥もふをしようと森に行くと、ベテランっぽそうな女性のプレイヤーと楽しそうに話しながら、狩りをしているみぃがいた。
「み――」
声をかけようとした時、ベテランの人が何かを言ったらしく、みぃがぱっと頬を赤くして笑った。遠くて会話の内容までは聞こえなかったけれど、その顔を見た瞬間、心に苦い感情がこみ上げて喉が動かなくなった。
うち以外にも、そんな風に笑うんだ。
うちが箱あるを始める前は、あの人とずっと遊んでいたのかな。それに、初心者のうちに教えながら遊ぶよりも、装備のそろったフレンドと遊ぶ方が楽しいよね……。独り占めしたいなんてひどい話だし、友人以上の気持ちを押し付けちゃダメ。
……バレンタインイベント中でも、そのことが何度も頭を過ぎった。
シュガの樹液を煮詰めて、砂糖を作るのに、何度も焦がしてしまう。何で煮詰めるミニゲームが音ゲーなのさ……。操作が下手な自分に嫌気がさして、ゲーム内でイラついてしまった。
何か……楽しくない。
「ねぇ、何かあった? 今日のルーイ変よ」
「何もないよ。いつも通り。大丈夫、大丈夫~」
「大丈夫じゃないでしょ、ほらお座り。どうしたの?」
「犬じゃないし……大丈夫って言ったじゃん。だから……ほっといてよ」
しまった。
突き放すような言い方に、みぃが目を見開いている。
「ごめん……嫌な気持ちにさせちゃって。他にも嫌なことがあるなら言ってね……」
「ちがっ……。みぃは悪くない……うち、下手で足手まといになるし、バラバラで集めよ。ケルノは狩ればいいだけだから、そっちやってくるよ。みぃはゲーム得意だし、砂糖お願い。フレンドとか、もっと上手い人とやったほうがきっと効率いいと思う」
「――っ……わかった。じゃあ砂糖は私がやっておくね」
自分でも、どうしてこんなに心がモヤモヤしているのかわからない。でも、みぃの悲しそうな表情が頭から離れず、胸がチリッと痛んだ。そんな時、道端でミノさんが倒れているのを見つけて、牧場のお手伝いに至る。動いてたら少しでも気分が晴れるかなと思っていたけど、ひどい言い方をしてしまったという後悔だけが膨らんでいく一方だった。
もう、一緒に楽しく遊んだりできないのかな……どうして気持ちをぶつけてしまったんだろう。みぃなら受け止めてくれると、甘えていたのかもしれない。
「ルーイさん、お昼休憩にしましょー」
「もうそんな時間なんだ。うわ、ゲージが危ない」
アンナちゃんに声をかけてもらうまで、空腹と給水ゲージが赤くなりかけていたことに気が付かなかった。ミルクスープとパンをかじりながら、ミノさん親子と談笑しているのに、どこか意識が遠く感じる。みぃは何食べているんだろう。突き放すようなことをしておいて、そう思うのは、身勝手だよね。
「お父さんはいつも何も言わなさすぎ!」
「お前はまだ十二歳なんだぞ。本当は友達と遊びに行きたいだろうに、手伝わせて申し訳ない気持ちでいっぱいなんだよ」
「それでも、ちゃんと言ってくれないとわからないよ。友達だろうと、家族だろうと、話さないと伝わらないんだよ? お母さんがいつも言ってるじゃん」
「アンナ……ますます、お母さんそっくりになってきたな。お母さんに会いたいな……」
二人で牧場を回しているということは……もう母親はいないのかな。大切な人に何も伝えられなかったら、後悔する。山でケガしたときに楽しいことをしたい、後悔したくないと強く思ったはずなのに、なんで自分で伝える努力を怠ったんだろう。ただ、みぃの優しさに甘えて、大切なことを忘れかけていた。
みぃと二人で楽しいを共有したい。かっこ悪くても、気持ちを伝えることを忘れちゃダメ。二人の会話で大切なことを思い出せた。
「もー、大げさ! 今朝、叔母さんの出産のお手伝いに行っただけなんだから、明日には帰ってくるって言ってたでしょ!」
「だって、お母さん大好きなんだもん」
危ない……勝手に勘違いしていたけど、お母さんはしっかり健在だった。ミノさん、可愛すぎない?
お手伝いが終わると、二人からお礼にとケルノミルクとバターを大量に貰った。買い取ると言ったが、在庫が山ほどあるからと言うので、お言葉に甘える。実際に倉庫を見せてくれたが、本当に山ほどあった。狩りもせず手に入ったのはラッキーだったなぁ。
さて、あとはカカオだけ集めればチョコに交換できる。
イベントマップに行くと、そこら中にプレイヤーが溢れていた。えっと、確かここは『ショコバード』って風見鶏の置物がカカオのあるポイントを向くから、そこを採取すればいいんだっけ。今は東の方を向いているから、試しに何度か採取してみた。
《失敗 石ころ》
《失敗 石ころ》
《失敗 石ころ》
「だー! なんでまた石なの!? カカオどこ!」
向きは合っているし、他のプレイヤーはみんなカカオ採取できているのに、どうして?!
こんなんじゃ、いつまで経ってもカカオが集まらない。次は北か……今度こそ出ますように。エリアに到着すると、そこかしこに虫眼鏡のマークが浮かんでいる。その内のひとつに手を伸ばすと、誰かの手と被ってしまったので思わず腕を引いた。
「すみま――みぃ……」
「ルーイ……」
気まずい。
お互いに無言のまま、目が泳ぐ。
すると、みぃが先に沈黙を破った。
「……ケルノ集まったの? 狩るの早かったね」
「あ、うん。何か行き倒れてるNPC助けたら牧場主で、仕事手伝ったらいっぱいくれた」
「何それ、相変わらず謎の幸運はすごいんだから……じゃ、後はカカオ集めて終わりね」
「見つかればだけど……さっきから、石ころしか拾えない」
「風見鶏にも、鳥運適応されるのね……一緒に探せば出るわよ」
《大成功! 極上カカオ豆×3》
みぃの言った通り、一緒に探し始めたらめっちゃ出た。
鳥運なのこれ?!
素材をハート型のチョコに交換してから、今まで出会った住民とフレンドに配っていった。その中に例の女性もいた――あの時、みぃが頬を赤らめて笑っていた相手だ。彼女が親しげに話しながらチョコを渡しているのを見て複雑な気持ちになり、喉が詰まる。ただ一言「よく一緒に遊んでたの?」って聞けばいいだけなのに。喉からせり上がってくるのは苦い気持ちだけだった。
黒い感情をまた押し付ける言葉が出てきそうな気がして、口を開くのが怖くなった。
みぃは時折こちらに何かを言いたそうにしては、きゅっと唇を結んで止める。こういう時のみぃは言葉を選びすぎて、出せない。でも、うちもなんて言葉をかければいいのかわからなくて、見て見ぬフリをした。
弱くて、意地汚いな……。
こんな、かっこ悪いの嫌だ。
何よりも、一緒に居て楽しくないのが嫌だ。
ギルドハウスに戻るとみんなで、アレンジしたレシピを机に並べて試食していった。みぃはココアクッキーを作ったみたいで、うちのはチョコパウンドケーキだ。でも、本命チョコはまだインベントリ内にある。
職人に頼んでネコの焼き型を作ってもらい、フォンダンショコラを焼いた。みぃはネコが好きだし、喜ぶと思ったけど、そもそも渡す資格なんてあるのかな。
みんなで楽しく話している声が遠くにあるような気分。こんなんじゃ、ダメだ。何かうちも食べようかな。このひょうたん型のチョコ何が入ってるんだろ? みぃが取ったのと同じ物を手に取る。
「あ、みぃちゃん! それは俺用の激つよデバフ……ってアカンかったか……」
ジョンさんが言い切る前にみぃがチョコを食べてしまった。いくらドMだからって、何でそんなものを?! みぃは耳まで赤くなり、目がトロンとしている。体に力も入りきっていないのか、ふらふらとしていた。
「あちゃー……ウィスキーみたいなんをさらに濃縮して入れたから、泥酔デバフついてるはずやで……多分MAXのLv3……やから、移動速度減少70%と思考漏洩80%やな……まぁ、五分くらいで切れるやろ……ルーイちゃん、堪忍な」
移動はわかるけど、思考漏洩って何?! あと、何でうちに謝ったの?! ウィスキーって40%もあるのに、さらに濃縮させたら、それはただの消毒用アルコールでは? とりあえず、水……いや、状態異常回復のポーションなら治るかな。インベントリにあったはず。
「るーい。なにガサゴソしてるの。おて……じゃないわ。えっと、とりのおては、あし? つばさ? もう、どれなの!」
「ハイ、ごめんなさい! お手で大丈夫です!」
犬扱いで嫌な気持ちになったわけじゃないのに、みぃはずっと気にしていたのかな。確かに、鳥はお手って言っても足か翼しかないよね。うちも正解がわからないので、犬でお願いします。
みぃの理性はあるみたいだし、呂律は回ってるけど、酔っているせいで話し方が拙い。
「ねぇ、なんで、きもちはなしてくれないの? わたしじゃだめ? とりじゃないから?」
うっ、思わず可愛いと思ってしまった。いや、今はときめいている場合じゃない。みんながやたらとキラキラした目でこっちを見ているけど、何を期待しているのか。庭に出て二人っきりになろう。
「ヤーダー。きもちはなしてくれるまで、うごかないー。るーいのとりバカー! いつもすなおにっていってるでしょー!」
思考漏洩って、考えていることが口から漏れることなのね……。ゲームなのに、相変わらず細かいところまで拘ってるなぁ! というか、どんどん可愛くなるの辞めてもらっていいですか。あと、みんなに見せたくないんだけど……。
仕方ないのでお姫さま抱っこして強制的に移動した。背後から「うふふ、大胆ねぇ。頑張ってね」とか、「ヒュー! ファイトやで!」って聞こえたけど、なんの応援なの。
庭に行きたいけど……お姫様抱っこしたままじゃドア開けられないや。すると、三影さんがドアと一体化しながら、親指を立ててサムズアップし、扉を開けてくれた。また、謎の応援をされる。
庭にあるベンチに座らせようとしたが、みぃが暴れたのでそのままの体勢で尻もちをついてしまう。
「あぶな……みぃ痛くない? ってゲームだから、リアルと違ってそんなに痛くないかもだけど」
「……どうして……なの……」
「え?」
「どうして、つめたくしたとおもったら、きゅうにやさしくするの……きらわれたとおもって、ふあんだったんだから……」
『友達だろうと、家族だろうと、話さないと伝わらない』、アンナちゃんの言葉が頭の中に響いた。みぃの優しさに甘えて、わかってくれると勝手に思って、自分で整理できない気持ちを押し付けた。みぃも不安を抱えてたんだ。あの時、素直に気持ちを打ち明ければよかっただけなのに。
「ほんめいあげたいのに……ルーイはずっとへんだし……。私がいつも連れまわしすぎたのかなって。もし、一緒にゲームするのが嫌になったのなら言ってくれれば――」
「――っ。嫌になんかならない! みぃと一緒に遊べない方が嫌だ……ずっと、変な態度取ってごめん。みぃがチョコあげた人と楽しそうに狩りしてるの見ちゃって、すごいベテランっぽいし、初心者のうちじゃ足手まといなのかなって……ずっと思っちゃって。鳥ばっかで話も聞き逃すし、みぃが呆れちゃったかもって勝手に不安になってた。本当に、ごめん……」
すると、みぃがうちの胸をポカポカと叩きだし「バカバカ、鳥バカ、勘違いバカ。何で言わないのよ」って言い出した。素直に言えなくて、ごめん。
「ルーイと遊べないのなんて、私も嫌よ。あの人には依頼したアイテムを貰う代わりに、錬金術師だからって特殊な素材狩りの手伝いをお願いされてたの……依頼料いらないって言うから、お礼にチョコあげただけよ……本命はこっちなんだから」
みぃが、インベントリから取り出したのは、ハトの形に焼かれたアイシングココアクッキーだった。
「わ、郵便バトさんかわいい! え、この型どうしたの?」
「その型を依頼したの……あの人、箱あるで有名な小物作りの職人さんでファウストの南に工房まで持ってるの。駄犬の知り合いで、ルーイが喜ぶと思って紹介してもらって……。本当はシーちゃん型をお願いしたんだけど、難しすぎるからハトになって……でも、郵便バトも喜ぶかなって……」
あれ、それって……うちも行った工房……? ジョンさんの知り合いで、みぃも紹介してもらっただけ……?
うわー……ただの勘違いバカでごめんなさい……。
「すごい……嬉しい……うちも、みぃに……えっと、本命作ってあるんだ……あと、勘違いして、素直になれなくてごめん。仲直りの印というか……これからも、二人でいろんなことしたい。受け取ってくれるかな」
インベントリから、ネコ型のフォンダンショコラを取り出して渡すと、みぃは頬を赤らめて嬉しそうに目を輝かせ抱き着いてきた。いつもの彼女と違って、ちょっと大胆だ。心臓が跳ねたのをごまかすように、ぎゅっと抱き返すと、ふんわりと甘いチョコの香りがした。
「うん。もう、勝手に勘違いして不安にならないでね……」
みぃの拙い話し方が治ってたけど、デバフいつ解除されたんだろ。
まぁ、いいか……。喜んでもらえて、仲直りできてよかった。
そして、アバターで助かった……この心音がバレずにすむ。
「うん、しない。鳥に誓うよ」
「なら、よし……」
この切なくて、苦くて、甘い気持ちの名前は知っている。
だけど今は、知らないふりをした。
あと少しだけ、勘違いさせて――この甘くて、温かい気持ちを。
あまーーーーい(ここで台無しにする作者)
[読者の皆様]
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