1羽目:オススメのゲーム
もふもふ
――カラン コロン
扉についたベルが音を立てたので、見ていたメニューから顔を上げてみると待ち人がちょうどドアから入ってきて店員さんと軽く言葉を交わしているのが見えた。
手を上げてここに居ることを示すと、彼女もこちらに気が付いたようで、軽く手を上げて返事を返してきた。
「おっす~おまたせした?」
親友もとい悪友の金守 澪だ。
「うい~、うちも来たばっかりだよー。外寒かったでしょ?温かいもの早く頼もうよ!」
先ほどまで見ていたメニューを2人で眺めてコーヒーとケーキをそれぞれ注文する。
お互いの近況や他愛もない話を軽くしていると、程なくして香ばしい香りと共にケーキが運ばれてきてお互いの目の前に置かれた。湯気が立ち上るカップを手に取り、コーヒーに息を吹きかけてから口を付ける。
「あったまるぅ~」
「だね」
「ケーキもおいしい~」
しばらく味わった後に澪が少しばかり真面目な顔になって口を開く。
「それで……足の調子はどう……?」
「いやー、やっと体がバランスに慣れてきて、補助なしであちこち移動しやすくなったところだよ~階段とかややぎこちないけど、平らな道は歩きやすくなったよ!」
ジーンズの上、腰から両足に装着しているモビリティーウォーカーをコンコンとノックし、心配そうにこちらを伺う澪に笑いかける。
春の時期にしか見られない、渡り鳥がよく来ると教えてもらった険しい山道を登っていたら、色々訳あって急斜面から落ちて、脊椎損傷した挙句左下半身の単マヒとなり、アウトドアは全般的に生涯ドクターストップがかかってしまった。
でも、日常生活で動く分には、このモビリティーウォーカーを装着していれば、脳波を感知し事故前のように歩くことは可能になった。
スポーツ向きの性能はまだ開発されていないので、あくまで日常生活だけならば不自由はない。
「日常生活は問題ないけど、やっぱり野鳥を見に行けないのがちょっと寂しいけどねぇ。でも花鳥園とか鳥カフェとかあるし!鳥成分はどこでも摂取可能!」
私、羽鳥 瑠衣は名前にも鳥が入っているが、小学生の頃にセキセイインコを飼ってから、鳥の魅惑にハマってしまった。
猫派?犬派?と聞かれたら迷わず鳥派!と舞いながら答えるほど、どっぷりと両足で沼に浸かってしまった。いや、沼に五体投地してるといっても過言ではない。
世界中の花鳥園や野鳥を見るためだけに山や海に行くほどアイラヴバード、ブじゃなくてヴなのです。
「なんか瑠衣らしい発言でちょっと安心したわ」
「まぁ、うちの取柄は猪突猛進、全力疾走だからね!」
「それで急斜面から落ちてるんだから、鳥愛が行き過ぎて鳥葬されにいったのかと思ったんですけど?もうお忘れで?その脳みそはニワトリかなぁ?なら、チキンらしくブレーキかけてもらってよろしい?」
「ぎゃふん、申し訳ごじゃいましぇん……」
鬼の形相で怒られているが、めちゃくちゃ心配してくれている故に怒っているんだよねぇ面目ない。
手術後お見舞い可能になったと連絡した1時間後には病院に到着していたくらいだ、仕事中のはずなのに。
外回りで暇だったからねって気丈に振る舞っていたが、人事部なのに外回りってあるんかいな?と空気を読まない突っ込みは入れなかった。
というのも廊下を走ってくるのが聞こえたし、何なら学校以外で「廊下は走らないでください!」って聞いたの久々だったわ。しかも、部屋の前で息整えてから入ってきたし。まぁ天邪鬼なんだよねぇ。
外回りだ、仕事が暇だと何かと理由をつけては頻繁にお見舞いに来たり、退院後まだあまり動きに慣れていなかった時は、近所まで来たからと家に差し入れや食材を持ってきてくれたりもした。
退院してからは、定期的にリハビリ帰りに気分転換でこうやってお茶に誘ってくれる。しかも絶対に病院と我が家の間にあるお店を指定してくるのだ、たまたま気になってたから行きたかったと。澪の家からここまで電車で片道1時間以上はかかるのにさぁ。
「もう危ない事はしないよ。誰かさんがまた泣いちゃうからなぁ」
イタズラっぽくニヤニヤと笑いながら澪を見る。
「はぁ?泣いてないし、まったく泣いてないし!」
むぅとした顔でムキになってもねぇ?
「でもさぁ、鳥抜きにしても山登りや海に潜るのは楽しかったから、もうできないんだなぁって思うと空っぽな感じというか、ちょっぴり悲しい気持ちは拭えないかな」
少しばかり心の本音を漏らし、それを誤魔化すかのように冷めかけのコーヒーに口をつけると、先ほどよりも苦く感じるのは冷めたからなのか、それとも少し悲しそうな顔を見せた澪を見たからなのか。
澪はうちの好きなものの情報を見つけるたびにいつも教えてくれた。鳥グッズを見かけたらすぐ写真付きのメッセージを送ってくれたり、さりげなくプレゼントとしてカバンに忍び込ませたり。
いつだってうちを喜ばせようとしてくれた、渡り鳥もそうだった。本当なら一緒に山登りをするはずだったが澪は仕事の都合でこれなくなり、その事に対して罪悪感を抱えているのだろう。
一緒に居たらあんな事故はおこらなかったかもしれないって。
まぁ、澪がいたら密猟者に突っ込んでいくなんてことはしなかったかもしれないが、あの時は勝手に体が動いちゃったしなぁ。
時期外れの罠猟を確認してる人に突撃訪問したら、相手に突き飛ばされて運悪く結構な勾配のある斜面から落ちたんだよね。
澪が居ても目の前でやらかしていた可能性もあるし、そうなると彼女にとってはトラウマ案件だったかもしれないのなら、逆に1人の方がよかった気もするんだよね。
それを言うとものすごい泣いて怒るだろうから言わなかったが。
「まっ、でもこれを期に新しい趣味を見つけるのもいいかなって思ってる!今までやった事ない趣味とか挑戦してみたいし!」
パンと軽く両手を打ち重い空気を一掃する。これも事実だしね、嘘はついていない鳥に誓ってもいい。
「あ、じゃ私のやってるフルダイブVRMMOゲームやらない?鳥っぽいモンスターとかもいっぱいいるよ!今第三陣解放してるんだよね。」
「面白いゲームがあるって話してたね、めちゃくちゃ現実みたいだって。はっ!!つまり、そのリアルそっくりな感覚で鳥ちゅぁんをエンドレスもふもふスーハスーハーが大盛お替り自由でやれるってこと?!」
やや鼻息荒く後半に行くにつれて早口になっていく。
「あ、う、うん……」
おい、おすすめしておいて何ドン引きしてるんだよチミは。
私の鳥愛はこんなもんじゃないの知っているだろぅ?
「冗談はおいといて、なんてゲームだったっけ?」
「9割本気だったでしょ……ま、瑠衣らしいけど」
澪の表情が先ほどよりも柔らかくなるのも見て胸をなでおろす。
更新はまったりのんびりです、もふ。