97羽目:パラディン試験の始まり
「よし、仕事終わり! 今日こそやっとパラディン試験だ!」
体調とも相談してゲームは数日お預けすることにしたから、試験を受注してから二日。ゲーム内では六日以上も経ったことになる。
あの後、みぃに不合格になりかけた話をしたらちょっと同情された。
同情するなら鳥もふを! ということで、ずぶ濡れになって、粟穂を纏ったら大量のケッコーちゃん達に囲まれた。なんという羽毛天国……! みぃが回復してくれたおかげで、結構長いこと埋もれていられたから満足である。
まぁ、数が多すぎて結局ポリったけどね。ギルドホームでログアウトするつもりだったし。死に戻って結果オーライ。
「ふぅ、ストレッチ終了。それにしても、もっふもふだったなぁ……次はマッスルダックの平たいクチバシで突かれて、モチモチされたい。ふふふっ。想像するだけで幸せ……おっと、そろそろ時間だ」
ポッポイン
瞼を開けると、いつものギルドハウスのベッドに身を沈めている。ノック音がしたので、ドアを開けようとしたら、銀髪エルフが先にひょこっと部屋に入ってきた。
「入ってもいい?」
「返事聞く前に入ってますがな」
「恋愛ゲームならお着換えイベントが発生する所よね。ちょっと脱いでおく?」
「脱がないから!」
いつものじゃれ合いに頬が緩んでしまう。たった数日なのに、久々な感じがするなぁ。毎日連絡は取ってるけど、文字だけだったしね。アバターでもこうやって会えるのが嬉しい。
さて、まずはご飯だ。甘いのは……まだ、やめておこう。激甘ドリンクを思い出してブルッと寒気がした。今日はコーンポタージュ風スープとボアベーコンサンドにしよう。そうだ、小粒のフルーツ飴も作っておくかな。赤のコアベリーと青いルーナベリーをコーティングして完成だ。
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「久々のルーイごはん美味しかった、ごちそうさま。このまま試験に向かうでしょ? 鳥追いかけて迷子にならないでね? あっ、ポーション類足りそう? 利息付きで渡せるわよ」
子供じゃないんだけど。まぁ、こうやって弄りつつ心配してくれているから、嬉しいけどね。ただ、利息は辞めようか。今までの分も入れたら破産ってレベル超えちゃう。
「鳥は多分追いかけない……かな? ポーションも大丈夫、ありがとう。でも、ちょっと緊張してきた……こういうときは手のひらに鳥って三回書いて飲もう」
「色々突っ込まないでおくわ……とりあえず、落ちたら鳥もふ禁止だから頑張ってね」
「何がなんでも一発合格します!」
教会につくと、セレナさんとユナさんが聖堂内を掃除していた。
「おはよー、かなりお待たせしちゃってごめん。準備整ったよ!」
「ん、気にするこったァねぇぞ。ユナはもう行けンだろ?」
ユナさんは慌てふためきながら、木箱を被ってから「はい!」と力強く返事をしていた。それを見て、セレナさんは笑いを堪えながら肩を震わせている。
「ンンっ……! さて、ポータルだすぞ。いつもの定期浄化みてぇなもんだから、あまり力いれすぎんなよ。じゃ、精一杯やッてこい」
「うん、いってきます!」
「はい! 頑張ります!」
光の輪に踏み入れると、全身がふわりと浮遊して足元から重力が戻ってきた。家が数十件ぽつぽつと並ぶ小さな村。石壁に木屋根の家々が並び、中世の田舎町のような景色が広がっている。
さて、ここからどうしたらいいんだろう?
「ルーイさん、まずは村長さんの所に向かいましょう」
「おっけー。そういえば、定期浄化って言ってたけど、決まった時期があるとかじゃないんだね」
「ええ。瘴気が発生した場所に派遣される形です」
「瘴気って、放っておくとどうなるの?」
「触れた生き物は自我を失い、見境なく襲ってくるようになります」
「うわっ、それってユナさんも危ないじゃん」
「聖職者は神のご加護があるので大丈夫ですよ。あと、新世界人も同じように守られているので、凶暴化することはありません」
へぇ、そういう風になってるんだ。本当に作り込んでるなぁ、このゲーム。説明を聞いていたら、いつの間にか目的の家にたどり着いていた。木の扉を叩くと中から声がして、しばらく待つとドアが開く。
「はーい! お待た……えっ――ど、どちら様でしょうか?」
出てきた中年の女性はこちらを見て狼狽えている。まぁ、目の前に木箱を被った人がいたらそうなるよね。あれ、これ下手したら門前払いの可能性ってない?
「教会から派遣されました、巡礼者のユナです。こちらは護衛のルーイさんになります」
「あら……教会の方でしたか。村長は中にいますので、どうぞ」
なんとかなりそうでよかった。しかし、ユナさんは木箱で視線を克服できたみたいで、堂々と受け応えしている。案内された部屋に入ると、初老の男性が書類を読んでいた。こちらを見て一瞬ギョッとしたけど、すぐに気を取り直して対応してくれた。
「村長のウォルターです。急なお願いにも関わらず、対応していただいて、本当にありがとうございます。お二人の訪問があと数か月遅ければ危ないところでした……今年は例年より瘴気が早く強くなっていて……」
「ええ、聖女様から伺っております。皆さま、不安でしたよね。ですが、浄化さえすればすべて元通りになりますのでご安心ください。早速、ご案内頂いてもよろしいでしょうか?」
その言葉を聞いて、ウォルターさんは安堵するように胸を撫でおろした。そのまま案内されたのは、村はずれの森の奥にある洞窟。
「こちらが、石碑が祀られている洞窟になります。お二人には加護があるので、瘴気は大丈夫かと思いますが……いつ凶暴化したモンスターが出現するかわからないので、お気をつけください」
瘴気って目に見えるのかな? とりあえず、モンスターに気を付ければいいか。
洞窟内は村の人が管理しているおかげもあって、奥に続くように照明クリスタルが施されている。魔力石ランタンがあるとはいえ、暗いのは苦手だからよかった。でも、足元がゴツゴツしてるから、気を付けないとね。
「ユナさん、足元に気を――」
盛大に転んだ。
そして、被っていた木箱から『バキッ』と音がする。
「ひゃぅ! いひゃい……あ、は、箱が……!」
顔の部分が壊れてしまったことに気が付いて、何とか隠そうとして、木箱の向きをくるっと回す。それ、目が見えないんじゃ……?
——そう思った瞬間。
ウォルターさんがユナさんを見てわずかに声を上げた。
「そ、その髪! まさか……忌み色……」
彼は、恐ろしいものを見たかのように、一歩だけ後ずさる。
うわずった声を聞いて、ユナさんは慌てて後頭部を手で隠そうとしたが、箱が落ちて頭が完全にさらけ出された。
忌み色? ……どういうこと?
「ぁ……ごめんなさい……ごめんなさい……」
ウォルターさんは、一瞬だけ言葉を探すように視線を彷徨わせた。
「いえ、責めているわけでは……。ただ……この村にも、二色持ちは穢れを引き寄せると信じている人もおりまして……。なので……村の者の前では、あまり目立たぬようになさってください。それでは、私はこれで失礼します……」
ウォルターさんの声が洞窟の壁に吸い込まれるように消え、重苦しい空気だけがその場に取り残された。
もしかして、過去にもこういうことがあったから、視線が怖いのかな。……でも、すぐに去ってくれてよかった。これ以上ユナさんが傷つくところは見たくない。
彼女は地面に落ちている箱を見つめたまま動かない。そっと肩に手を置くと、一瞬ビクリと体が跳ねる。その小さな体は、わずかに震えていた。
穢れを引き寄せる忌み色……。
二色ってことは髪だけじゃなく、瞳もだろうか。……ただ、色が違うだけなのに、どうしてこんなに傷つかないといけないんだろう。でも、聞いたら心の傷を抉ってしまうんじゃないかと不安になる。
突如、何かに気が付いた彼女が洞窟の奥を見て呟いた。
「っ……来ます」
「え?」
――洞窟の奥で、何かが動いていた。




