0羽目:はじまりの羽
箱あるにログインして、本日一羽目の鳥モンスターの気配を感じた。
「はっ。鳥センサーに反応が! あっ、いた! まっするだっくちゅぁぁぁん!! もふもふありがとうございまーす!」
リアルと変わらない、VRゲームの草原を猛ダッシュした。
マッスルダックをスライディングキャッチすると、勢いあまって草原の傾斜から滑り落ちHPが削れた。しっかりと腕の中には鳥ちゃんが抱えられているので、仰向けになって腹毛に顔をそっと埋めると、そこはただのもちもち天国だった。
羽毛最高。
「【ヒールピッチャー】もう少し平坦な道にいるのを捕まえなさいよ……あと、いつも通り、アヒルが豆鉄砲食らってる顔してるわよ」
「回復、ありがとう! この子の羽毛が一番良さそうだったからね! 早く走りすぎたから、この子をビックリさせちゃったのかもね! でも、顔面が今忙しいからあとで見るね!」
「そうじゃないと思うの……まぁ、ルーイだし、しょうがないか」
いつものように呆れた声を漏らす相方。羽毛の隙間から顔を覗かせると、雲ひとつない青空を背景に、彼女はしゃがんでこちらを見ていた。その顔が楽しそうに微笑んでいるのを見て、心の奥がじんわりと温かくなった。
やっぱ、みぃの笑ってる顔が好きだな。
こんな風に、ゲームの中でまた自由に走り回れるなんて思わなかったなぁ。
あの時はリアルの山の中だったから、今みたいに回復なんてできなかったけど……。
あの日、斜面を転がり落ちて見た景色は、今みたいに生い茂る木と雲ひとつない青空だった。下半身の感覚がないのに、頭だけは妙にスッキリとしていたのを覚えている。
わずかでも体を動かせば激痛が走り、冷や汗が噴き出た。気力を振り絞って、緊急信号の赤いボタンを押す。
好きな鳥を順番に思い浮かべていたけど、意識がぼやけてきた。ダメだ、しっかりしろ。まだ、世界中の鳥も見れてないし……。
鳥もだけど、澪と一緒に想い出をもっと作りたいな。たくさん、一緒に楽しいことをしたい。
澪に会いたいな。
遠のく意識の中、ぼやける視界に救助ドローンが映る。
澪の声が聞こえた気がした。
ずっと、考えてたから幻聴でも聞こえたのかな。でも、その声にほっとする。また心配かけちゃってごめんね。
大丈夫、ちゃんと帰るから。
そうして、うちは意識を手放した。
♦
「澪、帰り道気を付けてね? ……やっぱ、駅まで送ろうか?」
「瑠衣は家にステイ! まだ慣れ始めたばかりだって言ったじゃない……まったくもう。私は平気よ、ご飯ごちそうさま」
ショートブーツを履き終え、うちに呆れた表情を向ける親友。退院して数か月経つが、澪にはいっぱい心配かけちゃってるし。犬っぽい扱いだけど……まぁ、ここは寛大なる鳥のように、素直に受け入れよう。
ドアノブに手をかけた時、彼女がなにかを思い出したかのように、振り返って口を開いた。
「あ、そうそう。スタート画面からはなるべく早く抜け出してね。あと、作り終わったらキャラIDだけ教えて、ログインしたらゲーム内で連絡できるから」
「う、うん? わかった?」
「瑠衣の場合だと、そこだけで時間溶けちゃいそうだし」
スタート画面ってアバター作成とかだよね? そんなに難しいのかな? まぁ、やってみればわかるか! よし、洗い物もしたし、シャワーも終わって……準備完了!
「ふぅ。今日は楽しかったなぁ~リハビリも順調だったし、いい感じだ! じゃ、早速やってみるとしますかー!」
ご飯を作っている間にセットアップは澪がすべてしてくれたので、あとは被るだけ。ベッドに横たわってからゴーグルを被り起動する。
フォンと音を立て目を閉じると、意識に滑り込むように黒い画面から青いデジタル空間に切り替わった。
「おお、すっごいスムーズ?! とりあえず、ゲームのタイトルを押してと」
目の前に、青白い光の粒が舞う空間が広がる。画面中央に、荘厳な声が響く。体中に音がまとわりついて、まるで劇場の予告編に自分の体が飛び込んだような演出だ。
『――ようこそ、新世界へ』
文字が目の前の空間に滑るように現れた。軽やかな鐘の音が空間を満たして、泡のように光が弾ける。
おわー、映画の始まりみたいでワクワクする!
ここから、うちの新しい楽しみが始まるんだ。
『――かつて、三つの異なる世界が存在しました』
あまりにもリアルな羊皮紙の地図が浮かび上がり、指先で触れると水面のような波紋が広がる。雲を突き抜け、天空から見下ろすようにして、森や街が見えた。
何か鳥になって空を飛んでるみたいで楽しくなってきた!
街には、獣人、妖精、人間たちの笑顔や日常が溢れていた。その普通の何でもない日常を慈しむ人と、大切な人の笑顔が重なって、心がじんわりと温かくなる。
『これらの世界は、互いに交わることなく、それぞれの神々が独自の力を持っていました。ある日、四つ目の世界、冥界の王がすべての世界を闇で包み込もうとした』
明るかった街と大地が闇に包み込まれた。温かい笑顔を咲かせていた人や、生き物の眼光が赤く変わり、黒い影を纏い周りを襲い始める。
冥界の王が放つ闇に触れた神や人は豹変し、生物はモンスターと化して街を襲い、世界は混乱に陥った。ゲームだってわかってる。でも、胸の奥がざらつく。
『――しかし、光を宿す者たちが立ち上がり、三つの世界は力を合わせて闇を退けた』
こうして、数百年続いた争いは終わったのね。安堵の溜息が漏れた。
『――だが、闇は完全には消えなかった。今も癒えぬ傷を抱えた世界で、人々は新たな秩序を築こうとしている』
……完全に元通り、なんてことはないのか。
それでも、めげず、前に進もうとするのは好きだな。
なるほどねぇ。だからプレイヤーは新世界人として、この世界を広げていくんだ。生産、冒険、開拓――創造できる限りすべてが叶うなんて、胸が高鳴る。
事故の前みたいに、ここでなら――もっと自由に、もっと楽しいを見つけられる。そして、もっと、羽ばたける!
画面に、丸くてカワイイポップな字体のタイトルがふわりと浮かび上がる。
《箱庭あるてぃめっとオンライン》
通称、箱ある。その下に、メニューが静かに現れた。
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「よし、ログインっと」
まだ見ぬ鳥ちゃん達、待っててね! すぐもふもふしに行くから! そして、いろんな景色を君と探すんだ!
「初めましてっピ!」
意気込んでいると、目の前に小さな影がふわりと浮かんだ。かわいらしい冠羽を揺らして、君は現れた――。
恋?
に落ちる五秒前である。




