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 閻羅と最後に会ってから一週間ほどが経った。


 あまりの気まずさにルンフェイはあれから一度も冥府へ顔を出すことが出来なくなっていた。


「……わたし、なんてことを……」


 毎日弁当を余分に作っているのだが、いざとなると怖じ気づいてしまい、閻羅に持っていくことが出来なくなっていたのだ。


 そうしてもう一週間も時がたってしまい、余ってしまった弁当を夕食にするという日々が続いていた。


「どうしてあれだけ言ってしまったの……」


 動揺していたからである。

 勢い余ってつい口が滑ってしまったのだ。


 本当はそのあとに、関係をはじめからやり直したいと言う一文が続くはずだったのだが、動揺しまくっていたルンフェイにその言葉を紡ぐことは出来なかった。


 おかげで別れたいと言う旨だけが伝わってしまい、顔を合わせるのが物凄く怖くなっていた。


 次に会ったら一体なにを言われるのだろうか。


 ーーールンフェイがその気なら別れよう。


 もし、そんな風にあっさり告げられでもしようものなら、立ち直れなくなりそうである。


「どうしよう……」


 かといってこのままと言うわけにもいかない。

 もう一週間も閻羅との約束を破ってしまっているのだ。

 それだけでも既に大事である。


 謝ったら許してもらえるだろうか。

 想いを伝えればもう一度やり直す機会を与えてくれるだろうかと、ルンフェイは悶々と考えていた。


(とにかく、きちんとお会いしないと……)


 そして今度こそ説明を、ルンフェイの気持ちを伝えなければ。

 気まずさに負けて、このまま関係が自然消滅してしまうのだけは嫌だった。


「とりあえず、お仕事に……行きましょう」


 ルンフェイはもそもそと支度をすると、何とか職場へと向かった。




 職場に辿り着いたルンフェイは、いつもとは違う同僚たちの様子に困惑した。


 なんだか、とても緩い空気なのである。


 いつもならもう少し、きびきびと歩き回り、机の書類を懸命に捌いているはずの役人たちが、揃いも揃ってぼんやりとしているだけなのだ。


「おはようございます。……どうかされたのですか?」


「あ、おはようルンフェイ。……それがねお仕事が全然回ってこなくて、みんな暇なのよ」


 隣の机に座る同僚にルンフェイが尋ねると、その答えを教えてくれた。


「お仕事が回ってこない……?」


 それはどういう事だろうか。


 ここ輪廻転生の輪の管理事務所は、冥界のすみにある。

 輪廻の輪に乗る魂を、向かうべき六界へと振り分けて、辿り着けるまで見守るのが役割なのだ。

 魂は毎日輪廻の輪に乗って、そして転生を繰り返す。


 命が生まれない日など無い。


 一日に必ず、決まった数だけの人が死に、また決まった数が生まれてくるのだと。

 それは遠い昔に神が世界に定めたことであり、冥府の役人はそれに従い魂を転生させて、命を裁くのだ。


 指示させたことだけをこなす、したっぱ役人事務所なので、空気はかなり緩かった。

 元々そんなに忙しい役職ではないのだが、ここ数ヶ月だけは鬼のように忙しい日々を送っていた。

 それもこれも、輪廻の輪に乗る魂を裁く閻魔大魔王が、毎日無茶苦茶な人数の魂に判決を言い渡していたからである。

 その忙しさに何とか順応していた管理事務所の役人たちは、突然訪れたこの暇な時間をもて余していた。


 この前までの忙しさが嘘のようだと、おのおの、のんびりと寛いでいる。


 お茶を淹れて茶菓子を摘まみ、囲碁や将棋にカルタなど、遊戯にまでふけっている同僚たちの姿にルンフェイは困惑した。


 まるで実家にいるようなその寛ぎ具合に、ルンフェイは眉間に皺を寄せた。


「お仕事をしなくてよいのでしょうか……?」


「いいもなにも、仕事自体がないのよ」


 同僚はそう言うと、机の上に広げた茶菓子をつまみはじめた。

 はいとルンフェイにもそのお菓子を手渡してくれて、ルンフェイはありがたくそれを受け取った。


「お仕事がない……」


 そんなことはあり得ない。

 ルンフェイは貰ったお煎餅をかじりながらそう思った。


 毎日必ず罪人は裁かれる。

 冥府の王、閻羅の手によって。


 輪廻の輪に乗った魂は、向かうべき六界へと転生を果たす。


 それが一日でも途切れるだなんて、そんなことがあってはならないのだ。


 もしもそんな事が起こったなら、それは六界のいずれにおいても、命が誕生していない日が存在することになる。

 命の輪が巡っている限り、そんな日が存在してはならないのだ。


(……閻羅様に、なにかあったのかしら……?)


 もしかしてと嫌な予感が頭を過り、ルンフェイはどんどん顔色を悪くした。


 輪廻の環に魂が乗らない。

 それは、閻魔大魔王が罪人を裁いていないということだ。


 閻羅の身に何かあったのだ。そうでなければ、こんなことはあり得ない。


(……私、なにをしているの……。自分のことばっかりで、閻羅様のことを何一つ考えないで……)


 別れてくれと、最低な言葉だけを口にして。

 なんて酷いことをしたのだろう。


 もしかしたらその事を気に病んで体調を崩してしまったのかもしれない。

 そうでなかったとしても、突然口づけしてしまったことに、罪悪感を抱かせてしまったかもしれない。


 ルンフェイに関係なく体調を悪くしたのだとしても、気づきもしなかったルンフェイは恋人失格だろう。


 この二ヶ月間、ルンフェイは自分のことしか考えていなかった。

 閻羅の気持ちを知ろうとせず、独りよがりな考えを押しつけてしまった。


 閻羅のことを何一つ考えようとしなかった。

 自分の気持ちばかりで、閻羅が何を考えているかなど、考えようともしなかった。


 自分のことを知ってほしいばかりで、相手を知りたいと考えていなかったことに気づいて、ルンフェイは堪らず走り出していた。


 同僚がルンフェイを止める声が聞こえたが、ルンフェイは無視して走り続けた。


「閻羅様……!」




***




「閻羅様、大丈夫ですか? 起き上がれます?」


 冥府の一角、閻羅の執務室。その奥に設えられた寝室にシヨウはいた。

 寝台の上に横たえられて、微動だにしない閻羅をシヨウは心配そうに見詰めた。


「ルンフェイ……ルンフェイに、会いたい……」


 今日も大丈夫じゃなかったと、シヨウは複雑な面持ちをした。


 一週間も前から閻羅はこの調子だった。


 ルンフェイに振られたことと、会いに来てくれなくなかったことが相当堪えるようで、未だに立ち直ってくれない。


 今日も今日とてじめじめした体にキノコが生えている。

 最近のシヨウの仕事はこのキノコを収穫することだった。


「全然大丈夫じゃないですね……。閻羅様、このままだとどんどん仕事がたまっていってしまいますよ~」


「ルンフェイ……」


「うーん、駄目ですね」


 ひょいひょいキノコを収穫しながら、シヨウは閻羅を焚き付けた。

 しかし、まるで効果がない。


 閻羅のこの状態がいつまでも続くなら、閻魔大魔王の代理を立てることを考えなくてはならないかもしれない。


 そんなことをすれば閻羅には大王の資格なしと冥界中に思われてしまう可能性もある。

 そうなる前になんとか立ち直ってほしいものだとシヨウは渋面になった。


「王よ、客が来ているがどうする」


「……セイジュ、いま閻羅様にお客様の相手なんて出来るわけないでしょう。帰って貰ってください」


 空気を読まない客人にシヨウは苛立った。


 ただでさえ閻羅がこの状態で、仕事もどんどんたまっていって、その処理やら指示やらに追われ、目が回りそうなほど忙しいのだ。


 閻羅の倒れている姿を見られる訳にもいかないと言うのに、こんな朝早くから連絡もなしにやって来るなど、どこの不調法者だ。


「しかし」


 セイジュは躊躇っているようだった。


「いま閻羅様は誰ともお会いになられません。どこのどなたか存じませんが、お帰りいただいてください」


 客の相手などしてられない。

 シヨウにはやることが山程あるのだ。


「いやしかし……」


 なおも渋るセイジュにシヨウはだんだんと苛立って来た。


「ええい、退きなさい! こんな朝早くに誰が来たと言うのです……!」


 シヨウはセイジュを押し退けて寝室の外へ出た。


「閻羅様はどなたともお会いになられません! 分かったらとくと立ち去りなさい、この無礼者……!!」


 激しく叱責を飛ばしながら外へと出て、目の前にいた細身の女性の姿を見つけ、シヨウは硬直した。


 その女性はシヨウと目が合うと口の端をつり上げて笑った。

 シヨウはその笑みに身震いすると、その顔をどんどん青くしていった。

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