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 ここは冥界。冥府に存在する閻魔大王の法廷。


 現世で命を落としたものは、ここ冥界へ辿り着くと七度の審判にかけられる。


 その最後の審判に、閻羅王みずから裁きを下し、罪の重さに応じて、六界のいずれかへの輪廻転生を命じられる。




「今日のお裁きもお見事した閻羅様」


 閻魔大王の司録であるシヨウは、いつものように閻羅を褒め称えた。

 いましがた終わったばかりの法廷の感想を閻羅に述べると、閻羅は何でもないという風に顔を背けた。


「大したことは無い。いつもと同じだ」


 澄ました顔で言っているが、三週間前はキノコを生やして死んでいた。

 それを知っているシヨウは、なんとも言えない複雑な気持ちになった。


 閻羅がキノコを生やして死んでいる間、シヨウとセイジュは散々苦労させられたものだ。


「今日の予定はもう無いな?」


「本日のお仕事はこれで終了ですよ。……この三週間、凄まじい勢いで仕事を片してくださっているので、大変助かります」


「なんだ、嫌味か」


「はい、もちろんですよ。……あのときの閻羅様は、本当に酷かったですからねえ……」


「ぐ……分かったから、やめてくれ」


「出来ればもう二度とごめんですので。……せいぜい振られないように頑張ってくださいね」


「わかっている……」


 シヨウの刺すような忠告に、閻羅は唸った。


 一週間も体にキノコを生やして寝込んだ挙げ句、仕事を停滞させた原因は、閻羅が恋人に振られたことに起因している。


 色々あって関係を戻すことに成功したのだが、その間は本当にひどい有り様だった。


「この後もお会いになるのですよね?」


「ん……、あ、ああ」


 以前と同じように、ルンフェイは閻羅の弁当を毎日持ってきてくれていた。

 今日もこの後、一緒に昼食を取る約束をしている。


「それでは私はここで失礼いたしますね。……さ、行きますよ」


 シヨウはそう言うと、セイジュを連れていってしまった。


 残された閻羅は踵を返すと、執務室へ向かって歩き出した。




***




 執務室に入るとルンフェイが椅子に座って待っていた。


「閻羅様」


 ルンフェイは閻羅の姿に気づくと、閻羅の傍までやって来た。


「ただいま、ルンフェイ」


 あの一件以来、ルンフェイはいつもより早く冥府に来て、閻羅の午前の仕事が終わるのを待ってくれることが多くなっていた。


「はい。おかえりなさいませ、閻羅様。さ、こちらへ」


 おかえりなさいと言われたのが嬉しくて、閻羅は頬を染めた。

 まるで夫婦になったようだと錯覚してしまい、幸福感に頭がくらくらする。


「う、うむ……」


「ふふふ」


 そのままルンフェイに腕を取られて、閻羅は大人しく席に座った。


 三週間前にルンフェイと想いを確かめあってから、ルンフェイは以前よりも閻羅と距離が近くなった。

 前は手に触れるのも躊躇い、抱きしめることさえあまりしなかったと言うのに、このところのルンフェイはかなり積極的なのである。


「お腹が空きましたでしょう? 今日も閻羅様の大好きな甘い卵焼きを作って参りました。はい、あーん」


 甘いものが好きだと言う事実もバレてしまい、閻羅は照れながらも、ルンフェイの手から卵焼きを食べさせて貰った。


「ん……、美味い」


「ふふふ」


 頬を染めながら素直に感想を述べる閻羅に、ルンフェイはご満悦である。


 今ではすっかり立場が逆転してしまっていた。

 最初の頃は、困惑と戸惑いから距離を置いていたルンフェイに、閻羅が手を差し出していたのだが。

 今はルンフェイの方が閻羅の手を取って積極的に触れあおうとしてくるのである。


 あれもこれもと、どんどん閻羅の口にお弁当のおかずを差し出してくる。

 閻羅はお腹より先に胸がいっぱいになって、いつも食べられなくなってしまうのだ。


「ルンフェイ、もう……いっぱいなのだが……」


「ふふ、閻羅様は少食だったのですね」


 あまり食べられない姿も可愛らしいと言いながらルンフェイはお弁当をしまった。

 それから閻羅の口元をハンカチで拭ってやると、お茶をどうぞと甲斐甲斐しく注いでくれる。


「閻羅様、お疲れではないですか?」


 食後のお茶を飲んでいると、ルンフェイはそう言って自身の膝をぽんぽんと叩いた。


「…………うむ」


 膝枕をしてあげると言っているのだ。


 最近のルンフェイは、本当に閻羅に甘くなった。

 何かにつけては閻羅の世話をやき、こうして甘やかそうとしてくるのである。


 閻羅はそのことが純粋に嬉しかった。

 しかし素直に甘えてしまうのは、成人した男の身としては少しばかり恥ずかしい。

 そう思って、はじめのうちはそこそこ抗っていたのだが、毎日そうして誘ってくれるうちに、ついに閻羅は陥落した。


 今ではルンフェイの言葉に逆らうことなど無く、ほとんど言うことを聞いている始末であった。


 そして今日も、膝枕の魅力に抗えず、大人しく膝の上に頭を乗せて、閻羅はルンフェイに体を委ねた。


 飼い慣らされた犬のように、素直で従順な閻羅にルンフェイは大満足であった。


 素直に乗せられた頭を撫で回し、髪を梳いては頬に優しく触れる。

 そうすると閻羅は嬉しそうにしながらも、真っ赤に顔を染めるのだ。


 それがルンフェイは、堪らなく愛しいと感じていた。


「ふふふ、閻羅様。今日もとってもお可愛らしいです……」


 うっとりと呟くルンフェイに、閻羅はどきどきしながら視線を上げた。


 しかし膝の上からルンフェイを見上げると、ちょうど胸を直視する形になってしまい、閻羅は慌てて顔を逸らした。


(膝枕は嬉しいが……目の、やりばに困る……っ)


 閻羅は思わず目を固く瞑った。

 その姿に、ルンフェイはまたもや胸をときめかせた。


 閻羅の照れた顔も、恥ずかしそうに引き結んだ唇も、羞恥を隠そうと逸らされた瞳の何もかもが、ルンフェイの心を捕らえてやまない。


 想いを確かめ合ったあの日から、ルンフェイは閻羅のこの表情に心を奪われていた。


 そして、この表情を見るためなら、なんだってするのにと、決めていた。


「かわ……いくは、ないだろう……」


 不満そうに紡がれたその一言に胸が疼く。

 その拗ねたような顔が可愛いと言っているのに、なぜ伝わらないのだろうか。


「私よりルンフェイの方が可愛いぞ……」


 閻羅は真っ赤になりながらも、ルンフェイの頬にそっと手を伸ばした。


 無理をしているのがルンフェイには分かった。

 本当は恥ずかしくて堪らないくせに、閻羅もルンフェイを可愛がろうとしてくれるのだ。


「もう、閻羅様……」


 伸ばされた閻羅の手に、ルンフェイは自分の手を重ねた。


「ルンフェイ、好きだ……」


「閻羅様……」


 ルンフェイはそう言うと、頬に当てられた閻羅の手を唇に持ってきて、そっと掌に口づけた。


「………ッ!!!?」


 それに閻羅は真っ赤になった。

 突然の口づけに驚いて、口をパクパクと動かしている。


 何か言いたいのだろうが、驚きすぎて言葉が出ないのだろう。


 ルンフェイはそんな閻羅の唇を指で塞ぐと、そっと口づけを贈った。


 さらさらと流れるルンフェイの髪の毛に頬を撫でられながら、閻羅は固まった。

 そっと離れて、閻羅の唖然とした顔を見つめたルンフェイは、満足そうに笑った。


 この顔が、好きで好きで堪らない。

 純情な乙女のような反応を見せる閻羅が、可愛くて可愛くて堪らないのだ。


「私も、とっても可愛い閻羅様が、大好きですよ……?」


 吐息がかかるような距離で、ルンフェイは甘く囁いた。

 その言葉に目を丸くしながら、もともと赤かった閻羅の顔は、さらに真っ赤になった。


 もう一度口づけを贈ると、閻羅は震えながら目を閉じた。

 閻羅のその反応に気分を良くしたルンフェイは、さらに深く閻羅に口づけた。




 こんなはずでは無かったのだ。

 本当はもっと、格好つけていたかったし、格好いい自分を好きになってほしかった。


 でもこんな閻羅の姿を見て、可愛い可愛いと喜ぶルンフェイを見てしまったから。

 もうこれでもいいかなと、閻羅はなかば諦めていた。




 恋愛は、惚れた方が負けなのだと誰かが言った。


 なら閻羅はルンフェイに出会ったあの日に、もう既に負けている。


 きっと一生勝てないのだろう。

 こうして想定外に翻弄されながら、弄ばれながら。

 きっと閻羅は、そんなルンフェイすらも、好きになってしまうのだろう。


 天使のようだと近づいた少女は、実は小悪魔だったと思い知らされた気分だった。


 それが巧妙な策略で、あらかじめ張り巡らされた罠で、閻羅を怠惰な愉悦へと突き落とす物であると知りながら。

 それでも閻羅は、そのすべてをルンフェイに委ねるのだった。

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