第二十八話 おねショタの波動に目覚める大田
大田まさみです!今日はカメラマンとしてではなく、お二人が作成していたゲームのテストプレイヤーとして呼ばれたそうなのですが、どうやら恋愛シミュレーションゲームとの事で少しドキドキしています…!
"お隣さんとお向かいさんと"略して"となかい"として売り出していこうとしているそうです。あらすじは…慣れ親しんだ街を出て独り暮らしをする事になった大学生の貴女はお隣さんとお向かいさんに引っ越しの挨拶をしに行くも、そこで応対してくれた小学生の子供たちに懐かれてしまい…
…私は小学生と恋愛する事になるんでしょうか?それって未成年淫行条例に引っかかってしまうのでは…?でもそこはフィクションとして飲み込まないといけないんだろうか 初めて遊ぶジャンルのゲームにしては少しマニアックな気がするのですが、せっかくプレイさせていただいてるので楽しめるように頑張ります!
* *
引っ越しの挨拶に訪れたお隣さんの呼び鈴を鳴らすと中から金髪の小学生が出てきました。親が染めてるんでしょうか…それともハーフ?引っ越しの挨拶に来た事を伝え両親の不在を聞かされる。ではまた改めて伺うと自宅に帰ろうとしたら少年に手を引っ張られ…
『おい! お前新入りなんだろ! 今日から俺の子分にしてやるからありがたく思えよ!』
* *
どうしましょう、一方的に少年の子分として扱われてしまい…こういうタイプの男子苦手だったなぁ…なるべく関わらないようにしてきた分、大人になっても少し怖い…
えぇ~っと…キャラ紹介を見るに、この子の名前は"三笠天馬"両親が共働きのため家での留守番が多く、遊び相手になってくれるような同年代の子供は少ない。高圧的な態度はいつも寂しい思いをしている事の裏返しなのかもしれない…ですか
ふーん…まぁまぁ…可愛らしいと思わない事もないですかね…ただご両親の教育が良くない。こんな事では怖い人が来た時に同じ事を言ってしまったらどうするつもりなのか…まぁ私だから別にいいんですけどね…うんうん
* *
逃げるようにして帰ってきた私はお向かいさんに渡す筈の粗品まで持って帰って来てしまった…隣の家を警戒しながら恐る恐る呼び鈴を押す。すると先程の天馬くんと同い年くらいの少年が出てきてペコリと会釈をする。よかった、この子はまともそうだ。それに髪の毛サラサラ…かわいい~…おっとっと、お母さんは居るか聞いてみないと
『えっと、お母さんは今お買い物に行ってて、留守番をしているので、また後で来てください』
* *
か~ッ…お利口さん…この子のお名前は"三笠由宇"君か。へぇ~さっきの天馬くんと従兄弟なんだぁ、この子達が大人になっていく過程をプレイさせてくれれば何も文句は無いのに…どうして恋愛シミュレーションにしてしまったんだろう…?こういうのが好きな人が居るのは理解できるけど、賛同は出来ないかなぁ…
大田まさみの恋愛観は至極まっとうだった。しかしこのジャンルにのめり込んだ多くの人もそうだっただろう、大田まさみも例外ではなくある一つのチャプターを終えるまでは倫理観を保ち続けていた
始めてからかれこれ二時間は経っただろうか、まだこのゲームの良さみたいなものは見えて来ないけど…これって本当に私がテストプレイしてよかったのかなぁ…?もっとジャンルに興味を持った人がやらないと意味がないんじゃないかと思ってしまう
今日は大学が午後からなのでいつもより遅めに起きて優雅な午前中を過ごしていた。晴れ渡った空が気持ちのいい夏も間近の季節、この時期になると自分が独り身であるという事が胸にチクチクと突き刺さってしまう…夏祭りだとか海だとかを自分の好きなあの人と一緒に…そんな憧れのキャンパスライフは誰にも等しく訪れるものではないんだとせっかくの快晴にもかかわらず下ばかり向いて歩いてしまう
「なんで独り身の描写だけこんなにしっかり描くんですか…胸に来る…」
そんな事を考えながらトボトボと大学への道を歩いていると向こう側からランドセルを背負った由宇君が歩いてくるのが見えた。そういえば今日は運動会の前日練習で学校が午前中までだと言っていた、明日は運動会かぁ私も誘われてついついOKしちゃったけれど、部外者なのに見に行っても大丈夫なのだろうか…?
『あっ、お姉ちゃん。こんにちは』
由宇君はかわいいなぁ…こういう子が弟に居たら絶対甘やかしちゃうよ
明日の運動会の種目はこういう奴に出るんだよとか、クラスで足の速い子がリレーの練習を頑張っているとか、運動は苦手だと言っていた由宇君も明日の運動会は楽しみらしい。踊りの時間ではここに居るから見てて欲しいなんて普段の内気な由宇君からは考えられないセリフだ
そんな話をしていると帰る途中だったはずの由宇君が、一生懸命に話をしていたせいで逆に自宅から遠ざかっている事に気付いた
「由宇君、お家あっち…だよね?」
『あっ…間違えちゃった…えへへ///』
あぁ~っすぅぅぅ……お母さんになりた~い…こんなこと言うのはおかしいのかもしれませんが、内に秘めていたはずの私の母性が爆発してしまう…夏前の寂しさが一気に吹っ飛ぶこの曇りなき純粋な眼…いいですよ独り身でも、私はこの子と夏を過ごすんですから!
その後は一時間だけの授業の為に電車に乗り、授業を受けるとまた帰り道を一人で帰る。最近では人生を過ごしているのではなく、機械的に過ぎていく時間の上で自分はただただ運ばれていく部品になったような感覚を覚えている。 この時間って私にとって大切な時間なんだろうか…?小さい頃なりたかった自分には程遠い、惨めったらしく猫背の自分がショーウインドウに反射して私はその自分の姿から慌てて目を逸らした。
「重いよっ! なんで通学から帰宅までの間に感情が二転三転してるの!? 返してよ! 由宇君と運動会の話してた頃の私を返してよ!」
見たくもない自分をいつもの殻の中に隠すために急ぎ足で自分の家へ帰る、その帰り道にある公園で見覚えのある金色の髪の少年を見つけた。天馬君だ、ランドセルを背負ってしゃがみこんでしまっている。怪我でもしてしまったんだろうか?私は心配になって駆け寄る
「どうしたの? どこか痛いの?」
私がそう話しかけると目元に滲んでいた雫をグイッと拭い慌てて立ち上がった。泣いていたのだろうか
『なっ、なんだよ! 別に何でもねーし…! 何見てんだよブス!』
口の悪さはいつも通りだが…運動が得意な天馬君は明日の運動会を由宇君以上に楽しみにしていたのに、今日になって何か嫌な事があったんだろうか?それとなく聞き出してみる。
「明日はやっと運動会だね? 天馬君楽しみにしてたから応援に行くから」
そう言うとまた表情が曇る。間違いない、今日の練習で何かあったんだろう。なにか困っている事が有ったら相談して欲しいと言うとまだ信用されていないのか、天馬君はバツが悪そうに口ごもっている。
小学生にとって恥の基準は相当低い。誰かに相談するなんて子供っぽく恥ずかしい事だったんだろう、私は自分が小さかった頃の運動会の光景を思い出し失敗経験を振り返ってみる。そのどれもが何てことない、失敗とも呼べない物ばかりだった。
それでも小学生の頃にはそれが世界の終わりと同義なくらいへこんでいた。気にするななんて言うのは無理な話なんだろう
だからこそ、励ます時に大人の言葉で言っても無意味だ。手を握り、目をしっかり見て「頑張ってね! ちゃんと見てるから!」そう言って微笑む事しかできなかった
天馬君は恥ずかしそうに手を振り払うと、立ち上がり公園から走り去ってしまった。帰り際にこちらを振り返って大声で言った
『お前っ…! 寝坊するなよ! 最後のリレーも、絶対に一着になるから!』
なるほど、クラス対抗リレーでアンカーだって言ってたもんな。思ったような順位になれなくて落ち込んでいたんだ。分かるよ、さっきまでの私もそう。思うような人間になれてなくて落ち込んでた。でもやるしかないんだ、どんな結果になろうと走り出してしまったなら
勇気付けるつもりがなんだか逆に元気を貰ってしまった気がする。いつからか失敗する事を恐れて一番になりたい気持ちなんか忘れていた。あの気持ちはどこに置いてきてしまったのか?置いてきてなんかない、自分の心の奥底にしまい込んじゃっていただけだ。
無理やり引っ張り出した昔の感情のままに、今日は帰り道を少し走った。身体はあの頃よりも大きくなったのに、心はこんなにも小さくなってしまったのかと驚いた。押し寄せる不安から逃げるように、今はひたすらに…
──走れ!私!
「還りたい…」
小さい頃の天気は確かに今よりも晴れていた気がする。それは地球の天候ではなく心のフィルターだったんだろう。今は恋人もなく家で小学生相手に恋愛シミュレーション…死にたい…でも運動会を見たい。私はテキストを読み進めた
翌日は朝早くから由宇君と天馬君のご両親と一緒にテントの中から運動会の様子を観戦した。100m走では天馬君がぶっちぎりで一位で、由宇君は…まぁ走る事が得意ではないと自覚しているらしく、転ばずに走り切った事に満足気だった。
その後の借り物競争で由宇君が一着になった時はご両親の方が泣いてしまって大変だった。親バカと思うかもしれないが、自分でも驚いてこちらに一生懸命手を振る由宇君を見ると、不覚にも私も目頭が熱くなってしまった…
お昼ご飯をご馳走になりながら由宇君の一着で話が持ちきりになっていると、天馬君は少し居心地が悪そうにしている。自分も一着だったのに…そうだよね
私は天馬君の傍に座り「天馬君も一着、かっこよかったよ。リレーも頑張ってね!」というと顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。いつもは粗暴な天馬君にもこんな風に年相応で可愛らしい所もある
最期の学年競技であるリレーでは緊張した面持ちで待機しているアンカーの天馬君と、一番最初のスタート組で転ばないようにと念じている由宇君。どちらも何事もない様に終わって欲しいと神妙な面持ちで見ている我々保護者団の熱気で緊張感が漂う。
スタートの合図とともに走り出した由宇君は遅いながらも順調にコーナーを曲がり、転ばずに次の走者へバトンを渡せた瞬間にご両親は腰が抜けてしまっていた、分かります。私もそうです
そして少し離れて三着の天馬君はアンカーとしてバトンを受け取ると猛スピードで追い上げていく。走者でもないのにもしも転んでしまったら…なんてマイナスの事ばかりが頭の中をよぎってしまう。
悪い事ばかり想像通りになって来た自分の人生を思い出し、何も考えない様に力の限り大声で天馬君を応援した。大丈夫、絶対に大丈夫だと自分の心の中で何度も繰り返しながら。
結果、前を走っていた二人をごぼう抜きにして天馬君は一着でフィニッシュした。元ヤンである天馬君のご両親は凄まじい剣幕で息子の勝利を喜んでいた。とても怖かったです
そして同級生に揉みくちゃにされていた天馬君は最後にこちらに向かって、満面の笑みでピースサインを送った。その姿は私にとってもすごく誇らしい、かっこいいものだった──
「大田さん、パソコン汚さないでね」
涙で顔がぐしゃぐしゃになってしまっている私を現実に引き戻した声に向かって振り替えると、如月大我さん…俗にいうお兄さんが少し引き気味でこちらの様子を見ていた。そうでした、今日はこのゲームをテストプレイしに来て…さっきまで一人で話していたのも聞かれていたのでしょうか。途端に恥ずかしい
ティッシュを貸して貰い辛うじて元の顔に戻るとゲームの感想をお二人に伝える
「いやぁ…とてもいいゲームだと思います…なんだか小学生の頃って柔道ばかりで思い出も少なくて…でもきっと楽しい事で溢れていたんだろうなって…」
「それで、最終的に大田さんはどっちを選ぶの?」
「うっ…くぅ…まだ先をプレイしてみない事には…判断しかねます…!」
「そうだよね、ここから先はぜひともリリースしてから遊んでみてね」
「はいっ! もちろんです!」
シメシメと大我は笑った。あんなにも未成年淫行条例だ何だと屁理屈ごねていた大田さんも、今では彼らの事を一人の男として見ているではないか。これだよ、これこそショタによる魔法。小さい男の子だと甘く見ているとその成長のスピードに自分が追い越されてしまう。我々が見ているのは小さな男の子にあらず。その先に待っている"昔の少年"との未来なのだ。
おねショタの沼にハマりつつある大田さんを笑っている大我だが、お姉さん好きだったはずの自分がいつの間にかただのショタコンになってしまっている事にはまだ気付いていない




