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第二十九話 マイノリティの嘆き

 

 如月大我は叫んだ。自分ではどうする事も出来ない不条理に


 如月大我は涙した。誰が悪いでもなく、いずれ誰もが味わうかもしれない不幸の波に


 如月大我は黙して語らず、今日も配信開始のボタンだけを機械的に押した…



「兄さんの好きだった女性同士でイチャコラする漫画が打ち切り食らったんですって。昨日からずっとこう」


「・・・・・」


「マイノリティなのは理解しているでしょうけど、だからこそ少数派のために連載を継続して欲しかったとも思っているでしょうね」


「・・・・・」


「でも終わったのよ」


「おうっ…おうぅぅ…」



 渦中の漫画とは、女子校で繰り広げられる誰もが憧れる完璧な主人公先輩と、地味で冴えないけれどその先輩の大好きなアニメに出て来るキャラに声がそっくりだというヒロインが日常の中の交流するというありふれた物だが


 その交流の中に"二人だけが気付く私信"を織り交ぜる事によって『秘密の花園である女子校の中でさらに秘密を共有する二人』というカツとカレーを一緒にした時の様なバカげたカロリーを補給できるモンスター百合漫画だったのだ!と大我は熱量たっぷりに語った。でも既に終わったのだ



「どうして…じゃあ俺達は一体どこで女の子同士のイチャイチャを眺めていればいいんだ…」


「AVでも見ていればいいじゃない」


「イズミ、しばらく一緒には寝ないし風呂上りも自分で髪を乾かしなさい。」


「赤子殺されたくらい怒ってるじゃない。どういう事よ」


「呆れた。自分の妹がここまでバカであると信じたくなかった」



 大我は激怒した。かの無知蒙昧な妹を必ずや理解者にせんと機関銃の様に言葉を紡いだ



 まず『百合』というのは同性愛者を描いた作品を表す単語としては不十分であること、登場人物のセクシャルマイノリティに触れたり性行為に及ぶ作品を"百合漫画"として紹介されるのはなんか違う…と感じる読者が多数派である事を話した


 しかしイズミからすると何が違うのか?キスはするけど舌が入るとちょっとエグイと感じる人もいる、など言われても違いなんか分からなかった。



「でもそれって都合の良い部分しか見たくないって事でしょう? 実際のマイノリティの方々からすると気持ちのいい話ではないんじゃないの?」



「マンガですからッ!! しかも同性愛を肯定する運動とかのつもりで書いてないからッ!! 戦争映画に出演している俳優は全員戦争万歳とか言ってないからぁぁ!!」



「それって戦争の凄惨さとかを忘れないようにって意味合いも含まれていると思うけど、その百合漫画って言うのはどういう意味合いで作られてるの?」



「俺みたいな人間の為に書いてるんだよぉぉぉ!!! 現に終わってこんなに悲しんでるじゃないか!!! なんだ意味合いって!? 意味ない事はしちゃいけないのか!? 俺達兄妹は子作りもしないで愛し合っているけどそこに意味なんかありますか!? 無いですよねぇぇぇ!!!」



「 ハ イ 論 破 ッ !!」


「ふふっ…面白い」



 叩けば鳴るおもちゃを手にしたとイズミは喜んでいるが、過去こういった輩達と掲示板の中で戦争を繰り広げてきた大我からすると冗談では無かった。


 ネットに一定数いる『自分の事を他人の感情が理解できない悲しきサイボーグと勘違いしているバカ』それと戦い続けてきたのが『百合好き無職の社会不適合者如月大我』である



 言ってしまえば個人の物差しによってどこからどこまでが百合である、というラインを決めるのも問題はないのだが…こういったマイノリティなジャンルでは小さなコミュニティが作られやすい


 同じ趣味を持つ人達の間でもOKラインとNGラインは異なっている場合がほとんどな為、地雷を踏み抜かないように、無用な敵を作らないようにある程度の共通認識は必要になってくる。その大まかなラインというのが先程大我の言っていたラインだろう。



「だからこの漫画は俺の心をくすぐるのが絶妙に上手かったマンガなんだよ…他の人からはなんか違う、と思われたから連載終了したんだろうけどさ…でもこういう時は紙の媒体で買ってて良かったなと思うわ。なんかしっかり応援してた証みたいで誇らしいよ…」



「残念な事だけれど、世界中で兄さんだけが好きだったらそもそも連載なんか出来ないじゃない? この作品が好きな人達は似たような作品に移ったりしてないの?」



「こういうジャンルはなぁ…似ているから良いって訳じゃなく、その場の熱量や空気感が何より大切なんだよ。読者として見るっていう意識じゃなくてそのカップリングを概念として観察してるって方が近いわ」



「それは少しキモイわ」



 そうかもしれないけど何も面と向かって言わなくてもいいじゃないか…大我は少しへこんだ。ただ視聴者の中でも同じような趣味を持っている人間は少なくないため共感の声がちらほら見える。そしておすすめ作品が流れる中でにわかには信じがたい情報が目に飛び込んできた



【それって漫画アプリで連載続けるんじゃなかったっけ?】


「そんなバカな…だって -完- て書いてあったし、巻末コメントでもお世話になりましたって言ってたよ? 釣りだろ? 許さんぞそういう釣りは…」



【調べてみたらマジだ】


「えっ、マジで? だとしたらなんで宣伝もしないの? 編集が無能すぎないか?」



【電子書籍版では書いてあったって】


「なんだよそれぇーーー!!! 紙媒体で見てる人なんかどうせweb版になったら見ないとでも思ってんのか!? ネット文化舐めんなよ!!! 俺の好きな作品が雑誌に殺されるところだったわ!! セーフ!! 圧倒的セーフ!! 配信やっててよかったーーーー!!!」



 歓喜の雄たけびと共にハカを披露する大我はこの瞬間、おおよそ理性のある人間ではなくただただデカい肉の塊と大差なかった。そして今まで触った事の無い漫画アプリなる物に手を出す事に。


公式で作られているだけあって名作と名高い、読んだ事は無くともタイトルだけは聞いた事のある作品がずらっと並んでいた。そして太っ腹な事に初回のみ全話無料という作品まである。



「凄いなこれぇ! 本屋がどんどん潰れてく訳だわ…便利だし金もかかんないし…逆にこれで漫画家とか食えてるの? 利益薄そうだけど」



 初回無料以外の作品は俗に言う看板漫画たちだ。これらを読むには現金か、無料で広告動画を視聴すると貰えるコインと呼ばれる物で読めるようになるらしい。出版社も今や配信者と同じ様なシステムで金を稼いでいるというのが時代を感じさせる。


 もっと言うとこっちの方が全然金回りも良さそうじゃないかと感じてしまう。これであれば例の漫画家も左遷ではなく栄転と言えるのではないか



「うわ懐かしいなぁ…これ見てたわ。まだ連載してたんだって作品も結構あるんだなー…スピンオフとかも多いし。これは久しぶりに良い物を見つけたな」



 しかし大我には一つ気がかりなシステムが有った。それは視聴した人数やお気に入りが可視化されているシステムだ。これは配信サイトで言う所の再生数だったり登録者なのだが、今まで見えていなかった情報が目に見えるという事がメリットになるとは限らない


 ネットが発展してきた昨今では情報を手に入れるのが昔に比べて圧倒的に楽だ。過去に経験は無いだろうか?お小遣いで買ったゲームがクソゲーで、それでも買ってしまった手前遊び尽くさねば!という義務感で意地になってクリアした経験が。



 それが現代であれば様々な人達が数字で評価し、どこの誰かも分からない人の感想も見る事が出来る。買う前にレビューだけ見て購入を控えるというのは消費者からすると自衛であり、製作者からすると大きな損失と言えるだろう


 それが漫画でも同じ事が起きたとするなら…視聴回数が増えていく感覚は嬉しく感じるだろうが、視聴回数や感想がいつもより少なかった話を"伸びなかった話"として作者が認識してしまった場合どうなるだろうか?



 今まで自由に書いていた話も過去に伸びた話に寄せていく。すると同じ話の焼き増しだと心無い声だけを意識してしまう事も多くなる。それは作品にとっての死を意味する


 雑誌で連載している際も打ち切りというシステムは存在していたし、それを回避するためにウケる内容を意識するのは当然だ。しかしそれだけの為に書き出してしまっては作者の良い部分までも殺してしまうのではないだろうか…?


 無責任ではあるが自分の好きな作者がノビノビと、今までの作風のまま書き続けてくれる事を読者の俺は祈るしか出来ない…




 その後も多くの漫画アプリサイトで視聴者が教えてくれたオススメや、気になっていた作品をブックマークに入れた大我だが、現在の生活サイクルで読み進められる量では無いと薄々気づいている…こうなってくると誰かのレビューで評判の良い物だけを…と思ってしまうのも頷ける


 普段から自分達の配信を見に来てくれている人達も、限りある時間の中で配信を見に来てくれているんだという事を改めて感じる。いつもはなんとなくで見ていたコメント欄が本当に貴重な宝物にさえ見えた


 全員に恩返しなんかは出来ないけど、せめて皆が飽きるまでは配信を続けてみようと思えた



 するとモソモソと布団の中に潜り込んで来ようとする不届き者を見つけたので絶対侵入させるものか、と全身で布団にくるまり入り口を封鎖した



「やめろよー、百合否定派の人間は入国禁止だぞー。出て行け、この国から出て行けー!」


「兄さん大好き派だから別にいいでしょ」


「・・・・・」



 葛藤の隙に侵入を許してしまった。なんて不甲斐ない国王だろうか

 ただ風呂上がりのいい香りがするイズミのお陰もあってか、この日は女の子が温泉でイチャイチャする夢を見る事が出来た。いつかは湯気になって観賞してみたいものですね。おわり



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