最終的に、俺はドラゴンの少女を抱きしめて
狩り、とは何か。
「ひぎっ!?」
「ごっ、べっ……」
獲物を食事のために仕留め、持ちかえること。その爪と牙で、柔らかな獲物の皮膚を裂き、その体に流れる、熱い血潮を味わうこと。
「あ、ああ……」
「うっ、うそだっ、ろっ!?」
「あ、あっという間に、は、半分っ……!」
「久しぶりだ」
俺は目の前の、俺の二本の愛刀に腹を貫かれ、今まさに絶命しようとしているリザードマンと目を合わせて。
「血のシャワーを浴びるのは」
「あっ、ご、べっ……」
びく、びくと体を震わせ、裂かれた腹から俺に血をびゅーびゅーと浴びせ続けるリザードマン。吸血鬼的に、何ともそそる表情で白目を向いて。
「さて、もうあと半分か」
俺は、血まみれになった顔を、服を、体を、ゆっくりと残った奴らに向ける。自分の血じゃない。全て、返り血。
「どうした? もうかかってくるのをやめたのか」
最初は数を頼みに滅茶苦茶に攻めてきたのだが、途中から様子を伺うように変わり、そうして今は立ち往生。
大半のやつには、既に諦めと恐怖、そして後悔が張り付いていた。
「この檻は俺を殺さなければ解除されないのだろう? ならもう、戦うしかないぞ」
「ば、バケモノ……」
「なんで、お、俺達の攻撃をかわせんだよ……こ、こんな数で攻めてるのに!」
「お前達は直線的なんだ。獣の戦い方というか、最短距離で俺を仕留めようとする攻撃ばかりだ」
実際こいつら動きは悪く無い。これが例えば人間の視点なら、どの猛獣を相手にするより強く、素早く、的確に自分たちを殺しに来る恐ろしい相手だろう。だが……。
「吸血鬼の俺は、お前達の動きを目で追える。反応もできる。だから普通にかわせる」
人間の感覚で語るなら、空手家のパンチを、来ると分かっていれば素人でもかわせたり防御できたりするのと同じだ。まともに喧嘩して勝てない相手でも、逃げることや防ぐことを前提に翻弄はできるのだ。
そして俺は素人でも、ましてや人間でもない。
「なのにお前たちは、かわされた後の『次』がない。俺からすれば獲物が勝手に飛び込んで来てくれるのだ。こんな楽なことはないぞ」
俺は息絶えた目の前のリザードマンから短剣を抜き、その手を裂いた腹に入れる。
ぐちゅぐちゅと、命の温かさを感じさせてくれる柔らかさに癒されて。
「ああ……いい……」
「くっ、くそっ! くそっ! ど、どうすんだよコイツっ!」
「ま、まとめてかかるしかねえだろっ! ど、どんなにかわそうとしてもかわせねえ攻撃をするしかねえっ!」
リザードマン達は俺が油断していると踏んで、一斉に取り囲むよう動いた。俺は構わずはらわたの柔らかさを堪能する。欲を言えば可愛い女の子のお腹をかき回したいが、こういう生命力に溢れたケモノを味わうのも悪くはない。
血は零れ放題、お行儀としては最低の部類だがな。
「お前達、良く鍛えているな。この脈動する心臓なんかもうたまらな……」
「いけえっ!」
「らああああああっ!」
やれやれ、聞いてなかったのか?
獲物が飛び込んで来てくれるのは、楽でしょうがないって言っただろ?
「はっ、れっ!?」
「な、でっ、」
「あ……」
まあ、そのために油断してみせたんだがな。
飛び掛かってきた三人を、まずは同体、首、縦に真っ二つに引き裂いて絶命させる。
「だ、ダメだこいつっ! 俺達より素早っ」
「えっ、あい……どこ……」
「そんっ!? げ、ばっ!」
噴き出す血のカーテンに紛れて、奴らの下から、横から、背後から、首を首を首をポンポンポンと跳ねて。
「ひっ!? やめっ!」
「げぼあっ!?」
「ひっ、ひぎゃあああああああああっ! あ……」
絶望と、悲鳴と、恐怖と、あきらめと。
そんな感情が色とりどりに混ざる血が、次々と宙に舞う。もう口を開けているだけでそれが喉に流れ込んでくる。ごくっ、ごくっ、と、走りながらお行儀悪くそれらをがぶ飲みし、はああ、とゆっくりため息をついて。
「最高だぞ、お前達」
「……ひ、ひへへっ」
「あ、あひゅ、ふへへへへへへ」
何人か正気を失った奴らが体を弛緩させるように膝を折り……っておいおい、血に余計な味を混ぜるな?
「ぽっ」
「ぎゅっ」
「全く、行儀の悪い食べ方はそうするモノじゃないな」
これが可愛い女の子の失禁なら多少は許せるんだがな。
「で、もう終わりか? 残り九人だが」
「ま、待てっ! 待ってくれ!」
「こ、降伏します! い、命だけはっ!」
「ダメだ」
今しがた白旗をあげたリザードマン二人、その目の前にスッと行きさくりと喉を刺す。
「え、げっ」
「あ、ぷ」
「悪いが、お前らがそんな美味い血なのが悪い」
例えるなら、熱い肉汁滴る焼きたての肉をぶら下げられているようなもの。それを我慢しろとか……お前ら残酷だな。
「ああ、いいぞ」
裂いた喉から、びゅーっと噴き出す血を顔に浴びる。贅沢に顔に滴る血をぺろり、ぺろりと舐めて……。
「ん? 君は……失礼、レディーだったか」
二人の内片方は女だった。いやすまない。よく見れば他の奴らと比べてキレイな顔立ちをしていた。リザードマンは胸が膨らまないので気づかなかった。
「ほら、味わわせてくれ。君の命」
「んっ、ぐっ!? おっ!? ぼべっ!」
女の子は首筋に噛みつくと相場が決まってるんだ。
首に、生かすつもりじゃなくて殺すつもりで深くまで牙を刺すと、びゅるる、と元気よく血が溢れていく。当然それは全部飲む。
「んー」
「ぽっ!? こぉっ!? け!? ぺっ……」
痙攣する彼女の脇腹から手を突っ込み、柔らかな心臓を直接にぎにぎ。抱きしめるように背中に回した手も突っ込んで、女の子の一番大事な、命を作るためのそこもにぎにぎ。
溢れる血が、俺が握るたびに勢いを増して体を痙攣させる。うん、最高だ。
「……」
こと切れる瞬間、脳がいかれたか彼女は興奮しまるで愛しい男に抱かれているかのように錯覚していた。中々に可愛い子だ。今更ながら、殺すのは惜しかったかな?
こく、こくと喉を鳴らしてその命を存分に味わう。やがてそれも無くなり……俺は亡骸をぽいと捨てた。
「? どうした? 絶好のチャンスだったろうに、攻めずに棒立ちか?」
「……その手にゃ乗らねえよ」
へっ、と、俺に対して、その男は笑みを浮かべた。
「この血煙……噴き出す血に混ぜて、てめえの血を飛ばして動きを感知してやがったんだな。ったく油断も何もあったもんじゃねえ」
ありゃ? バレたか。
「コイツ殺したら幹部昇進って、大幹部の椅子でも用意してくれなきゃ割に合わねえっての」
「全く。俺達が全力で『見』に回されるなんてな」
「ああ、本当に餌につられて馬鹿な役引き受けちまったぜ」
残った七人、そいつらは俺の派手なパフォーマンスの意図をよく理解していた。俺が誘って殺すことに特化した吸血鬼だと。
まあ、半分くらいは本気で楽しんでたぞ?
「こっからは、さっきのようにはいかねえぜ?」
「らしいな」
こいつらの顔つき。戦う男のソレを見て、俺も本番はここからだと理解する。
「ふ、ふふっ! ど、どうやら形勢はまだまだ互角のようだな! 残っているのはどれも実力を認められた、実質幹部級の奴らばかりだ! 今更命乞いなどしても遅いぞ吸血鬼!」
檻の外では声を引きつらせたトッポリンキーが叫ぶが……どうひいき目に見ても小物感が否めない。
「あんな奴でも幹部なのか? お前たちの方がよっぽど手ごわそうだが」
「幹部になるのは何も腕っぷしだけ評価されるわけじゃねえからな。むしろ腕っぷしだけで幹部になる奴の方が稀だよ」
ああ、まあその通りだな。脳筋ばかり中枢にいたのでは軍も機能しない。
「なら、絶好のチャンスをモノにしてみろ」
「こいつ……へっ! 言いたい放題言いやがって!」
「覚悟しやがれっ!」
ふっと、腰を低くして二人が駆けてくる。これまでとは明らかに質が違う。
「ふっ!」
「おらぁっ!」
二人で交互に爪で攻撃、隙を作らせない動きだ。鋭く速いのは変わらず、けれどそれ以上にこいつらは俺の動きを見ている。
獲物の動きの変化、それに反応してみせる柔軟性。
成程、人間の使う格闘技とは少し違う。これは獣の戦い方の行きつく先。
「いいだろうっ!」
「くっ!?」
「こいっ、ぐはっ!?」
俺は桜銀華で二人の間を薙ぎ、ドラーニャの短剣を、投げつける!
「一人」
「くそっ!? うげっ!」
俺が剣を一つ手放した隙を突こうと手刀の突きを繰り出すもう一人を、ジャンプしながらの回し蹴りで仕留める。
「二人」
「らあっ!」
いつの間にか背後に回っていたそいつには、蹴りの回転を利用し振り向いての斬撃。
「ひべっ!?」
「三人」
「っしゃあっ!」
「空中じゃできてそこまでッ!」
「これでっ!」
三方から突撃してきた三人は、この瞬間に全力で飛び掛かってきた。どうやら、今度こそ隙を突いたと確信したのだろう。ここまでずっと『見』にまわり、ようやく見せた最大のチャンスだと。
「ブルーダラク家我流剣術」
「ッ!?」
「あっ!?」
「ひゅっ」
だが、それは獣の戦い方だ。
空中に逃れた獲物に、急降下しながら爪を立てる鷹と同じ。どんなにその技術が優れていようと、それは、ある一つの大前提を元に成り立つ狩り。
「こい……くう、ちゅ、で……」
「ば、かな……」
「あ……でっ……」
そう、獲物から、反撃が来ないという前提を。
「……マジかよ。空中で、そんな動きができるのかよ」
「吸血鬼は体内の血を操作して戦う。空中で回転する程度は別に問題じゃない」
「そうじゃねえよっ」
血の雨が降りしきる中。
俺と向き合った最後の一人は、口元を引きつらせて言葉を続ける。
「そうじゃねえ、っていうか……くそっ! 今のでさえ、わざと隙を見せたのかよ!」
「お前は、多少武術を理解しているんだな」
そう、獣の戦い方と人間の編み出した武術。そこには決定的な違いがある。
獣は……いや、肉食獣は、そもそも自分より弱い相手しか餌にはしない。だから逃げる草食獣を相手に素早く噛みつく術を見出し、あるいは隠れて近づいたり、パワーで圧倒したりという戦いに特化していった。
対して武術は、最初から敵の反撃を前提にしている。
「言っただろう? お前達からかかってきてくれれば、それが一番楽だと」
所謂フェイントは、獣の世界にはない。
逃げるためにスミを吐いたりえらを広げて意表を突いたり、相手を驚かせ翻弄する技はあれど、相手に食いつかせるための技なんかないのだ。
自分を殺そうとしてくる相手と、駆け引きする技術がない。
「俺達吸血鬼のように人間を相手にしているとな、狩りの仕方も変わってくる」
「……ははっ、マジかよ。てめえみてえなとんでもねえ強さの吸血鬼でさえ、そんな訓練積んでるのかよ」
いや、俺の場合は先生から武術を教わったというのもあるのだが。
「その戦い方は、自分よりつええ奴を想定した動きだろ? そいつに勝つために磨いた技だ。んなもんてめえに必要ねえだろうが! 何でよりにもよってそんな奴と戦わせられてんだよ俺はっ!」
「……同情しようか?」
「いらねえよ畜生っ! やってやらあっ!」
最後の一人は……意外だな。
「ナックルガード……いや、グローブ?」
「確かにてめえの方がつええよっ! だがな、てめえはここまで戦い方を見せまくった! 対して俺は何一つ手の内を見せてねえ! 勝負は、確実に俺の方に分がある!」
目の前の、最後の赤茶けた鱗のリザードマンは、拳を自らの正中線に沿うように縦に並べる。
その手には衝撃を吸収するような手袋、いわゆる『ボクシンググローブ』に近いソレをはめ、けれど構えはどこかクラシックな空手のスタイル。
ずり、ずりと、やはりこれも空手のすり足のように地面に足をつけたままじりじりと近づいて……面白い!
「へっ! 俺達魔王軍だってその人間どもを打ち倒すために進化してんだよ! その技は、てめえだけのモンじゃねえっ!」
怯えつつも、俺に精一杯の虚勢を張りつつも、コイツは俺との力の差を理解したうえで、戦うという選択をした。ごくりと喉を鳴らし、けれど視線は、目の前の敵から一切逸らさずに。
「狩り……とは、そうでなければな」
精一杯勇気を振り絞れ。
知恵を巡らせ活路を見いだせ。
俺は、いや、俺達は脆弱な獲物のそれに、何度翻弄されてきたか、何度驚かされてきたか。
「人間、ではないが……楽しみだ、お前の血を吸うのが」
「抜かせっ!」
すり足から一転、ダッと駆けるように突っ込んでくる!
戦法を変えた!? いや!
「シッ!」
高速のジャブから、足を地面に叩きつけるように踏ん張ってからの……。
「らあっ!」
二連撃!
「ほうっ」
「らああっ!」
近づくまではボクシング。そして、相手にジャブの一撃を繰り出した後は足を踏ん張りスタイルを変える。
ボクサーと空手家を混ぜたようなやつだな。
「いい、拳だっ!」
「せやっ!」
この世界にボクシングも空手もないだろう。だからこいつは双方の利点を理解し、その上で状況に応じて使い分けているのだ。
こういう天然の格闘家なんて、現実世界で人間と戦っていたのでは一生お目にかかれなかったかもな。
「ならっ!」
「ッ!?」
ブン、と剣を大振りして間合いを作る。予想通りこいつはスウェーバックに近い上体逸らしでそれをかわす。本当にボクサーだな。
そしてスウェーバックは上体を逸らすだけで、下半身はそこに残っている。そこから素早い反撃ができる。
さあ……。
「っ!?」
「へっ! 誰が乗るか、よっ!」
俺が攻めさせようと作った隙を、絶好のタイミングでかわしたにも関わらずこいつは攻めずに引き下がった。今度は、ステップバック!
「っ!」
引き際に、駄賃だといわんばかりに俺の手首めがけてジャブを飛ばす。かわす……こともできたが、ここは誘いに乗ってやる!
「ぐっ!?」
「へ、へへっ! どうやらまだっ、勝負は分からねえみたいだなっ!」
カシャン、と俺の愛刀桜銀華が地面に落ちる。こっちは演技じゃなく衝撃に耐えきれず落としてしまったわけだが。
だがこれで……。
「い、いいぞおっ! やれっ! やってしまっ!?」
そうしてトッポリンキーのヤジにも似た声が響き……!?
「きゃっ!?」
「な、何だこいつっ!? 竜種!?」
「ドラーニャ!」
このタイミングで……防ぐのか!
隙を突いたように上空から高速で飛来した彼女は、見えない壁に阻まれ押し返される!
「カイ君っ! 待ってて! 今そこから出して」
「ドラーニャ! 魔法封じの宝玉を狙ってくれ! 右手に一つだけ持っている玉だ!」
「!」
ずっと上空で飛び込むタイミングを計っていたのだろう。俺の方を向き完全に意識を逸らしていたトッポリンキーは、だが、それでもドラーニャの……ドラゴンの突進を防ぐ!
「あ、危ない危ない! この空間閉鎖の宝玉は、使用者に迫る攻撃も簡易障壁で防御する! 範囲も強度も心もとないとはいえ、お前ひとりを防ぐのなど」
「くっ、ああああああああああっ!?」
「っ! ひぃっ!?」
造作もない、なんて、言うつもりだったんだろうが。
ドラーニャの爪は、強引にその壁を引き裂いていた!
「ま、マジかよ……竜種までいやがるのか、てめえの陣営には」
「ああ、俺の愛しい少女だ」
「ちょっ!? カイ君!?」
おっと、引き裂く手を止めてしまった。
「ドラーニャ、そっちは、任せてもいいか?」
「っ! うん! 大丈夫! カイ君こそ大丈夫なの!? その子、かなり強いよ!」
ドラーニャは頼もしく答えながら、その圧倒的な力で簡易障壁を引き裂いて。
「問題ない。楽しくなってきたところだ」
「へ、へへっ、俺はちいとも楽しくねえよっ!」
「嘘をつけ」
こんな危機に、ドラーニャも加わってますますピンチなこの状況で……。
「お前のようなやつと、やるのは楽しい」
目の前のこのリザードマンは、笑っていた。
「だから狩りは、やめられない」
俺達吸血鬼にとってのソレは、大半は自分達より弱く脆弱な人間を仕留めることを指す。その血の味には満足しているし、人間のあげる悲鳴もまた心地よい。
けれど……ふとした拍子にもっと、上モノが欲しくなる。
そう、コイツのように、心から、勇気と闘志に沸き立つ相手を。
「名を、聞いていなかったな」
「……ドリガドル、だ。吸血鬼、てめえは?」
「カイ・ブルーダラク。ブルーダラク家の、現当主だ」
「なっ!?」
俺の名に驚いたように目を見開くそいつは、けれどそれ以上の詮索をせず、すぐに再び拳を構えて。
「道理でつええ訳だ。いいぜ、やってやらあっ!」
ほらな。待ちきれなくて、飛び出してきた!
「シイィッ!」
「何度も、くれてやるかっ!」
俺もさっきまでとは違い、最小限の動きでかわす!
獲物を誘うなんてまどろっこしいことはしない! どうせ、コイツは慎重になって食いつかないからな!
だったらもう、隠さなくていいなっ!
「はあっ!」
「っ!?」
コイツは、ドリガドルは、自分と同じように腰を据えた拳打に驚く。先に驚いたのは俺なんだがな。
「奇しくも似たような型だな。この世界で使うのは二度目だ」
正拳突き。
俺の先生が教えてくれた、空手の技。腰を据え、体をひねり、体重を乗せた強烈な一撃!
「行くぞ!」
「はっ! おもしれえっ!」
そこからは、拳の応酬っ!
俺は桜銀華を拾うことはせず、拳に、拳をもって応える!
「ぐっ!?」
「どうした! そろそろ動きが見えてきたぞ!」
コイツの攻撃パターンはおおむね把握した。そしてその上で、拳を殴る!
「て、めえっ!? グローブの上から!?」
「さっき殴らせた分だ」
奴の左手のグローブが裂け、そこから金属の重しが飛び出る。グローブの下にナックルダスターのように握っていたのだ。
隠し武器に近いな。恐らく拳打の威力をあげ、同時に武器攻撃を防御するためだろう。
「最初からっ!? 俺のグローブの中身を図るために殴らせてっ!」
「それくらい我慢しないと、お前にはもっと手痛くやられそうだったんでな」
仕込んだ武器の形、硬さが分かれば適切に殴り返して打ち壊せる。残った右の拳が飛んでくるも、それをカウンター気味に頭突きで相殺っ!
「ぐっ!? げっ!」
「これでっ!?」
両手を封じて俺が仕留めようと動きかけ……ギリギリで止まるとそこを薙ぐ尻尾!
「くっ、くそっ! ち、ちく、しょうっ……」
「大したものだな」
成程、コイツの戦いは尻尾が地面についていることがキモなのだ。
すり足のように地面に常に擦り付け、攻撃や防御、回避に力強く素早く反応する。今のはそれら全ての利点を捨てての緊急回避。こればかりは人間の空手じゃ真似できないな。
やれやれ、タネを暴いてなお仕留めそこなうとは。
「……殺すのはいささか惜しい。どうだ? 降伏すればお前の命は」
「はっ! なめんじゃねえよっ!」
俺の言葉を遮り、赤茶色のリザードマンが吠える。
「俺は魔王軍、幹部候補のドリガドルだ! 殺されそうだからって、敵に助けてくださいって尻尾振るようなクズじゃねえっ!」
威勢よく、けれど構えた拳は震えながら、このリザードマン、ドリガドルは俺に鋭い目を向けてくる。拳はさっきの余波で骨がいくつか折れている。こいつほどになれば拳で対話もできるだろう。俺との戦力差も、俺がまだ本気を出していないという事も理解している。
理解してなお、吠えるか。
「勿体ないな」
……こういう時だけは、少しだけ躊躇する。
狩り、とは、自らの都合で行う戦い。
食いたいモノを食うために襲う。排除したいモノを排除するために殺す。そこに是も非もない。ミルキ・ヘーラが何度も言うような優しさなど、ここにはないのだ。
だが、そう……殺したくない相手を、殺さなければならない時。
そこには、少しだけ……。
「やあああああっ!」
「くっ!? くそうっ! こ、こんなはずではっ! ま、魔王様より賜りしこの宝玉が、こんな竜一匹にっ!」
檻の外ではドラーニャがトッポリンキーを追い詰めていた。何度も空中に張られる簡易障壁を、彼女がその爪で紙のように引き裂いていく。
「もう無駄ですっ! その壁にも慣れました! 大人しくその宝玉をっ」
「くっ! ははっ! 魔王軍に敗北など無い! 吸血鬼! 我らの勝ちだ! 貴様には……一生そこで過ごしてもらおうっ!」
トッポリンキーはもはや現実から目を逸らすように、血走った目でそう叫んで……。
「っ!? 待てドラーニャっ!」
「えっ」
俺の叫びに、一瞬びくりと動きを止めたドラゴンの少女。その目の前を、まばゆい光が包み……。
「きゃああっ!?」
その光が、ドラーニャを弾き飛ばす!
「なっ!? あいつ何を、くっ!」
「えっ、と、トッポリンキー、さま……うごあっ!?」
眩い光は、衝撃波となって広がる。外からの衝撃は伝わるこの檻の中にも、その余波が届いて。
「ぐっ!? や、奴は何をした? この衝撃波は」
「……宝玉を、割ったんだ」
衝撃波自体は、それほど大きいモノではなかった。俺は踏ん張って耐え、体勢を崩したドリガドルもすぐに冷静な口調で語り……。
「マジ、かよ……ちくしょう」
「?」
何故か彼は荒野の地面に膝をついたまま、悔しそうにその砂を握りつぶす。
「!? カイ君っ! さっきの人、いなくなってるっ!」
「……まさかアイツ」
「敵前逃亡……しやがった」
衝撃波からすぐ飛んで戻ってきたドラーニャが叫ぶ。奴の姿、気配はもうどこにもない。さっきの衝撃波で死んだ、とも流石に思えん。
「あ、の、やろう……空間閉鎖の宝玉を解除せずに、に、逃げやがった!」
「……成程。奴は俺を閉じ込めるために、お前を見殺しにしたのか」
いや、正確にはそれだけではないだろう。
檻の外、四十メートル近く巨大化したミルキ・ヘーラの方を見る。大勢は決した雰囲気だが、それでも一部は抵抗の気配を見せている。
トッポリンキーは、そんな今も戦う部下達を放って逃げたのだ。
「カイ君っ! 待ってて! 私がそんな檻」
「よせ!」
叫んだ、のは、俺じゃない。
まだ膝をついたままの、リザードマン。
「この檻は竜の膂力だって引き裂けねえ! この世の、何人たりとも外に出すことはねえんだ……極大魔法を中から数発放ってようやく壊せるようなシロモンだ」
「なっ!?」
檻の前で、少女は羽ばたきながら目を見開く。正直俺にはよく分からないが、それがどういう事かを理解したドラーニャは、徐々に青ざめていき……。
「分かるだろ? もう出られねえよ。極大魔法をこんな狭いところでぶっぱなしゃあ撃った奴もタダじゃ済まねえ。事実上、この檻から出るにはあの宝玉で解除するしかなかったんだ」
「だ、だったらっ! 私がさっきの人を探してきて」
「無理だ、っていうか、手遅れだ。たぶん距離が離れてもう宝玉との繋がりも断たれてる。繋がりが断たれりゃ、宝玉を持ってきたって解除はできねえ」
「っ!? そ、そんなっ!?」
二人の反応から……どうやら絶体絶命の状況というのは、伝わってきた。
「殺せよ、吸血鬼」
「え?」
「俺の血が飲みたかったんだろ? 最後に味わわせてやるよ」
ドリガドルは、俺に吠えた勢いは何処へやら。完全に戦意を喪失したように、うなだれて。
「一足先にあの世で待っててやる」
「……随分と潔い事だな」
「へっ……最後に、俺みたいな奴でも誇りってもんを持って戦えるかと思ったんだがな」
そう言って、膝を崩しぺたりと地面に座り込む。
「最後の最後で、無駄になっちまった」
「……俺達の所へ来ないか?」
「へ?」
「ここから出れたらの話、だが」
俺は、目の前のリザードマンに、告げる。
「魔王軍の指揮官はこの戦いを放棄した。もう、俺はお前の敵じゃない。敵に命欲しさに尻尾を振ることにはならんぞ」
「ははっ、全く、おもしれえ事言いやがる」
ドリガドルはため息をつきつつ、それでも……。
「……いいぜ、出れたら考えてやる」
そう言って、笑うのだ。
……笑って、くれたのだ。
「その言葉、忘れるなよ」
狩り、とは、一方的な行為だ。
反撃されることを考慮しようがしなかろうが、自分達の都合で、その命を、平穏を、踏みにじっていくことには変わりはない。
殺したくない相手がいたからといって、その拳を止めることは、本来はできない。殴りかかっておいて生かしてやるというのは、そんな身勝手な真似は……。
俺のやっていたことは、魔王軍と、大差なかったのだ。
「さて」
それでも……わがままを言っていいのなら。
例えば俺は、現実世界であの大妖怪を殺したくはなかった。
彼を慕って出てきた娘を、殺したくはなかった。
殺すしかなかった。かつては。
「この檻を破る方法、か」
でも、今はそうではない。
俺は、力で支配していく方法とは別のモノを、今手にしている。俺の仲間が、それを教えてくれた。
だから、俺はわがままを言う。
「カイ君」
「? ドラーニャ」
「私、ね。カイ君の事、好きだよ」
「!」
この状況をどうしようかと考え始めたそんな時。
突然、目の前のドラゴンの少女は笑顔でそう告げた。
「強くてカッコよくて……私に言葉を向ける度、私の胸が、だんだん、だんだん、熱を帯びてくのが自分でもわかった。寝ているカイ君を眺めている時間は、不思議と心が落ち着いてた。妹さんとティキュラちゃんに抱きつかれてるのを見て、正直、心の奥がチクチクするって、もう気づいてた」
赤毛が、荒野の風に揺れる。その頬をほんのりと染めた笑みが、俺の心にも熱を伝えてくる。
「あなたが、好き。でもね」
けれど彼女は……もう何度目かも分からない、困った笑みを浮かべて。
「あなたの気持ちには、応えられない」
「……相思相愛になった、と喜ばせておきながら、あんまりなセリフだ」
「あはは、ゴメン。こればっかりは、やっぱり駄目みたい」
彼女の、秘密。
それは正体がドラゴンという事ではなかったのか? 何故、そんな告白までして、俺を拒むのか。
「だから、代わりにね」
「っ! おいよせっ」
「最後まで、一緒にいてあげる」
彼女はドリガドルに制止される前に。
この、出られない檻の中に一歩踏み込んできた。
「……ドラー、ニャ、お前」
「ほらっ! 私のドラゴンの力とカイ君の吸血鬼の力を合わせれば何とかなるかもしれないし! 諦めずに頑張れば何とか」
彼女はその空気を払しょくするかのように、明るい声をあげる。その決断を、何でもないことのように。
何でもないこと、なわけがあるか。
「抱きしめて、いいか?」
「っ!?」
この少女は、ドラゴンの巨大な翼を持つ、けれど俺を見上げて話す赤毛の少女は。
自らの運命を、檻の中の俺と共にする道を選んだのだ。
「だ、だだだからっ! そ、それはダメだって言ったじゃないですかっ!」
「こ、ここまでするのにソレはダメなのか?」
「あ、いやその……だからそれは」
一体何が彼女を止めているのかは分からないが、俺に抱き着かれるのはダメらしい。ともすれば命を捨てるような覚悟を見せて、それでもダメと言われて……ううん、男としてはちょっと傷つく。
まあ引き下がるわけはないのだが。
「決めた。この檻から出れたら、君を抱きしめる」
「えっ」
「文句は聞かない」
ただ一言、俺も、絶対に譲らないと決めたことを告げて。
「聞かないからな」
本気の眼で、彼女を見据えて。
その赤く染まった頬が、ふわりと浮いた髪が、その瞳がじわっと潤むのを、見つめて。
「……う、うん」
強引だが、彼女にうんと言わせた。
「見せつけてくれんな、吸血鬼」
この一連の流れで、感心したような呆れたような、そんな複雑な顔をしたリザードマンが呟く。
「で、いちゃつくのはいいが本気でこいつをぶっ壊してえなら、何とか極大魔法で傷をつけていくしかねえ。そこを三人がかりで殴り続けりゃ、あるいは」
「いや、もう方法は思いついてる」
「え?」
俺はすたすたと一人壁の方まで歩いていき、そっと、その壁に手を触れて。
パアン、と。
「なっ!? ちょっ、ええええええっ!?」
「う、ウソっ!? あ、あれっ!? えっ!?」
「……思ったよりも簡単だったな」
ちょっと拍子抜けだな。俺が触れただけで、俺達を閉じ込めていた檻はいとも簡単に光の粒となって消えた。
魔法無効化。こいつにかかれば魔法で作られたものは大抵どうにかなるからな。
「え、や、いや、え?」
「う、そ?」
「二人とも、約束は忘れていないだろうな」
俺が振り返ると、ドリガドルは目をぱちくりして、ドラーニャは、再びかああっと頬を染めて。
「あ、い、いや……どうやったんだよ吸血鬼。こんなの、大魔法使いでも気軽には」
「俺はその逆だ。魔法なんて一切使えない。だからこそ、コイツをどうにかできた」
「……ははっ、すげえや。大したもんだぜ、大将」
苦笑いしつつも、それでも俺を大将と呼んで。ドリガドルは笑みを浮かべた。
「あっ、い、いやそのっ! ダメですよっ!? や、やっぱりそんなのは、あっ!」
この期に及んで発言をなかったことにしようとする悪いドラゴンには、目の前までいってその華奢な体を、抱きしめてやる。
返り血まみれの、残虐な吸血鬼の体で。
「あっ! だ、めっ! か、カイ君っ、わ、わたっ」
「聞かないと、言わなかったか?」
柔らかい。見た目通り少女の体の柔らかさで、ドクンッ、ドクンと力強い心音を響かせる、ドラゴンの少女。
その震える体を、ゆっくり、じっくり堪能して抱きしめる。
「少なくとも君は、俺と運命を共にする覚悟すらして、あの檻をまたいだ」
そんな姿を見せられて、どうしてじっとしていられる? どうして我慢できる?
「そうまでして俺に会いに来てくれた女の子を、どうして抱きしめちゃいけない?」
「っ!」
「俺も君が好きだ、ドラーニャ」
抱きしめるうち、なすがままだった彼女は、その震えを徐々に止めて、その武骨な手を、羽を、俺を包むように回して。
「……う、んっ!」
愛の告白には、少々淡白で、言葉足らずで。
けれどその熱は、心臓の鼓動は、あまりにも大きくて。
互いが互いを小さく抱きしめながら、荒野の空の下、俺達は互いの心を抱きしめた相手に伝えあう。
風が、檻の中に閉じ込められていた血を、命を、空に返していく。
再び世界が、檻の外と繋がっていく。
こうしてあの森から続いた戦いは、静かな決着をみるのだった。
<現在の勢力状況>
部下:古ゴート族82名、レッサーオーク51名、ギガントオーク67名、ワーウルフ21名、ワーダイル60名
従者:ベーオウ
同盟:大魔王ガルーヴェン
従属:なし
備考:第七悪魔商会と契約中
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