野望は生きる者のために
『ガアアアアアアアアッ!?』
『一体、これは……』
目の前の、豹変してしまった赤褐色の巨人と俺は向き合って。
「気を付けい、奴はもう常世のモノではない。黄泉に足を突っ込みながら、ここにしがみつくだけのモノ」
俺の手に握られた剣は、その赤と緑の眼をもってそう評す。
「もはやモンスターとも言えぬ、バケモノよ」
瞳に映した、肉体から煙をあげて立ち上がった男に対して。
『い、くぜ……』
『っ!?』
ぐっと腰を沈ませ、力を溜める。こ、れは……マズイっ!
『ガアアアアッ!』
『ぐうっ!?』
まるで大岩を叩きつけられたよう。咄嗟に剣でガードするも、全身に響く衝撃に俺の体は軽々と吹き飛ばされる。
コイツ……どこにまだこんな力がっ!
『くっ! はっ!』
俺は地面に自らの体を叩きつけ、跳ねた勢いを剣を地に突き立て殺す。剣はいともたやすく地を切り裂き、かなりの距離を使ってようやく止まる。
「ほう、うまい体の使い方だ。衝撃を完全に殺したか」
『逆だっ……殺す程度にしか、受けられなかった!』
本来ならその勢いを『利用』し剣で反撃するつもりだった。だが、そうする余裕はなかった。体調が万全でないというだけではない。その力が……あまりに大きすぎたから!
『もう、何度も受けられんっ』
はあ、はあと俺は息を切らせる。さっきの戦いで正直力を使い果たしている。今立っていられるのは、俺の気力以上にこの剣が……手に握ったコイツが、俺に力を与えてくれているから。
『……交差する瞬間、すり抜けざまに首を跳ねるっ!』
「ふん、モノを考える頭も、心の蔵も、もはや奴の弱点ではない」
『っ!?』
「奴の内で猛る魔力は、奴の肉体を餌に活力を与えておる。首を跳ねても奴は止まらぬ。その魔力が、敵対したお前を潰すまで体を動かし続ける」
その剣の言葉に思わず声をあげてしまう。首を跳ねても止まらぬ、だと!?
「その目は『見えるモノから見えぬモノを見る力』であろう。それでよく、奴を見ろ」
『な!? お前……鬼の眼の力を、知って』
「ふん」
『ガアアアアアッ!』
俺とこの剣の会話を遮るように、再び、あのオークが突っ込んでくる。
『くっ!』
「反撃などいらん。奴の力、地に完璧に流しきってみせよ」
『簡単にっ、言ってくれっ!?』
凄まじい膂力の突進。俺は、それをこいつの言葉通り剣で受け止め、地に流す!
ガアンっと、おおよそ受け止めたとは思えぬ轟音を響かせ大地を削り!
『ぐっ!? うぐうううううっ!』
「良く止めた。この距離なら、お前にも見えるだろう」
俺は至近距離でうなるオークに鬼の眼を向ける。その猛る顔は、体は、確かに……。
『中が、腐って、膨らんでいる!? ぐうっ!』
「あの宝玉とやらの力だ。こやつの命を維持するためのモノを、全て今この瞬間、戦いに費やしておる。この戦いに勝とうが負けようが、こやつは死ぬ」
「っ!」
そうか……こいつは文字通り、死力を尽くして戦っているという事か。
その先、生きることすら捨てて。ただただ目の前の敵と戦うためだけに。そいつを打ち倒すためだけに。それが、この強さの理由。この凄まじい……大地の力を借りても押し返せないほどの、力の理由!
俺も、それだけのモノを賭ければ……。
「全く、くだらぬ力よ」
『……えっ』
「お前も同じ道を選ぶというのなら、我の見込み違いだったという事だ」
なおも力をかけ続けるオークを地面を盾に抑えながら、俺はその声を聞く。
「覚悟とは、何だ、小僧」
『くっ! かく、ご、だとっ……!?』
「そうだ。お前の覚悟とは、今この場で死ぬ事か? この醜く成り果てた肉塊と殴り合ってここで果てることが、お前のいう覚悟か?」
オークと俺の間に挟まる剣は、その瞳を俺に向けながら、語る。
「こやつはそれを望んだわけではない。お前を打ち倒し、その名を轟かせることが望みだった。それは、その望みの先に、さらなる野望を秘めていたからにほかならん」
力は、徐々に均衡を崩す。地面が割れ、俺は自分の体と固定した足元から、ずり、ずりと押され始めて。
「今こうなっているのはこやつの意志ではない。あの宝玉を使う男に無理やりそうさせられたに過ぎん。こやつには選択肢などなかった。だが……貴様にはある」
『お、れにっ……は、ある?』
「そうだ。お前の望みは、我を掴み暴れることではないだろう? 我を使い、欲しいモノをその手に掴むためではなかったのか?」
『ッ!』
そう……そうだ!
俺は確かに、ここで敗北するわけにはいかない。だがそれは……コイツに勝つためじゃあないんだ。
勝った先で……。
『コニオラを……失った全てを、取り戻すためっ!』
「ふん、相変わらず奥手な奴だ。失ったものを取り戻すだと? それ以上をこの手は望んでおるぞ? 手を出せなかった女をかき抱き、暴き、自分のモノに染め上げたくて震えておるではないか」
『おまッ!? ぐおっ!』
思わず動揺しかけてガリガリと力押しされる。こ、こいつっ! 何でそれをっ!?
「お前の手は正直だ。この手が、我にお前の生きざまを語ってくれておる。臆病なお前の心と違って、これまで様々な困難を打ち砕いてきたこの手は、今……勝利の先を欲しておるわ」
『ッ!』
その言葉に……その、俺の心を見透かしピタリと言い当てた言葉に……。
俺は、再び手に力を込める!
『う、ぐっ、ああああああああっ!』
『グオオっ!?』
ああそうだ……そうだとも!
俺はコニオラを取り戻し、その体を抱きしめ、押し倒し、滅茶苦茶にしながら自分のモノにしてやりたい! 今まで言葉にできなかったこの想いを、心を! ありったけ叫びながら!
『ああああああああああああああっ!』
地を盾に、俺の足とそこを固定しながら、俺は耐えるだけでなく、利用するだけでなく、己に残った『気力』という力を。
『思い』という力を、ありったけ込めて押し返す!
「そうだ、それでいい。ためらう必要などない」
『ぐあああああああああっ!』
『ウ、グ、アっ!? アガアああっ!?』
「生きよ。それでこの勝負は、貴様の勝ちだ」
その言葉に呼応するように、俺の手に、体に、心に、みなぎった力で。
俺は……目の前の赤褐色の巨人を、ふっ飛ばす!
『らああああああああああああああああっ!』
剣を振りぬき、その巨体を、力で押し返して!
オークはまさか自分が押し返されると思っていなかったのか、その顔に、酷く動揺の色を露わに……。
『ッ!? お、まえ……』
「限界のようだな」
しゅううう、と音と共に煙をあげ、赤褐色の巨人は動きを止めて。
『お、れは……勝ちた、かったっ』
『っ!』
『お、おめえ、に、かってっ! お、おれたち、オー、ク、の、つよさを、し、しめ、して……』
震えながら、恐らくコイツ自身も……自分の最後を悟りながら。
『お、れは、ま、まおうぐ、ん、のっ、つ、つかいっぱしり、なんかじゃ、ねえっ! じ、じぶんで、く、くにを、たててっ……そこを、お、おれたち、きらわれ、ものの、おーく、の、らく、えん、にぃ……』
震える声で、その男は……その目から、涙をこぼして。
『かちた、かった……っ! お、めえに、勝って! さ、最強の、お、オークの称号でっ! 最高の、お、おんなをっ、手にっ! お、おれはっ! お、俺達の世界の、だ、第一歩をっ! お、俺の、俺達の、野望をっ!』
心の内をありったけ叫び、そして、それを糧に体を動かそうと必死になって。
『俺達の、み、未来をっ! つ、掴みたっ、かったぁっ!』
その手は……もう、何を掴むこともできない手が、俺へと伸ばされる。
『てめえをっ、ぶ、ぶったお! してっ!』
『……お前の』
その手を、何も掴むことのできないはずの手を……。
俺が、掴む。
『お前の野望を認めるわけにはいかないが』
コイツ今の話で、さらりとコニオラを自分のモノにするつもりだったからな。
悪いがそれは……俺のだ。
『お前の今の言葉は、いつか俺が他のオークに、伝えてやる。お前が成し得なかった野望を、いつか他の誰かが、引き継げるように』
その手から、熱が伝わる。
それは、このオークの最後の命。
コイツの、心から焦がれ、そしてついぞ叶わなかった野望という熱。
『最強の鬼と戦った、最強のオークが、最後に残した言葉を……この熱を、伝えてやる』
『……へ、へへ……やっぱり、そうだ……』
そうしてこいつは荒野の青空の下、最後に、笑った。
『きょうは……いい、ひ、だ……』
それが……この戦いの、決着だった。
赤褐色の巨人は、全ての動きを、止めた。
『……ぐ、うっ!』
その直後。
俺の膝は、勝手に崩れていく。
『あ、はっ、あっ!』
「お前も限界のようだな」
手から伝わる声に、どうやらその通りだと納得する以外になかった。剣を大地に突き刺し、何とか倒れることだけは防いで。
『ま、だっ! こ、コニオラ……』
「……どうやらそれは」
『ふむ、実験は成功か』
『っ!?』
突如。
ぞわりと、まるで背中から巨大な剣で貫かれたかのように、プレッシャーが襲う。
言葉を聞くまで、気配すら悟らせなかったその男が。
『き、さまっ!? だ、い、かん、ぶっ!』
『ふうむ、ここまでユーニオング相手に健闘するとは思ってもみなかった。いや見事。が、逆にこれは失敗か? この強さがタイラントオークのモノなのか、それとも彼自身の心の強さだったのか……これでは分からない』
その鋭すぎる、強烈すぎる殺気とは裏腹に、この男は涼しい顔をして赤褐色の巨人を見上げていた。
『何にせよ成果は上々。我らの勝ちだ』
『ッ!? な、にっ!?』
『私が離れている間に、いつの間にかルール無用の戦いになっていたようだね。君も武器を持っているし、少なくとも一人で戦ったわけではない。だからこの戦いは、我らの勝ちだ』
『ふ、ふざっ!? ふざけるなっ! こ、コニオラはっ! お前たちには渡さないっ!』
『その体で……私とも戦うと?』
男は……確かカーウというこの男は、ふふと薄く笑みを浮かべて。
『残念ながら私には戦う理由はない。このまま君の恋人を持ち帰り、彼女とゆっくりティータイムを過ごすとするさ』
『きさっ! まあああああああっ!』
がくがくと、一度崩れた膝を再び立てるのは容易ではなかった。
だが、俺は気力を振り絞り、そうして立ち上がっ……。
『ご、おっ?』
『安心したまえ。私は彼女に興味はないし、あの綺麗な子をオークの巣に放り込むのも忍びない。しばらくは、大事に飼う事にしよう』
腹に入れられた拳は……大して力を入れずに放ったような拳に、俺は胃の中を全部ぶちまけさせられて。
『ぐ、げ、あっ……』
『それではまた会おう、ユーニオング君』
そうして、俺が今度こそ倒れ伏す間に、奴はこの荒野から姿を消した。
そして恐らく、コニオラも……。
『ふ、ざけ! お、れは、お、れはああああぁっ!』
「今はしばし、眠るがよい」
「ッ!?」
必死に立ち上がろうとする俺に、静かに、そんな声が届く。
「言ったであろう。貴様には、選択肢があると」
『な、にっ……おまえ! な、にを……』
薄れゆく意識の中、必死に、手放したくないと。またあの別れを味わいたくないと、必死に身をよじる。
いやだ……嫌だっ! もう、あ、あんな……思いはっ!
だがもう……俺の、からだ、は……。
「再び我を手に取り奴の前に立つ。その覚悟があるなら、今は眠れ」
『っ! こ、コニオラっ……あっ……そ、んな……』
「生きろ。それがお前が望みを叶えることができる、唯一の道だ」
そう聞こえたのが最後で。
俺は、涙と土に汚れながら、意識が消える瞬間まで地面をズリズリと這うように足掻いて。
それでもなお力の至らぬことを知り……深い深い眠りへと、落ちていくのだった。
<現在の勢力状況>
部下:古ゴート族82名、レッサーオーク51名、ギガントオーク67名、ワーウルフ21名、ワーダイル60名
従者:ベーオウ
同盟:大魔王ガルーヴェン
従属:なし
備考:第七悪魔商会と契約中
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