↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/96

大きな勝利と小さな敗北(前編)



「ふん、頭目のいない間に拠点攻撃か。楽な仕事だ」

 荒野にポツンとそびえるその塔を眺め、俺は笑みを浮かべる。荒野の一角、そこに部下のリザードマン達と共に陣を構えて。

「こんな雑務でも報告のためにわざわざ来たわけだ、ご苦労な事」

「いえいえ、これも仕事ですから」

 皮肉を込めて投げた言葉も、俺の隣に立つ女は涼しい顔をして受け流す。


 第四悪魔商会から派遣されたというこの小娘。長い黒髪と人間らしい柔らかな肌。我らモンスターのようには見えないが、纏う雰囲気だけは相応のモノを持っている。背中に差している大剣も、並の筋力では扱えまい。

 名目では魔王軍を支援するため、とのことだが……恐らく狙いは我らの軍の視察だ。こんな弱小勢力相手の共闘で軍事機密を覗かれるのは少々癪だが、致し方あるまい。

 魔王軍は、裏で第四悪魔商会と手を組んだのだ。


「ですが油断は禁物ですよ。吸血鬼は今出ているので心配ありませんが、当然拠点には兵が残っています」

「ふん! たかが知れている。ガルーヴェンの勢力が駆けつける様子もない、兵は多く見積もっても数百。それで油断するなという方が無理な話だ」

 生意気にも意見する小娘にそう返すが、別に手を抜いているわけではない。

 現に幹部候補がここで二人も討たれている。弱小勢力なりに兵は精強なのだろう。恐らく討たれた二人は油断して前線に出て、敵の上位クラスに打ち取られたのだ。


「俺は失敗した奴らとは違う。オークどもを小出しになどせん。一気に突撃させて片を付ける!」

 尻尾を地面に叩きつけ、それで小娘を黙らせると俺は全軍に指示を飛ばす。

「オークどもを、全員突撃させろ!」

 総勢二万を超えるオークの軍勢で、奴らを一気に押しつぶしてやる!

「前線には、向かわれないのですか?」

「こんなケチな相手にわざわざ俺が出るまでもない」

 どかりと、用意させた椅子に腰かけながら、荒野の先にあるあの塔を睨む。


 あの塔……噂では突然荒野に現れたという。

 あれほどの規模の建造物となると多少なりとも事前の兆候や痕跡を察知できるものだが、魔王軍の情報網をもってしても手掛かりがつかめなかった。

 一時は人間どもの機密施設かと警戒されたが、結局のところ今も正体は不明のまま。一匹の吸血鬼があの塔でふんぞり返っている。分かっているのはそれだけだ。


「しばらく待てば陥落の報が届くだろう。見せしめに元魔王軍の脱走オークどもを処刑し、女どもは我らのオークの巣に放り込む。いつもの楽な仕事だ」

 だがそれも今日までだ。

 この攻撃で奴らの拠点は壊滅。あとは人質を取り吸血鬼を打ち取れば、我らの勝利で全てが終わる。抵抗するなら見せしめに何匹か殺してやろう。

 俺はそうして、荒野の青空を眺めて……。


「ほ、報告っ! 敵の防御に阻まれ、我が軍が劣勢!」

「……何?」

 そうして舞い込んだ第一報は……けれど予想していたモノではなかった。

「どうなっている?」

「そ、それが……奴ら、お、思ったより手ごわく」

 答えになっていない答えを返す部下に舌打ちし、荒野の塔を見上げる。

 何だ、何が起きた?


「どうやら、確認しに行く必要がありそうですね」

 何故か嬉しそうに頬をほころばせる女に、仕方ないかとため息をつく。

 そうして俺は戦況を窺(うかが)うため腰をあげた。


――


「……なんだ、これは」

 前線近くに築いた高台から、戦場の様子を眺めて……。

「や、奴らはその、すばしっこく! その……武器を使って!」

「あれ『テルショーネ』ですね」

 歯切れ悪く語る部下と違って、第四悪魔商会の女はさらりと戦況を見て告げる。

「最新式……ではないかな? 連射のきかない旧式のやつ。あんなのどっから調達したんだろう」

「人間どもの使う『銃(じゅう)杖(じょう)』だったか」


 銃杖テルショーネ……魔法で弾を生成、超高速で射出する杖だ。

 あれは調整用の宝石を通すことで流れる魔力を一律にする。そうすることで細かい操作を省き、魔力があれば誰でも使用可能となる武器だ。貫通力はすさまじく、人間どもがオークの壁を突破するために生み出したという兵器。


「あ、あの古ゴート族達! 何度も攻めるように前に出てきてはテルショーネを撃ち放って、それですぐに引いていくんです!」

 見れば、古ゴート族は軽快な足取りで荒野を駆け、オーク達に肉薄する距離でテルショーネを放っている。確かにテルショーネは先端に刃がついているが……あれはあくまで近づかれた時の自衛用だ。

 ふん、使い方を知らぬ獣が。


「あー……何というか、面白いこと考えますね」

「呑気な事を言ってる場合か」

 テルショーネは貫通力が高く、群れを成して突撃するオークには確かに相性がいい。

 だが人間どもがそんな浅知恵で生み出した戦法、魔王軍はとっくに攻略済みだ。


「岩石魔法の土壁を張れ! あれなら奴らの攻撃を防ぎつつ、オークを前進させられる!」

 そう、岩石魔法で地面を盛り上げ、それを波打たせるようにゆっくり前進させる。オーク達を土の壁で守りながら、奴らに近づく最高の手段。

「魔法部隊を前に! 土壁を張れいっ!」

「はっ!」

 すぐさま指示が届き、前線にオークの身の丈ほどの土壁が現れ……。


「ふん、これで奴らも」

「どうでしょうね」

「……何?」

 俺がそうして勝利を確信した時、横からそんな声が。

「これ、ちょっとマズいかもしれませんよ」

「何を馬鹿な。これは人間どもにも通用した必勝法だろう。やつらが破るなど……」

 ふざけたことを抜かす女を一蹴……したところで、俺は戦場の異変に気付く。


「っしゃああああああ!」

「いけえええええっ!」

「突撃…だと? 馬鹿どもめ。というか何だあの小さなオークは」

「子オーク、じゃなくて、アレはレッサーオークかな? ああ、だからか」

 古ゴート族の背に、小さなオークどもが乗っている。レッサーオークだと? それがまるで騎馬兵のように土壁に向かって突っ込んできて……。


「なっ!?」

「あ、あいつら壁の上に!?」


 そう、強靭な盾となる土壁に、奴らはひょいと飛び乗って。


「ってえええええええええっ!」

「がああああっ!?」

「ぎゃああああああっ!?」

 テルショーネが……土壁を無視して火を噴いた!


「ッ!? ば、バカなっ!?」

「テルショーネは遠距離武器。だから、それを防ぐ土壁は最も有効な対処法だった」

 戦場が大混乱に陥る中、女の声が静かに響く。

「けれどそれは、あくまで土壁に向かって攻撃すればの話。彼らは最初から遠距離の利点を捨てて、近距離まで肉薄して戦う道を選んだ。そうすると、今度は逆の事が起こる」

「な、に?」

「あの土壁のせいで、オーク達は得意の突撃戦法が使えない」

 女の言う通り、あの土壁はオークの機動力を殺す。流石に大質量の土壁を高速で移動させるのは、魔法使いを大量に導入しても難しい。


「あの土壁は、言ってみれば塹壕ごと移動するようなもの。当然塹壕の中じゃろくな身動きも取れませんよね? それに古ゴート族は高所をおさえている。防御を崩されたどころか、今度は一点不利な戦いを強要された」

「何を馬鹿な! 遠距離ならともかく、近接戦闘になればオークどもに分がある! あんなケモノどもに遅れは」

「そこを、あの跨っているレッサーオークがカバーしてるんです」

「っ!」

 その言葉で戦場を見ると、確かにその通り、近距離にまで迫られた我らのオークは反撃に出ている。それを狙って、跨るレッサーオークが……。


「あれは、何だ!? 鉄球を振り回しているだと!?」

「中々賢いですね。力のない女子供でも、ああやって遠心力をつけてぶつければ……」

 オーク達が古ゴート族に手を伸ばしては、背に跨るレッサーオークが追い払う。まるで自分の女に手を出すなと言わんばかりに、鉄球を顔面に喰らわせ。


「あんな、あんな原始的な戦法に我ら魔王軍が後れを取っているだと!?」

「そうですね。早くあの土壁、解いた方がいいかもしれませ……あーあ」

「な……」

 戦場に、赤い閃光が走る。

 アレは……あれは吸血鬼どもの!?


「敵の主力級が、魔法使いを見つけて狩り始めた。こうなるともう魔法の土壁を進めることも、解除することもできない。あれじゃただの障害物」

「ふっ、ふざけるなっ!」

 俺は、たまらず叫ぶ。

 何を……何をいいように弄ばれているんだ!


「敵の主力級だ! 対処する予定の部隊はどうした!?」

「そ、それが……て、敵の主力級は、侮りがたく」

「伝令ー! カヌー様が、敵の主力級に討たれました!」

「何だと!?」

 ば、バカな!?


「た、確かに兵が精強なのは予想していた! 敵の主力級も侮れないと! だからこそ幹部候補級を集めたはずだろう!」

「や、奴らの主力級は、そ、それ以上、かと」

「はー、思ったよりやるのね」

 女の呑気な声と裏腹に、俺の部下達は戦況が傾きつつあることを理解していた。


 そう……我らの、不利を。


「あ、集めた兵は二万だぞ!? 誰一人突破できないわけ無いだろうっ! 奴らの、奴らの拠点は!?」

「そ、それが! 何故かこんな荒野に水堀が張り巡らされていて!」

 み、水堀だあ!?


「そ、そこにワーダイルどもが潜んでいて! だ、誰一人突破できていません!」

「堀の先にはギガントオークも待ち構えていて……」

「ふーん、古ゴート族とレッサーオークが機動力を活かして攻撃、突破してもワーダイルとギガントオークが守る水堀で阻まれる。縦横無尽に動き回る古ゴート族をとらえるのはオークでは難しく、一向に敵の戦力が減らない。なのにこちらは突撃を封じられ身動き取れないままじりじりと数を減らされて……確かにちょっとマズいみたいですね」


 女の言葉ももう俺の耳には入ってこない。

 何故だ……何が、何が、不味かったというのか?


「な、何だこいつらっ!?」

「おい! 奇襲だ! 迎撃しろ!」

 だが突如響いた叫びは、俺の思考を遮り……。


「アオオオオオオオオオー!」

「っ!? と、遠吠え!?」

「ワーウルフだ! 奴らは素早いぞ! 気をつけろ!」

「……こうなると、後方の陣地に引っ込んでた方が良かったかもしれませんね」

 女はすらりと剣を抜く。手元近くが曲がった、奇妙な大剣を。


「……ふざけるな。たかがワーウルフが奇襲をかけた程度で、我ら魔王軍がやられると思うか?」

 俺は、冷静になった頭で呟く。そうだ。大勢を覆され、痛手を負ったとしても、まだ敗北したわけではない。この情報を持ち帰り、改めて軍備を整え攻めればいい。

「小競り合いで負けようとも、二万のオークの大半はまだ無事だ。局所的な戦闘で負けても、奴らとて疲弊し資源も消費する。無傷ではない。たかだか千や二千失ったところで、まだ」

「さっきの遠吠え、何だと思います?」

 俺の言葉を無視するように、女は続ける。


「いえ、だって、吠える必要なんかないじゃないですか。吠えたのは奇襲が始まってから。突撃の合図じゃないなら、ねえ?」

 それが奇妙だと語る一方で、もうその答えを分かったような笑みを浮かべるその女を、俺はどこか、遠い世界の出来事のように眺めて……。


「何を言って……音が、止んだ?」

 奇襲だと騒いでいた部下達の声が聞こえない。よく見れば、傍にいたリザードマンの部下も一人倒れている。

 遠くでは戦いの喧騒が鳴り響いているが、ここだけは、何故か世界から切り離されたかのように静寂が……。


「呼んだんでしょう、仲間を」

「な、がべあっ!?」

「その首、貰いました!」


 走る痛みは、全身に焼けた鉄を突き入れられたかのよう。


 目にもとまらぬ速さで突きつけられた巨大な触手。


 飛びのく女と、代わりに飛び込んできた、こちらも長い金の髪をなびかせた女。第四悪魔商会の女と違い、広がるスカートから伸びる何本もの触手は、コイツが異形種だと、我らと同じモンスターだと教えてくれる。


「くっ! 主力級がっ、ご、のぼれ、でぃ」

 こうなったら、反撃するしかあるまい!

 俺もこの腕一つでのし上がってきたのだ! こいつを迎撃し、改めて体制を立て直し攻める! あの水堀と奴らの飛び道具を攻略できるよう魔法使いたちを使って……。


 そうして俺は、荒野の空を眺め……。


「もう、終わってますよ?」


 ぐるりと、さかさまになった世界で黒髪の女が笑う。

 奇妙なこと続きだったが、ここに来て一段と奇妙な光景を見せられ……。


「あなたの命」


 ……ああ、成程。

 それなら、納得がいく。


 あの一撃で、既に首を跳ねられた俺の頭が、地に落ちた瞬間。


 俺にとっての戦いは、あっさりと幕を下ろしたのだ。



<現在の勢力状況>

部下:古ゴート族82名、レッサーオーク51名、ギガントオーク67名、ワーウルフ21名、ワーダイル60名

従者:ベーオウ

同盟:大魔王ガルーヴェン

従属:なし

備考:第七悪魔商会と契約中





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。