表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/96

決着をつけるため



「どうも、お初にお目にかかりますキーア様」

 一階のロビーで、その男は待っていた。


「わたくし、案内を申しつかっておりますミーソでございます」

 驚いたことに、背丈は俺どころかベーオウよりも低い。肌の色は青、瞳は金。まごうことなき悪魔の特徴だが、耳は尖り、しわがれた声には肌のしわと同じだけの年季が刻まれている。


 腰の曲がった、それは老悪魔だった。


「この度はお返事をいただきたく参上しました。挨拶もそこそこで申し訳ありませんが、ご返答のほどを」

「回りくどい言い回しの割にはストレートだな。いや、こちらも随分と待たせてしまった」

 俺の姿を見て、オーク達に古ゴート族にワーダイル達……集まっていた周りも驚いていた。本当にどんぴしゃりなタイミングだしな。

「その招待、受けよう」

 俺の言葉に、老悪魔は口角を釣り上げる。


「ありがたく存じます。それでは会場はこれより西、そこまでご案内させていただきます」

「ああ頼む。それと一つ訂正だ」

 俺はそんな老悪魔を見下ろしながら、告げる。

「俺の名はカイだ。間違えるな」

「ッ!」

 老悪魔は、恐らくはそんな言葉を予想していなかったのだろう。平然と名乗る俺の意図が読めぬまま、貼り付けた笑みで……。


「これはこれは、大変失礼いたしました。カイ様、謹んでお詫び申し上げます」

 頭を下げ、外でお待ちしていますとミーソは出ていった。

 と、出ていった直後……。

「カイ様っ!」

「旦那ぁっ! いつ起きられたんですか!?」

「ついさっきだ。皆元気でやっていたか」

 わっと駆け寄る皆に、俺も久しぶりに言葉を交わす。


「元気も元気ですよ! 旦那の稽古がないんで最近張り合いなくって! なあ!」

「そうそう! 俺達ワーダイルも久しぶりに暴れてえ気分です!」

 やれやれ、なら後でたっぷりしごいてやるか。

「カイ様、私達も変わりなく。アンリやリダリーン、クーナ達は外で警戒しています」

 オーク達にワーダイル、古ゴート族の皆、誰もが笑みを返してくれる。ありがたいことだ。


「旦那! おはようごぜえやす」

「ああ、おはよう」

 そんな中で進み出てくるのは、俺の従者のレッサーオーク。

「俺が留守にしてからの状況は」

「あれから魔王軍には動きがありやせん。それと旦那が寝ている間、二度ほど第七悪魔商会(セブンス・ダイモーン)と取引しやした」

 ふむ、こっちは思ったより平和だったのか。逆に俺が出かけたせいで第四悪魔商会(フォース・ダイモーン)と接触を持ってしまった。これは俺達にとっても奴らにとっても想定外だっただろう。


「奴ら、第四悪魔商会は敵ですかい?」

「さてな。たまたま利害関係で敵対しただけだが、次も()()()()()()()()かもしれん」

 状況は思ったより複雑だ。俺もミルキ・ヘーラも『招待客』扱いで、一見表立って敵対する姿勢は見せていないが……。

 まあ、面子を潰された悪魔が黙っているとも思えん。


「悪いな。帰ってきて早々また任せることになる。流石に今度は、戦闘になるやもしれん」

「いえね、俺達も平和に退屈してた頃でさあ」

 ベーオウの言葉に、荒くれものぞろいな俺の仲間たちは雄たけびを上げる。

 やれやれ、これもモンスターらしい答えか。実に頼もしい。


「旦那の方はどうでした? 大体のあらましはドラゴン嬢ちゃんから聞きやしたが」

「そうだな。色々あったが、やはりベッドはここのが一番いい」

「へ、え? そりゃまた何の例えですかい?」

「そのままだ」

 不思議そうな顔を浮かべるベーオウ達に、ちょっと悪いが愉快な気分にさせてもらった。まあ、あの森で寝泊まりした俺達じゃなきゃ分からないだろう。


 振り返ってみれば、小さな冒険。

 けれど、得るものは多かった。


「積もる話は、後でゆっくりな」

「へい……っと、こりゃあ、いつものいい女がさらに綺麗に」

 その言葉で振り向くと、やってくる美女に皆が道を開けていた。オーク達や古ゴート族からは感嘆の声が漏れて。

「お待たせしました、御当主様」

「また一段と美しいな、ミルキ・ヘーラ」


 いつもの服ではなく、フォーマルなドレスに身を包んだ少女がそこにいた。


 ミルキ・ヘーラといえば身長が目立つが、その背でこれだけ整ったプロポーションというのも圧巻だ。普段は隠れがちなそれが、薄手のドレスだと嫌というほど強調されている。

 まあ脱がせた俺はそれ以上を知っているんだが。


「これほどの美女を連れ歩けるのは、男として鼻が高い」

「ふふっ、お上手ですね。そういう御当主様も相変わらず素敵ですよ」

「ありがとう。さて……ミルキ・ヘーラ」

 俺は、奴らの招待を迷わず受けた。

 それは俺だけでなく、ミルキ・ヘーラも危険な戦場に乗り込ませるという事。かつての俺なら間違ってもそんな手段はとらなかっただろう。

 だが今は……。


「共に、来てくれるか」

 出発する前、あの時と同じように手を差し出す。

 あの時とは違う言葉で。迷わず真っすぐ、俺を見つめてくる少女に。


「はい、喜んで」

 俺はそうして彼女の手を取り、共に敵陣へと赴くのだ。


 そう、決着をつけるため。


「行ってくる。皆、留守を頼むぞ」

「へいっ!」

「任されましたぜ旦那っ!」

「どうかお気を付けてっ!」

 皆の声を受けて、俺とミルキ・ヘーラは外に出……。


「……あ、えっ!?」

「ふふっ、最初はびっくりしますよね」

 悪戯っぽく笑うミルキ・ヘーラに、俺は思わず目をぱちくりさせてしまう。

 い、いや、この世界に来て以来だぞ、外の光景に驚かされたのは。青空の下、目の前に広がるのはお馴染みの何もない荒野……ではなく。


「庭に、なってる……」

 草と木の生い茂る、ヨーロッパの片田舎にでも迷い込んだかのような、庭園。

 ドアを開けると、あの荒野が二十メートル先まで緑で埋まっていたのだ。


「マリエが中心になって植えたらしいですよ。何でも誰かに憧れて……ええと」

「私、この世界のターシャ・テューダになります」

 と、ミルキ・ヘーラに追従するような声が。声の主は当然……。


「ま、マリエ……い、いや、庭いじりくらい構わないが、こ、これは」

「素敵な庭でしょう? 堀を作って、そこに水を引いたので荒野でも植物が育つんです。古ゴート族には大好評ですし、ワーダイルの皆さんにも喜ばれてます」

 俺の反論を封殺するように言葉を重ねる俺の妹。いや、思った以上に活き活きしていて。

「……お前に、こんな趣味があったんだな」

「伊達に木陰の姫だなんて呼ばれてませんよ」

 え、あれってそういう意味だったのか?


「いや驚い・・・…」

 そうして見渡す中、ふと目が合ったソレに、思わず言葉を止めて。

「お、お前」

「ふん、何か言いたげだな」

 地面に、まるでインテリアのように突き立てられたソレ。いや、彼?


「まさか我を庭の小物にしようとはな」

「あら、結構私は気に入ってますよ。魔剣さん」

 背の低い草の上、この小さな自然の中に佇む一本の魔剣。

 その禍々しさがどこかアンバランスで、遠い昔に封印された剣が放置されたようで心を揺さぶられる。


 抜いたら何が始まるんだ?


「ああ、その……」

「貴様の考えは分かる。貴様の手に収まるくらいなら、地面を鞘としている方がよほど良い」

 くそう、俺は勇者にはなれなかったか。

「これから戦いになるやもしれん。買われたからと強要するつもりはないが……力を、貸してくれないか」

「ふん、我を使うに相応しいモノが現れぬ限り、無理な話よ。少なくとも貴様の仲間にはおらん」

 全く、魔剣だか何だか知らないが随分とえり好みしてくれる。


「お前を守るようには、伝えておこう」

「要らぬ世話だ。貴様は貴様の戦をしろ。半人前なら半人前で、前だけ見ていればいい」

 ……励ましなのかけなしただけなのか、まあ心には留めておいてやる。


「あ、カイ様っ!?」

「城主様、おはようございます!」

 そんな中で駆け寄ってくるのはアンリにリダリーン、そして古ゴート族とレッサーオーク達……。

「こっちも随分様変わりしたな」

「へへっ、俺達だって旦那がいねえ間ボーっとしてたわけじゃねえですぜ!」

「私達にも、できることがあればと志願したんです」

 アンリ以外、外の古ゴート族の面々は皆その背にレッサーオークを乗せている。まるで騎馬兵のようないで立ちで。

 そしてその手には、驚いたことに『あの槍』が。


「お前たち……」

「分かっています。この槍を手にしたとき、私達も覚悟を決めたんです」

「私達だって戦います! アンリだけに一族を背負わせたりなんかしません!」

 口々に勇ましい言葉を、その顔には戦うものの覚悟を宿して。


「勿論私だって、皆と同じようにこれからも戦いますよ。あなたと共に歩めるように」

「アンリ……」

「城主様、こちらはお任せください。城主様の帰る場所は、私達が守ります」

 こげ茶色のポニーテールが風に揺れ、亜麻色の髪がなびく。そんなアンリとリダリーンに、俺も歩み寄り。


「あっ! カイ、様っ」

「城主、さま」

「頼んだぞ、二人とも」

 俺はそう言って、愛しい二人を抱きしめた。


「それと遅くなったが、おはよう」

「ふふ、おはようございます。どこも痛くないですか? カイ様」

「傷は治っていましたが、体にだるさなどはないですか?」

「大丈夫だ。心配かけたな」

 名残惜しいが、少女の熱と柔らかさに夢中にならないうちに体を離す。二人とも多少は俺と同じ気持ちだったかもしれないが、それでも俺よりも凛々しく、その瞳でもって俺を鼓舞する。


 彼女たちだけじゃない。マリエに古ゴート族、オーク達に見送られて。


「行ってらっしゃい、兄さん、ミルキィ」

「カイ様、ミルキィ! 気を付けて!」

「どうかご武運を」

「ああ」

「行ってきます!」

 俺達は、真っ直ぐに庭を抜けて……。


「見送りには来ないのかと思ったぞ」

「そんな訳ないだろう……元気そうだな」

「ああ」

 背の低い芝が続く先、荒野との境目に止められた馬車の手前で、彼らは待機していた。


「リーダー! おはよう!」

「ああ、おはよう」

「リーダー! 姉御! 気を付けて」

「うん、ありがとう」

 大勢のワーウルフ達に囲われて、あの森での光景がよみがえる。皆にとっては数か月前のことかもしれないが、起きたばかりの俺にとってはついさっきの出来事だ。


「カイ、あの後帰ってきてこってり叱られたんだぞ。次からは帰りも起きて庇ってくれ」

「やれやれ、せめて皆に告げてから来るべきだったな」

「……次からは、そうする」

 ワーウルフの少女、クーナは意外にも素直に呟いて。


「皆に相談して、それでもダメなら残ることにする。お前だけじゃない、私達にはもう、群れ以上に大きい繋がりができたって、ちゃんと分かったから」

「……俺が寝ている間、お前らにまた一歩先に進まれたか」

 クーナは俺の言葉に、嬉しそうにその尻尾を振って。


「カイ、私達はここで待ってる。ちゃんと帰ってこい。ミルキィ、そっちは任せるぜ」

「うん! クーナ達も気を付けて!」

 ワーウルフ達の鼓舞を聞き、背を向けながら……俺はこっそりと、()()()()()()()()()手を振る。

 返事は、水の上に浮かぶ波紋として返ってきた。


「俺も、早く追いつかなければな」

「御当主様?」

「何でもない、独り言だ」

 呟いた言葉は荒野の風が……ああいや、今は芝に覆われた穏やかな風が攫っていく。その風の先、俺達を待つ老悪魔がそれに応えるようにお辞儀する。


「お待ちしておりました。車内は防音されていますので、声は私めの方には届きません。御用の際は中にある紐を引いてお知らせください」

 リムルス二頭が引く馬車を前に簡単な注意を述べ、ミーソは微笑む。

「では、参りましょうか」

 そうして俺達は、彼らの言葉でいう出品展に向けて、車中の者となる。


「防音……うのみにするのは少し危険かもしれんが」

 ミルキ・ヘーラと向かい合って座り、俺は言葉にして伝える。

「全てを疑っていたのでは、それこそ奴らの思うつぼだ」

「そ、それはつまり、信用するところとそうでない所を見極めるという事ですか?」

「基本的に悪魔は嘘を好まない。言葉巧みに心を操ることはあっても、あからさまな嘘でだまそうとすることはないはずだ」

 俺達吸血鬼でいうプライドのようなモノだ。防音、と言ったのならそれは確かなはず。


「俺がいる以上武力で奴らに劣ることはない。というより、敵対する姿勢をあくまで見せないという事は、単純な手で攻めるつもりはないのだろう」

「なら……悪魔との、知恵比べになると?」

「ああ。全く気が滅入る」

 奴らの得意分野で戦うなんてな。


「何も買う必要はないのかもしれんが、一応白金貨五百枚までなら小切手を振り出せる」

 金箔と朱印の押された、印字を見るに保証先は第七悪魔商会だろう。あいつら銀行業までやっているらしい。これを俺はマリエに持たされたのだ。

「私たちの勢力の全財産、ですね。何かあっても、お金が足りないという事はなさそうです」

 白金貨五百枚は家どころかちょっとした城塞をこさえられる額だという。これだけあれば滅多なことでは破産しないが。


「私たちに無駄遣いさせることが目的なんでしょうか?」

「さてな。俺がそうなったら止めてくれ」

「ふふ、御当主様に限ってそんなことなさそうですけれど」

 俺とミルキ・ヘーラは、これから敵地に赴こうという中、まるで談笑するように言葉を交わした。

 それがどこか、二人でリムルスに乗っていた時間を思い出させる。


「……ミルキ・ヘーラ、今更確認することじゃないが」

「あ、はい」

「怖くは、ないか?」

 俺のそんな問いかけに、ミルキ・ヘーラはちょっとだけ意表を突かれたように目をぱちくりして……。


「怖いですよ?」

 笑顔で真っ直ぐ、俺の問いに答えた。

「ですから、一緒に行きましょう。一緒に戦いましょう。私たちは、一人じゃないんですから」

 その言葉に、さっき俺とミルキ・ヘーラを送り出してくれた皆の笑みも重なっていく。


「帰る場所も、帰りを待っていてくれる皆も、いるんですから」

「……そうだな」

 そんな答えに、俺は安心していた。


「本当に、今更確認することじゃなかったな」

 俺はちゃんと、その答えを知っていたのだから。

 既に先ほど、見せてもらっていたのだから。


 馬車は、やがてその動きを止める。


「行こうか、ミルキ・ヘーラ」

「はい、御当主様」

 心は既に決まっていた。

 あとはこの足で進むだけだ。

 先の見えない不安も、待ち受ける恐怖も、何があろうと。


 皆と共に。


「お待ちしておりました、ビーストテイマーのシルキィ様。そして、荒野の吸血鬼様」

「早速のお出ましか」

 馬車を降りた先、待っていたのは一人の悪魔。

 ショートで癖の強い黒髪、豊満な胸の青い肌。ストリート風のバレリーナとでもいう奇妙ないで立ち。

 怪しげに光る金の瞳と、その黒い尻尾が誘うように踊る。

「ようこそ。我ら第四悪魔商会、特別出品展へ」


 森で倒れた俺を睥睨していた美女は、優雅に一礼してほほ笑むのだった。



<現在の勢力状況>

部下:古ゴート族82名、レッサーオーク51名、ギガントオーク67名、ワーウルフ21名、ワーダイル60名

従者:ベーオウ

同盟:大魔王ガルーヴェン

従属:なし

備考:第七悪魔商会と契約中





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ