目覚めて見た君は
暗いくらい世界を、揺蕩いながら。
俺はここに落ちる前……最後に見た光景を、思い返す。
突如吹き荒れる風。
現れた、巨大な翼。
あれは、何だったのかと。
記憶の海の中に、何故か似たような光景があった気がする。
アレを俺は知っている。心のどこかで、そう引っかかる。
一体、何に……。
光が差し込み、現実へと俺を誘う。益体のない話もここまでにしよう。夢の中でいくら自問自答を重ねても、答えなど出はしないのだ。
俺は答えを求めて、手を伸ばし……。
「ここ、は……」
「ッ!? か、カイ君っ!」
聞き覚えのある声と、見覚えのある天井。
何だろうな。どちらも知っているもののはずなのに、ソレに奇妙な違和感を覚える。まるで何かが間違っているとでもいう、奇妙な……。
「ああっ! 良かった! 目を覚まして! だ、大丈夫ですかっ!?」
少女は、興奮しながら満面の笑みを浮かべ、俺の顔を覗き込む。
……ああそうか。何が奇妙って、組み合わせが違うのだ。
俺の部屋の天井に、彼女の声と顔が合わない。だって彼女が、ここにいるはずは……。
「ドラー、ニャ」
「あ、はいっ、ここにいますよ!」
そうして手に触れる感触は、何か、ゴツゴツしていて……。
「い、やっ!? な、何でドラーニャがここっ、にっ!? ぐっ!」
「ッ!? だ、ダメですっ! まだ激しく動いちゃっ!」
起き上がった俺を襲う強烈な痛み。ぐらりときた俺を抱きかかえるように、少女は身を寄せ……。
「傷はカプチーナが治していますっ! それでもカイ君、あなた八十日は意識がなかったんですよ!? たぶん、ひどい痛みで、こん睡状態になって」
ドラーニャは……恐らくは強制睡眠の事を知らないのだろう。俺を重病人でも扱うように優しくベッドに横たえる。
「だから……ゆっくりでいいんです。ゆっくり、しててください」
少女の、蕩けるような甘い声。
吐息のかかる距離。幼さの中に美しさをのせ、目を細めてほほ笑む姿にどきりとする。
「ああ……そう、だな」
今の痛みは、別に後遺症という訳じゃない。
俺が寝ている際の痛みは、起きた時にフラッシュバックするように返ってくる。まるで、寝ていた時の分を返済しろとでもいうように。
今回は眠る直前に治療され助けられた。いわばさっきのは、痛みの残り香。だからこの程度で済んでいる。眠った後にアレをやられていたら……。
いや、今はいい。それより……。
「ドラーニャ、君がどうして、ここに」
ここは俺の城の、俺の部屋だ。
何故彼女がここにいるのか。あなたはまだ夢の中にいるのよと言われたら信じるぞ?
「話せば長いですが……あの後、カイ君を守るために、カイ君の仲間の方達とここに」
皆で、戻ってきたのか……。
「ミルキ・ヘーラや、クーナ達は無事、か?」
「ミルキ……ああ、シルキィさんですね。大丈夫ですよ。むしろカイ君だけです、こんな大怪我したのは」
ドラーニャはまだ詳しく知らされていないのか、偽名をそのまま口に。
「でもカイ君、傷は治ったのに全然目が覚めなくて……良かった、本当にっ……目が覚めて」
彼女は感極まったように涙ぐみ、その瞳から零れる涙を拭う。
そう、その武骨で、巨大な爪の、大きな手で。
「ドラーニャ……君、は」
「あはは……流石にもう、隠せないですよね」
困ったように笑う彼女は、けれどどこかもう吹っ切れたように、俺を真っ直ぐに見つめて。
「これが私の、本当の姿です」
その翼を、大きく俺の前で、開いてみせる。
「その……姿は」
こげ茶色の、鱗で覆われた細長い、四枚の翼。
根元近くでは幅二十センチ程だが、驚くべきはその長さ。彼女を含めた翼開長はなんと十メートルにもなる。光沢のある爬虫類を思わせる翼が、華奢な少女の背中で異彩を放っている。
いや、それだけじゃない。その手は……大きな皮手袋で隠されていた手は、少女の顔よりも大きい。こちらもこげ茶色の鱗で覆われ、太い指の分かれた先に白と黄色の、まるで鳥のくちばしのような尖った爪。
さらには彼女の後ろで踊る細長い尻尾。鱗を持つのは同じだが、先端にまっすぐ伸びる鋭い針を持つ。サソリ、のように見えなくはないが、ピンと伸びるソレはまるでレイピアだ。
ついでに赤毛の頭には、形に添って後ろ向きに生える、灰色の小さい角も。
「ドラ……ゴン?」
「そうです。【ブラッディール・ドラグーン】っていう、ちょっと珍しい種類です」
尻尾をフリフリと揺らし、微笑みながら彼女は続ける。
「昔はそこそこ数がいたんですが、乱獲であっという間に絶滅寸前になっちゃって。私はその、しがない生き残りです」
淡々とそう語り、そうして少しだけ寂しそうに、彼女は言う。
「幻滅しました? 私、可愛い女の子なんかじゃ、なかったでしょ?」
「あ……ええと、その、答える前に一ついいか」
「え? あ、はい?」
その、情報量があまりに多いんで後回しにしていたが。
「その……服は?」
「えっ!?」
いやその……なかなかに、煽情的な格好をしていらっしゃる。
あちこちに細かい布や宝石の装飾はあるが、基本は一枚の、白く輝く帯を大事な所に巻いただけ。かなり露出が多い服……いや、服? ぶっちゃけ首からマフラー巻くように、そこから白い布を小さな胸に、背中に、前に戻って股間を巻いただけの、かなり危ない格好。
お腹は丸出しだし、脇も太ももも眩しいくらいにさらし放題。
幼い体だから許されているような……ああいや、逆にだいぶ許されない格好だぞそれ?
「あ、そ、そこですかっ!? え、えと……わ、私手も足も大きくて、おまけに翼と尻尾と角で……普通の服だと着れない、というかボロボロにしちゃって、え、ええと」
だいぶ恥ずかしそうに顔を赤らめるドラーニャ……い、いやその格好しておいて恥ずかしがるのは逆に予想外だぞ!? 以前の、その翼やら尻尾やら手やらを隠して厚着していた時とのギャップが。
けど……そっちがドラーニャにとっての『普通』なんだよな。
「また一つ、君のことを知れた」
「……え?」
あの鞄に窮屈に抑え込んでいた姿じゃない。こっちが本当の……。
「さっきの質問の答えだが」
正直な感想を求められれば、こう答える他はない。
「ドキリとしたぞ。あまりに綺麗で」
「えっ!? ふぇ、ふぇえっ!?」
「そんな魅力的な姿を見れるとはな。起き抜けにはいい気付けだ」
君の事を蜘蛛女かも、なんて考えていたのがはるか昔に思える。
「華奢な体に艶めく肌。綺麗なお腹をそんな風に晒して、一体どこに幻滅するんだ?」
「ひゃええっ!? こっ、この貧相な体を見てもそう言うんですかっ!? あ、い、いや違いますっ! だからこの変な翼とかっ! 不格好に大きな爪とか、そのっ……」
「最高じゃないか。美しく伸びる四枚の翼、その艶のある鱗も綺麗だ。爪もちゃあんと整えているし、繊細な女の子らしさが伝わってくるぞ」
「ッーーー!?」
ぼしゅうう、と本当に顔から湯気まで出して、ドラーニャは言葉を失って俺を見る。真っ赤にした顔で、あわ、あわわと声にならない声が。
「君に、できる事なら触れたい。許してもらえるのなら、その天女のような服を剥いで、ありのままの君を、かき抱いてやりたい」
「あっ!? おっ!? おふえっ!? は、はひぇえええええっ!?」
「幻滅する? 冗談でも自分を卑下するモノじゃない。何度でも君に囁くさ。君が欲しいと」
俺が立ち上がると、彼女はびくりと身を震わせて後ずさるが……。
「えっ!? あ、あちょっ! ま、待ってくださいっ!」
「そんな格好で男の寝室に来るのが悪い」
よく見ると後ずさる足も恐竜のようなソレ。鱗に覆われ、前が三つに分かれた灰色をしている。恐竜好きな俺としては色々な意味で頬ずりしたくなる。
「そ、それはっ!? そ、そそそれは今はいいですからっ! 安静にしててくださいっ!」
そうして抑えきれずに迫る俺に……ちょっと予想外な待ったをかける。
「いや、体はもう大丈夫だ。皆にもこれから知らせに」
「だっ、だからダメだって言ってるじゃないですかっ!」
そう、さっきまで動揺しっぱなしだった少女は急に、俺の前に立ちはだかって。
「カイ君っ! あなた何日もこん睡状態だったんですよっ!? いきなり出歩いちゃダメですっ!」
「あー……心配してくれるのはありがたいんだが」
参ったな、強制睡眠の事を……皆はあえて知らせていないのだ。意識を失っていたと思っているようだし、隠し通すこともできるが。
「本当に大丈夫なんだ。だから行かせて」
「だっ、ダメだって言ってるでしょっ!」
ううむ、これは本当のことを言っても信じないな。実際に目にしてもらった方が早いか。
「止めてくれても構わない」
「だからダメっ! あっ……!」
と、力比べで俺が元気だとアピールするつもりだったんだが、何故か彼女は出そうとした手を引っ込めて。
「……俺を、気遣っているのか?」
「あっ!? か、カイ君っ! お、お願いだからっ! ベッドに戻って!」
その大きな手で……恐らくは怪我人と思っている俺を突き飛ばせないのだ。俺が歩みを進める中、少女はじりじりと下がる事しかできず。
「可愛いな。今なら、俺が触れようとしても振りほどかないのか?」
「ッ!? ちょっ! ちょちょっ!? な、何をっ! あっ!?」
俺が伸ばす手を避けようとして気づく。そう、もう背後はドアだ。俺はドアを開けようと手を伸ばしただけ。彼女が俺の手を避けてくれれば、それで外に出られる。
さあ、チェックメイトだ。ドラーニャ。
「どいてくれ、でないとこの手は君を」
「……いい、ですよっ!」
「……え?」
そうして避ける彼女を無視して俺はドアに手をかけ……ん? あれ? そうなるはずで……。
「む、胸……さ、触りたい、ん、ならっ……どうぞっ!」
「えっ!?」
あ、あれぇ!?
彼女の、ちょうど胸の前にまで伸ばした手をぴたりと止めさせられる。彼女は俺に触れられる寸前だというのに、顔を真っ赤に、身をふるふる震わせるだけで一切避けようとしない!
さ、さっきから予想を覆されっぱなしだぞ! 何でそうなる!?
「む、胸でも、し、尻尾でも、翼でも……そ、その代わり」
少女は俺より低い位置から、俺を上目遣いで見上げて……。
「触ったら、ベッドに、戻ってください」
「ッ!」
「お、お願い、ですから」
彼女は……そう、俺のために、立ちはだかっていたのだ。
「カイ君……今は麻痺して痛みがないのかもしれません。でも本当に、カイ君はずっと、生死の境を彷徨っていたんです。だから……お願い、無理しないで?」
少女は一切退く様子を見せず、それどころか、その瞳で俺の心まで射貫くような、本当に心の底から心配しているような瞳で、俺を見つめて。
「……ずるいぞ、ドラーニャ」
「え?」
「それは……ずるい」
そんな姿を見せられたら……なあ?
トクントクンと鳴る心臓は、性欲や打算を溶かしていく。手を少し伸ばせば彼女の胸に触れられるし、何なら力で組み伏せることもできる。
でも……いやその、それ以上にこの可愛いドラゴンを、どうこうする気は流石に起きず。
「あ、あの……カイ、君? 一体どうし……」
そう、そんなタイミングで、彼女の背中から、カチャリという音。
「え?」
「……随分、たのしそうですねー」
ああ、久しぶりにその声を聞いた。
「ドラーニャさん? あなたカイさんのこと看病したいって言ってましたよね? 誘惑したいの間違いでしたっけ?」
「ふぇっ!? ち、ちちちち違うからっ! そ、そういうんじゃないのっ、ほ、ホントにっ!」
「あ、おはようございます、カイさん!」
ドアを隙間ができるくらい開けたまま、向こう側から顔だけ見せるように微笑みかける、俺の愛しい少女。
「おはよう、ティキュラ」
ドラコラミアの少女は、今日もブンブンと元気に尻尾を振っている。俺に向けるのは笑顔だが、尻尾は完全に威嚇モードだ。
「ほ、本当に違うのよティキュラちゃんっ! た、たまたまこの体勢になっただけで!」
「そこどいてくれません?」
「あっ! は、はいっ!」
う、ううむ。新しいパワーバランスがちょっと見えたかもしれない。
「……カイさん、どこか、痛いところとか、辛いとか、ないですか?」
「ん? ああ、大丈夫だ。体のどこにも異常はな」
ドアの隙間からしゅるりと入り込んできた少女は、そのまま俺の言葉を遮って。
「ティキュラ」
「……私だって、心配したんです。ドラーニャさんに、カイさんめった刺しにされたって聞いて」
俺に抱き着き、そっと、その尻尾を俺に優しく巻きつけて。
「……心配、かけたな」
俺は、久しぶりに感じる少女の体温を味わいながら、彼女の白髪を撫でる。少女は甘えるように、そして俺をいたわるように、その体と尻尾でそっとそっと、優しい抱擁を続けた。
「あ……ふふっ」
そんな俺達を、まるで子供を見つめるように優しい笑みを浮かべるドラーニャ。何だろうな、見た目はティキュラと同じくらいなのに年上の風格……。
いや、ドラゴンなら……本当に年上なんだろうな。
「それで状況を知りたい、というよりまずは、皆に俺が起きたことを知らせたいんだが」
「あっ、カイさん、それがその、今丁度……」
ん? 何だ? 顔をあげたティキュラが何か言いかけて……。
「に、兄さん!? 丁度いいタイミングに……いえ、逆に間が悪かったのか」
空いたドアから、驚いたように声をあげるマリエに遮られる。
「ああ、おはようマリエ」
「おはようございます兄さん。それでその、起き抜けで申し訳ないんですが」
俺の妹は挨拶もそこそこに、切羽詰まった様子で続けた。
「第四悪魔商会が、ちょっかいをかけてきましたよ」
「っ!?」
そう言ってマリエは俺の前まで進み出る。手に持つそれを、俺に見せながら。
「兄さんと……シルキィに、出品展への招待状です」
真っ白な中に浮く、真っ赤な蝋で封をされたその手紙を、俺に差し出すのだった。
<現在の勢力状況>
部下:古ゴート族82名、レッサーオーク51名、ギガントオーク67名、ワーウルフ21名、ワーダイル60名
従者:ベーオウ
同盟:大魔王ガルーヴェン
従属:なし
備考:第七悪魔商会と契約中
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