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それぞれの線引き(前編)



「キーア君、これ、村の皆から」

「ああ、ありがとう」

 マルエラがいつものように木製のかごに、山菜や果物を沢山乗せたそれを、俺に差し出す。

「いつも村を守ってくれてありがとうね。こんな形でしかお礼できないけれど」

「いや、助かってるよ。俺達だけだと食事が肉に偏りがちだし」

 ワーウルフ達が狩ってくるのはもっぱらそればかりだしな。たまに鳥も取ってくるが。


「食べられる山菜を知っているのはシルキィさんだけだし、果物も村で管理してる畑のものだから。森でこれだけ贅沢できるのは皆のおかげだって、伝えておいて」

「……キーア君、本当に優しいよね」

 マルエラはほんのりと頬を赤く染め、その顔に優し気な笑みを浮かべて俺を見る。

 村の端、定期巡回で立ち寄った俺は、こうしてマルエラといつものやり取りをする。


「助けてもらってるのはこっちなのに。キーア君は、もう少し贅沢言っても誰も怒らないと思うな」

 そうしてすすすと、初めの頃から比べればかなり大胆に俺に迫る。かご一つ分の距離で、吐息交じりにマルエラは囁きかける。


「ねえ、今夜はうちに食べに来ない? キーア君には、私から御馳走するよ」

「あー、いや、その……シルキィさんが作ってるから」

「ふふ、そうだね。流石にシルキィ様に悪いよね」

 そう言ってマルエラは少し残念そうに、けれど俺の答えも想定済みだったのだろう。かごを持つ俺の手に、そっと自分の手を重ねて。


「でもいつか、食べに来て欲しいな、キーア君に」

 そうして潤んだ瞳で、火照る頬で俺に囁くのだ。


「……そろそろ、その……行かないと」

「あ、ごめん、引き留めちゃって」

 そう言いつつもマルエラに特に悪びれた様子はなく、俺の煮え切らない答えに満足したように、その手を離す。

「じゃあ、またね」

 顔に笑みを浮かべ手を振る少女に、俺は一度だけ振り向いてから村を後にする。

 そうして十分離れたのを見計らい……。


「ラルフか? どうした」

 隠れていた気配に答えるのだ。


「ご飯だから呼びに来たんだ」

「ああ、何か起きたわけじゃないのか」

 俺はため息とともに警戒を解き、寄り添ってくるワーウルフと歩調を合わせる。

「最近は平和だな、リーダー」

「ああ、あれからオークを見たのは一度だけか」

 俺達があの村の護衛についてから、今日で十日余りとなる。


「斥候に来ていた奴をとらえて住処に案内させてから、結構経つな」

「あいつら、何で住処に居なかったんだろうな」

 村の近くまで来た野良オークを捕らえ、案内させた住処はものの見事にもぬけの殻。

 ワーウルフ達の鼻も使い、捕らえた野良オークが通ってきた道を辿ってきたのだが……住処の所で、匂いが途切れていたのだ。

 正確には、ワーウルフ達の鼻を誤魔化すために匂い消しの薬草がたかれた跡があった。


「あのオーク自身も驚いていたところを見るに……斥候が捕まることを最初から見越していたのかもしれないが」

 それにしたって妙な話だ。斥候は見た情報を持ち帰ることが仕事だ。それを受け取らないでどうしようというのか。

 最初から俺達に捕まえさせるつもりだったとしても、そんなことをさせる理由が見当たらない。


 それこそ、ワーウルフ達の鼻を欺く手段を持っているとわざわざ教えてくれたようなモノだ。


「変な奴らだよな。俺達の鼻を欺けるのなら、最初からそうすればいいのに」

「そうだな。あるいは……順番が違うのかもしれん」

「順番?」

 そう、順番。

 斥候が捕まってから、慌てて住処を辿られるのを恐れて匂い消しの薬草をたいた。それなら何もおかしくはない。


「だがそれだと、斥候を見張る斥候がいたという事になるか」

「……リーダーの話は、時々難しくて分からない」

「ああすまん。どちらにしろまだ情報が不足している」

 今のところは、想像を重ねることしかできないだろう。


「それよりリーダー、あの女は」

「ん? あの女……マルエラの事か?」

「あの女も、リーダーの女にするつもりなのか」

「ぶっ!」

 ちょ、突然なんてこと言い出すんだ!


「い、いきなり何を言うかと思えば。そんなつもりはない」

「そうなのか? リーダーの事だからてっきり」

 俺のこと本当に何だと思ってるんだ。いやまあ、六人の少女と寝床を共にする男が言う台詞じゃないかもしれんが。


「本当にそんなつもりはないんだ。マルエラは、俺達の住む世界では生きられないだろうしな」

 現実世界でも俺を慕い、故郷も人間関係も全て断ち切りやってくる、という少女は結構いたのだ。だがそういった人間は例外なく、俺との恋に溺れるだけ溺れ、心を壊してしまった。


 そもそもモンスターの住処に人間の居場所はほとんどない。例え俺の従者という肩書きがあっても、その事実は変わらないのだろう。居場所のない人間は、やがて心を曇らせ、寄りかかれる相手に依存し始める。


 恋愛がその寂しさを埋め、心を簡単に満たす劇薬だと気づいたころには、それに溺れるしかない。

 彼女達の笑みは本当に言葉通り、俺にだけ注がれていた。


「また同じ間違いを犯す気はない」

 俺は、俺に溺れる少女を選ぶのではなく、俺が溺れてもいいと思う少女を選ばなくてはならない。美しい少女を鳥かごの中に入れて飼殺すような真似は、もうしたくない。


「リーダー?」

「ああいや……お前といると、どうも正直な気分にさせられるな」

 少し昔の感傷に浸ったのを誤魔化すようにラルフを撫でると、ラルフも嬉しそうに俺の足にその柔らかい毛を擦り付けてくる。

「というか、さてはお前クーナに探りを入れるように言われたな?」

「! 良く気づいたな! 流石リーダー!」

 興奮して尻尾を振るラルフに……いや、これで流石と言われても複雑なだけだが。


「クーナもリーダーを怒ってくれるみたいだぞ」

「ふっ、ああ。そうだな。怒られたくはないんだが」

「? リーダー前に怒られたいって」

「それとこれとは話が……いや、違わないか」

 現実世界ではそれこそ『我が君の御心のままに』とか言われて浮気し放題だったからな。


「どこかで決着はつけるつもりだ。例え告白されて今以上の関係を迫られても……そうだな、別れ際にキスするくらいで妥協してもらう」

「リーダー……多分だけれど、それはアウトだぞ?」

「ん? そうか?」

 思い出にキスまでならセーフじゃないのか? 肉体関係までいってないぞ。


「まあいい、早く帰ろう。俺も腹が減った」

 そうして森の中を、足早に進むのだった。


――


「それで何か進展はあったか?」

「私たちの方は何もない。匂いを消されてるのか、オークの奴らは見つからないな」

「あいつら何処に隠れたんだろうな」

「匂いが追えないもんな」

 二十人越えの俺達全員で食卓を囲みながら、互いに朝の成果を報告しあう。


「兵士の方からも特に新しい話は聞けませんでした。やはり兵士の方はこの森で何が起こっているかを、詳しく知らされていないようです」

 ミルキ・ヘーラによれば、兵士たちはただ指示のまま警戒や哨戒に当たっているとのことだ。事実上の国境封鎖にも『よくある事』程度の反応だったらしい。この国の人間の上層部は、基本的に秘密主義のようだ。


「ふむ、膠着(こうちゃく)状態になってしまったか」

「進展がなければこれ以上評判をよくすることもできませんし、人間の国に入るのは難しいですよね。ジャンジャーさんからの返事もあまりいいものではありませんでしたし」

 あの国定魔法騎士とやらか。アイツは色々と事情を知っているようだから、いっそ捕らえて聞き出すのも……いや、ダメだ。そんなことをしたら本末転倒だ。


「ミルキィならアイツたぶらかせるんじゃないのか?」

「もー、そんな簡単に言わないでよクーナ。あの人は多分、嘘をつくのに慣れた人……例え私と肉体関係を持ったって、私には嘘を言い続けるわ」

「それは俺も同感だ」

 あのいい加減さを見るに、どこまでいっても信用はおけない相手だろう。というかミルキ・ヘーラにそんな真似は絶対させたくない。


「引き続きあの男には警戒しておいてくれ、ミルキ・ヘーラ」

「ふふっ、大丈夫ですよ御当主様。肉体関係を持つような真似、しませんから」

 そう言ってニコニコと嬉しそうに俺を見つめるミルキ・ヘーラ。この間村でキスしてからすっかりご機嫌だ。


 俺も彼女にそんな風に見つめられて嬉しいのと、まあ、嫉妬してたのを見抜かれて恥ずかしいのと半々ではあるんだが、やっぱり惚れた女が真っ直ぐそうやって好意を向けてくれるのは、男としては嬉しいわけで。


 それに喧嘩した後だからか、いつも以上に甘々な雰囲気で俺をとろけさせてくれて……。


「しても口までにします」

「そう……んっ!?」

 い、いやいやちょっと待て!? 甘い夢から一気に叩き起こされたぞ!?


「そ、それは……え?」

「あっ!? え、ええとっ……や、やっぱり手までにしますね?」

 嘘だろミルキ・ヘーラ!?

 い、いや待て落ち着け! 口だとか手とか、た、例えば愛を囁くとか手を握るとかそういう事かも……いやダメだ彼女サキュバスだった!


「ミルキィ、普通に全部アウトだ」

「えっ!? や、あ、あの……クーナ、こ、これはちょっと、ち、違くて」

 ミルキ・ヘーラは顔を真っ赤にして、複雑な顔したクーナから目を逸らす。い、いや、ああ、うん……サキュバスだから、感覚が違うのは仕方がない、よな?


「ち、ちなみに御当主様? さ、参考までに聞くだけなんですけれど」

 ミルキ・ヘーラは恐る恐るといった感じでそう尋ね……。

「き、キス、とかは?」

「……アウトで」

 絶対嫌だよそれ。


「で、ですよねー」

 あはははと、口では笑いながらも目は泣きそうだ。う、ううむ、何かフォローしたいところだけれど、それでもミルキ・ヘーラが俺以外の男とキスするなんてやっぱり嫌だし。


「……リーダー?」

 と、そんなことを思ってたら今度はラルフから俺が怪訝な顔をされてしまう。あ、ああ、そういえばさっき自分で逆の立場の事言ったのだった。これは……うん。


「スマン、俺も反省する」

「えっ!? ご、御当主様は何も悪く」

「いやミルキィ、ここは反省させとけ」

 何か感づいたようなクーナがミルキ・ヘーラにすり寄ってその頬をペロッと舐める。その行為に、ミルキ・ヘーラもどこか安心したようにクーナに寄り添う。

 美女二人が仲睦まじく頬を寄せ合って……うん、とてもいいです。


「……カイのバカ」

「唐突になんだ」

「先取りして言っておいたまでだ。それとミルキィの分も」

 あまりに理不尽な物言いに……うん、まあ、反省中なので反論はないです。


「せいぜいほっぺたを舐めるまでは許してやる。それ以上はナニを食いちぎってやる」

 過激すぎやしませんかね?

 というか……え、ほっぺた舐めるのはいいの?

「そ、そっちの方が変態さんっぽいんじゃ」

「? 舐めるのはセーフだろ」

 俺の言葉を代弁してくれたミルキ・ヘーラは、クーナのあまりに堂々とした態度に、再び混乱してしまうのだった。


 さて、これで手詰まりか、なんて雰囲気になっているわけだが、何も手掛かりが全て消えたわけじゃない。そう、まだ()()()()は残っている。


 食事を終えた後で俺は森の奥、赤毛の小さな少女のいる鍜治場へと足を向けるのだった。



<現在の勢力状況>

部下:古ゴート族82名、レッサーオーク51名、ギガントオーク67名、ワーウルフ21名、ワーダイル60名

従者:ベーオウ

同盟:大魔王ガルーヴェン

従属:なし

備考:第七悪魔商会と契約中、村の護衛に





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