ケモノたちの会合
「あの……キーア君、その……」
日の陰る森を歩き、村から離れた鍜治場とやらに向かう。
「さっきの、その……キーア君は」
涼しい森の中は、火照った頬を冷ますには丁度いいのだが……。
「シルキィさんと、そういう……関係なの?」
ちょっと、冷えすぎじゃないか?
というわけで、俺とクーナは、兵士とマルエラに連れられ森の外れの鍜治場を目指していた。
……そう、よりによって、案内してくれるのはマルエラだ。
「あ、ええと、その」
別にこれは関係がばれても問題ないことではあるんだが……別にマルエラとは恋人同士でも何でもないのだが……何というか、妙な後ろめたさがあるなこれ。
いやまあ、あそこまでミルキ・ヘーラに心を蕩かされてるのを見られては……もう、今更か。
「そういう、関係だよ」
俺の言葉に、助けてから笑顔ばかりだったマルエラは曇った顔で俯く。隣の兵士なんて何か凄くいたたまれないような顔で黙りこくってしまっている。
……見せつけるような形になってしまっただろうか。
流石に俺も、こんないたいけな少女の心をもろに傷つけてしまった事を反省し……。
「ああ、ついでに言っておくとな」
「……え?」
「? クーナ、何っ!?」
止める間もなく。
マルエラと兵士に見せつけるように、ワーウルフの少女は、俺の唇をさらい。
「私とも、そういう関係だ」
「お、おまっ!?」
そう言って体を寄せ、狼の毛並みと柔らかな胸を俺に押し付けてくる。そう、わざわざマルエラの目の前で……。
い、いやいやいやっ!? 何煽ってるんだ!? 喧嘩売ってるのか!? い、いくら何でもこれはっ!
「へ、え……キーア君、そうなんだ」
「あ、い、いや……その……」
ど、ド修羅場みたいな空気に!? い、いや落ち着け! クーナはきっと、マルエラに俺を幻滅させて引き離すつもりなのだ!
別に俺はそれでも構わない! いっそ俺が最低な男だとなれば、マルエラの傷も浅く済む!
「あ、ああ、そう、だ」
「……ふーん」
静かな森の中、俺と兵士が息をのむ音が聞こえるくらいの静寂で、殺伐とした気配を漂わせる二人の少女。
「キーア君は……そう、そういうのアリなんだ」
そうして、歩調を少し早めて俺の隣に追いついて……。
「なら……私も、いいよね」
「え」
「え」
俺と兵士の声が被る。さ、さっきから気が合いますね?
「キーア君、私、キーア君に助けてもらったお礼がしたいな」
「あっ」
「なっ!?」
そうしてこっちは……避ける余裕はあるスピードだったが、この空気の中、ついでに反対側のクーナが俺を掴んでいたので、それも叶わず……。
「……あはっ」
赤くした頬。ふわりと広がる茶髪の少女に、キスされて。
「……おい」
「なあに?」
「離れろ、小娘」
「……そっちこそ」
わ、わああ! 俺を挟んで殺気を飛ばしあわないでくれるか!? あ、いや、うん、マジで!
「あ、あの……こっ! これから会いに行く鍛冶師の方はどんな人ですか!?」
「えっ!?」
俺の言葉に、いや俺に振るなよとびくりと身を震わせた兵士は、けれど抗議の声をあげるのもはばかられたのか、爆弾に触れないよう慎重に答える。
「あ、ああええとっ! 俺も会ったことがないんだが、最近ここにやってきた腕のいい職人らしくてな! 村の壊れた金具を修理したり村人の要請で道具を作ったりしている。た、ただまあ、人付き合いは悪いというか、何か丁寧なんだが人を寄せ付けない雰囲気があるんだと」
「ひ、人を寄せ付けない雰囲気! いいですね、職人っぽさがあって」
今はちょっと人を寄せ付けない雰囲気とやらが羨ましいな! この殺伐とした空間から逃れたい!
「あ、あああとついでに、鍛冶師にしては珍しく女だ」
「えっ、そうなんで……」
と、俺が反応した直後、俺の腕から伝わる殺気が一段階上昇し……。
「おい、まさかこの状況で……増やすなよ?」
「く、クーナ、俺を何だと思ってるんだ。そんな事」
「増やすなよ?」
いや、抗議の声をこれ以上あげられる雰囲気じゃない。目がマジだ。ぶわりと全身の毛を逆立たせて、この上なく不機嫌な少女はぐるるると低くうなり始めて……。
「……はい」
うん、もう、そう答えるしかないです。
「さ、最近の若い子たちは……凄いんだな」
兵士がぼそりとそういうのを聞きながら、俺は針のむしろみたいな空気の中、鍜治場に早く着いてくれと願うのだった。
――
「あ、こんにちはー。今日はどうされました?」
俺達が森の中の、ちょっと開けたその場所にたどり着くと、迎えてくれたのはそんな声で。
大きな石の台、木製の家が建つその場所で、彼女はとたとたとこちらに駆けてくる。
「こんにちは。大丈夫かと思って様子を見に来たんですが」
その様子なら大丈夫そうですね、とマルエラがなれた感じで答える。
「ああ……ええと、彼女は鍛冶師のお手伝いか何か?」
「いえ、キーア君。彼女がその鍛冶師ですよ」
マルエラの言葉に……いや、若いとは聞いていたけれどこれは予想外だったぞ?
俺達を迎えてくれたのは、背丈は俺よりも小さい……というか、どう見ても子供だったのだから。
十歳、は流石に超えてるよな? ショートカットの、燃える血を思わせる綺麗な赤毛。落ち着いていて理性的な、けれどあどけなさがたっぷりの可愛らしい顔つき。
頭にはベレー帽のような灰色の帽子、白い長袖に緑色のエプロン、手には何故か巨大な革製手袋と足には同じ革製の大型ブーツ。背中に彼女の背丈の半分以上の茶色い鞄を背負った、一見すると本当に鍛冶師なのかも分からない格好。
本人は小柄で細身なのに、手と足と背中の大きなソレが奇妙なアンバランスさを醸し出している。
「ええと、何かあったんで……え!? わ、ワーウルフ!?」
俺達を見渡してはじめて気づいたのだろう。ふさふさの耳と尻尾を持つクーナにびくりと身を震わせる。
「ああ大丈夫よ。この人はクーナさん、それとキーア君。二人は村を守ってくれたの」
さっきまでクーナとバチバチ火花飛ばしていたマルエラは、そんな感じはおくびも出さずに説明する。うん、年の割に本当によくできた子だ。
「守って……ひょっとして、例のオークが出たんですか? 兵士さんもいますし」
「うん、それでドラーニャさんのほうは大丈夫?」
そうして彼女、名はドラーニャ、か……小柄な少女はぱっと華やぐ笑みを浮かべて。
「ええ、オークが来たなんてこともないですし、いつも通りの朝でしたよ」
言葉の通り全然大丈夫と……おっと、今軽く口を滑らせたな?
「良かった。それで、村の警備にこれからはワーウルフの皆が力を貸してくれることになったの。村にワーウルフがいても、だから驚かないでね」
「分かりました。どうもわざわざ、ありがとうございます」
そうしてドラーニャはにこやかに丁寧に答……ええと、聞いてた話とだいぶ違う感じだが?
人当たりがよく明るく礼儀正しい。今の所目の前の少女にはそんな印象しか抱かない。
「そちらの……ええとキーアさん? ワーウルフを連れているという事は、ビーストテイマーなんですか?」
「まだ見習いです。師匠の下で修業している身ですから」
「そうなんですか? お若いのに凄くしっかりしていますね」
……いや、どう見ても君の方がお若くしっかりしているように見えるが?
「兵士さんは、国の方から来られたんですか? あっ! ひょっとして前々から村に良くしてくださってる兵士さんの方ですか?」
「ああどうも。いえ、肝心な時に村にいない役立たずなんですがね」
「そんなことはないですよ! 村の皆さん、言葉にはあまり出さないかもしれませんが感謝していると思います。国の腰が重いのはいつもの事ですし、そんな中で親身になってくれる人がいるというのは、きっと皆さんの心の支えになっていると思います」
「あ、それは、その、ど、どうも」
兵士も彼女の優し気な態度に触れてちょっと毒気を抜かれた顔をしている。いや、何だろうな、俺達の方が年下だったっけ?
「それじゃあ、特に何か作って欲しいという依頼は」
「ああ、一つ、お願いしても?」
と、俺の言葉にドラーニャ以外の全員が俺に目を向けて。
「実は、オークとの戦いで短剣を一本ダメにしてしまって。このくらいの……作ってもらえますか?」
手で大きさを示すと、少女は慣れた感じでどのような用途のモノかを把握したようで。
「はい、短剣ですね。承りました。何か細かいご注文は?」
「全てお任せします」
俺がそう言うと、小柄な少女は分かりましたと柔らかな笑みを浮かべてくれる。よし、これで少し探りを入れやすくなる。
そんなことを俺が考えていると、家の方から、何やらうっすらと気配が……。
「あっ……じゃ、じゃあ早速作らせてもらいますので、今日の所は、これでお引き取り願えますか?」
「え?」
そうして突然少女は態度を改めるように、急にどこかよそよそしくなって、そう言ったのだ。
「はい……ドラーニャさんも気を付けてくださいね? たまには、村の方へ遊びに来ても」
「あ、ええ、はい。それでは」
そうしてほとんど取り付く島もなく、彼女はそそくさと、家の方へと入ってしまう。
「あ、え、ええと、随分急なんだな? 短剣づくりってそんなに時間がかかるのか?」
兵士が異様な雰囲気の変わりようにそう口にするが、マルエラはどこか寂しそうに、ため息交じりに答える。
「いつもああなんですよ。最初は楽しそうに話すのに、途中でああなって家に入ってしまうんです。村に来てくれって誘っても、一度も来たためしがなくて」
成程、それは流石に人付き合いが悪いと表現されても仕方がないな。さっきの態度、どう見ても何か隠しているようなよそよそしさを感じたし。
「なあ、今の……」
「ああ」
俺とクーナは、けれどその直前の気配を、しっかりと掴んでいる。
何かの……合図か? 村人や兵士には分からないよう何かを知らせた?
「あの子、こんな村から離れた場所でその、一人暮らしなの?」
「あ、うん、そうだよ。村に来てって何度も誘ったけれど、仕事場があるここがいいって」
俺達は再び来た道を戻りながら、来た時よりも幾分和らいだ空気の中を歩む。
「あんなに小さいのに、私よりも年下なのにしっかりしてる。腕も確かだから、きっとキーア君の短剣もいいモノができると思うよ」
「ああ、そうだといいな」
まあ短剣が欲しいというより単にあそこに通う口実を作っただけだが。
「……それじゃあ、俺達は一旦ここで」
「えっ?」
「帰りは、兵士さんがいるから大丈夫だと思う」
俺の唐突な別れの言葉に、マルエラも護衛を任された兵士も目を丸くする。
「一緒に村まで戻らないの?」
「ここら辺の地形も少し把握しておきたいし、見渡せる場所とか、他にも隠れやすそうな場所も割り出しておこうかなって」
「へえー。ビーストテイマーっていうのはそんな事まで考えるのか」
兵士は感心したような声をあげるが……いや、こういうのは戦う者全員に共通することだぞ?
「あ、その、キーア君」
そんな中でマルエラは、少しためらいがちに、或いは後ろめたそうに、視線を泳がせて。
「さっきは……ごめんね」
さっき、が何を差すかは、まあ分かり切ってるな。
「その、キーア君は……私みたいな子、嫌い?」
「あ、いや……」
俺もああいう迫られ方は初めてで少し戸惑ったが、そのぐらいで嫌ったりはしない。
「そう……良かった」
言葉少なに、俺達は僅かに、心を通わせて。
「じゃあ、またね」
彼女、マルエラはそうして、笑みを浮かべて立ち去って行った。
「……」
ああ、本当に、俺にそんな気はないんだがな。
ミルキ・ヘーラは俺のことを優しいと思ったかもしれないが、実際の細かな違いはあれ、俺も君と、君の村を利用しようとしていることに変わりはないのだ。
餌にして殺すか、餌として噛み痕を残して助けるか、恐らくは、この程度の違いなのだから。
「なあ、クーッ!?」
マルエラと兵士が十分離れたのを確認し、俺は口を開い……。
「このっ! あんな女に、キスっ! されやがってっ!」
「んっ!? ぐっ!? クーっ!」
開いた口が、すぐに塞がれる。
荒々しく、クーナに組み敷かれるように、俺は傍の木に押さえつけられて。
「あ、れはっ! お前がたきつけたからだろうがっ!」
「ああなるとは思ってなかったっ! あいつの心っ! へし折ってやるつもりだったのにっ!」
ワーウルフの少女は猛り、けれどその瞳をどうしようもなく潤ませて、荒い息のまま俺に再びむしゃぶりつく。
「んぐっ!? んっ! んんっ!」
毛を逆立たせ、けれどどこか不安そうにその体を震わせる、俺の愛しいワーウルフ。
「んっ……はっ、な、ら、俺達二人とも、一本取られたな……」
「はっ、まだ、私は負けてない」
俺はクーナの後頭部に手を回して優しく撫でて、クーナはさっきと違い、優しく俺の舌に自分の舌を絡めて。
「気づいた、か? あの家、の、中の、気配……」
「ああ。あの場所に、二人分の匂いが漂ってた。少なくとも姿を見せてない奴がもう一人いる」
俺の後頭部と背が、木に押さえつけられて。背中には硬い感触と、細かく引っ付くソレが。けれど前は、温かで柔らかい、少女の胸に潰されて。
「は、は。背中のはクモの巣か。これ、ここで押さえつけられ続けたら、クモの巣まみれになりそうだ」
「知るか。埋め合わせ、してくれるんだろ?」
「ああ」
「してくれ」
俺達に、どうやらそれ以上の言葉はいらないようだ。
互いに互いを求める心のまま、俺達は二人のケモノになって、貪りあうのだった。
――
「ねえ、さっきの奴、何?」
私は家に入って靴を脱ぐなり、彼女にそんな風に声をかけられる。
木の床にぺたりと座って、胡乱な赤い瞳でこっちを見上げる、彼女に。
「ビーストテイマーだって。青い毛の子がワーウルフ。銀の髪の男の子がテイマーだよ」
「……ふうん」
興味なさそうに、けれど本当は気になる様子で、彼女はその綺麗な金の髪を弄ぶ。
「あいつら、私達の事調べてた?」
「どうかなー? 何か、ちょっと疑われたかもしれないね。銀の髪の子は表情が変わらないからよく分からなかったけれど、ワーウルフの子は多分何か感づいた」
あの子はちょっと、厄介だ。何せワーウルフは鼻が利く。姿を隠せても、匂いまでは隠せない。背負った鞄を外しながら、あの青毛の少女を思い浮かべて伸びをする。
窮屈な格好は、やっぱり私には向いていない。押し込めていたソレを、思うさま伸ばして。
「……あいつら、何?」
彼女は、はじめと同じ質問を、言葉を変えて投げかける。けれど今度は、同じ答えを返すわけにはいかない。
「分からない。話通りならただの人間に雇われただけの用心棒。けど、私も何か裏があるって思うな」
通りすがりのビーストテイマー……にしては、ちょっと達観しすぎてるかな。あの顔は。
あれは少し、危険かな。
「……勝てる?」
「勝てるって、本当は戦わない方がいいんだよ? 余計な戦いをしなければ、傷つくことだってないんだから」
勝てるかどうかなんて、誰にも分からないものだもの。種族の差で判断しても、轟く勇名に見切りをつけても、こればっかりは。
実際に、ふたを開けてみなければ、ね。
「よく言う」
「ふふ。じゃ、食事にしよっか」
私はそう言って、彼女の前に座り込む。そのまま手袋を外して、美しい彼女の顔を、傷がつかないようそっと抱き寄せ……。
「大丈夫だよ。私が、いるから」
彼女の耳元で囁いて。
そのまま彼女の顔を、自分の首筋にまで、引き寄せる。
「ここにいる間は、ね……」
優しくそう言うと、彼女は私の肉を、そっと食い破るのだ。
パサリと被っていた帽子も落ちて、そうして元の姿になった私は、静かに貪られるのだった。
<現在の勢力状況>
部下:古ゴート族82名、レッサーオーク51名、ギガントオーク67名、ワーウルフ21名、ワーダイル60名
従者:ベーオウ
同盟:大魔王ガルーヴェン
従属:なし
備考:第七悪魔商会と契約中、村の護衛に
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