夕日の中で見た彼女は
※こちらは旧版になります。なろうでは削除はあまり推奨されないので、ここに残しておきたいと思います。
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「アキちゃん! 五番テーブルに一皿あがりだよ!」
おかみさんの活気のある声が、この古びた宿にこだまする。
「おかみさん、三番テーブルさん骨付き肉おかわりです」
「あいよ! ったく忙しいったらないね!」
俺は空いた皿を下げつつおかみさんからまた一皿受け取って、せっせと運んでいく。
「キノコの荒盛りパスタ、お待たせしました」
そうして食事を待つ客へと、それを届けるのだ。
現在、俺はこの宿兼食事処クーラクで、住み込みで働いているのだ。
「おおー! 待ってました!」
「ここのキノコパスタ美味いんだよな」
「おまけにこんな可愛い看板娘が運んでくれるとなりゃあな」
俺の運んだテーブル席、三人の男はからかい混じりの口調でそう話しかけてくる。
「ありがとうございます。追加のご注文はありますか」
「かあー! この素っ気ない態度!」
「そこがいいんだよなあ」
「へへっ! 何なら君を注文したいってあだだだだだだっ!」
俺の尻に伸びた手を軽くひねってやると男の一人が脂汗かきながら叫ぶ。まあ、いつものことだ。
「ちょっとアキ! あんたさぼってないで働きなさいよっ! おかみさんに追加の皿もらってきなさい!」
「さぼってないわよ。誰かさんと違って私の仕事は接客だから」
「誰のせいでこんな仕事までしてると思ってんのよ!」
この宿の喧騒に負けないくらいにそう騒ぎ立てるのは……。
「あああもうっ! 準勇者見習いの私が何でこんな事っ!」
お盆を片手に叫ぶのは、何を隠そう俺を吸血鬼だと叫んだあの赤髪の女性、メアリィだ。
肩までで切り揃えたふわっと広がる赤髪に、黒のエプロン調の服はそのままに。
この宿で俺の監視を命じられて一緒に働くことになった、今は同じ女給メイツだ。
まあ正確には俺は男だが。
「嫌なら断ればよかったじゃない。私の監視なんて仕事」
「断れるわけないじゃない!? ギラさんからの直々の指令だし、何よりあんたを……アレだって間違えて叫んだ分の懲罰もあるんだろうし!」
という感じらしい。俺のことを吸血鬼だと看破したのはドンピシャなのだから、本来なら大手柄のはずだ。それなのにこれはちょっと可哀そうだが……。
俺も正体を隠さなきゃならないんでな。スマン。
「なら文句言わずに働きなさい。埋め合わせはいつかしてあげるから」
「何よ偉そうに! あんた立場的にはまだ採用審査中のただの一般人なんだからねっ! っていうか採用されるにしても私の方が先輩っ! 分かってんのっ!?」
「はいはい」
ギャーギャーとわめくメアリィ。聞けば彼女、歳は二十。若干落ち着きのない二十歳だ。
改めて見ると顔は年相応に大人の女性だが、くるくる変わる表情はまだどことなく子供っぽい。丸っこい目なんかは中々に可愛らしいと思うが。
「いやー、アキちゃんはとびきり綺麗だけどメアリィちゃんも中々いいじゃねえの」
「そーそー、勇者なんて危ねえ仕事辞めてここでずっと働けって。こんないい尻もったいねえ」
「ぎゃああああああああああああっ!? どこ触ってんだエロジジイっ!」
バキィッと今日も小気味いい音が響く。まあこの通り彼女もすっかり宿の人気看板娘だ。
「ああああああっ! 何で私がっ! 栄えある準勇者見習いの私がこんなボロ宿でこんな真似しなくちゃっ」
「どこがボロ宿だって?」
「あ」
乱闘におかみさんまで混じって、メアリィも別の悲鳴をあげている。ああ、今日も平和だ。
俺がこの国に来てから、今日で二十日あまりになる。
どうやら俺の採用審査は難航しているらしく、今日までずっとこの宿で働く毎日を過ごしている。幸いここは情報収集には向いているので、この国の事情には多少詳しくなったが……。
「おっ、おかみさんギブギブっ! あ、頭つぶれちゃうっ!」
「何だいだらしない。勇者なんたらっての目指してんだろ!」
「私は戦闘は専門外なのっ! だからヘッドロックはやめてえええっ!」
中々豪快に締め上げているな。縦にも横にも大きいおかみさんはメアリィを軽々とひねり上げている。
「ったく、毎日ピーチクパーチク叫んで! いい加減慣れなっ! それとこの宿の看板娘は何年経とうとあたしだかんね! これは譲れないっての!」
「いよっ! おかみさん!」
「いくつになっても綺麗だぜっ!」
常連客には人気のあるおかみさんは、自信満々でそう叫ぶ。周りもそれに歓声を送る様は……何だろうな、プロレスの試合でも見ている気分だ。
「そうですね。おかみさん可愛いですから、看板娘の座は揺るぎませんね」
「あ、アキ、あんたに面と向かってそう言われると、流石にあたしも恥ずかしくなるんだけれど」
「ていうかあんたその顔で言うなっての。嫌味のつもり?」
と、何故かおかみさんとメアリィに揃ってそんな事言われてしまう。別に嫌味のつもりじゃない、紛れもない本心なんだが。
「ああそうだ。アキ、ちょっと頼んでた香辛料を取りに行っておくれ。いつもの店でね。休憩がてらのんびりしてきな」
「はい」
さて、そうして買い出しを頼まれたのだが。
「……」
鼻をくすぐる、懐かしい香り。
店の中に一瞬漂ったその匂いは、俺に気付かせるとすぐに消えた。まるでその甘さで俺を誘うかのように。
ちょうどいいタイミングだったな。
「ああちょっと!? あんた監視されてる身だって分かってる!? 一人で勝手に行くなってのっ!」
「お使いに行くだけよ。それに香辛料を取りにいくのに二人もいらないでしょ」
俺はそう言って今もうめき声をあげる……監視役を都合よくまいて、出かけていく。
この国の街並みにもだいぶ慣れた。
街のいたるところに水路があり、街の中で小型の船が行き来している。大きさは数人乗りのものからクルーザーサイズまで様々だ。帆船もあれば蒸気船もあり、動力に魔力を用いたと思われる船まで存在する。
ここはファンタジー世界には違いないが、文明のレベルは中世というより近世に近いのかもしれない。
今も俺の足元、石橋の下を通り過ぎる小舟で男がパイプでたばこをくゆらせ新聞を広げている。少なくとも印刷技術はあるのだ。
「いい街ですね」
そんな橋の上で、水路を眺めながらその黒髪を風に遊ばせる少女。
「お久しぶりです、姉さん」
「ああ」
その慣れない呼び方は、改めて聞くと何だかこそばゆいな。
「元気にしてたか、マリエ」
「ええ」
マリエは水路を、俺はそれとは反対側の空を眺めながら、目を合わさない形で近づく。
血の匂いに誘われて、そうして俺達は久しぶりの逢瀬をかわすのだった。
「いつこの国に来た?」
「つい今しがた。第七悪魔商会に裏ルートを紹介してもらって」
裏ルート?
「新しくこの国とも裏で繋がりを持ったようですよ。それで兄さんがここにいることを話したら、私も入り込めるよう都合してくれました」
「そうか……何かあったのか?」
「いいえ、最近は魔王軍もおとなしいものです。うちはいたって平和です」
マリエのそんな言葉に……どうやら何かあったわけではないという事に安堵。
「姉さんの方はどうですか?」
「順調……だと思ったんだが、少し停滞している」
勇者としてブルーダラク領に行く。着実に歩を進めているのかどうか、今は分からない。
「一度吸血鬼と看破されかけた」
「姉さんについている監視役ですね。彼女、メアリィでしたっけ? 第七悪魔商会のレッドリストに載ってますよ。なんでも特殊な魔力感知で人間とモンスターを見分けられるんだとか」
ふむ、有名人だったか。その割には準勇者見習いという微妙な肩書だが。
「一応彼女に感知されないよう、私も感知除けのアイテムを持ち込んでいます」
「十分に気を付けろよ。この国にはどのくらい滞在する」
「いえ、もう帰ります。現状を確認しに来ただけなので。向こうもあまり留守にはできませんし」
そう言って、マリエは手を上にあげて伸びをする。のんびりしていけばいいとも思うが、ここは観光地ではないのだ。
少なくとも、俺達吸血鬼にとっては。
「ここに来るの、大変だったんですよ」
「すまないな、こんな連絡のためだけに」
「いえ、そうではなくて。ついていきたいっていう皆を説得して私一人で来るのが大変だっただけですから」
マリエは遠く空の向こうに思いをはせるように、ここではないどこかを見つめて続ける。
「クーナなんかついていくって聞かなくて大変でしたよ。耳をちぎれば連れてってくれるかって言われた時には少し焦りました」
「そ、そこまでしてか?」
俺を送り出す時は比較的あっさりしたものだったのに。しばらく会えなくて寂しくなったという事か?
「知らなかったんですか? 兄さんの前だと、皆いい子でいたがるんですよ」
「え?」
「クーナが兄さんに向かってずっと一緒だと言ったの、覚えてますよね? そんなクーナが、兄さんの足を引っ張りたくないからってあの時は引き下がったんです。他のみんなだって同じです。人間の国を経由しなければ、全員ついてきたでしょう」
俺は、俺の考えていた以上の皆の気持ちに、この場で少し心を打たれて。
「忘れないでください。兄さんが私達を愛しているのと同じくらい、私達も兄さんを愛しているという事を」
そんな言葉を風に乗せ、マリエは、温かな思いで俺の心を優しくなでて。
「あなたがこの街の外れで宿の看板娘やっていても、私達の愛しい吸血鬼には変わりありませんから」
一度だけ、俺の方をちらりと見て。
「必ず、帰ってきてくださいね」
「ああ」
俺は、この想いを余すことなく、短い言葉に乗せて。
「マリエ」
「はい」
「手を、握っても、いいか」
つい、愛おしさを抑えきれずにそうこぼすが……。
「ふふ、ダメです。ここは人間達で溢れる往来ですよ? 帰ってくるまではお預けです」
そう言ってすげなく返されてしまう。
「ですが兄さん」
「ああ、何……」
一瞬、またしても不意打ちのように。時間にすればほんのささやかな間に。
すっと、唇を奪って。
「これは、内緒にしておいてください。抜け駆けになっちゃいますから」
「……こっちの方がよほど目立つが」
「誰も見てない一瞬を狙いましたから問題ありません」
なんて、一方的な理屈で締めくくる。
「ああそれともう一つ。兄さん、あなたは最強の吸血鬼には違いありませんが、一つ厄介な弱点を抱えているという事も、お忘れなく」
それは……ああ、身にしみてわかっているさ。
俺にはタイムリミットがある。それもいつとはっきり明言できない、厄介な時限爆弾だ。
「では」
マリエは、そう言って振り返らずに去っていった。
俺の愛しい少女を追いかけて後ろから抱きしめたい衝動にかられながら、俺はそれを黙って見送って……。
「あ、アキ! こんな所にいた!」
駆け寄ってきた気配に振り返る。
「ねえ、今一瞬吸血鬼の感じがしたんだけど! どっかにそれらしいのいなかった!?」
「……ええと、ごめんなさい。今ちょっと指切っちゃって。吸血鬼の気配を感じたのはそのせいじゃないかしら」
「ええっ!? また私の勘違い!?」
がっくりとうなだれるメアリィ。いや驚いた。まさかマリエの気配を感知したのか? 感知除けを持っていると言っていたのにそれすら凌駕したか。
「あーもう、自信失くしそう」
「落ち込むことないわ。今日は調子悪いだけでしょう」
本当に落ち込む必要はないぞ。むしろ落ち込んでいて欲しいくらいだ。
「っていうか、何でアキはこんな所で立ち止まってるわけ?」
「……あなたこそ、私を追うためにわざわざおかみさんにお使いに出してと頼んだの?」
「ちょっと早いけど休憩もらったのよ。って、あんた、もしかして私が追ってくると思って待っててくれたの?」
「別に。綺麗な空を眺めていただけ」
俺がそう言うと、メアリィは可笑しそうにくすっと笑って。
「ふふっ、何よそれ。そう、そういう事にしておいてあげる」
「……何か勘違いしてないかしら?」
「いーえ別にぃ? ほら、お使い行くわよ! 半分持ったげるから!」
……すまないな、それは本当に勘違いだ。
まあすぐに追ってくるとは思っていたから、それを待っていたのも間違いじゃないんだが。
こうして監視役の彼女と奇妙な距離を保ちながら、俺は石畳の街を歩いていくのだった。
変化があったのは、それからすぐ、次の日だ。
「多分あんたの最終審査ね」
俺とメアリィは勇者支部第六演習場なる場所へとやってきていた。頑丈そうな石造りの、一見すると砦のように見える建物。俺達はここに出頭を命じられたのだ。
「ここで最終試験をして、合格すればあんたも晴れて準勇者見習いになれるわ」
「見習い……いきなり勇者にはなれないの?」
「はあ? あんたねえ、ちょっと強いからってなめんじゃないわよ」
メアリィはハンと鼻を鳴らすように、俺の言葉を一蹴する。
「いい? 勇者になれるのは選ばれた超少数精鋭だけなのよ! 完全実力主義の人類最強の戦士たちなんだから! そんな簡単になれると思ったら大間違い! 私がどれだけ苦労してると思ってんのよ!」
受付と思われる場所でメアリィは手続きをする。俺を連れてきたことを告げると、すぐに確認を取り俺達を通してくれた。
「ま、あんたもせいぜい頑張る事ね。まずは今日の試験を突破してからだけれど」
「そういえば、あなたはどうして勇者を目指しているの?」
通路にコン、コンと反響する靴音を響かせながら、俺は前を行くメアリィに問いかける。
「私? 私はね、勇者になって大金持ちになってやるのよ!」
「……意外と俗物的な理由ね」
以前、勇者を志望するものは大半が大切な人や家族を魔王軍に奪われた者たちで、残りが金と名声を求めるものだと聞いていたが、まさか後者とは。
「うっさいわね、いいでしょ別に。私には二人の妹と三人の弟がいるんだから」
「え?」
と、続けて語られた言葉には、ちょっと意表を突かれる。
「私これでも元貴族なのよ。うちは成り上がりだったけれど、ちゃんと国の端っこに領地もあって。けど父様がちょっと悪い奴らにそそのかされちゃって……それであっという間に没落」
腕を後ろで組みながら、通路の天井を見つめてメアリィは進む。
「路頭に迷って、元々体が強くなかった母様が死んじゃって、父様も後を追うように。ついこの間までプチ跡取り争いしてた兄弟同士で必死に力を合わせて何とか生きてきたのよ」
「それは……大変だったわね」
「まあね。ていうか、実はあんたも似たようなモノでしょ?」
そう言って振り返るメアリィ。
「あんたの振る舞い、どう見ても庶民のそれじゃないもの。おかみさんと比べたら浮きまくってるわよ」
「それは……その」
「ああいいわよ、別にそんなところまで報告しろって言われてないし。勇者を志願する人間に過去を語りたがる奴なんてそういないから」
それは……色々とありがたいが、逆に軽い気持ちで聞いてしまって申し訳なかった。
「家を再興するつもりなの?」
「それはもういいかな。最初はちょっとだけそんな事考えてたけれど、ああいうかたっ苦しい世界、私には向いてなかったし。あの宿であんたと働いてみて楽しかったしさ。私はああいうの向きだわ」
「……おかみさんに怒られっぱなしなくせに」
ほっときなさい、とメアリィは、笑って。
「だから絶対勇者になって、それで引退するまでにたっぷり稼いで! で、引退したらおかみさんの所みたいな食事処開いて、家族で楽しくやっていくのが、今の私の目標!」
だから、とこの話を締めくくるように彼女はウインクしてみせて。
「あんたも頑張りなさい。目標をかなえられるように」
「……ええ、そうするわ」
通路を抜けて広い場所に出ると、そこで待っていたのは。
「よう、二人とも元気か?」
「久しぶりー、フウ子」
金髪三つ編みおさげに褐色肌の、あの雷の速度を持つ少女だ。
「フウ子って、お前までその名で呼ぶのかよ……まあいいや。アキ、今日はお前の実力、もう少し見せてもらうぜ」
「ええ、試験ね」
腕を組むフウ子に、こちらも静かに闘志を燃やす。彼女が相手なら俺もそこまで手が抜けないからな。
「試験? ああ、勇者志望のやつか。あれならもう合格だぜ」
「え?」
「へ?」
「おめでとう。アキ、お前は今日から正式に勇者だ」
あっさりとそう言われて……え? 何? 合格?
「色々審査でもめたらしいが、実力は本物だしな。準勇者どまりで遊ばせておくわけにもいかねえし、まあ妥当だろ。良かったな」
「え、ええ……その……」
俺以上に、俺の横で口をあんぐりと開けて衝撃うけているメアリィに、なんて言っていいのか言葉を探して……。
「……絶対! 絶対私も勇者になってやるんだからっ!」
「う、うん、その……頑張ってね」
「ああーっ! ちきしょー!」
ガンガンと後ろの壁相手に拳を叩きつけるメアリィ。ええと、その、悪いなホント。
「じゃあ、今日は何をするの?」
「言っただろ、もう少し実力を見せてもらうって。お前にあった武器選びだよ」
武器……ははあ、成程。
「魔王軍相手に素手で戦えねえだろ? まあお前は十分素手でも強かったが」
「それでどんな武器がいいか試すのね」
「まあな。お前、あれだけ動けるってことは武術の心得があるんだろ? 獲物は必要ないかもしれないが勇者特典で武器はタダで見繕ってやるから……ってメアリィいい加減にうるせえよ」
だりゃああああっ! なんて壁を叩く声がパワーアップしている。
「あいつ戦闘はからっきしだが、索敵方面の才能は飛びぬけてる。どうせすぐに出世すると思うんだがな。まあいいや、何か武器の希望はあるか?」
フウ子は呆れつつもメアリィに送る視線は温かい。俺はそんな姿に少し安堵しながら。
「なら、そう……剣がいいわ」
戦いにおいて武器を必要とするのは、俺達吸血鬼も人間と同じだ。
吸血鬼は血を操る力で遠距離はカバーできる。牙を使っての近接戦闘も得意だ。だが武器を持った相手と中距離で戦う時には、やはり獲物が必要になる。
俺が使い慣れた武器といえば……やはり剣以外にないだろう。
「剣、か。おーい、ブカディーリ!」
「ん? おーおー、そいつが例の新入りか?」
離れたところにいたその男を呼びつけて……って、近づいてくる姿は随分と小さくて……。
「ああこいつ、この演習場専属のドワーフ、ブカディーリだ」
「ど、ドワーフ?」
「よろしくなキレイな嬢ちゃん」
俺の目の前、腰の高さとちょっとしかない小さなおじさん。それがいま紹介されたドワーフの姿だった。ちょうどベーオウ達を相手にしている気分だ。
体はそんなでも、豊かな黒い口ひげをたくわえた顔はそこそこに年季が入っている。まあ間違いなく五十は越えているだろう。作業着のように飾り毛のない濃い緑のつなぎが、いかにも職人らしさを醸し出している。
「こいつに剣を見繕ってくれ」
「あいよ。嬢ちゃん、名前は?」
「あ、アキよ」
「俺はブカディーリ。ドワーフを見るのは初めてみてえだが、腕は保証するぜ」
少々物珍しそうに見てしまったか。そんな事を言われて少しバツが悪くなる。
ドワーフといえば、ファンタジー世界では定番の種族だろう。
彼らは元々鉱山地帯の穴に潜み暮らしていた。そのため鉱物の扱いに長け、物語の中では比較的人間と友好関係を築きやすく、鍛冶屋のように扱われていたりする。
この世界でも概ねそんな認識だろうか? この国にきて、人間以外の種族が人間と友好的にしているのを初めて見た。
「ここでは、あなたみたいな人間以外も受け入れられてるの?」
「何だ嬢ちゃん、モンスター排斥主義者か? 俺みたいなのは例外だぜ。人間の役に立つって理由でここにいるんだ。受け入れられた、なんてのには程遠い」
「そう……私は差別なんてしないわよ、ブカディーリさん」
俺の正直な言葉にこのドワーフは好感を持ったらしく、にかっと黄色い歯を見せありがとうよと言ってくれた。フウ子辺りは少し複雑そうな表情でこのやり取りを見つめて。
ふむ、まあモンスターとは色々あるよな。現在魔王軍と戦争中の人間に文句を言うのは筋違いだろう。
人間の役に立つ。丁度俺がここにいられるのも、似たような理由なのかもしれない。
「そうだな、嬢ちゃんの細腕に合うのはこういう剣か」
そうして奥まった場所に連れていかれ、壁に並べられた剣を見せられる。
「軽くて丈夫。それでいて切れ味は抜群よ」
見せてくれた剣は、第七悪魔商会で見たショートソードとそっくりだった。それより少しシャープに、より洗練されたように見える。成程、リダリーンがあの時型落ちだと言っていたのは確かなようだ。
「こいつならオークの肉を軽々引き裂いて……って、お、おいおい嬢ちゃん?」
「え、アキ? お前それは」
勧めてもらったところ悪いが、その剣は俺には向かない。
「手にとってもいいかしら?」
「いや嬢ちゃん、いいけどよ、そりゃあ重装歩兵用の……ええっ!?」
俺が手にしたのは、俺の身長ほどの片刃の大剣だ。
先端が斧の刃のように丸くなっており、そこから片側の刃が鉈のようにカーブを描いている。柄は少し長めで扱いやすく、刀身の腹の部分には穴あき包丁のようにいくつも穴が開いている。
獲物を斬った時に肉がくっつかないようにする他に、軽量化の意図もあるのだろう。先端に重量を寄せることで振り回した時の威力もあげている。大剣にしては細やかな配慮が効いた逸品だ。
「ふうん、悪く無いわ」
俺が片手で振ってやると、空気の中にスッと切れ込みを入れるようにスムーズに刃が進む。意外なことに空力も考慮されているらしい。試しに千本神楽を舞ってみても何ら問題なく乱れ切りが可能だった。
「じょ、嬢ちゃん……そ、そいつは、片手剣じゃ……」
「そうね、こんな長い柄はいらないわ」
俺がくるくると頭の上で大剣を回すのを見て、ブカディーリだけでなくフウ子まで口を開けている。
「あとは……片手にこのナイフでも」
壁にかけてある刃渡り二十センチほどのナイフを手に取る。コンバットナイフと日本刀の短刀を足して割ったようなやつだ。
「うん、いいわね」
短いながらもしっかりした造り。頑丈で、切れ味もよさそうだ。
大剣とナイフを手に、俺は再び千本神楽を繰り出す。二刀流で、目の前の空間に数百近い斬撃を見舞い、その手ごたえをしっかりと感じて。
吸血鬼としての力が使えない以上、俺の戦いは近距離がメインになるだろう。まずは大剣を振って近づき、相手の武器を払ったうえでナイフでとどめ。この流れを作れれば理想だ。
「あんた……本当に、とんでもなく強いのね」
「? 何言ってるのよメアリィ」
俺が舞い終わるともう落ち着いたのか、目を丸くして俺にそんな事言ってくるメアリィ。
「こんなのただくるくる踊っただけよ」
以前にも言ったが、剣の戦いとはじゃんけんだ。相手に勝つ手をいかに繰り出せるかで勝負は決まる。いくら剣を速く振れたからといって勝てるわけではないのだ。
「強いかどうかなんて、実際に強い相手と戦ってみなければ分からないわよ」
「……」
「……」
「え、私は嫌だぜ?」
俺の言葉にメアリィもブカディーリも揃ってフウ子を見たが、当の本人は首を振る
「あんなの相手にしたくねえよ」
「いやフウ子、あんたでダメなら誰が相手できんのよ?」
メアリィが半ば真剣な顔して突っ込みを入れている。
「そろそろ演習時間だから誰かくるだろ……って噂をすれば、おーい!」
「あん? 何だよフゥーコゥレ……と、新入りか?」
別の入り口から現れた若い男が、そうしてやってくる。
「初めまして、アキです」
「お、おう……へ、へえ、今日新人が来るって聞いてたけど、君が? い、いやあよろし、あだあっ!?」
「何鼻の下伸ばしてんだよ」
歳はだいたい十七、八。黒髪つんつん、百七十後半くらいの背丈で全体的には細身でちょっとおっとりしてるが、体自体はよく引き締まっている。ふむ……かなりやれそうだ。
「バカっ! いきなり蹴るなよ!」
「デレデレしてる方が悪い。つーか、アキの演習相手になってやってくれよ」
「え? あ、ああ。いいけど君、俺とやるの?」
青年とも少年ともいえそうな彼は、ちょっと気軽に尋ねるようにそう言った。年下の少女など歯牙にもかけないといった様子で。
実力の方はやはり自信がある、か。面白い。
「コイツ、私の雷速を初見でかわしたんだぜ」
「え、何、バケモノじゃん……やだよ」
「えっ」
そうして軽い雰囲気のまま断られる。
「フゥーコゥレがやれよ」
「やだよ」
「ちょっと、栄えある勇者が新人相手に何渋ってるのよ」
メアリィが今度は呆れたようにそう言うが。
「じゃあメアリィ、ベテランのお前がやってみるか?」
「すいません調子乗りました」
なんか、軽いコントのようなノリになったな。
「いやその、悪いけどそんな実力あったら、俺だと手加減できないから……そろそろ演習時間だから誰か、あ、来た来た! おーい!」
と、彼もさっきまでの流れをまるでなぞるように声をあげる。
「何? あら、新人の子? へえ、凄い可愛い」
「姐さん、ちょっと俺の代わりにこの子の演習頼まれてよ」
寄ってきたのは二十代前半くらいの女性。右手には大きな爪をつけた巨大なナックル、左手は……白いシャツを縛るようにして隠している。隻腕だ。まだ若いが、纏う風格は歴戦の戦士のそれで。
そんな彼女がにっこり笑って。
「いいわよ。なーに、緊張してる? 大丈夫大丈夫、手加減してあげるから」
「ああ姐さん、コイツ私の雷速初見でかわしたから」
「え、バケモノ? ちょっと嫌よそんなの」
おーい! またしてもこの流れか!
「おいお前ら、栄えある勇者が何ビビってんだよ」
「ねえフウ子、それさっき私があんたに言ったわよね?」
「いやだって、雷速越えなんて私の手に負えないわよ」
「あれだ、次来る奴には隠しておこうぜ」
そんな子供の悪戯みたいなノリで話し合う勇者たち。それでいいのか人類最強の戦士たち。
「おっ、来た来た! おーい教官!」
「んー?」
今度は教官か。のんびりした声をあげたのは二十代くらいの痩せた男で……って、どいつもこいつも皆若いな。こういうのってもっと脂ののったベテランぞろいなのかと思っていたが。
「新入りの子ですよ! ちょっと演習付き合ってやってください!」
「あー、はいはい話は聞いて……」
と、俺を見てこの男は目の色を変えて。
「うわー、すっごいね。君みたいな可愛いコ、そうそうお目にかかれないよ」
何か、すごい色目を使われた。短めのぼさぼさの髪、軽量そうな白のズボンに腰に差した剣、紺のシャツにポケット多めの黒いチョッキを着た、どこか軽薄そうな男。
「そうなんですよ、コイツ可愛いからって調子乗ってて!」
「え」
「広報からもすげえ気に入られてて、コネで勇者になったようなやつで」
フウ子は突然そんな事を言ってコッソリ俺の腹を肘でつついて。
「……ゆ、勇者とか、余裕?」
俺も流れに合わせて調子に乗っている感を出す。いやこの小芝居必要か?
「はっはぁー成程。いいよ、武器選びでしょ? 演習付き合ってあげるよ」
男はそんな小芝居に乗せられてうっすらと殺気を漂わせる。あ、ああ。まあ結果オーライか。
「それにしてもそんな大剣片手で持てるなんてすごいねえ。大剣使い始めてどのくらい?」
「いえ、生まれてから今日で触るのが二度目です」
「……はっは、そう。こりゃ本物だ」
その顔は笑っているが……目はもう俺のことを調子に乗った小娘としか見ていない。やれやれだ。ちなみに魔剣と合わせて大剣を握るのが二度目なのは本当だ。
「ねえ君、あー、確か名前は……アキちゃんだっけ? 僕が勝ったら一日デートしない?」
そう言いつつさりげなく魔力を溜めながら、演習場の中央へ移動する。
ふむ、ここは気づかないふりをしておくか。
「調子に乗らないで。でもいいわ。負けたらデートでも何でもしてあげる」
「やったね。じゃあ……あれ?」
中央に向かう彼に合わせて、俺は演習場の端に移動する。
「いいのかい? どう見ても近距離装備なのにそんなに離れて」
「ハンデよ、教官さん」
さらに調子に乗った芝居を続けて……って、ここまでくるともうただの嫌な奴じゃないか?
まあ、離れたのにはちゃんと理由がある。
「……いいねえ、若いってのは。怖いもの知らずで。ルールは?」
「何でもありで」
ため息交じりに、彼は腰の剣を抜く。あのショートソードだ。
そう、武器を見る限り、彼の方こそ近距離戦仕様なのだ。だが恐らく溜めた魔力から、そのまま遠距離戦を仕掛けてくるつもりだ。彼の視線は、俺の武器に向けられた瞬間から魔力を溜めていた。教官を名乗るだけあって、当然じゃんけんができる実力があるのだろう。
だからあえて、調子に乗った小娘の芝居を続ける。
「ま、教官として色々と教えてあげようかね。手取り足取り、ね」
「……気持ち悪い」
やはりさりげなく溜めた魔力を発射体勢に持っていったことにも、気づかないふり。
「お、何だなんだ」
「あれ新入りか? 教官とやるのか」
「うわー、何アレすっごい可愛いんだけど」
どうやらギャラリーも集まってきた。ああ、その、皆が見ている前で、悪いな教官。
「じゃ、約束忘れないでね。誰か合図お願ーい」
「あ、じゃ、じゃあ私が」
メアリィが名乗り出るが、その目は俺に心配そうに『大丈夫なの?』と訴えている。
流石に教官相手だ、あまり調子に乗ると危ないわよとその目は語っていた。ああ、大丈夫。分かっているさ。
「そ、それでは両者構えてっ!」
ギャラリーが増えようが、相手が人間だろうが、そんなものは一切関係ない。そう……。
「はじめっ!」
元から手を抜くつもりなど、さらさらない!
「あああああああああっ!」
「なっ!?」
俺は開始の合図と同時に、大剣を力いっぱい、地面に叩きつける!
「うおおおっ!?」
折角大剣がフックの形をしているのだ。だから刃で地面をえぐるように、そこの土をかき出し……教官めがけてぶちまける!
彼も魔力を溜めていない俺が遠距離戦を仕掛けてくるとは思っていなかったようで、高速で迫る土塊を、仕込んでいた魔法で迎撃する。
「このっ!」
バシンバシンと土塊は炎の弾と相殺し合って弾けるが、それで十分だ。
この土塊は……ただの煙幕!
俺が一足飛びで近づくための!
「くっ!? 速っ」
「らあああああっ!」
ショートソードの一振りをかわし、返す刀で振りかぶった大剣の一撃っ! 隙をついた攻撃でも教官はショートソードを巧みに操り防御するが……。
もう、勝負はついた。
「うがああああああっ!?」
大剣を、力任せに叩きつけた。
こんなものはじゃんけんで言えば、せいぜいがあいこだろう。だが元々の獲物の重量が違いすぎるし、俺は、力比べには自信があるんでな。
防御に回したショートソードごと、教官をズダンと地面に叩きつけて……。
「決着、ね」
そうして仰向けに、地面に倒れた教官の腹に膝をたて組み伏せ、両手で俺の大剣の一撃を受け止めた彼の首に、スッとナイフを突きつけて。
「あ、な……」
「ごめんなさい。教官を、侮っていたわけじゃないんです。こうでもしないと、戦ってもらえないと思ったので」
そんな状況に汗かき顔をこわばらせていた教官は、俺の言葉に意外そうに目を見開いて。
「私が採用された理由は知りませんが、少なくとも、まだ右も左も知らない新人であることは確かです。よろしくご指導のほど、お願いします。それと」
剣を離し立ち上がる俺。しんと静まり返った演習場で、続く言葉もよく響く。
「こんな私ですが、よろしければ次はもう少しロマンチックな言葉で、誘ってくださいます?」
そうしてまだ地面に倒れたままの彼に、ぺこりと一礼するのだった。
――
夕日が照らす、石畳の街。
人間の国で、もう見慣れた光景になりつつあるそんな時間に心が落ち着く。
人々は家路を急ぎ、或いは夜の街が目を覚まし始め、一軒一軒の明かりの向こうに温かな声が響く。そんな時間だ。
「決着よ、キリッ!」
「メアリィ、その、分かったから」
俺とメアリィも人々の波に紛れながら、俺達の帰る宿、クーラクへと向かう。赤い光が赤髪の彼女を優しく照らして。
「次はもう少し、ロマンチックに誘ってくださる? キリッ」
「そ、そんな言い方だったかしら?」
あれから他の勇者や広報を名乗る者に絡まれながら、色々と面倒な手続きを済ませてきた。で、その帰りにメアリィの物まねショーが始まってしまったわけだが。
「もーなんかスカッとしたわよ! 実はあそこの教官、あたし苦手だったんだ。なんか目つきがやらしーっていうかさー」
「そ、そう?」
まあ俺も少し感じたが。
「にしても、アキって本当に強いのね。あの教官に勝ったんだから、今度こそそう言っていいんでしょ?」
「ん、まあ、その、そうね」
「何よ煮え切らない言い方して」
不機嫌そうに俺の方を見るメアリィには悪いが、まあ、そんな簡単に勝ちを拾えたわけでもないんだ。
「勝てたのはたまたまよ。あの教官がたまたま私を調子に乗った小娘と勘違いして、たまたま私の奇襲の狙いがバレないで、たまたま彼が私の力を甘く見てくれたから」
「……いやそれ、油断はともかく普通にアキの実力勝ちじゃない」
まあ、そうなんだが。
「彼は乱れ飛ぶ土塊の奇襲にも正確に対応してたし、私が先手を取るための煙幕にも動揺せず、しっかりと先んじてみせたわ。私が力を込めた一撃にも、剣すら折らせず耐えてたし。あれだけきっちりと攻撃手順を潰されるとは思ってなかったから」
「え、う、うん……皆色々考えてるのね」
メアリィは会話についていけないのか、あっさりと話を締めくくろうとする。
まあ特に女の子には興味のない話題なのだろうが、仮にも勇者を目指してるんだろう?
「メアリィは戦闘が苦手なのね」
「う、うん……正直よく分かんないのよね。アキみたいに力も強くないしさ。まあ向いてないのなんて最初から分かってたけれど」
はは、と、彼女は俺の前で、初めて苦笑いを浮かべて。
「やっぱ身の丈にあったものを目指さないとダメなのかしらね。私、フウ子みたいにとびきり凄い技が使えるわけじゃないし、アキみたいに戦闘センスもないしさ」
「……何言ってるのよ」
フウ子も言っていたが、本人はあまり自分の才能を自覚していないのか。
「あなたが、私を吸血鬼だって叫んだんじゃない」
「あー、いや、だってあれ微妙に間違えてて」
「間違えるくらい、どうってことないわ」
えっ、と小さく言葉にした彼女に、俺は告げる。
「別に間違えたっていいじゃない。もしも私が悪い吸血鬼で、あなたがあの場にいなかったら……人類最強の戦士たちは、今頃吸血鬼の毒牙にかかって全滅だわ」
「あ……」
そう、俺達人間に紛れるモンスターからすれば、そこら辺の強い勇者より君の方が数段恐ろしい。
「あなたはきっと、人間の勇者という組織において絶対に必要な人よ。だから、メアリィが望んでいるのは、高望みなんかじゃない。誰が何て言おうと、私がそう、言い返してあげる」
……正直、落ち込んで勇者の道を諦めてくれるのなら、それが俺達モンスターにとっては一番良かったんだろうがな。
だが、まあ、夕日の中で可愛い顔をそんな風に悩んで曇らせてたら、流石にこう言うしかない。
「あ、アキ……」
「いつもの明るいあなたらしく、自信持ちなさいよ」
夕日に染まり、赤くなる頬に、そっと手を当てて。
「あっはは、やっぱり、かなわないわね。あんたそんな綺麗な顔して強くて、おまけに中身まで格好いいなんて、反則よ」
「何よ、あなただってとっても可愛くて綺麗よ」
俺は夕日よりも赤いその綺麗な髪に、軽く指で触れ。
「ふふ、全く、よく言う……あ、いやちょっと待って、あんたひょっとして……そっちのケがあるわけじゃ、ないわよね?」
急に真剣な表情で声を潜めて何を言うかと思えば……さて、どうだろうな?
ん? あれ? そうだとするとこれは浮気になるのか?
「あーでも、何か元気出た! アキ、ありがと! 私も頑張って勇者になるぞー!」
道行く人々が振り返るのも気にせず、彼女は両手をあげてそう叫ぶ。
「そんでもって金持ちになって! 家族でいい暮らししてやるぞー!」
「その意気ね」
彼女の眩しい姿に目を細めながら、俺も、夕日に向かって心の中で告げる。
きっと、ブルーダラク領にたどり着いてみせる、と。
「さて、さっさとおかみさんの所に帰って……」
「? メアリィ?」
ふっ、と、さっきまでの勢いが消える。
あれだけはしゃいでいた彼女は、何故か、急に黙ってしまって……。
「アキ、モンスター、近くにいる」
「ッ!?」
そう。それは、唐突に告げられた。
「ど、どうしよう……演習場に戻って応援呼んだ方がいいかな」
「お、落ち着いて。大勢いるの? 一人なら、私が取り押さえるわ」
小声で話しかけてくるメアリィに、表面上は冷静さを繕いながら、内心動揺しつつ状況を確認していく。
「た、たぶん一人。近いかな。というか私近くじゃないと分からないけれど」
「その、例えばどっちの方向に」
言いかけて、少し先、人垣ができている一角を見つけて。
「あ、アレ! あそこ! なんか大勢集まってる所!」
メアリィが、ずばりその人垣を指さして。
「後ろからついてきて」
「あっ、アキ!」
街中に潜む、モンスター。
それがあの人垣の向こうにいるという。
……何か、心の底を這いまわるような、いやな予感が。
「あのっ! 何があったんですか?」
「ん? ああ、何か捕りものみたいだよ」
「吸血鬼が捕まったんだと!」
俺が話しかけた二人から……そう、最悪の言葉を返されて。
「きゅ、う、けつき……」
「恐ろしいよな。人間に化けて忍び込んでいたんだとよ」
「それも女の子だそうだ」
どく、どく、と、俺の心臓の鼓動が痛いほど高鳴って。
ま、さか。
マリエは、昨日……そう、昨日の時点で、すぐに帰ると言っていたのだ。あれから一日経っている。そ、そう、だから……そんな、はず。
「アキ、どう!? 何がどうしたって」
「すっ、すいませんっ! 通してくださいっ!」
「あ、ちょ、アキっ!?」
メアリィの声も俺には届かず、俺は必死に、すがるように、人垣をかき分けながら手を伸ばす。
まさ、か……まさかっ!
「ほらっ! さっさと出ろっ!」
「これ以上痛めつけられたいかっ!」
人垣の、先。
一軒の家から、二人の兵士が、一人の少女を連れて出てくる。
その少女は、ボロボロで。
何故か布すら纏っていない、裸の状態で。
マリエと同じ、黒髪で……。
「ひっ! い、いやあっ!」
けれどマリエとは違い、足元まで伸びるツインテールを、揺らしていた。
<現在の勢力状況>
部下:古ゴート族82名、レッサーオーク51名、ギガントオーク67名、ワーウルフ21名、ワーダイル60名
従者:ベーオウ
同盟:大魔王ガルーヴェン
従属:なし
備考:第七悪魔商会と契約中。勇者の称号を獲得
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