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勇者の実力

※こちらは旧版になります。なろうでは削除はあまり推奨されないので、ここに残しておきたいと思います。


新版はこちら

https://ncode.syosetu.com/n4218fv/61/


「こいつ吸血鬼ですっ! ギラさんっ!」

「ッ!」

 けたたましく鳴り響く、警報。

 世界は一瞬で色を変えた。


「吸血鬼だっ!」

「全員で囲めっ! 絶対に逃がすなっ!」

 詰所から突如現れる、二、三十代の男女十数人。それぞれが武器を手に、この鬼気迫る空気の中で状況を把握し動いていた。

 な、にが、どうなっている!?


「て、めえっ! 吸血鬼が化けてやがったか!」

「くっ!」

 バアンと蹴飛ばされたテーブルをバックステップで避けつつ、俺との間に作られた簡易バリケードの先に立つ、その男を見た。

 警報を発したのはギラと呼ばれていたこいつだ。いつの間に握っていたのか、赤く光る宝石をその手にして。


「骨のあるやつが来たと思えば……まさか勇者を志望して潜り込むとはな!」

 あの鋭い視線がさらに鋭さを増して俺を睨みつける。周りの、詰所からわらわらと集まってきた人間達も緊張した面持ちで俺の一挙手一投足に目を光らせて。


 くっ! まさか、こんなことになるとは!

 先ほどまで厳しさの中にどこか優しさを感じさせてくれた瞳も、今や敵意の色に染まっている。ああ、その瞳には嫌というほど覚えがある。吸血鬼を憎み、忌み嫌う人間の目だ。

 な、なぜ、バレたんだ!? いや! 今はいい! 今は目の前の状況への対処を……。


「覚悟はできてんだろうな? ええ、吸血鬼」

 スッと音もなく腰のナイフを抜き、逆手に構えるギラ。雰囲気からして、あまり手を抜いていい類の相手じゃない。周りの人間達も剣や槍、斧に杖など武器を手に一歩も引かない気配。厄介なことにどいつもこいつもそこそこには腕が立ちそうで……。


「できてなんて、いないわね」

 冷静さを装い、必死に頭を巡らせていく。

「まずは話し合う……なんて、できないかしら」


 考えろ、この状況を切り抜ける手を!


 ここで俺が暴れてしまえば、これまでの流れが全部水の泡だ! 波風立てないよう女装までして人間の国に潜り込み、ついさっきもこの男と、演技交じりとはいえ心の内をぶつけ合って……。

 それをここで崩すのか!?


「馬鹿言え、話し合いならお前の手足をもいでからでもできるだろ」

「……取り付く島もないわね」

 本気を出せば、こいつらを皆殺しにすることはできる。いくら人間の手練れだからといって、俺はそれ以上の修羅場だって何度も乗り越えてきたのだ。

 だが殺せば……後へは引けない!


「私に、敵意はないわ」

 今更殺すことには罪悪感など無い。

 しかし状況はそれを恐らく許さない。現在ブルーダラク領と人間の国は休戦中なのだ。つまり形の上だけだとしても、両者の間には和平が成り立っている。


 ここで吸血鬼としてこいつらを殺せば、全て台無しだ!


「そうか。お前らが敵意無しに牙を突き立てられることぐらい、知ってるさ」

 じゃり、とすり足で音を立てるギラに、その揺るがない瞳に、俺は動けない。説得も通じない、戦う事すら憚られる。

 ならば逃げるか? いや、どうして俺が吸血鬼だとバレたのかを知らなければ、また同じところで足をすくわれる!

 どうする……くそ! どうすればいい!?


「おしゃべりは後でいいな。始めようぜ」

「くっ!」

 完全に八方ふさがりな状況で、俺は追い詰められ……。


「あ、あれっ!? ま、待ってください、なんか、ちょっと、変」

 そんな中で、声が聞こえた。


 そう、最初に俺を吸血鬼だと叫んだ、赤髪の女性が……。


「え!? な、なんでっ!? あ、あれでも吸血鬼だし、あ、あれっ!?」

 何故か俺を見て、より一層困惑するのが目に入り……。


「お、おいっ!? どうしたっ!」

「ギ、ギラさん、なんか変なんです。あいつ……分かんない! こんなの、初めてで」

 ギラも彼女の言ってることが分からず困惑する。この場にいた全員が、俺を警戒しつつ彼女のそんな言葉を、確かに聞いたのだ。


 これは……これはまさか。

 千載一遇のチャンスか!?


「なら、教えてあげるわ」

「ッ!」

 状況が混乱の中にあるというのなら。

 この娘がどうやって俺を吸血鬼と看破したのか分からない以上、賭けにしかならないが……。

 賭けてみる価値は、ある!


「私は人間、正確には『元』人間よ」

「何っ!?」

 ギラは鋭い目と戦いの構えを解かずに、けれど俺の言葉に反応して。


「私は幼い頃に吸血鬼にされた、吸血鬼の血を宿す、人間の娘よ」

 ざわ、と、警戒一色だった空気が、その瞬間変わったのだ。

 知っているだろうか。ヴァンピールやらヴァンピーラだか呼ばれていたりする、吸血鬼と人間両方の血を引く者。あるいは人間から吸血鬼にされたものにつけられる名だ。人間の母を持つマリエも一応これに含まれる。


「昔、私は吸血鬼によって人間を辞めさせられた。以来人目を避けてずっと隠れ住んでいたわ」

 胸に手を当て、胸の内を告白するように言葉を紡ぐ。一応言っておくが、これはこの場を乗り切るための演技、アドリブだ。

 吸血鬼が正体を看破された時、咄嗟に使うのがこの手だ。正直あまり使いたくない手だが、背に腹は代えられん。


「え、あ、あんた、元人間? きゅ、吸血鬼にされた?」

「そうよ。私の何を見て吸血鬼だと思ったのか知らないけれど、これは事実よ」

 困惑に付け込みそう思い込ませる。何を疑問に思っているのか分からないが……これで勘違いしてくれ!


「もう一度、言わせてちょうだい。私はあなたたちに、敵意なんてないわ」

 今度は正真正銘本心をぶつける。

 俺の目的はブルーダラク領に行くこと。それこそ人間と敵対するつもりはさらさらない。


 それに俺自身……ギラとのやり取りで、少しだけ思うところがあった。

 ただの少女に真剣に向き合い、あんな瞳ができる男に心を揺さぶられた。誰かを大切に思う心は、人間も、俺達吸血鬼とそう変わらないのだと、改めて教えてもらった。


「戦いたくは、ないわ」

 殺したくない。

 そう、もう一度本音をぶつけて。


「も、元人間?」

「あるのかそんな事?」

「いや、確か吸血鬼キラーって呼ばれてる……」

 俺の言葉に周りは警戒を緩め始めていた。どうやらこの国ではヴァンピールやヴァンピーラを迫害する風習はないようだ。誠に遺憾だが、人間達は自分たち寄りの吸血鬼でさえ、時に嫌悪したりするからな。


「元人間、だと……」

 目の前の男、ギラの視線の鋭さは変わらない。戦闘態勢も解くつもりは無いらしいが、それでも瞳の奥、揺れ動く心は確かに感じた。

 吸血鬼と看破される前の俺に、一人の少女に向けていた優しさが、その瞳の揺らめきの中に、陽炎のように見え隠れしている。

 道を切り開くのは……ここしかない!


「私には目的がある。だから勇者に志願したの」

「目的、だと?」

「私は自分の正体を知りたい。なぜ自分がここにいるのかを、ブルーダラク領に行って、確かめたい」

「何っ!?」

 その揺らめく心に、俺ももう嘘はつかない。

「だから、私を信じて。お願い」

 ありったけの誠意を込めて、俺はそう告げる。最低限自分を守るための嘘の殻をかぶりつつ、そこから身を乗り出すように本心をぶつけて。


「ギ、ギラさん……」

 赤髪の女性はなおも困惑したまま、その名の男を見る。

 周りも、全ての判断を、ギラに託すように視線を向け……。


「……お前は」

 ギラが何かを告げようとした、その時……。


「よう。なんか盛り上がってるな」

 俺の前を横切ったのは、光。


「ッ!?」

「あ! フゥーコゥレ!」

「おお! フゥーコゥレさんだ!」

 反応が、遅れた。

 ふいを突かれたというのもあるが、その少女は気配を感じさせず、いつの間にかそこにいたのだ。


「吸血鬼警報が鳴ってたが、誤報か?」

 恐らくそれは雷電魔法。目くらましのように地面に走ったそれに気を取られ、今ギラの前に立つ少女に気づけなかったのだ。

「いや、誤報じゃねえ」

「……へえ。なら、そこの綺麗なお嬢ちゃんが吸血鬼ってわけだ」


 そうして俺の方を向く、青い瞳。

 背丈は俺よりも少し低いくらい。褐色の肌に、二つに結んだ金髪の三つ編みおさげを乗せた、見た目は十代中頃の少女だ。

 上半身はフードのついた白の上着に、下は丈の短い青のパンツ姿。黒っぽいブーツを履き、腰にはギラが持っているのと同じような型の短剣、それと動物の尻尾のようなアクセサリーを下げている。

 その顔には、不敵な笑みを浮かべて。


「吸血鬼……には違いねえんだが、まだよく分からねえ。メアリィが混乱してやがる。あいつ、元人間だと名乗りやがった」

「元人間?」

 怪訝な顔をする……確かフゥーコゥレと呼ばれてたな。呼びにくいからフウ子でいいか?

 見れば中々に整った顔立ちをしている。つんとした雰囲気が似合う釣り目で、けれど美貌の中にしっかりと少女らしさを感じさせるあどけなさが交じりあう。その快活に揺れる金髪おさげが、彼女の魅力をさらに引き立てていた。


「勇者に志願してきたんだよ。自分の正体を知るためにブルーダラク領に行きたいってな」

「……へえー。そんな勇者、前代未聞だな」

 少女はゆっくりとこちらに向き直り、声をかける。


「あんた、名前は?」

「……アキよ」

「アキ、ね。勇者に志願するんだから、当然実力はあるんだろうな?」

 トットっと小刻みにリズムを刻むように、彼女はその場で跳ね始めた。


「試す、だろ?」

「ああ」

 フウ子はそうしてギラと短くやり取りし、魔力を全身にまとわせる。放電が彼女の褐色の肌を、青白く光らせ。

「ひらひらした服着てるとこ悪いけどな。今から二次試験だぜ」

「……そうみたいね」

「全員、アキをこの支部から出すな! それだけに集中しろ!」

 そう叫んだ直後。


「らあっ!」

「ッ!」

 唐突に、火ぶたは斬って落とされる。


「へえ! やるじゃん!」

 彼女はあっという間に俺との間の距離を詰め、目にも止まらない拳のラッシュを繰り出したのだ。

「そんな服着てるくせにいい動きしやがる! そらっ!」

 パアンっと音を立てて俺の頬をかすめる拳に、その速さに、俺も少々驚かされる。


 スタイルとしてはキックボクシングに近いか。

 軽快なステップで間合いを取り、そこから高速で拳を繰り出してくる。ストレートにフック、アッパーなど手数も多彩で隙が無い。


 だが一番特筆すべきは、その拳の速度だ。


「こいつをそんな涼しい顔してかわしてくるとはな! 大した吸血鬼だ!」

「よくっ! 言うわっ!」

 弾丸のような拳のラッシュに、いや、事実弾丸の速度にも匹敵する音速越えの拳に、俺は思わず声をあげる。


 その拳の一撃一撃に合わせてパアンと響く音。俺が全ての攻撃を躱しているのにもかかわらずヒットしたかのような音がするのは……殴りつけた先、空気がはじけ飛んでいるのだ。

 狙撃銃なんかで弾丸が空気を裂いて音を出すのと同じだ。彼女の拳はそれこそ拳銃の弾のように、いや、その拳の大きさと質量を考えれば、それとは比べ物にならない威力で繰り出されている。

 ガトリングガンでも相手にしている気分だ!


「可愛い顔してっ! やってっ! くれるじゃないっ!」

「お前に言われるとっ! ただのっ! 皮肉に聞こえるぜっ!」

 そうしてガトリングガンの拳は、唸りをあげて俺に襲い掛かる。単調な銃撃とは違い緩急と立ち回りを意識したかなり厄介な攻撃だ。先読みと反射神経でかわしながら、けれど反撃の糸口を俺につかませない。


 細腕の小柄な少女がこんな攻撃を繰り出す……秘密は恐らく体に纏わせた電気だ。磁力の反発を利用するように、自分の体を自在に加速させているのだ。

 原理としてはレールガンやコイルガンのそれだ。スタイルがキックボクシング寄りなのも、地面に足を付けて踏ん張る必要がないからだ。これだけの拳、普通に当たれば即死だからな。


 全く冗談じゃ、ない!

 千年生きたような大妖怪ならいざ知らず、人間の小娘相手にここまで翻弄されるとは!


「ははっ! どうした!? 音速越えの拳に反撃できねえか!?」

 やれやれ、お前こそ本当に人間か? 正直同じモンスターを相手にしている気分だ。

 なら……。

「この程度じゃせいぜい準勇者どま、うおっ!?」

「よくかわせたわね」

 俺の繰り出した手刀に、今度はフウ子が声をあげる。


 俺だってやろうと思えば音速越えのパンチくらい繰り出せる。だがフウ子のそれと違って原理不明の高速パンチなんて繰り出したら、後々厄介かもしれないからな。


 だから、技を見せてやる。


「こいっ! つっ! くっ!?」

 ブルーダラク家我流剣術『千本神楽』。

 その手刀版だ!


「な、何だアイツ!? 踊ってるのか!?」

 そう、千本神楽は舞いに起源を持つ技。

 舞うように相手の攻撃をかわし、かわすと同時に攻撃を入れ、相手の足を止める技だ。


「お、おい何だよ、あんな緩い攻撃にどうして翻弄されてるんだ!?」

「嘘だろ!? フゥーコゥレさんが押されてる!?」

 周りもざわざわと騒ぎ始める。

 彼らの言う通り、この技は音速越えの攻撃に比べれば速度はない。くるくる舞いながら、その時々に手刀を繰り出しているだけだ。フウ子の拳が十発放たれる間に一回しか反撃できないような速度だ。

 勿論、それで十分なんだがな。


「て、めっ! くそっ! 何だっ!? おおっ!?」

「どうしたの? 私は目の前にいるわよ」

「ちいっ!」

 フウ子の拳を紙一重でかわし、かわす動きに合わせて手を伸ばす。それだけでフウ子は俺の十倍以上の速度でそれをかわして、無理な姿勢からまた反撃する。それを余裕でかわして……繰り返すだけだ。

 そう、千本神楽の舞う最中の攻撃は、全て相手の姿勢を崩すことに主眼を置いている。そのため最小限の動作で最大の成果を出すことができる。フウ子が焦って攻撃すればするほど、フウ子自身が追い込まれていく。


「くっ! そおっ!」

 それでも彼女が攻撃をやめないのは……偶然か、計算か。

 この千本神楽は舞いによる攻撃で相手の足を止め、その後に俺の速度にモノをいわせた突きでとどめを刺す技だ。逆にいえば、相手の足が止まらなければ決め手を繰り出せない。

 フウ子が、現状では不利なのも関わらず足をひたすらに動かし続けているのは、この技を見切っているからか?


「ちいいっ!」

 フウ子はそう叫んで、とうとうその足を止める。息を切らしながら、汗を球にして散らせながら。

 体力切れ……いや、何か妙な感じだ。いかにも俺の舞いに手が出ないように見せて……誘っている?


 その、俺の愛しい少女を思わせる湖面のような青い瞳が、俺を映していて。


「いいわ」

 乗ってやろう。

 俺は足を止めたフウ子に、手刀による突きを繰り出し……。


「ぐっ!?」

「へえ。今のもかわせるのか」

 こいつっ! やはりっ!


「熱速越えもかわすとは、やるなあ」

 俺は咄嗟に突きの攻撃も何もかもを中断し、全力でその一撃を回避した。

 繰り出された、俺の手刀の突きより速い、その拳を。


「熱、速?」

「こっから先は動くだけで熱くなるんだよ。魔力の防御無しで繰り出せねえ攻撃さ」

 ……おい、熱速ってまさか、熱の壁を越えてるのか?


「ここからは死ぬ気で避けろよ。当たったら死ぬかもしれねえから」

「よく言うわ。疲れたふりまでして当てにきて」

「はっはっは」

 少女は面白そうに笑うと、今度はぐっと腰を落として。


「行くぜ」

「ええ」

 先ほどを超える、拳と手刀の応酬が始まる。


「らあああああっ!」

「はああああっ!」

 互いに、ギリギリの所まで相手を追い込みながら!


「うおおっ!? な、何だこれっ!」

「すげえっ! ていうか嘘だろっ!? 何でかわせるんだよお互いに!」

 フウ子はキックボクシングのようなスタイルから、腰を落としてなんと空手のように正拳突きを繰り出してきたのだ。

 それが熱速の拳、マッハ3を超える一撃となって襲い来る!


「だあっ!」

 裂ぱくの、いや、熱ぱくの一撃とでも言おうか。

 熱の壁とは、戦闘機が抱える高速飛行時の問題の一つだ。マッハ3を超えるあたりになると、空気の圧縮熱で機体が異常な高温にさらされてしまうのだ。

 隕石が大気圏に落下してきたときに燃えるアレと同じだ。あまりに高速で移動する物体は、進む先の空気を圧縮してしまい、その熱で焼けてしまうのだ。


「らああっ!」

 それ程までの速度を可能にしているのが、恐らくその空手スタイル。さっきまでの腰を浮かせて小刻みに繰り出してきた拳を、腰を落としてしっかり踏ん張って繰り出すことで、さらに速度をあげているのだ。

 キックボクシング時は全てを魔法に頼った攻撃。空手時はそれに肉体の動きを加えて、という感じか。中々に面白い工夫だ。


「はっ、はっ! やるじゃっ! ねえかっ!」

「あなたも、ねっ!」

 勿論、俺の千本神楽だって負けてはいない。

 フウ子の攻撃は速度こそ飛躍的に上昇したが、攻撃頻度はむしろ下がっている。普通にキックボクシングの拳と空手の拳を考えれば分かるだろう。

 速度が上がった程度なら、その攻撃はいなせる。神楽舞は地面を滑るように、あるいはくるりと身をひるがえすように、あらゆる動作や攻撃に対応可能だ。文字通り、神に捧げる舞いだからな。


 神に見せたって、恥ずかしくない戦いをしてやるさ。


「てやあっ!」

「はああっ!」

「す、すげえ……二人とも」

「こ、こんな領域の戦い、初めて見る」

「綺麗……」

 俺達の戦いに、周りも徐々に感化され始めていた。


 フウ子はそれに応じるように、時折キックボクシングにスタイルを戻して音速と熱速を使い分け始める。連射の音速、一撃の熱速、それを乱打して。

 俺もひたすらにかわしつつ、徐々にパターンを掴みながら手刀を繰り出す頻度をあげていく。少しずつ、少しずつ、フウ子の姿勢を追い込んでいく。


 そうしてとうとう空手スタイルの移行に合わせて下半身を狙う手刀を繰り出す。これでかわすにしろ直撃するにしろ、姿勢が崩れることは間違いないという一撃だ。


「はっ!」

 フウ子はそれでもなお俺の手刀をジャンプでかわす。そしてカウンターとでも言わんばかりにここまでで初めての蹴りを繰り出し。

「そう」

「っ!?」

 甘いな。

 それくらいじゃ意表をついたことにならないさ。キックボクシングに蹴りはあって当然だしな。とっておきだったんだろうが、その音速の空中蹴りをかわして……。


「うぐっ!?」

「おっと、これもダメか」

 ズザザ、と俺は地面を転がり、もう一撃を避ける羽目になった。空中蹴りは想定内だったが、そこから縦に一回転しての音速かかと落としは、流石に想定外だったぞ。


「ホント、よくやるぜ」

 再び初めの距離に戻り、お互いに息を荒げて向き合う。ああ、そうか。厳密にはフウ子は魔力による加速なのだから、空中だろうとお構いなしに姿勢を反転して攻撃可能なわけか。

 全く、いくつ隠し玉を持っているんだ、この少女は。


「じゃあ、次が最後だ」

 少女は、フウ子は長い息を吐き、湖面の瞳を煌めかせて、告げる。

「全力で避けな」

「え」

 その一言で……。


「あっ!?」

 俺の真横の空間。


 そこにあった空気が……消し飛んだ。


「……これは、流石に驚いたぜ」

 俺の顔のあった場所に、フウ子の、拳が。


「雷速を初見でかわされたのは、生まれて初めてだ」

 らい、そく……。

 いや、嘘だろ?

「お前……ホントに元でも人間か?」

「そっちこそ……本当に今も人間なの?」


 雷速。

 言葉の通りなら、その速度は今までの比ではない。雷の速度はおよそ秒速二百キロ。文字通り、ケタが違う。

 これをかわせたのは、事前に避けろと言われていたのと、その予備動作から攻撃を先読みして動いた結果だ。

 この速度の拳は……いや、原理が分からん。どういう魔法の使い方をしたら、人間がその速度で拳を繰り出せるんだ? 直接雷を打ち出すのとはわけが違うぞ?


「寸止めするつもりだったんだが、避けられたら、もう文句はねえな。合格だよ」

「……いや避けなきゃ直撃してたわよ」

 俺の顔のあった場所を見事に貫いているだろこれ。

 あの速度で顎に喰らっていたら、確実に首から上は吹っ飛ぶわ。


「それはさておき」

 おい、しれっと誤魔化すな。

「どうだ支部長? 認めていいんじゃねえのか」

「おいフゥーコゥレ、勝手に結論を出すな」

 フウ子は俺を無視してギラの所へ……支部長? あの浮浪者みたいな格好でそんな偉い肩書だったのかあの男。


「元人間なのか、元々吸血鬼なのかもまだ分からんだろうが」

「それを確かめるためにブルーダラク領に行くんだろ?」

 ギラの言葉に平然とそう返すと、流石に彼も言葉につまったようで。

「それに無理やり抑え込むのも一苦労だぜ? 勝てって言うなら勝てるが、逃がすなって言われてもそれは自信がないぜ? まして街中で暴れられたら手に負えねえよ」

「ぐ!?」

 そう言ってフウ子は金髪のおさげを振るように俺に向き直り。


「私は信用してやる。アキはまあ、悪いやつじゃねえよ」

 にかっと、可愛らしく微笑んだ。

「それにめっちゃ綺麗だしな。広報の連中が泣いて喜ぶぜ?」

「あのな、事はそんな簡単じゃ」

「お願いします」

 俺は、それに合わせて頭を下げる。


「私はどうしても、ブルーダラク領に行きたい。信じてください」

「だ、そうだぜ?」

 俺のそんな行動と、フウ子の言葉に……はあー、と盛大なため息。


「分かった。ひとまずは、この件は俺が預かる。だが勘違いするな! お前の疑いはまだ晴れたわけじゃねえ! もしこの国でおかしな行動取るようなら容赦なくっ!」

「つーわけだ。皆、解散していいぜー」

「おいこらフゥーコゥレ!」

 と、まるでコントのようなやり取りでこの場を締めくくろうとする少女。


「だから勝手に話を進めるなっ! コイツは監視付きの宿舎に」

「泳がせて監視する方が得策だろ? というか何だかんだそうするつもりだったんだろ」

「言うなバカっ!」

 本当にコントだな。周りもそんな空気に、どこか緊張をほぐすように表情を緩めていく。


「安心しろよアキ。風呂や便所は見張らねえから」

「それは本当に助かるわ」

「だから、話を勝手に纏めるんじゃねえよ!」

「あーもー、私は誰かさんのせいで汗だくになったからさっさと着替えたいんだ」

 そう言って俺にジトっとした目を向けてくるフウ子。おい、なに人のせいにしてるんだ。


「私も、誰かさんのせいで服が泥だらけだから、着替えたいわ」

「それはお前が勝手に転がってそうなっただけだろ?」

「あなたこそ」

 互いに顔を見合せて、ふっ、と、少し噴き出して。


「改めてよろしくな、アキ」

「こちらこそよろしく、フウ子」

「ふ、フウ子?」

 おっと、思わず心の中で呼んでいた呼び方で言ってしまった。そんな彼女と握手して、その手のひらのぬくもりを、ひとつ心に刻んでおく。


「だからっ! この問題はそんな簡単なもんじゃ」

「分かっています。それでも、ひとまずは受け入れてくれたことに、感謝します」

 なおも食い下がるギラに、俺は姿勢を正してもう一度礼を言った。

 実際言うほど簡単なわけがない。元だろうと何だろうと吸血鬼を受け入れるというのは、人間からすれば、周りを危険に晒すという事でもあるのだ。


 この男は、その危険を承知で『この件は俺が預かる』と言ってくれた。


「ありがとう、ございます」

「……やめろ、そういうのには慣れてない。それに何かあったら、俺は今度こそお前を責任もって始末するつもりだ」

「はい、そうならないように気を付けます」

「だから……あー、参った、俺の負けだ」

 ギラはとうとう、頭を抱えながら被りを振って。


「とりあえず今住んでる場所を教えな。見張りはつけるが悪く思うな」

 そう言って、ため息交じりに呟く。

「ブルーダラク領に行けるよう、なるべく手筈は整えてやる」

「……ギラさん」

「つーわけだ! お前ら! 全員通常業務に戻れっ!」

 まるで照れ隠しみたいに大声でそう叫ぶ。なんか、ちょっとツンデレっぽくて可愛い、なんて思ってしまう。


「な、なあ! さっきの凄かったぜ!」

「ホント凄いよ! フゥーコゥレとあそこまで渡り合うなんて!」

「どこで覚えたんだよあんな武術!」

「お前ら通常業務に戻れって言ってんだろっ!」

 誰も仕事に戻らずまたコントみたいな流れになってしまった。先ほどの戦いで、彼らにも少しは認めてもらえたようだった。


 そうして質問攻めとギラの怒鳴り声を聞きながら、俺の勇者になるための第一歩は踏みだされた。

 ブルーダラク領に行くための、それが第一歩になったのだ。


 何とも慌ただしかったが、結果を見れば初日としては上々だろう。そんな風に思いながら宿に戻って……。


「アキっ!? あんたどうしたんだいっ!? そんな泥だらけで!」

「あ……」


 最後にもうひと悶着あって、この慌ただしい一日は、過ぎていくのだった。



<現在の勢力状況>

部下:古ゴート族82名、レッサーオーク51名、ギガントオーク67名、ワーウルフ21名、ワーダイル60名

従者:ベーオウ

同盟:大魔王ガルーヴェン

従属:なし

備考:第七悪魔商会と契約中





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