ダンジョンマスターの国
グラキエス教国の街道の途中。周囲に人目が無い事を確認して領域と転移陣を創造する。馬鹿正直に馬車に揺られているのは時間の無駄だ。魔物を狩ってMPを回収するのも手だが、生憎とMPは有り余ってるからな。
方陣の転移先はシュヴァルツヴァルトの防壁の外。ノーマリー方面の道の辺りである。
「ふぅ・・・、やっと戻って来たな」
「そうですね。旦那様は忙しかったですから」
木々の頂点から覗く『大聖堂』を見て自然と息が出た。
教国では基本的に俺が主として動いていたからな。レイも部屋に籠っているばかりでは無かったみたいだが、はたして何をしていたのやら。単にニーの街を観光って訳じゃないだろう。
森を二分する道を途中で右に曲がり、防壁の南門へと向かう。
防壁の上には数体の人影。扉の前には誰かが立ってるのが見えた。その人物が俺を出向かえる為に居るのだとすれば、それは一人しかいない。
俺の想像は正しく、近づくにつれて彼女の姿がハッキリと見えて来る。
「マイン、警備ご苦労だった」
「カモメ様、お帰りをお待ちしておりましたわ」
マインの隣に着けた馬車の扉を開けて彼女と軽い挨拶を交わす。それが終われば彼女は脇に避けて開門するように指示を出していた。
俺が不在の間、何事も無さそうで安心だ。まあ、ギフトをダンジョンマスターとして置いていたのだから、問題が起こる可能性は低いんだが。
馬車は『大聖堂』の手前で完全に止まり、開かれた扉からは日差しが割り込んでくる。
『大聖堂』に配置している守護者は、全員そろって俺達の帰還を歓迎してくれた。昨晩の鎧の群れよりも数は少ないものの、日中目にするのでは、また違った凄みを感じる。
てっきり、ギフトもこの場に居るものと考えていたのだが、彼女の姿は確認できなかった。色々と話しをしたいので念話を飛ばしておこう。
「旦那様はこの後どうしますか?」
「留守だった時の報告を聞いて、その他にも手直し出来るところはしようと思っている」
「そうですか。・・・私も一緒に考えてもいいですか?」
「それは願ったり叶ったりだな。・・・じゃあ、1時間後に『三階層』の会議室で」
「分かりました」
さて、早急に決めないといけない事が山盛りだぞ。レイも手伝ってくれるとのことだし、1つ1つ解決していくしかないか。
取り敢えず、時間になるまでは風呂でゆっくりさせてもらおうかな。その時にギフトから話しを聞ければ後の話し会いがスムーズに進むだろうし。
掛け湯をして身体を洗って湯に浸かっていると、後ろから声が掛かった。
水が跳ねる音で誰か来たのは分かっていたので、少し顔を横に向けて声と人物が一致しているのを確認する。
「長旅ご苦労様でした」
「・・・留守の間よくやってくれた」
顔を戻し、肩を湯に深く沈める。
「何か問題は?」
「平和そのものでしたよ」
それは良いことだ。そもそも、守護者しかいないこの国で犯罪やイザコザが起こることは無い。ダンジョンマスターがどんなにグズでもダンジョン側がある程度は維持してくれるからな。
「金の回りはどうだ?」
「農作物を買い取って住人に買わせましたけど、お金を使う機会が無いので余り意味はありませんね。私たちにも言えることですが、住人には欲が無いですから」
「あー、・・・そうだった」
手の甲を目の上に乗せる。話しは始まったばかりだと言うのに、早々に諦めの声が出た。
ここにきて守護者の欠点が邪魔をする。
守護者にとって俺の言う事は基本的に絶対である。死地に手ぶらで向かえと言えばその通りになるし、金の流れを作ろうとすれば従ってもくれる。しかし、彼等は創造者が絡まない事には人間の様な強い欲が無い。自身の指針となる信念を持ち合わせてはいるが、その他の事については無頓着なのだ。
例えば、市街地に服屋を建てるとしよう。そうすれば彼らは日常生活で必要となる服を買うだろう。全員が平等である守護者は人間の様に着飾る必要が無いので、2、3着の替えがあればそれ以上買うことはない。太る事も無ければ、痩せる事も無いからだ。
生活するうえでアクセサリーは邪魔であるし、化粧など、時間の無駄だ。
分かるだろうか。俺とレイしか人間的な欲望を持つ存在が居ないこの街は、必要最低限、経済を回すだけで終わっている。
「詰んだ・・・。詰んでるよな?」
「人間の様に欲を持たせるのは無理でも、そのように振舞わせるのは可能なのでは?」
確かに、俺が望めば守護者達は進んでその様に振舞うだろう。人間と関りが浅いうちはそれでもどうにかなるかもしれないが、そのうち、どうしても違和感を感じる者が出てくるだろう。そうなった時に対処をするのでは問題の先送りでしかない。ありのままの彼等を見てもらって、それで解決策とした方が問題は少ないように思う。
俺は領域内では概念を創るとが出来る。それをフルに生かしても、それは偽物の街にしかならないのは想像に容易い。
人が来るようになれば或いは・・・。
今は現状を維持し、生活に必要な店舗を建てる。それに合わせて娯楽施設も設置。『果てしない渓谷』の工事に来た人たちに少しでも楽しいと思って貰えたら儲けものか?
いっそのこと何処かの街から人を引っ張てこようか。スラム街があるかは分からないが、貧困に困っている人物とは一定数は居るものである。でもそれをしようとしたら国に許可を取らないと駄目だしなぁ。
「・・・悪いけど現状維持で」
結局出した答えは現状維持。解決できる問題であれば、手を尽くすのもアリだが、まだ俺では考えが及ばない。
何でも出来るこの国は、何にも出来ない国と大差なかった。
□
風呂を出てダンジョンに手早く身体を乾かされた後、時間に余裕があるのを確認して会議室へと向かった。
俺が指定した時間ではなかったのだが、椅子にレイが座っていたのでそのまま話し合いが始まる。
まず最初に話したのは、住人が守護者だけである事の弊害。必要最低限しか買い物をしない事についてだ。
「————・・・今話したように、住人達には欲が無い。だからこそ平和とも言えるんだが・・・。まぁ、俺としては彼等は彼等で放置しておいて、人が来た時にどうやって金をむしり取るのかを考えた方が精神的にマシだと思ったんだが」
「・・・私もそれには賛成です。ニーの街を見て回ってお店をそれなりに見て来たのでソレを参考にしてみましょうか」
少しの思案の後、返って来たのは賛成の意。そうなれば、話しは外部からお金を得るにはどうすればいいのかに切り替わる。
レイが手元に紙と羽ペンを創りだして数十秒。俺の手元に差し出された紙には幾つかの店が書かれていた。
「鍛冶屋、武器屋、防具屋、服屋、食料品店、雑貨店、宝石店・・・・・・」
書かれている店の順番は適当で、見ずらかったが、即席ならばこんなものだろう。
店の数こそ少ないものの、当然ながらもう少し考えていけば数は増える。いま手元にあるのは、あくまでも一例に過ぎない。
レイは俺が目を通し終えたのを確認して、次の行動に移った。
「とりあえずのリストですけど、そこから要らないモノを削っていきましょう」
手元にある紙を彼女にも見える様に置き、紙を見つめる。
いの一番に消されたのは、武器屋と防具屋。この2つは俺達の技能でカバーが可能であるので、役割を果たせないという事で消えた。
次に消すのはどれにしようかと意見を出し合うが、中々決まらない。俺達に不必要な施設であっても、人が来れば必要なモノが多かったからである。酒場や娼館がその例なのだが、そもそも従業員が居ないのに気付いてこの話しは凍結された。
「住人にやらせる訳にもいかないですしね・・・」
「新しく守護者を創るか?多少のMP消費には目を瞑るしかないだろうし」
既に居る住人達には農業を任せているので他の仕事を回すわけにもいかない。となれば新たに人手が必要になってくるのだが、外部から引っ張ってこれない以上は自分たちで創るしかない。
しかしそうなると防衛用の守護者を創るMPが足らない事態に陥らないか心配になってくる。領域を広げるのだってタダではないのに、調子に乗って広げまくった過去の俺を殴りたくなってきた。たとえ少量のMPだろうと無駄には出来ない。
出来る限り少ないMPで出来る限り多くの利益を取る。防壁内は半分以上が手つかずだ。何か出来る事は無いか・・・。
「・・・・・・お店を集めて固めてしまうのはどうですか?それなら少数精鋭でも出来そうですけど」
「複合施設なぁ・・・。それならば確かにある程度は期待できそうか」
レイの言う通り、複合施設を作ってしまうのはいい案だ。バラバラに管理するのではなく、一ヵ所に集めて管理するのであれば多少は人数を減らせそうだ。
敵対者が紛れ込んでいても出口を抑えてしまえば袋のネズミだしな。
「その案をもう少し練ってみるか。駄目なら駄目でまた考える」
「分かりました」
他に案も出そうにないし、この案で粘ってみるのもいいかもしれない。
折角、ダンジョンマスターが2人も居るのだから独創的な街づくりをしてみたいものだ。