疲れ果てた囲い
ルーチェに一礼してその場を後にし、レクタングルの集団へと向かう。
素早く視線を動かせば、目標の人物、ワイアット・ウィル・キャメロン・レクタングルを見つけた。
確かに、話し通りの背の低さだ。160も無いかもしれない。しかし、しっかりと筋肉が付いているのでひ弱なイメージは出てこない。
鼻も病気で折れた訳ではなさそうだ。
豊かな髭を持ち、ドワーフを連想させる容姿をしていた。
「ワイアット殿、お初にお目に掛かります。シュヴァルツヴァルトのエバノと申します。コチラは妻のレイです」
俺の紹介に続いて頭を下げるレイ。
すると、ワイアット殿は笑いながら話し出した。
「貴殿がエバノ殿か。話しは聞いておるぞ、早々にやらかしたな。ハッハッハ!」
「それは耳が痛いお話しですね・・・。まぁ、譲るつもりはありませんが」
今日のカルラ王妃との話しを知ってるのか。少し早くないか?いや、でも、城内での出来事だし知ってて当たり前?
「何にせよ貴殿自身に筋が通ってるのは良いことだ。私の所はもうイイから他の国の奴らに挨拶に行ってくるがいい」
「ええ。では、また後ほど」
「お、そうだった。酒は中々良かったぞ」
会話が面倒くさくなってきたから軽くあしらわれたのかと思ったが、最後の台詞でそうじゃないと分かった。
ノーマリーとルーマンドが来る前に挨拶を済ましておけという事だろう。
思っていたよりもフランクな人物だったな。
次はラフラインだ。
ラフラインの王は女性らしいが、どんな人物なのだろうか。
ラフラインの集団を横目で確認すると、片手で料理が盛られた皿を持って幸せそうに料理を食べる女性の獣人が居た。
(・・・まさか、アレか?)
(信じたくありませんが可能性は高いかと)
周りの獣人達がアタフタしているのを見れば、料理を食べている女性が王で間違いはなさそうだ。
食事中に話し掛けるのもどうかと思うが、時間が迫ってるので強行させて貰う。
「御食事中に失礼します。ジャンナ・ラフライン殿で宜しいでしょうか」
「ん?ああ、私の所に先に来たのか。てっきり、あの視線が血走ったオバサンの所を先に回るのかと思っていたよ」
「視線が血走った・・・?あぁ、カルラ王妃。確かに」
ジャンナ・ラフライン殿は鳥の四足に、羽毛で覆われた下半身、人間の上半身というケンタウロスの様な姿をしている。
鳥の四足には膝の部分までみっしりと甲殻があり、コレで引っかかれたらと思うとゾッとする。
下半身を覆う羽毛は基本的に白く、先っぽの方だけが薄い黄色に染まっている。チラッと見た時は分からなかったが、羽毛の中に翼を隠しているみたいだ。実際に飛べたとしても上半身がじゃまして速度は出なさそうだな。
顔は鼻筋が整った顔立ちをしていて、背中まである緩く曲がった金髪も相まって、黙っていれば誰もが美人と言えるだろう。
「で、・・・誰だっけ」
「シュヴァルツヴァルトのエバノ様ですっ!」
皿を護衛に渡し、軽く身なりを整えての第一声がコレだ。ジャンナ殿の背後から彼女と似たような女性が声を掛けてサポートしているが、先が思いやられる。
コチラが名乗っていないのに、よく俺の名前が分かったものだ。
「挨拶が遅れました。シュヴァルツヴァルトのエバノです。コチラは妻のレイ」
「ラフラインのジャンナだ。よろしくし頼むよ」
「ええ、こちらこそ」
悪い奴では無さそうだが、口調はどうにかならないものか。彼女がどうやって国を纏めたのか気になってきたぞ。
「ラフラインは新しく出来た国と聞きます。互いに新興国として頑張って行きましょう」
「ああ。よろしく頼んだ」
ジャンナの後ろで先程の女性がペコペコしてるがアレは大丈夫なのか?顔が似てるから姉妹だとは思うけど、中々大変そうだ。
後はオーラルフットか。挨拶に行きたくないなぁー。
メラニーが飲み物を取ってきてくれたので喉を潤わせる。
「どうしよう、凄い行きたくない」
「主よ、先に声を掛けておけば後が楽ですよ」
「分かってはいるんだが・・・」
・・・ふぅ、行くしかないか。
飲み物を勢いよく煽り、オーラルフットの集団へと歩いていく。
そう言えばオーラルフットの国王の名前を知らないな。相手から話してくれる事を祈るとしよう。
「シュヴァルツヴァルトのエバノ殿でよろしいか?」
「ええ。・・・貴殿は?」
「私はオーラルフットで国王をしている、ギャレット・ルイーナ・ベスティア・オーラルフットだ」
近づいて行くと、運のいい事に向こうから話しかけてきてくれた。カルラ王妃からは「コイツが悪よ!やっちゃって!」みたいな雰囲気を感じるが、ギャレット殿からは重厚さと静けさを感じる。
鈍く光を反射するオールバックの髪。細い瞳の中には獣を飼っていると言われても信じてしまう程に鋭い。鼻の下の整えられたヒゲは配管工の兄弟の様で少し笑いそうになったが、笑えば最後だというのは言わずとも分かる。
「エバノ・シュヴァルツヴァルトです。コチラが妻のレイ」
「・・・うむ」
レイの一礼を軽く返すと、話しは昼の件に変わった。
「昼はウチのカルラが大変迷惑を掛けた」
「申し訳ありませんが、今でも私に譲るつもりはありませんからね」
俺の言葉に眉を少しヒクつかせるも、彼の口は止まらない。
「そんな事は分かっているさ。そこでだ、明日行われる騎士同士の親善試合。そこで我が国が勝てば珍しい馬を譲って頂けないだろうか」
「我々にメリットがありませんね。貴国が負ければ何を下さるのですか?」
まだ、こんな事を宣うのか。いい加減嫌気がさしてきたが話しを聞かないわけには行かない。
麒麟をダシに使うようで申し訳ない気持ちはあるものの、コチラに有利な条件を取り付けられればギャレット殿も苦しくなるだろう。
「そうだな。オーラルフットでは農業が盛んでな、それではどうだろうか」
「残念ながらシュヴァルツヴァルトでは自分達の分は賄えていますので、オーラルフットのモノを腐らせてしまいます。例えば、そうですね、貴国の名馬を2頭頂くというのはどうでしょう」
「・・・それで構わないのでしたら、私共からは何も言うますまい」
「では、そのように」
ギャレット殿は最後、カルラ王妃の顔色を見て答えたが、彼も本当はこんな事はしたくないんじゃないだろうか。そう思ったのは俺達が離れた時に1人、頭を抱えているのを見てしまったからだ。誰が好き好んで他国との関係を悪くしようと思うのものか。
カルラ王妃にはドヤされそうだが、馬2頭で済んで良かったじゃないか。
「というわけで頼んだぞ、ブリッツ」
「万に一つも負けは有り得ませんよ。魔法込みならクローフィ様も居ますしね」
偉そうに言ったものの、結局は他力本願になる。
まぁ、負ける要素も無いからな。こんぐらい良いだろう。
挨拶回りも一旦終わり、メラニーが軽く食事を持ってきてくれたモノをレイと一緒に食べる。
「取り敢えず、一区切りだな」
「旦那様、お疲れ様です。お陰で楽させてもらってます」
そりゃあ、レイは俺の後ろで待機しているだけだからそんなに疲れてないだろうな。
俺はもうクタクタだよ。
「話しの落とし所としては妥当でございましたね」
「上手くいって良かったよ」
心から本当にそう思っていたのに、物事とはそう上手く行かないようで、アクルから念話が入った。
(カモメー、何か襲われたから滅多打ちにしたけどどうする?)
(・・・何人だ?)
(ん~とね、4人)
そんな報告を聞きながら、俺の視線の先にあるのは先程話をしたオーラルフットの護衛。数は6。
(直ちに服を引っぺがして拘束)
(りょーかいっ!)
アクルの奴楽しそうだな・・・。
俺はohanasiの続きをしに行かないといけない。
ギャレット殿は近づいてくる人物に気が付いたのようで視線を上げた。ソレが俺だと分かると視線を落とし、驚いた表情でもう1度俺を見た。
面白い顔芸を持ってるじゃないか。
メラニーが「憤怒の表情で決着がついた筈の人物が来れば驚くのは当たり前です」などと言ってるが、俺は怒っていない。
そもそもオーラルフットの兵かどうかも分からないのだから、まだ彼等に対してどうこうしようとは思わない。理由を聞きに行ってるだけだ。
「どうされた。話しは決着したと思うが」
「いえね、たった今、麒麟が何者かに襲われたらしいのですが・・・、カルラ王妃はどちらに?」
「今さっき、花を詰んでくると・・・、まさか、アイツが!あぁ、どうしてまた勝手に・・・」
証拠も何も無いのにカルラ王妃の仕業だと断定したギャレット殿。
それでいいのかと思わないでも無い。まぁ、俺としては認めてくれるのなら何でもいいのだが。
「すまない、エバノ殿・・・。カルラが帰ってきたら事件の顛末を聞くことにさせて貰う」
「そうしてください。まだ、カルラ王妃が首謀者かは分かりませんので私からは何とも言えません。カルラ王妃が首謀者であった場合についてですが、今回は不問とさせて頂きますのでよく話し合って下さい」
「誠に申し訳なかった・・・!」
最初は怒鳴り散らしてやろうかと思っていたけど、ギャレット殿が不憫過ぎてやめた。
特に欲しいものもないので不問という形をとっている。今度の付き合いもあるしな。
(豪華なドレスを着た人が何か叫びながら来たから一応拘束してるけど?)
(解放してやれ・・・。騎士達も今から話す事情を伝えて解放だ)
カルラ王妃・・・あんたには今日だけで散々振り回された。もう、厄介事を起こさないでくれるように祈るしかない。
(あ、ちゃんと服は着せてやれよ)
(え~~)
・・・マジで頼むぞ?風邪を引かれると目覚めが悪いからな。