巨体
しばらくヨルムンガルドの体に沿って50階層を調べた。
結果、特に何も見つからなかった。
というか、ヨルムンガルドの体に遮られて大して調べることができなかった。
単に、鱗の壁に沿って歩いているだけだ。
「これ、ホンマにデカすぎひんか?
ウォームレクスとかエレファンテレクスもデカかったけど、桁違いやん」
「ああ。
今までにいたモンスターの中で最大級だろうな。
一応、平原なんかに現れたヤツの中にはこれくらいデカいのもいたが、ダンジョンの中でこのサイズってのは前代未聞だと思うぜ」
「どうやってこんなのがここに入ってきたんだろ?」
どう考えても入り口から入ることなんてできないと思うんだけど。
「別に外から入ってきたんじゃないと思うぜ。
いきなりこの階層に現れたんだろ。
ゴミ屋敷のイベントの時のヤマタノオロチなんかもそんな感じだったろ?」
「ああ、そういえばそうだね。
でも、もうコイツってここから出られないよね」
出るどころか身動きを取れるのかも微妙な感じだ。
ちょっと間抜けだと思う。
いくら大きくて強くてもダンジョンの奥に閉じ込められてるんじゃね。
「いや、そうとも限らないぞ。
特殊な手段を使えばどうとでもなる。
例えば、お前の持ってる移動石みたいな道具とかな」
「あ、ホントだね。
移動石があったんだった」
「まあ、モンスターは管理者がどうとでもできるから、そんなことを考える意味はねえんだけどな。
それよりも今はどうやって攻略するかの方が問題だぜ。
もっと情報が必要なんだが、コイツが邪魔でどうしようもねえし。
とりあえず攻撃するしかねえのかな。
あんまり無策に攻めるってことはしたくないんだが……」
ワビスケが黙って悩みだした。
さっきから色々考えてはいるみたいだけど、あんまりいい案が思い浮かばないみたいだ。
まあ、僕もどうすればいいのか分からないんだけど。
「仕方ないわね。
じゃあ、私が空から調べてみるわ。
上から見たら何か分かるかもしれないし」
悩んでいるワビスケにアリアが話しかけた。
そういえば、アリアは飛べたんだった。
出会ったとき以来、飛んでいるところをほとんど見ないからあんまりそういうイメージはない。
「そうか、その手があったか。
確かにそれならもっと色々調べられそうだ。
少なくとも今よりも効率が良いのは間違いないな。
悪いけど頼むぜ」
ワビスケはすぐに賛成した。
確かに、僕もそれがいいと思う。
「任せて。
エイシ、行くわよ」
「え?」
アリアがいきなり僕に言ってきた。
同時に体が宙に浮く。
「あれ?
僕もなの?」
急に振られたから少し驚いた。
「当たり前じゃない。
こんな得体の知れないモンスターを私一人で調べさせるつもり?」
「いや、そうじゃないけど。
でも、二人で飛ぶと余計疲れるんじゃなかったっけ?」
疲れるから今まで飛んでなかったんだろうに、僕まで飛ばしたら無駄に疲れるんじゃないだろうか。
「体力的にはそうだけど、あなたが一緒の方が気分的には楽なのよ。
いいから、行くわよ」
アリアがそう言うと、僕の体はどんどん高く浮いていった。
「いいなあ……」
混沌さんが空を飛ぶアリアと僕を見て呟いているのが聞こえた。
混沌さんはアリアが飛ぶところを初めて見たはずだから、もっと驚いてもよさそうなものだけど、それほどでもなかった。
さすがにアリアのトンデモ魔法をいくつも見てきただけのことはある。
ちょっとやそっとじゃ驚かないらしい。
ただ、羨ましがられるような体験でもないと思う。
飛ぶのは意外と怖い。
特に自分の意思とは関係なく飛ばされる身としては。
アリアのことは信頼しているから、それほど不安ではないけど。
もっと慣れたら気持ちよく飛べるんだろうか――。
「エイシ、エイシ!
なにボーっとしてるのよ」
横道に逸れていた思考をアリアに引き戻された。
「ごめんごめん。
ちょっと考え事をしてたんだよ」
考え事ってほどでもないけど。
切り替えて目の前の光景に集中することにする。
せっかくアリアに飛ばしてもらってるんだから、ちゃんと情報収集しないとね。
「あれ?
壁の向こうは霧がないんだね」
奥の方の景色を見て最初に思ったのはそれだった。
地上で調べていたときはこの階層全てが霧に包まれているのかと思っていたけど、そんなことはなかったらしい。
「ホントね。
霧なんて私たちがいた場所にしかないじゃない」
階層全体に霧があったら空に飛んでも無駄だったんだろうな。
そうじゃないのは良かったと思う。
アリアの言うとおり、上から見るとワビスケたちの周りにしか霧がないのがはっきりと分かる。
「なんか、人の周りにだけ霧があるように見えるね」
アリアが吹き飛ばしたせいかもしれないけど、さっきまで僕たちが歩いていた方にも霧がかかっていない。
本当に今ワビスケたちがいる周りの数メートルだけだ。
まるでワビスケたちの行く手を遮っているように見える。
「もしかしたら、そういうものなのかしら。
侵入者の周りだけ霧が発生する、みたいな」
「ああ、そうかも。
ダンジョンには色んな仕掛けがあるってワビスケから聞いたことがあるよ」
「まあ、幸い空には発生しないみたいだから調べやすくていいわね。
もうちょっと奥の方まで調べましょうか」
「うん。
お願い」
そのまま僕たちは奥へと飛んだ。
◇
「……これ、モンスターって言っていいのかな」
目の前の光景に圧倒されながら呟いた。
「じゃあ、なんて言うのよ?」
「地形?」
「まあ、言いたいことは分かるわ……」
僕がそんなことを言い出したのも無理はないと思う。
50階層はそれまでの階層と同じく、それなりの広さがあった。
49階層までの岩山と違って、今のところは起伏はそれほど見られない。
ずっと続く平野だ。
そんな広大な平地の大部分をヨルムンガルドの巨体が埋めている。
活発には動いていないけど、たまにちょっと身をよじるようにしているのが見える。
寝ているらしいから、寝返りでもしているんだろうか。
その光景的には、もはや一体のモンスターがいるというよりも50階層という地形全体が動いていると言った方が正しい気がしてくる。
「もう戦うとかそういう問題じゃない気がするんだけど」
「そうね。
ワビスケはセグンタと同じくらいのステータスとか言ってたけど、この大きさじゃ同じ強さだとは思えないわね」
「ワビスケは間違ったことは言ってないんだろうから、攻撃すればダメージは与えられるんだと思うよ。
だけど、仮に体の一部にダメージを与えられたとしても、あんまり意味がない気がするんだよね。
少々傷つけたって絶対倒せないでしょ」
「だったら、あきらめて帰るしかないのかしら」
「うーん。
マイコさんは倒せないはずないって言ってたもんなあ」
「もしかしたら、どこかに急所とかあるのかしら?」
「ああ、そうなのかも。
急所といえば、……心臓とか?」
「ヘビの心臓ってどこにあるのよ?」
「そんなの僕は知らないよ。
アリアは知ってるの?」
「知ってたら聞かないわよ」
「だよね。
じゃあ、無難に頭とかを攻めればいいのかなあ。
他に思いつかないんだけど」
「そうね。
だけど、ここから見た限りじゃ頭がどこなのかも分からないわね。
とにかく、何か急所らしきものを探すことにする?」
「うん、そうしよう。
しばらく探して何も見つからなかったら一旦戻ってみんなと相談しよう。
ワビスケだったら、ヘビの急所とか知ってるかもしれないしね。
あ、でもアリアが辛かったら、ちょっと休憩してもいいよ。
大丈夫?」
アリアが疲れたような素振りを見せないから忘れていた。
もうけっこうな時間飛び続けている。
正直、空から調べると効率が段違いなんだけど、アリアに無理をさせるわけにはいかない。
「大丈夫よ。
私も前より体力がついたんじゃないかしら。
まだまだ全然平気よ」
よかった。
やせ我慢をしている感じでもないし、本当に平気なんだろう。
「じゃあ、とりあえずあっちの方に行ってみてほしいんだ。
なんだか、他の場所よりも強い気配を感じる気がするんだよ」
急所かどうかは分からないけれど、特に威圧感が強い気がする方向を指さしてアリアに言った。
すぐにアリアはそちらに向かってくれた。
◇
この階層の中で一番嫌な雰囲気がする地点の上空に着いた。
そこには、他の場所と同じくヨルムンガルドが横たわっていた。
ただ、他とは違う、目に付く物もあった。
ここに近づく時にまず見つけたのは大きな岩だった。
岩というか、岩山か。
高台のようになっている。
50階層で初めて見つけた平地以外の地形だった。
ただ、それよりもはっきりと目に付くモノがその岩山に横たわるようにして存在していた。
「あれ、ね?」
「うん。
そうだ」
アリアも僕と同じようにそれを凝視している。
まあ、この状況では誰だってそうなるだろう。
それは、ヨルムンガルドの頭部だった。
確かに寝ているらしく、目は閉じている。
ワビスケはヨルムンガルドをユルング系の最上位種だと言っていた。
そのことからもある程度予想していたことだけど、その頭部はヘビと言うよりもドラゴンに似ていた。
大きな角と牙が生えている。
それが急所かどうか僕には分からないんだけど、あれを潰せばヨルムンガルドを倒すことができる。
直感でそう感じた。
「どうする?
一発魔法を撃ってみましょうか?
試しに攻めるなら、あそこが一番よね」
アリアも僕と同じように感じていたみたいだ。
どう考えても胴体をちまちま攻撃するよりも、あれを攻撃したほうが有効そうだ。
「いや、今攻撃して起こしちゃったら、ワビスケたちが突然襲われることになるかもしれない。
アリアの魔法は確かに強力だけど、一撃であれを倒すのは難しいと思う。
だから、一旦戻ってみんなとどうするのか相談した方がいいと思う」
「それもそうね。
じゃあ、戻るわよ」
僕たちはヨルムンガルドを起こさないように静かにその場を離れた。




