異常
トロールレクスを倒した後もどんどん進んだ。
スライムたちは弱いから、6階層から9階層まではほとんど素通りして10階層まで来た。
「ここにも中ボスがいて、スライムレクスって言うんだけど、物理攻撃が効かないんだよ」
「へえ。
じゃあ、魔法で倒せばいいってことね」
「そうだね」
今までのプレイヤーの魔法じゃなかなか倒せなかったみたいだけど、アリアなら余裕で倒せると思う。
「あ、せっかくだから、マナウェポンを使ってみるわ。
多分、魔法と同じようなものだから、効くと思うの。
私が使っても大したことはできないんだけど、イメージだけは掴めると思うわ」
「別にボスで試さなくても、雑魚のスライムでもいいよ。
その方が安全だし」
「いいのよ、ちょっとくらい強い相手の方が。
せっかくの秘宝なのよ。
言い伝えではすごく強いって言われてたけど、実際に使われたことなんてないんだから。
初めての戦いくらい、活躍させてあげたいじゃない。
大したことはできないって言っても、ここに出てくる敵くらい余裕よ」
アリアがマナウェポンのことをすごく大切に思っているということは伝わった。
ただ、使ったことがないんだったらどうしてそんなに自信満々なのかよく分からない。
まあ、できるだけやりたいようにやらせてあげるつもりだから、反対はしないけど。
「アリアの好きにしたらいいけど、危なくなったらちゃんと逃げてね」
「エイシは心配性ね。
大丈夫よ。
あ、アイツね?」
スライムレクスが現れた。
「じゃあ、よく見ててね」
アリアが握ったマナウェポンが輝く。
そして、柄から光の刃が現れた。
「おお。
カッコいい!」
思わず声が大きくなってしまった。
だって、光の剣だ。
めちゃくちゃカッコいい。
「でしょ?
すごいのは見た目だけじゃないんだから」
アリアはそのままスライムレクスに突っ込んで行った。
そして、光の剣を振るう。
それはいともたやすくスライムレクスの体を切り裂いた。
「すごい。
やっぱり、それは魔法の一種なんだね」
「厳密には魔法かどうか分からないけれど、あなたが言った物理攻撃ではないことは確かみたいね。
それに、こんなこともできるのよ」
アリアはスライムレクスから少し離れて剣を振った。
剣からは透明な刃のような形の何かが飛び出した。
それは、真っ直ぐスライムレクスに飛んで行って、瀕死のスライムレクスを両断した。
「そ、それは――」
その攻撃には見覚えがあった。
僕がスライムレクスとウォームレクスを倒した時に使った技とかなり似ているんだ。
「これはね、マナを剣の刃状にして飛ばす技よ。
私が使ってもこの程度だけど、本当はもっとすごい威力が出せるはずよ。
昔、そういう技を使う人がいて――。
えーと?
あれ?
誰だっけ?
うーん。
忘れたけど、そういう技を使える人がいて、マナウェポンを使えばそれの真似ができるのよ」
「僕、その技使えるかも」
「え?
どういうこと?」
「いや、自由に使えるわけじゃないんだけど。
でも、今までに2回同じような技を使ったことがあるんだよ。
無我夢中で必死にやっただけなんだけどね」
「ホントに?
すごいじゃない。
マナウェポンも使わずにこの技を使えるなんて。
これが使えたのなら、マナウェポンも思ったより早く使えるようになるかもしれないわね」
「そうなのかな。
そうだったらいいな」
「自信を持って。
エイシはきっと強くなるわよ」
「うん。
がんばるよ」
僕たちはそれからも探索を進めた。
11階層からはアイテムがたくさん埋まっていたけど、ワビスケたちと一緒じゃないから、拾ってもあんまり持って帰れない。
だから、進路上にあるものだけ拾うことにした。
ちなみに、サンドウォームにも何体か出くわした。
陸上は無敵なんだけど、あんまり意味はなかった。
僕が地中にいるサンドウォームを見つけてアリアに位置を教えると、その場所に向けて尖った岩みたいな魔法を連射してくれた。
さすがに一撃で倒すことはできなかったんだけど、すぐにカタがついた。
「なんだか、アリアがいると戦闘がすぐ終わるね。
前はもう少し苦労したんだけど」
「エイシがすぐ見つけてくれるおかげだけどね。
やっぱり私たち、相性がいいのよ。
エイシが索敵して、私が殲滅する。
効率が良くて助かるわ」
「うーん。
僕ばっかり楽してるみたいで悪いけどね」
「私から言わせれば、エイシに言われたとおりに魔法を撃てばいいだけだから私の方が楽をしてる気がするんだけどね」
お互い楽だと思ってるなら気にしなくていいか。
それだけ余裕があるってことだし。
「けど、15階層のウォームレクスは強いよ。
すごく大きい上に、サンドウォームと違ってずっと陸上にいるんだ。
その間は攻撃が通らないから、何とかして地中か空中に追いやらないといけない」
「ふうん。
地中、ね。
それは、例えば私が1階層で使ってた岩の魔法を上から大量に落とすのでもいいのかしら?
一応、埋めるくらいはできると思うんだけど」
「え?
ああ。
大丈夫だと思うよ」
「じゃあ、それで行きましょう」
……結局、本当にウォームレクスもあっさりと倒せそうだ。
アリアの考えた通り、岩を大量に降らせて体が見えなくなると陸上無敵が解除されるらしい。
どんどん攻撃が通るようになった。
見えないからはっきりとは分からないけど、気配でダメージが通っているのは分かる。
言葉で言うのは簡単だけど、実際ウォームレクスの巨体を埋めたアリアの魔法は圧倒的だった。
山一つ分くらいの岩を降らせたんじゃないだろうか。
僕は唖然とするばかりだった。
そして、そろそろ倒せそうな空気が漂い始めた時だった。
突然、アリアの攻撃を無視してウォームレクスが地上に出てくると、体を大きく震わせた。
そして、上に向かってとても耳障りな叫び声を上げた。
直後、ウォームレクスを中心に突風が吹き荒れたかと思うと、巨大な竜巻が発生した。
どうしていきなり竜巻なんかが起きたのか分からないけど、ウォームレクスが出したのは間違いない。
それは、ウォームレクスの周りの地面を削りながら、みるみるうちにこちらに迫ってきている。
「逃げよう」
「間に合わないわ。
私が相殺する」
アリアは竜巻に向かって手を上げた。
大きな黒い炎が放たれる。
大森林で見たやつだ。
今日も何度も使っている。
かなりの威力を持っているその魔法は、一直線に竜巻に飛んで行き正面からぶつかった。
一瞬、竜巻の進行が止まった。
だけど、次の瞬間には竜巻が黒炎を丸ごと吸収してしまった。
そして、黒い炎をまとった竜巻となってまた僕たちの方へ迫ってきた。
「ち、ちょっと、何なのよ、あれ?
あんなの反則でしょ。
じゃあ、これならどう?」
アリアは再び魔法を放った。
今度は巨大な稲妻の魔法だ。
だけど、それも黒炎と同じように竜巻に吸収された。
「また?
じゃあこれなら――」
「もうダメだよっ」
何か違う魔法を使おうとしていたアリアを止める。
どう考えてもあれに魔法を当てるのはまずい。
ただでさえ大量の岩なんかを撒き散らして飛んできていた竜巻が、今は炎と稲妻もまとって凶悪な様相を呈している。
地獄のようなその光景に目まいがした。
走って逃げるのは、無理だ。
アリアの魔法で飛ぶのも、多分間に合わない。
移動石は、ダメだ。
かばんから出して使っている暇がない。
使うならもっと早く使うべきだった。
横にいるアリアも茫然と竜巻を見ている。
魔法を吸収されるんじゃ、アリアには手がないんだろう。
まさかこんなに早く出くわすとは思っていなかったけど、これは魔法が通じない相手だ。
そんな相手には僕がアリアを守るってさっき約束したばっかりだ。
だから、なんとしてでも守らなければならない。
例え絶望的な状況でも、約束したんなら破るわけにはいかない。
何かできることがないか考える。
いつもどうしようもない時にどうやって切り抜けていたのか、考える。
絶体絶命の状況は初めてじゃない。
今まではどうしていたのか。
答えは一つだ。
僕がこの状況で頼れそうなものは、あの技だけだ。
考えろ。
どうすればあれを使えるのか。
最初はただ力を込めて必死に剣を振っていた。
二回目はできそうな気がして、自然に剣を振っていた。
どちらの時も、周りの状況を全て把握できるくらい、時間が遅く流れているように感じるくらい集中していた。
そうだ。
多分、集中しないとあの技は出せない。
集中するんだ。
今は僕だけのためじゃない。
アリアを守るためにも。
集中するんだ。
目の前には竜巻が迫っている。
集中だ。
僕のすぐ傍を竜巻から飛んできた岩が通り過ぎていく。
その岩の動きがはっきりと見える。
同時に、周りの全ての動きがゆっくりに見える。
隣にいたアリアがまた何か魔法を使おうとして手を前に向けているのも見える。
このままやられるくらいならできるだけのことをしようとしているんだと思う。
僕はその手をそっと掴んで下げさせた。
そして、目の前の竜巻に向かってナイフを振る。
ナイフからはウォームレクスを倒した時と同じくらい巨大な刃が発生して、真っ直ぐに飛んで行った。
その刃が竜巻に触れると、あっさりと二つに割れた。
そして、それまでの勢いが嘘だったみたいに霧散していく。
それを確認すると同時に、僕の集中は解けた。
周囲の動きが元に戻っていくように感じる。
「ふう。
なんとかなったね」
「エイシ。
今のは?」
「うん。
なんとか使えたね。
今のがさっき言ってた技だよ」
「信じられない。
本当に秘宝もなしで。
すごいじゃない。
どうやって使うの?」
「それが、すごく集中しないと使えないみたいだよ。
やり方もまだはっきりとは分からないんだ。
だから普段は使えない。
今回はうまくいったけど、まだまだ自由に使うというのには程遠いよ」
「それでも十分すごいわ。
私、エイシはそんなに強くはないんだと思ってたけれど、勘違いだったみたいね。
見直したわ。
そんなことができるならマナウェポンだってすぐに使えるわよ」
「だったらいいんだけどね」
あんまり過大評価されても困るけど、褒められて悪い気はしない。
「とりあえずウォームレクスを倒そう。
また今のを使われたら今度はどうなるか分からない」
「そうね。
後は任せて」
そう言ったアリアは、また連続して岩を降らせた。
地上にいたウォームレクスの姿が見えなくなる。
そして、そこに何発も雷が落ちた。
一瞬のことだったけど、かなり激しい攻撃だった。
ウォームレクスの気配が消える。
倒せたみたいだ。
「どう?」
「うん。
終わったみたい」
「よかった。
ホント、ここまで余裕だったのに、最後だけ危なかったわね」
「用意もなしにここまで来たのが悪かったんだよ。
もっとちゃんと準備しないと。
いつ痛い目にあってもおかしくないよ」
「分かってるわよ。
なんだか楽しくなっちゃったんだもの。
エイシが言った通りね。
仲間とダンジョンを探索するのはとても楽しいわ」
そんな風に笑顔で言われると、水を差すのも悪いと思ってしまう。
まあ、いいか。
倒せたのは事実だし。
「じゃあ、帰ろうか?」
「ねえ。
あの階段の下が16階層なんでしょ?」
「そうだけど、まだ何もないらしいよ。
僕は行ってないけど、ワビスケたちが言ってた」
「ちょっと見るだけ見てみない?」
「別にいいけど、無駄だと思うよ」
「いいのよ。
せっかく来たんだから、どうなってるのかだけ見たいの。
いいじゃない、ちょっとくらい」
ついさっき危ない目に遭ったのにアリアは反省してないみたいだ。
まあ、僕も興味はあるから人のことは言えないけど。
一応、移動石だけはかばんから出してポケットに入れておいた。
いつでも使えるように。
こうしておけば、さっきも焦ることはなかったんだ。
備えあれば憂いなし。
よし、問題ない。
二人で16階層へと進んだ。
そこは何もない空間だった。
ただ真っ白な床が広がっているだけで、見渡す限り本当に何もない。
「やっぱり、何もないね」
「そうね。
つまんないわね」
僕もそう思う。
前にダンジョンに入ってから一日は経っているから、ちょっとくらい何か作られているんじゃないかって密かに期待していた。
移動石まで用意したのに、まったく無駄だった。
一人でビビっていたみたいで少し情けない。
というか、今回の探索でよく分かったけど、僕って必要以上に心配性みたいだ。
悪いことじゃないと思うけど、もっと思い切って行動したほうが楽しいかもしれない。
「まあ、仕方ないよ。
そのうちここもちゃんと作られるらしいから、それからまた来よう」
「そうね。
その時を楽しみにしておくわ。
帰りましょ」
何もしないまま、僕たちはその場を立ち去ろうとした。
「うん?
NPC?」
突然、後ろから声が聞こえた。
振り向く。
そこには、なんか黒いやつがいた。
いつの間に?
さっきまではいなかった。
この階層には隠れる場所なんてないはずだ。
どこから現れた?
「こんな所になんでいるんだ?
迷い込んだのか?」
ソイツは僕たちに話しかけてくるわけでもなく、ただ独り言を言っている。
「まあ、放っておいてもいいんだが、見られたからには消しておくか。
誰かに言われてもつまらないからな」
そう言った瞬間だった。
ソイツの気配が変わった。
それまでは大した気配はなかった。
というか、僕が気づかなかったんだ。
気配なんて全くなかった。
でも、今は信じられないくらい禍々しい雰囲気で満ちている。
それは、キリアラプトルやそれを倒した時の製作者よりもずっと不気味で不安にさせるような気配だった。
気配なんていう見えるはずのない曖昧なものが、どす黒い靄のようにソイツの周りに漂っているような錯覚を覚える。
「エイシ、何よコイツ?」
アリアはその変化に気づいていない。
気配なんて分からないんだろう。
「悪いな。
お前たちに罪はないんだが、ここで俺に会ったのが運の尽きってやつだ。
大人しく消えてくれ」
ソイツの手がこちらを向いた。
ヤバい。
あれはヤバい。
絶対に食らったらダメなヤツだ。
反射的にアリアを抱いてソイツの手の方向から逃げた。
直後、僕たちがいた場所を真っ黒な何かが通り過ぎる。
それは、熊の兵器やアリアの魔法とは違う。
もっと、どうしようもないものだ。
それが通った後には何も残っていなかった。
床でさえもなくなっている。
文字通り、そこにあったものが消滅していた。
「え?
何よ今の?」
「分からない。
でも、あれは相手にしたらダメだ」
「おいおい。
今のを避けるのかよ。
カンのいいやつだな。
NPCのくせに。
あんまり煩わせないでくれよ……って、おお?
おいおいおいおい。
なんだよ。
ただのNPCかと思ったら、お前らかよ。
なんでこんなとこにいるんだ?
ははっ。
ずいぶん久しぶりだな。
ふむ、お前らに手抜きは失礼か。
じゃあ、感動の再会を祝して特別な一撃をくれてやろう」
ソイツは再度手をこちらへ向けた。
さっきよりも禍々しさが増している。
まだ何もされていないのに背中がゾワゾワする。
鳥肌が止まらない。
どう考えても、次は避けられない。
「アリア、逃げるよ!」
僕はアリアの手を握って、迷わずポケットの移動石を使った。
その瞬間、目の前が一瞬真っ白になった。
と思ったら、次の瞬間にはどこかの部屋にいた。
周囲を見回す。
そこは、ゴミ屋敷の掃除屋のホームだった。
そして、目の前にはワビスケがいる。
「ん?
エイシとアリアか?
いきなりどうやって現れた?」
なんとか、逃げられたらしい。
ホッと一息ついた。




