相性
「良かった。
この秘宝の所有者はちゃんと僕になってるみたいだ」
とりあえず安心した。
これで最悪の事態は避けられたと思う。
「どうして?
神殿の儀式は受けてないでしょ?」
「うん。
その神殿に行ったことすらないからね。
実は、僕のかばんの能力なんだ。
このかばんは、中に入れたものが僕のものになるっていう能力を持ってるんだよ」
「そのかばんで?
そんなことができるものなの?」
アリアはまだ信じられなさそうだ。
だけど、自分が使った魔法によって証明されたんだから、信じざるをえないだろう。
「うん。
まあ、狙ってやったわけじゃないし、どれくらい効果があるのか分からなかったけどね。
ちゃんと効いていたみたいで良かったよ。
これで、アリアの大切な秘宝がガラクタなんかじゃないって分かったし、儀式以外の方法でも所有者を決めることができるってことも分かったね。
僕なんかが持ってていいものじゃないかもしれないから、どうにかして所有者を変える方法を――」
アリアの目から涙がこぼれた。
「ア、アリア?
ごめん。
僕が所有者なんて嫌かもしれないけど、でも、これで神殿がなくてもどうにかなるってことは分かったんだし――」
「エイシ!」
アリアに抱き付かれた。
◇
しばらくアリアは僕にくっついたまま泣いていた。
僕はどうしていいか分からなくて、ただ静かにアリアが落ち着くのを待った。
「……ごめんなさい、急に」
「いいよ。
もう大丈夫?」
「うん。
だいぶ落ち着いたわ」
「ごめんね。
僕なんかが――」
「違うの」
言葉を遮られた。
「……その、うれしかったのよ。
神殿がなくなって、秘宝も役に立たないゴミになったのかと思ったから。
でも、大森林で神殿がなくなっているのを見た時から、秘宝もちゃんと残ってはいないんじゃないかって覚悟はしていたわ。
だって、神殿と秘宝はセットなんだもの。
まさかこんな所でゴミのようになっているとは思ってなかったから、実際にそれを目の当たりにすると、思ってたよりずっとショックだったけどね。
でも、エイシのおかげで神殿なしでも秘宝だけはちゃんと使える状態だってことが分かって。
エイシは私だけじゃなくて秘宝も救ってくれたんだって思ったら、なんだかすごく安心して、本当に良かったって思って、気づいたら泣いちゃってたの」
アリアはまとまらない言葉だけど、そう説明してくれた。
多分、大森林で神殿がないのを確認してからすごく不安だったんだと思う。
自分の存在があやふやになったような、そんな感覚だったことだろう。
それが、秘宝だけはなんとか残っていたことが分かって、緊張が解けたのかもしれない。
「考えてやったことじゃないし本当に偶然なんだけど、アリアのためになったんなら良かったよ」
「ありがとう。
秘宝が見つかったことはもちろんうれしいけれど、エイシが見つけてくれたからなおさらなのよ」
「そうなの?」
そう言ってくれるのは光栄だけど、どうしてそう思うのか分からない。
「ええ。
私、大森林で最初に見た時から、エイシにはすごく親しみみたいなものを感じてたの。
理由は分からないけれどね。
だから、エイシのことは最初からほとんど警戒しなかったし、話せて楽しかったわ。
もちろん、久しぶりに人と話したから機嫌が良かったのも確かなんだけど」
「そうなんだ。
僕も最初からアリアには親近感を感じてたよ」
不思議なこともあるものだ。
「じゃあ、お互いなのね。
うれしい。
それに、エイシは気づいてないと思うけど、親近感を抜きにしても私たちとても相性がいいのよ」
「え?
そんなこと分かるものなの?」
それは初耳、というか相性がいいってどういうことなんだろう?
「ええ。
大森林で神殿に行こうとしたときに一緒に飛んだでしょ?
あれってそんなに簡単にできることじゃないのよ。
飛ぶっていうのはとても難しいの。
あの時は神殿に行くことに夢中だったから後先考えてなかったけど、自分以外の人をあんなスピードで飛ばしたことなんて初めてだったわ。
確かに疲れはしたけど、あの程度なら一人で飛んだ時と変わらないくらいよ。
今考えても、どうしてあんな長距離を一緒に飛べたのか分からないわ。
多分だけど、私たちの相性がすごくいいからできたことだと思うのよ。
あなたは私の魔法を自然に受け入れてくれたし、私もあなたに魔法をかけても大した負担にならなかったんだから」
アリアはすごくうれしそうに話している。
僕としては言われていることに対してピンときていないんだけどね。
そんな僕の様子にアリアは気づいたらしい。
「これは私にとっては、とても大切なことなの。
私の役割は秘宝を守ることだから、それが神殿から持ち出されたら、所有者について行かないといけないのよ。
私の魔法があれば秘宝の力を最大限に生かすことができるから、所有者にとっても私を連れて行くメリットは大きいはずよ。
だけど、所有者自身が私と合わなければ意味がないじゃない。
一緒にいて不愉快な相手と行動なんてできないもの。
だから、所有者が現れたら私と合う人がいいってずっと思ってたのよ。
というか、合いそうな人じゃないと秘宝を渡す気なんてなかったわ。
それで大森林に来た人には色々な質問をして、私と合うかどうか確認することにしていたの。
結局、神殿に通していいと思うような人は今まで一人も現れなくて、全員追い返しちゃったけどね。
でも、役割をなくした私を導いてくれたエイシにだったら、もしどこかに秘宝があったら渡してもいいと思っていたわ。
あなたはそう思わせてくれた上に、相性もいいのよ。
完璧よ。
つまり、その秘宝はあなたにこそ相応しいのよ。
ここまでだと、運命を感じるわ」
「じゃあ、これは僕が持っていても?」
「うん。
むしろこちらからお願いするわ。
それに、私が持ってても大して使えないしね。
多分、神殿の儀式を受けてないからエイシも使えるようになるには苦労するはずだけど、私も協力するからがんばってほしいの」
「分かった。
じゃあ、まだ何が難しいのかも分からないけど、がんばってみるよ」
そこまで話して、僕たちは笑い合った。
アリアが本当に喜んでくれていることが分かって、うれしかった。
お互いに親近感を感じていたせいもあって、会ってそれほど時間は経っていないのに、そんな感じは全くしなくなっていた。
なんだか、一気に仲が深まった気がした。
◇
「とりあえず、ダンジョンを進んでみる?」
「そうね。
せっかく来たんだし、どんなところか見てみたいわ」
「僕はこれを使ったらいいのかな」
秘宝、マナウェポンを持ちながら聞く。
「使えるならそうしてほしいんだけど、多分まだ無理よ。
普段使っている武器の方がいいと思う」
「じゃあ、ナイフを使うことにするよ。
アリアは魔法使いなんだったら、この杖を使う?
杖って魔法使いの武器なんでしょ?」
「そうなの?
私はそんなの使ったことないわ。
というより、武器なんて本当に必要ないんだけど。
そうね。
せっかくだから、マナウェポンを貸して。
ちょっとだけなら扱えるから、エイシにどんな武器なのか見せてあげるわ」
「ホント?
それは興味あるかも」
アリアにマナウェポンを渡した。
「とりあえず1階層を調べてみる?」
「うん。
ところで、今さらなんだけどダンジョンって何をするところなの?」
「えーと、なんか人によって目的は色々あるみたいだよ。
モンスターと戦ったり、素材を集めたり、誰も調べたことのない所を探索したり、そういうことをするんだって。
まあ、自分に合いそうなことを見つけたらいいと思うよ」
「ふーん。
まだどうしたらいいのか分からないから、今日はエイシに任せるわ」
「僕もあんまり分からないんだけどね。
ちなみに1階層はトロールドゥクス、ダイヤゴーレム、クワドラプトル、バイラプトル、ラプトルが出てくるよ」
「名前を聞いてもどんなモンスターか分からないんだけど。
強いの?」
「それなりに強いはずだよ。
けど、大森林にいたゴリラよりは弱いよ」
「だったら問題ないわ。
行きましょ」
それから、すぐに僕はアリアの強さを知ることになった。
ワビスケが強すぎるって言ってた意味も分かった。
最初に出てきたのはダイヤゴーレムだった。
僕はダイヤゴーレムと直接戦ったことはない。
いつも熊とマイコさんが突っ込んで倒してたからだ。
でも、大森林で色んなモンスターと戦ったから、今ならダイヤゴーレムくらいはなんとかできると思う。
かなり硬いらしいからすぐには倒せないだろうけど。
とか僕が考えていたら、ダイヤゴーレムが上から降ってきた岩に潰された。
一瞬の出来事だった。
「え?」
「さ、行きましょ」
アリアの魔法だった。
茫然とする僕をよそにアリアはスタスタと進んでいく。
僕も遅れないようについて行った。
次に出てきたのはクワドラプトルだった。
3匹まとまってこちらに走ってきた。
このダンジョンでクワドラプトルは弱い方だけど、3匹同時だから、油断はできない。
と、黒い炎が現れて3匹一気に飲み込んでいった。
「えーと」
「どんどん行きましょ」
なんか、心配してた僕は馬鹿みたいだった。
「アリア、本当に強いんだね」
「そりゃ、強くなかったら秘宝なんて守れないわよ。
けど、魔法だって万能じゃないんだから」
「そうなの?」
「無限に使えるわけじゃないし、魔法をはじく魔法なんてのもあるしね」
「そうなんだ。
もしはじかれたらどうするの?」
「逃げるわ。
だって、私は魔法が効かなかったら戦えないもの。
あ、でも、これからはそういう時にはエイシが守ってくれたらうれしいかな。
お願いね」
目を見て可愛くお願いされた。
本人はそんな自覚はなさそうだけど、こんな風に頼まれて断れるはずがない。
「う。
がんばります」
アリアの魔法をはじくような敵に僕ごときが通用するかどうか分からないけどね。
「じゃ、ここはどんどん進みましょ」
◇
僕の出番が全くないまま、2階層、3階層と進んだ。
そして、5階層に着いた。
「一応、ここにはボスがいるんだよ。
トロールレクスって言うんだけど。
そろそろ帰る?」
「まだ何にもしてないじゃない。
もう少し進みましょ。
15階層までは行ったことあるんでしょ?」
「そうだけど、うーん。
あんまり勝手に進んだらまずい気もするんだよね。
なんか調整するって言ってたし」
「大丈夫よ。
いざとなったらすぐに逃げたらいいんだから」
秘宝の一件の後から、アリアの機嫌がすごくいい。
ニコニコしている。
それはとてもいいことなんだけど、ちょっと暴走気味だ。
まだ余裕があるからいいけれど、どこかで止めた方がいい気がする。
トロールレクスが現れた。
僕のトラウマの相手だ。
姿を見た瞬間から、体が固くなっていくのを感じる。
緊張しているんだ。
なんとかして、前みたいなことにはならないよう……トロールレクスが丸焦げになって崩れ落ちた。
「ボスって言っても大したことないのね。
行きましょ」
アリアが一撃で倒した。
トラウマも何もありはしない。
なんだか心配ばかりしていたのが本当に馬鹿らしくなってきた。
せっかく入れないはずのダンジョンに入れたんだから、もっと楽しんだ方がいいかも。
そう思った。
そこからは、僕もアリアに倣ってどんどん進むことにした。