初ダンジョン
マイコさんがダイヤゴーレムに突っ込んで行った。
「うおりゃあああああああ!」
手に持ったいつものハンマーを、勢いよくダイヤゴーレムに振りぬく。
ゴオン!
鈍い音が響いた。
めちゃくちゃ堅そうな感じだ。
すごい衝撃のはずなのにダイヤゴーレムは身じろぎしただけで、それほど大したダメージがあるようには見えない。
「こんなんで倒せへんのは分かってるんや。
どんどん行くでー!」
マイコさんはノリノリだ。
ここ最近の鬱憤を晴らそうとしているのかもしれない。
ドゴン!バゴン!
一撃ごとに大きな音が響く。
見た目にダメージはなさそうなんだけど、マイコさんは気にせずに何度も何度もハンマーで叩いていく。
ふと、マイコさんが攻撃の手を止めてちょっと距離を取った。
すると、ダイヤゴーレムがフラついている。
どうやら効いているみたいだ。
それを確認したマイコさんは再び連続して攻撃を加えていく。
ダイヤゴーレムは決して弱くはないんだろうけど、小さくてチョロチョロ動き回るマイコさんを全く捉えられていない。
一方的にやられている。
タコ殴りって感じだ。
あの様子じゃ、僕が手伝う必要はなさそうだ。
ていうか、あの中に入るとこっちまで巻き添えを食らいそうで近寄れない。
それくらいマイコさんはハンマーを縦横無尽に振り回して攻撃していた。
ワビスケも助太刀する気はないのか、僕の横でボーっと戦闘を眺めている。
そんな中、熊だけが心配そうな表情で戦闘の様子を見守っている。
心配するような要素なんて全くないと思うんだけどな。
「こ、こら、マイコ。
やめんか。
流石にやりすぎだ。
そんなに連続して無造作にぶっ叩いたら、折角の素材が台無しになるだろうが!」
と、抗議の声を上げた。
え?
心配するポイントってそこなの?
かなりおかしい気がするけど、熊の表情を見るに真剣に言ってるみたいだ。
「何言ってんねん。
モンスターやねんから、殴って倒すんは当たり前やんか」
マイコさんが言っているのは普通のことな気がする。
でも、熊は不満そうだ。
そんな様子を気にせず、マイコさんはひたすらハンマーで攻撃を続ける。
かなり頑丈そうなダイヤゴーレムの体だったが、徐々に変形しだした。
それを見た熊の顔が青ざめている。
その時、熊が急に動いてマイコさんとダイヤゴーレムの間に割って入った。
それを見てマイコさんは急いで攻撃を中断する。
ハンマーはなんとか熊に当たる前で止まった。
もう少しで熊もろともハンマーで吹っ飛ばしてしまうところだった。
「熊、何すんねん!
危ないやんか」
「危ないのはお前だ。
折角の素材を傷つけて」
「あほか。
モンスターやねんから倒さなあかんて言うてるやん。
って熊、後ろ後ろ!」
マイコさんが慌てだした。
それもそのはず、ダイヤゴーレムが腕を振り上げて熊に襲い掛かろうとしていたんだ。
「大丈夫だ。
もう終わってる」
熊は落ち着き払っている。
「は?
何言ってんねん。
って、あれ?」
ダイヤゴーレムは腕を振り上げた体勢のまま固まっている。
動き出す気配はない。
「熊、あんた何したん?」
「ちょっと前、ゴーレムに有効な毒を作ってな。
それを使ったんだ」
「え?
そんな毒いつの間に使ったん?」
「さっき飛び込んだ時にな。
これだ」
熊が指さしたのは、ゴーレムの関節みたいな部分だった。
堅そうな岩の間に隙間があって、確かに針みたいなのが刺さっているのが見えた。
「全然気づかんかったわ。
あんたホンマ器用やな。
ていうか、そんな針に付けた毒で倒すて。
どんな威力やねん。
めちゃくちゃやな。
大体、そんな毒いつ作ったんよ?
ウチ聞いてへんで」
「お前がゴミ屋敷でアイテムを探している間にだ。
ワシだって寝てたわけじゃないからな」
「なんやねん。
そんなんあるんやったら最初に言ってくれたらいいやんか。
ウチの攻撃、無駄骨やん」
「ワシが説明する前にお前が飛び出したんだ。
それに止めようとしても無視したのはお前だろうが」
「それはそうかもしれへんけど……。
ちなみに、その毒はゴーレム以外にも使えんの?」
マイコさんは強引に話を変えた。
「これに関しては、鉱石系のモンスターに効くように作ったからな。
ゴーレム以外には効果は薄い。
まあ、他の種族用の毒もいくつか作ってあるから、使えそうなときは言う。
だから、ワシが止めるのを無視して飛び掛かるなよ」
「はいはい。
悪かったって。
ほな、素材とろか」
「おう。
ダイヤゴーレムなんてなかなかいないからな。
貴重な素材だ」
そう言って、二人はダイヤゴーレムの堅そうな表皮を採取し始めた。
ナイフみたいなものではぎ取っている。
岩の塊だから、あんまりグロテスクさはない。
「ねえ、ワビスケ」
「なんだ?」
「熊って、意外とおっかないんだね」
「ああ?
どうしたいきなり」
「もっと爆弾とかバズーカとか分かりやすい武器ばっかり作ってるのかと思ってたよ。
毒なんかも作るんだね」
「ああ。
熊はアイテムだったらなんだって作るぞ。
怪しげなもんだって作りまくってるしな。
アイテムサーチャーだってそうだろ。
だから、最初にマッドサイエンティストって言ったんだよ」
ああ、そういえばそんな風に言ってたっけ。
なんか熊の外見から勝手に大きい兵器とかばっかり作ってそうだと思ってた。
人は見かけによらないんだな。
あんなに大きいのに器用みたいだし。
なにはともあれ、熊の毒のおかげでダイヤゴーレムは簡単に倒せた。
まあ、あのままマイコさんが攻めても勝てたと思うけど。
熊は素材が手に入って上機嫌みたいだ。
「がっはっはっは。
このダンジョンはいいダンジョンだな。
ガンガン進もう。
もっと他にも何か見つかるかもしれんぞ」
「さっきの素材は何に使うの?」
「お、興味あるか?
あれはな、武器の強化にも使えるし、銃の弾にもなる。
色々使える上に何に使っても優秀な素材だ。
がっはっは。
小僧が興味あるんだったら、加工している時に工房に来るといい」
「うん」
どうやってアイテムを作るのかは興味がある。
前に一度見たけど、あの時はあんまりよく分からなかったしね。
「お、また来たで」
マイコさんがまたモンスターに気づいたらしい。
「ダイヤゴーレムか?」
熊が期待を込めた表情で聞く。
「分からんけど、ちゃうんちゃうかな」
「僕も違うと思う。
さっきと雰囲気が違うし。
ていうか、なんかいっぱいくるよ」
ただならない雰囲気を感じる。
すごい数の足音が聞こえてきた。
ドドドドドドドドド!!
洞窟の先の方から現れたのはラプトルの群れだった。
「げ、ラプトルかいな。
しかもけっこうな数おるで。
前のイベントでラプトルは飽きたわ。
ワビスケ、あんたさっきサボってたんやから任せるわ」
ラプトルの姿を見るなり、マイコさんがワビスケに丸投げした。
「はあ?
どんだけ自分勝手なんだよ」
ワビスケは迷惑そうにしながらも剣を構えた。
イベントの報酬だったアメノムラクモだ。
「まあ、コイツを試せるからいいけどな」
なんだかんだでワビスケもやる気満々だ。
新ダンジョンで気合も入ってたみたいだから、早く戦いたかったんだと思う。
ラプトルの群れはすごい勢いで僕たちの方に走ってきた。
なんだか余裕がない、というか必死な様子だ。
外ではこんなに素早く走るラプトルは見たことがない。
そのままラプトルたちは僕たちに襲い掛かって、……こなかった。
僕たちを無視して、どこかへ走り去って行く。
「おいおい、なんだよ。
なんで無視するんだよ。
もしかして、俺たちが強くてビビったのか?」
ワビスケは大げさに残念がっている。
やっぱり戦いたかったんだ。
その時、僕はラプトルなんかよりもずっと強そうな気配がこっちに向かってくるのに気付いた。
「ワビスケ。
油断しない方がよさそうだよ。
もっと強いのが来そうだ」
僕の言葉にワビスケはすぐに構え直した。
「お、そうこなくちゃな。
まあ、ダンジョンでラプトルが本命ってことはないはずだから、当然か」
ズンッ!
地面が少し揺れた。
「なんだ?
地震、じゃないよな?」
ズンッ!
また揺れた。
ズンッ!!
一際大きな揺れともに、ソイツが奥からヌッと現れた。
ダンジョンの暗めの壁が保護色みたいになっていて、近づいてくるのに気付かなかったみたいだ。
足音もさっきのラプトルの群れの足音に消されていたらしい。
そのモンスターは濃い緑色をしていて、体はかなり大きかった。
ダイヤゴーレムより大きい。
そして、かなり気持ち悪い見た目をしていた。
膨れ上がった体とお腹。
長い腕と短い脚に醜い顔。
「トロールか!」
ワビスケが言った。
「トロール?」
「ああ。
醜悪な外見の巨人族だ。
色んなやつがいるが、どれも見た目はこんな感じだ。
おそらくコイツはトロールドゥクスだな。
それなりに強い種類って聞いてる。
俺は戦ったことがないヤツだ。
この剣を使うのにちょうどいい相手だぜ。
ラプトルじゃ張り合いがないと思ったからな」
ワビスケがアメノムラクモで切りかかった。
トロールは右腕でそれを受け止めようとする。
が、ワビスケの攻撃は鋭く、かなり深く腕を切り裂いた。
「お、なかなかの切れ味じゃねえか。
悪くないな」
ワビスケはアメノムラクモに満足したみたいだ。
トロールの右腕はほとんど切断しかかってブラブラしている。
正直、かなり気持ち悪い。
トロールは痛みに強いのか、かなり鈍いのか、そんな状態でもそれほど痛がる素振りを見せていない。
そして何を思ったのか、切れかけた右腕を左腕で掴んで無造作に引きちぎった。
「げっ」
「うわっ、キモッ」
ワビスケとマイコさんが呻く。
全く行動の意味が分からない。
あまりの異様さにワビスケも追撃をためらっている。
と、トロールは引きちぎった腕を切断面に押し付けだした。
どう見ても繋ごうとしてるんだろうけど、流石にそんなので直るはずがないと思う。
「トロールって頭がよくないの?」
「ああ、知能は低い。
だが、かなり頑強で強力な種族とされている。
コイツはその中でも上位種に当たるはずなんだが、今のところそんな感じはしないな」
トロールは掴んでいた右腕を放した。
諦めたんだと思った。
でも、当然落ちるはずの右腕が落ちない。
繋がっている?
よく見ると、あれだけ完璧にちぎれたはずの腕がしっかりと繋がっている。
これにはワビスケもかなり驚いたみたいだ。
「なんて再生能力だよ!」
「トロールってこれが普通なの?」
「かなり高い再生能力があることは確かだが、これは異常だ。
普通のドゥクスとは明らかに違う。
流石は新ダンジョンってことかもしれないな。
よし、それならそれで、再生できないくらいに切り刻むだけだぜ!」
ワビスケはさっきよりも素早く接近して、また腕を切り落とした。
今度はトロールが反応する前に完璧に腕を切り落とした。
そして、さらに追撃する。
もう一方の腕も切り落とし、そして体を切りつける。
トロールの動きは鈍く、どんどんワビスケによって切り刻まれていく。
そして、ワビスケは最後に首を切りつけた。
トロールの首が地面に転がる。
「うわっ」
その光景はかなりショッキングなものだった。
ちょっと直視できない。
「ちょ、ワビスケ。
キモい、ってか怖いわ。
はよなんとかしてや」
マイコさんも同じみたいだ。
「ああ、悪い悪い。
ちょっとあまりにもスパスパ切れるから調子に乗っちまった。
確かにこれはグロいな。
って、うぉっ」
ワビスケの声に思わずそちらを見る。
すると、トロールの体が切断された首の方へ向かって這いずっている。
首を繋げようとしているんだと思う。
首は首で口がパクパク動いている。
元々醜い外見をしている上での今の状況は異常に恐怖心を煽るものだった。
「うわわわわ。
ワビスケ、怖い、怖いって」
「なんなんだこの生命力は。
流石に首を落としたら死ぬはずなんだが。
ちょっと信じられないな」
感嘆の声を漏らしながら、ワビスケはアメノムラクモをトロールの頭に突き刺した。
それでようやくトロールの動きが止まる。
そして、かばんから火炎放射器を取り出して首も体も燃やした。
「ちょっと今のトロールは異常だな。
さっきのダイヤゴーレムは熊があっさり倒したから分からなかったが、このダンジョンのモンスターは普通とは違うのかもしれない。
それなりに注意して相手した方がよさそうだな」
ワビスケは冷静に解説してるけど、僕とマイコさんはドン引きしている。
「いや、なんでそんな冷たい目なんだよ」
「ワビスケが言ってることはもっともだけどさ。
今のトロールはもっと別の倒し方があったと思う」
「そやそや。
なんやねん、今の。
ありえへんわ」
僕たちは揃って非難の声を上げた。
「俺のせいじゃねえよ。
アイツの生命力がすごかったからだろ」
「……」
「……」
僕たちは答えない。
「……分かったよ。
分かりましたよ。
以後、気をつけるよ。
俺だって別に残酷な倒し方をしたいわけじゃないって」
「ホント、お願いだからああいうのはやめてよ。
僕、気持ち悪いの苦手なんだから」
「ウチかてあんなん嫌やわ。
トラウマなるわ」
僕たちはまだグチグチ文句を言いながら先へ進んだ。
ワビスケは折角強敵をあっさり倒したのに文句を言われてちょっと拗ねてしまった。
でも、強いんだからもっと倒し方を考えてくれてもいいと思う。