* Respond
コードレスチャイムで店員を呼んでオーダー、話をしながらランチを食べた。実は空腹だった。朝食が早かったのだ。
ルキアノスは午前中、勉強していたらしい。音楽は、ポップやロック、パンクも聴く。だけどやっぱり、私のように入れ込むほどではなく、わざわざマイナーなのを掘り出したりもしないのだとか。
ランチのあと、皿を下げてもらいつつデザートにパフェを注文した。店員がさがると、アドニスに電話しようかと彼が切りだした。私は乗った。こちらもバッグから携帯電話を取り出す。リーズとニコラにメールを送らなければならないからだ。普通ならわざわざ報告する義務があるのかわからないところだから、ランチのことはもう、気にしないことにしておく。どう思われてもかまわない。
少し操作した携帯電話を、ルキアノスは微笑んでこちらに差し出した。
「なんなら、君が電話する? もちろんこっちの電話で」
「それはそれでおもしろい」
彼から電話を受け取った。発信ボタンを押して電話を左耳にあてると、ルキアノスはネイビーカラーのチェアをこちらに寄せ、携帯電話に右耳を近づけた。カップルか。
呼び出し音がアドニスの声に変わる。「はいよ」
「ハイ」私はとりあえず挨拶してみた。「元気?」
「──誰?」
隣で彼が声を押し殺して笑った。私は気にせず続ける。
「自家製ピザトーストの味はどうだった?」
「──え、ちょっと待て」考えているのか、数秒黙り、口を開いた。「ベラ?」
なぜわかった。「うん」
「なにやってんの!?」アドニスの声が大きくなった。「意味わかんねえ。なんで? なにやってんの?」
ルキアノスは顔をそむけ、笑いを押し殺している。
「今ランチ終わったとこ。パフェ待ち」と、私。
「は? なに? デート?」
「違う。ひとりCD買いにきてたんだけど。おすすめのカフェ教えてってメールしたら、ルキもランチ食べに来て、一緒に」
少々事実が変わっているような気もしたが、まあいい。というか私、今、“ルキ”と言った。
「ちょっと待て。ルキに代われ」
アドニスに言われ、携帯電話をルキアノスに返した。彼は笑いながら応じる。
「はいはい──いや、メールしたじゃん。ランチの邪魔しちゃ悪いと思って。──は? いやいや。──うん。来る?」
彼が居場所をアドニスに伝える横で、私はリーズとニコラにメールを打った。特に気遣いもしない内容で。
《ゼスト・エヴァンスでCD買ったあと、ルキに会った。一緒にランチ食べた。今デザート待ち。横でルキがアドニスに電話してる。彼も来る》
宛先にリーズとニコラのアドレスを用意し、一斉送信した。細かくは説明しないが、言い訳もしない。面倒な細かい過程を省いてシンプルに、そのままだ。どういう意味にでもとればいいと思う。
「すぐ来るって」電話を終えたルキアノスが言った。「なんかキレられた」
「彼、怒ってもすぐ笑うじゃない」
「まあ、あんま本気で怒るってことはないかな」チェアを元の位置に戻しながら答える。「あいつの場合、本気で怒ったら無口になる。電話とかメールとか総無視。関係ない奴のまで」
意外だ。「黙ってるって大人だよね。私はダメ。すぐ口に出して文句言うから」
「それは俺も同じ。そう怒ることもないけど、怒ったら言うほう。だからアドニスとかは、普段おとなしい奴ほどどうこうって言ってくる」
それはあながち間違ってもいないのだろうが。「私はおとなしくないのに言うわよ。見たまんま」
こちらの携帯電話が鳴った。私は携帯電話にオリジナルのモードをいくつか設定していて、メールをするとわかっている時は、その着信音も鳴るようにしている。鳴らさないことのほうが多いけれど。
リーズから。
《うそ、なんで!?》
嘘じゃないし、なんでって。
ニコラからもすぐにきた。
《え、マジで? ベラはひとり?》
うん、ひとり。
「彼氏から?」ルキアノスが訊いた。
「違います」即答した。「友達。ちょっと待って」返事を打つ。
《うん、ひとり。CD二枚買った》
ニコラに送信。次、リーズに。
《おすすめのカフェないかってメールしたらルキがきたの》
送信した。冷たいか。メールの着信音が鳴らないようモード設定して、携帯電話をバッグに戻した。かまうものか。
店員がパフェを届けにきた。エスプレッソ・チョコレート・パフェ。生クリームとチョコソース、フレークにチョコレートアイスクリーム、そしてチョコスティックが二本という、少々豪華にも思えるパフェだ。
「クレープかと思ったんだけどな」なにもオーダーしていないルキが言った。
「迷ったけど、すごくおいしそうだもん、これ」
スプーンでアイスクリーム、生クリーム、フレークを一気にすくい、口に運んだ。冷たい。アイスだもん。プレーンのフレークはあまり、好きではないけれど。甘い。うまい。最高。
「あとでクレープも食べる? 三時のデザートに」彼が訊いた。
「そうね。食べるかも」
そう答えたものの、ひっかかった。三時まで一緒にいるの? マジで?
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「あ、いた!」後方から声がした。アドニスだ。「ホントにいるし! なにやってんだ」
「カフェは騒ぐところじゃないよ」と、ルキアノス。「って言っても周り、誰もいないけど」
「暑いのになんでテラスなわけ?」彼は私たちのあいだに立った。「しかもファイブ・クラウドって。めっちゃ見られたし。気まずいし。場違いな気がするし。ここ二人掛けの席だし!」
彼の言葉で、私たちは笑った。
「椅子、引いてくればいいよ」私は左手で四人掛けの席を示した。「三人掛け席があってもいいと思う」
「え、四人掛けの席に移ったほうが早いような」
「椅子を引いてくるほうが早いわよ」
スプーンを置いて立ち上がり、四人掛けの席からテーブルをひとつ引きずって、一分前に自分が座っていた席の向かいに設置した。そこに座ってテーブルの上でパフェを引き寄せ、またスプーンを持つ。
「よくまあ、そんな勝手なことを」
呆れ顔でそうつぶやいたものの、アドニスは空いた席に腰をおろした。
「こういうのって、動かしちゃダメなもんだと思ってた」とルキが言う。
アドニスはうなずいた。「だよな。三人の客が四人掛けの席につくってのはアリだと思ってるけど」
私はまたパフェを食べている。
「そんなこと言ったら、五人グループはこられないじゃない。五人でここに来たのに、三人と二人に別れるの? 変よ」
「いや」ルキが応じる。「そもそも五人でカフェって、そんなにないような」
「でもバーガーショップならするでしょ? 雰囲気の問題だって言うなら、それだって変」
アドニスははっとした。
「確かにするわ。四人掛けテーブルをくっつけたこともあるもんな、六人の時」
「ある」ルキが笑いながらうなずく。「客が少ない時は、カバン置くのに隣の席まで進出した」
アドニスは天を仰いで笑った。
「したした! じゃあやっぱあれか、雰囲気の問題か」
「だろうけど」ルキがこちらに言う。「この大笑いもアリなの? こういう店で」
「周りにヒトがいないんだからいいじゃない。店の中でこれはさすがに、ちょっとヒくけど」
アドニスが口をはさむ。「ヒくとか言う!? だったらせめて、もうちょっと涼しくてうるさくできるとこ行かね? 今日猛暑日だっつってたぞ」
アイスがどんどん溶けていくものね。「わかった、ちょっと待って」
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パフェを食べたあと、ウェスト・アーケードに行った。店内でも遠慮なく騒げるところといえば、いちばんはバーガーショップ。でもすでにランチを済ませているからと、ファミリーレストランに入った。
小学校の時にアニタ家族と女四人で来た覚えのあるこの店はリニューアルしたらしく、二階の壁側席の多くが半個室になっていた。特に飾り気はないものの、二人掛けだったり三人掛けだったりの黒いソファがふたつと白いテーブルが置かれたスペースを、天井近くまであるクリーム色の壁がそれぞれに仕切っている。中央部分は白やライトブラウンのテーブルにソファといったボックステーブル席を、フラワーボックス・パーテーションが仕切っているだけ。親子連れが多かった一階とは違い、二階には中高生客が多い。
そしてこちらは当然、空いていた半個室席に座り、オーダーを取りにきた店員にクレープとアイスカフェオレを注文した。ルキアノスはアイスカフェオレ、アドニスはソフトクリームとコーラを。
「ヴィレ以外でいちばん涼しい場所といえば、アーケードのこういうとこのような気がする」ソファに背をあずけたアドニスが言った。「窓がないし、あっても直射日光なんてないし、エアコン効いてるし、一階みたいにドア開け閉めされないし」
私も同意した。「オープンテラスって勇気あるよね。真夏や真冬なんてほとんど客座らないのに、外観の為なのかなんなのか、そういうスペースを作ってんだもん」
「だよな。なんのためにあるんだかよくわかんねえ。女はああいう店が洒落てるとか言うけど、テラスに限れば客がまともにいるの、春と秋だけだもん。夏でもああいう店に行きたがる奴いるけど、そのくせ日焼けしたらギャーギャー騒ぐだろ」
ルキアノスが口をはさむ。「海行きたいとか言うのも同じだよな。泳ぐのかって訊いたら泳がないとか言う。水着になるのがイヤだから。意味わかんない」
うなずくアドニスと一緒に笑った。
「シチュエーションだよね」私は言った。「カップルで花火、カップルで祭り、カップルでオープンテラス──」左手指でテーブルを鳴らしながら続ける。「カップルで映画、カップルで海、カップルでセンター街のイベント。なぜか女はそういうのが好き」
「あとあれだ」身を乗り出し、アドニスはにやついた。「デートにバーガーショップやファミレスはイヤ。ダイナーもランチオネットもイヤ。コンビニで飯買うのもイヤ。マーケットでカートを押しながらシリアルとミルクを買うのはアリ」
これはよくわからなかった。「マーケットでカートを押して歩くのがアリなのに、そういうのがダメっていう感覚はわかんない。しかもシリアル?」
苦笑うルキが応じる。「一緒に住んでる大人カップルみたいなのに憧れてるんだよ。大人のつきあいしてるみたいに感じるらしい。シリアルとミルクは朝食だな」
大人カップル。朝食。「中高生なのに? バカなの?」
「だから、女がそうなんだって」アドニスが続ける。「全員とは言わねえけど、半分も言いすぎかもしれねえけど、わりとそういうのが好きな女が多い。変にプライド高いというか、気取った奴ほどな」
「じゃあほんと、すごいお金かかるんじゃないの? そういう女って、割り勘でも愚痴ばっか言ってそう」
彼は天を仰いで笑った。
「言う! っていうか、直接はっきりと言うわけじゃねえ。けど割り勘だって言ったら不満そうな顔するし、だからって金ないって先に言うと、すげえふてくされる。ランチオネットでいいかっつったら、だったら食わないほうがマシだとか言いだす。けっきょく無難なベーカリーを選ぶことになっちまう」
「ベーカリーはアリなんだ」
「男はあんまり」ルキが言った。「だからって、んじゃ別々に買おうかって言ったら、ものすごい空気の読めない奴みたいになる」
アドニスが補足する。「しかもそれが、つきあう前だったとしてみろ。最悪だぞ。他の女に、空気読めないケチ男みたいに言いふらされるわけだから」
「つきあってもないのに、デートで洒落たとこ連れてって奢らなきゃいけないの? バカなの?」
彼らが苦笑う。
「ただのバカとしか思えねえ」そう言ったものの、アドニスは真顔に切り替えた。「なんたって女の言い訳は、“女はいろいろと金がかかるのよ!” だからな」
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「ニコラからメールだ」
運ばれてきたデザートを食べ終わったあと、音の鳴った携帯電話を操作しながらアドニスが言った。
ルキアノスが訊く。「なんて?」
「いつもと一緒。今なにしてんの、って」
知っているだろうに。などと思いつつ、こちらもバッグに入れた携帯電話を確認した。新着メール一件。マスティから。
《あからさまには言わねえけど、嫉妬全開。特にリーズ。お前が今だにそいつらと連絡とってたこと、かなり気にしてる。そいつらも言ってなかったらしいな。行きたいけど誘われてないし、誘ってくれなんて言えねえって。これはニコラがだけど、ベラが気遣うだろうからって。だから男のほうにメールしてみればっつった。お前は誘おうかとか言わなくていいぞ。オレらも色々言いたいことあるけど、話さなきゃいけないのはお前だろうから、とりあえず話そらしながら我慢してる。けど先にキレても許せよ》
マブの空気が、すごく微妙な気がする。そういう話をしていたから、こちらにメールの返事がないのかもしれない。
アドニスは携帯電話をテーブルに置いた。
「ニコラに限らずだけど、女ってやたらと今なにしてんのか訊くよな。訊いてどうすんのか教えてほしい」
「そりゃお前──」ルキが私に訊く。「なに?」
「さあ」こちらも携帯電話をバッグに戻し、両手で二人を示した。「“テレビ観てた”」自分の後方を示す。「“なんのテレビ?”」また彼らを。「“音楽聴いてた”」後方。「“なんの音楽?”みたいな」
彼らは笑った。
「そのうち会話なくなるな」と、アドニス。「返事考えるこっちの身にもなってほしい」
「そのまま送ればいいんじゃないの? 勉強してたとか寝てたとか遊んでたとか食ってたとか」
彼は肩をすくませた。
「そうだけど、それもやっぱ文句言われんだよ」ソファに背をあずける。「次に繋がる会話を欲しがってるだろ。いつも現状報告だけだと、そのうち冷たいとか言われる。つきあっててもそう。ぜんぜん彼氏っぽくないとか言いやがる」
私はカフェオレを飲み干した。
「みんな好きだよね。周りがこうしてるから、こういうのがあたりまえなんだ、みたいなの。他人のやり方に憧れて、それが普通だって思いこむ」
ルキが苦笑う。「その点でいえば、ベラは特殊。それどころかベラのおかげで、文句言ってた子がどんな気持ちだったのかって、ちょっとわかったもん」
「そうそう」アドニスは笑って同意した。「え、なにこの冷たい感じ、みたいな。メールなんて返ってこないことのほうが多い気もするけど、返してくるとしても現状報告とか単文だけ。会話広げる気なし。電話してもさらりとなんか用? とか言う。用件さっさと言え、みたいな。ああオレ、こんな感じだったんだ、みたいな」
私は反論した。「それが普通でしょ? 用があるから電話やメールをする。ただの暇つぶしなんだとわかれば、私は相手にはしない。だから同期のメールの一部は基本、無視だもん」ハヌルとかエルミとか。
ルキアノスが質問を返す。「遊んでほしいんだなって気づいたとしても? 夏休みなんか特に多いだろ。なにしてんの? って相手が訊いて、こっちが暇してるって答えたら、じゃあ遊ばない? みたいな流れ、あるじゃん」
あなたたちがそれ言いますか。「いるけど、そういうやりとりがもう面倒。私の性格をわかってる友達は、こっちさえ平気ならすぐにでも来るか、呼び出すくらいの意思は持ってくる。暇だから遊ぶってのは、面倒だけどかまわない。暇だからメールや電話で相手しろってのもかまわない。でもはっきりしないのはイヤ。かまってほしいとか誘ってほしいオーラを出してくるだけの奴がイヤ。相手にしたくない」
「それはわかる」アドニスはうなずいた。「誘いたきゃ誘えばいいのに、暇だってことだけをやたらアピールしてくんだよな。どうでもいい話をずるずるとメールで続けようとする。あれはイヤだわ」
「けど」ルキが言う。「電話のほうが早いってわかってても、できないよな。これっていう用がないから。さすがに暇だから電話するってのを繰り返してたら、料金がまずいことになるわけだし」
けっきょく、リーズもニコラもそういうメールをしているということか。
「そうそ」と、アドニス。「しかも」テーブルに置いた自分の携帯電話を見やる。「返事によってはそれに対する答えがないし。なんだったんだ、ニコラ」
ルキが彼に訊く。「なんて送った?」
「フツーに、ルキとベラと三人でファミレスにいるって」
言わなくても知っている。
「遊んでんなら悪いとか思ったんじゃないの?」
違うと思います。
バッグの中で携帯電話が鳴った。エルミからだ。
「ちょっとごめん」ソファに背をあずけ、電話に応じた。「なに」
「今なにしてんの?」電話越しにエルミが訊いた。
もういいよ、その流れ。「用件はなに」
向かいの席で彼らが声を殺して笑い、電話のむこうではエルミが笑った。
「今からジョンアと一緒にナンネの家行くんだけど、来ないかなと思って」
「行かない」
「あっそ。あんた、いつになったら遊んでくれんの? ナンネとジョンアは何回か遊んだって言ってるけど、あたし誘われてないよ?」
なぜ誘わなければならないのかを教えてほしい。「気遣ってんの。家が遠いから」そうでもない。「もういい? 今友達といるから」
「ああ──んじゃ来週、また電話するから、そん時は遊んで。水曜くらい。そこは絶対」
なにをするわけでもないだろう。「はいはい。じゃね」




