* Responsibility
翌週。
主に男子が、チャーミアンから少し距離を置くようになった。恋愛経験が少ないからか、男はああいう、計算高い腹黒女は好きではないらしい。
一部の女子は、やはり心の中で嘲笑いながらも、表面上は今までどおり接している。安い同情を売っているのだ。それが彼女のプライドを傷つけることになっていると、気づいているのかいないのか──それでも今のチャーミアンにとっては、その同情すらありがたいだろう。もちろん自業自得だと呆れながらも、本物の同情を向けて彼女に接する女もいるけれど。
一方チャーミアンを信じていた地味真面目グループは、無視するようなことはしていないものの、どう接すればいいかわからなくなっているらしい。そのせいか彼女に話しかけるのも少しためらい、話しかけられた時でも、はやり少々気まずい空気になっているという。
この件に関しては、確実に勝てる方法は他になかっただろうものの、私のとる行動は、わりとリスクが高い。目撃者を多数作れば、こういうことになってしまうのだ。
ハヌルの時にもこの方法をとっていればどれだけよかったか、と思わなくはない。ジョンアのことがあるし、さすがにそれはできなかったけれど。
それでもショックを受けたジョンアたちに対して悪かったかもとは思っても、全体的には後悔などしていないから、私はやっぱりおかしいのだ。
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そして、木曜日。
アニタが――うるさい。
「ねえ、可哀想だと思わない?」アニタが言った。「すごい盛り上がってたらしいよ? 女子たちは特に、誰が幽霊役やるかとかさ。なのにこんなになっちゃって」
今週──彼女はD組のクラスメイトに、文化祭でのホラーハウス実行の了承を得てまわった。なぜかみんな、わりと乗り気らしい。
それはいいものの、A組の連中と話をしていて、チャーミアンの持ちだしたホラーハウス計画が、男女関係なく本当に盛り上がっていたことを聞いたらしく、あろうことか同情しはじめた。朝からじわじわと、誰がこう言っていただの、文化祭そのものにやる気を失ってるだのという話を、休憩時間になるたびにしている。そして現在昼休憩中──ついに、どうにかしろと言いだした。
私は言葉を返した。「んなこと言ったって、A組の何人かにうちを手伝わせたとして、他のA組のやつらはどうなんの? D組は? 気に入らないんじゃないの? なにすんのか知らないけど、こっち手伝うくらいなら自分のクラスでがんばれよって話になるじゃん」
アニタの考えていることはわかる。自分を責めているのだ。あの時自分が文化祭の話を持ちださなければ、こんなことにはならなかった。チャーミアンに同情はしないものの、奴に引っ掻きまわされたA組に同情している。
彼女は天を仰いだ。
「わかってるけど──夏休みのあいだにでも、小道具作りを手伝ってもらうとかなら――」
「あのね」続きがあるのかないのかわからない言葉を遮った。「こっちのクラスだって四十人いるのよ。実際に脅かすのはたぶん、多くても二十人程度。残りの半分が小道具作りに力を入れることになる。でも脅かし役だって当然、小道具作りにもかかわるはず。ホラーハウスは間が大事なの。そんなにポンポン入れられない。教室の大きさは変わらないのに、さらに人数増やしてどうすんの?
しかも夏休み中なんて、連携とれないじゃん。こっちが準備に取りかかるのは早くて九月。話し合いからはじまるはず。夏休みに作らせたとしても、テイストがまとまってないかもしれないし、D組ならD組の人間が作ったものを優先させたいでしょ。D組もわりと乗り気だって、あんたが私に言ったのよ。ついでに言えば、どんな幽霊を誰がやるかって話で盛り上がってた奴が、小道具作りで満足するとは思えない」
アニタはしかっめっつらをこちらに向けたままだ。言葉を探しているらしい。
カーツァーが苦笑う。「感覚麻痺しすぎだろ」
「ベラならなんでもできると思ってるよな」と、ガルセス。
マーニは呆れ顔。「どんなわがままだよ」
彼の言葉どおりだ。わがまますぎる。私はさらに言った。「だいいち、言ったはず。私はもう、A組に広まったネタを使う気はほとんどない。A組の何人かに手伝わせるとすれば、そのネタがまた広まることになる。それでもいいわけ?」
誰が喋ろうと、彼女はずっとむくれた表情をしている。それも、絶対に私から目を逸らさない。妙に頑固な性格を考えれば、自分がなにかを思いつくか、それ以上に私がなにか言うのを待っている。相当らしい。
私は、そんなに万能ではない。「最低でも二十人」
そう言うと、アニタの眉がわずかに動いた。
「A組とD組、あとB組とC組から何人かずつ、最低でも二十人。それくらい集めれば、二年一部の共同制作として、隣の空き教室ぶんを借りられるかもしれない。そのくらいの部員がいる文芸部は、三年フロアだの会議室だのを展示室として使えるわけだし。でも私、位置的に、教室はD組じゃなくて隣の空き教室を使わせてもらえるよう頼むつもりだから、共同って名目でできるとしても、教室はD組を使うことになるけど。
それにしたって、D組全員を説得しなきゃならない。その共同制作に関わる気がない子も含めてよ。しかもそれが通用したとして、共同で別テイストのホラーをやるとして、それでもホラー繋がりなことに変わりはない。ひねくれた奴から見れば、D組が二教室使って卑怯だ、みたいになるわよ。それでもいいわけ?」
彼女はまたも眉を寄せた。考えているらしい。
「同情も簡単じゃないんだな」タスカが言った。「っていうかそれもけっきょく、ベラが学校に頼まなきゃいけないわけだろ。ネタ考えるのもベラだろうから、責任がぜんぶこいつにまわる。誰が引っ張ったとしても、それはたぶん変わらない。さすがに無理させすぎだって」
そのとおりだ。
カーツァーがあとを引きとる。「しかもそんな無理やりな集団に、金だって出してもらえるかわからないよな。自腹切ってまでやりたいことか? それに、仮に最低二十人集めたとしても、けっきょく頼みに行くのはベラひとりだろうから、それを署名にでもしたとして、却下されたらまたA組の奴をがっかりさせることになる。それでいいわけ? その落胆の矛先ですら、こいつに行くだろ。まあさすがに逆恨みはないだろうけど、なんだかんだでいろいろやってるわけだし、ぜんぶクリアして実行に移したとしても、こいつが学校にヒイキされてるみたいにもなる。けっきょくイヤな思いするのはベラだぞ」
さすがダヴィデ。よくわかっている。泣いていい?
眉を寄せたままのアニタはやっぱりずっと、私から視線をそらさない。
「――やるとすれば、なにができるの? ネタじゃなくて、大まかに言えば――」
本気かこいつ。
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彼らが呆れるのと同時に、私は深すぎるため息をついた。
「映像」と、アニタに言う。「こっちのネタに関連させたショートビデオ。三分から五分くらい。それなら何人かが幽霊っぽいのをできる。D組の教室を使えるとすれば、その映像を見せてからホラーハウスに入ってもらう感じ。映像って言っても、さすがにビデオカメラで映画ふうってのは抵抗があるだろうから、デジタルカメラで写真を何枚も撮って、それを動画にする。でもカメラが必要になるし、PCで高度な編集作業ができる人間も必要になる。私たちが授業で習う以上の技。現実的に考えて無理」
言いきったものの、このPCでの編集作業というのは、A組の担任ならできる可能性は高い。なぜって、PCの基本操作を私たちに教えている技術担当教諭だからだ。ただあの男は、女好きなだけでなく実はおそらく、相当な負けず嫌いだ。A組のみの作業ならともかく、他クラスの生徒が混じる製作に、快く手を貸してくれるとは思えない。
「考えてんじゃねえか」すかさずマーニがつっこんだ。「しかもちょっと興味そそられるわ」
「いや、これはアレだから。朝からこのアホの話を聞いてて、こうなることを予想してただけだから」と、ゲルト。
そのとおり。「考えるだけならタダだからね」やりすぎるとイライラするけれど。
アニタが口を開く。「じゃあ、ダメかもしれないことと自腹になること伝えたうえで、PCとカメラ係入れて二十人以上集めて、あたしが主事に頼んでOKもらえれば、やってくれる?」
本気かこいつ。「これはさすがに主事だけってわけにいかないわよ。文化祭は学校全体の恒例イベントなのよ。学校側は金も出す。保護者だって関わってる。遊びっぽいけど遊びじゃない。最低でも学年主任や二年各クラスの担任の許可が必要になる。それをクリアしたうえで校長レベル。私は確かに主事に世話になってるけど、今までとじゃ状況が違いすぎる。簡単じゃないのよ」頼むから諦めろ。
「んじゃ、そのネタそのものをA組でやればいいんじゃね」
後方で声がして、私たちは一斉に振り返った。トルベンが戸口にもたれている。隣には同じA組男子のヤーゴがいた。
なにしに来た。「なに?」
トルベンが答える。「だから、そのカメラでどうこうってやつだよ」
「え、ネタよこせってこと? っていうか立ち聞きですか?」
教室に足を踏み入れたものの、彼は無視した。
「あのアホ女は完全にはハブられてはないけど、A組では浮いてる。おとなしくなりすぎてクラスの空気が微妙。そのうえ一部の奴らが文化祭の話を持ちだしたせいで、ホラーハウスがやりたかったってぼやきがあちこちではじまった。で、誰かがホラーハウスの首謀者に頼めばどうにかなるんじゃねえかってつぶやいた。ほとんどの奴はそれに乗りつつも、こんなでかい頼みを聞き入れるような相手じゃないことは承知。だったらアニタに頼んでもらえばいいんじゃないかって話になった」
首謀者。ミー? 落ち着け私。つまり?
「アニタを利用したってこと? 私を説得するために?」
「違う!」アニタが声をあげた。「そうじゃない」懇願するような表情で私に言う。「ほんとに、ちゃんと頼まれたの。もちろんベラにぜんぶ押しつけようと思ったわけじゃない。ベラがなにを言いだしたとしても、ちゃんと話すつもりだったし、手伝うつもりだった。でもA組の半分以上──ほとんど全員が頼んでるなんて言ったら、絶対嫌がるじゃん。A組はもう、勝手にホラーをやるなんてことはできないし、変にかぶってたら、D組の子だって疑うし嫌がるじゃん。あたしがあのタイミングで文化祭の話なんか持ちださなきゃ、A組だってあんなことにならなかったのにって思ったら、なんか、もう――」
言葉を切り、彼女はうつむいた。
話を理解し、身体の中から、なにかが猛スピードで抜けていった気がした。
ほんとに、どいつもこいつも。
いつのまにか静まり返っていた教室内、多くの視線が集まる中、数秒の沈黙を破って机の右側にかけたカバンに手をかけ、私は立ち上がった。
「アホらしいから帰る」
「もうすぐベル鳴るぞ」と、ガルセス。
「見つからないよう祈っといて」うつむくアニタへと視線をうつす。「あんたが責任感じてたことはわかってる。でも私ひとり動かすために遠まわしな言いかたしたり、他人に利用されるような真似、二度としないで。怒ってはないけど、なんかムカつく」
続けてトルベンにも言う。
「完全こっちの趣味でいいわけ? 言っとくけど、出来をどうこう言わなくても、最初に渡す注文は多いわよ。それにA組全体でやるなら、考えたよりも長めにしなきゃならない。ネタは用意するけど、そっちにもちょっとアタマ使ってもらう。しかもホラー、一度ガキレベルの演出を無駄にされた今の私にとってはもう、遊びじゃない。たぶんわりとグロい」
彼は冷静に答える。「んなこと、A組の連中だってわかってるだろ」
すかさずヤーゴも口をはさむ。「なんならちょっとしたエロを──」
「黙れアホ」彼に言うと再び、まだうつむいたままのアニタへと視線をうつした。「アニタ。悪いけど、これに関してはあんたの出番はたぶん、もうない。構想がまとまったら、そのままA組に渡すから。A組が行き詰まったとして、イメージをあんたに確認することもさせない。あんたがそれを観るのは完成後。それがくだらないことしてくれたあんたへの仕返し。じゃあね」




