遅れて重なる 第70話
第70話
「同期崩壊」
観測塔の中枢が、引き抜かれる。
その瞬間。
宇宙全体が悲鳴を上げた。
轟音。
いや、 もはや音ですらない。
因果律そのものが裂ける振動。
塔を支えていた無数の光帯が、一斉に途切れる。
銀河演算炉が停止。
観測リングが崩壊。
オブザーバー達の“眼”が、 次々とノイズに呑まれていく。
《ERROR》
《ERROR》
《観測継続不能》
《宇宙固定率 低下》
老いたギアが崩れ落ちた。
接続を失った端末群から火花が散る。
長すぎた観測が、 終わろうとしていた。
『お前は……本当に……』
彼は笑う。
乾いた、 どこか安心した笑みだった。
『最後まで、私じゃなかったな……』
現在のギアは答えない。
ただ、中枢核を握り潰す。
光が弾けた。
その瞬間。
全ての同期世界に亀裂が走る。
——都市。
——空。
——人々の日常。
何千回も繰り返された世界が、 ガラス細工のように砕け始める。
そして。
AE-01世界。
崩壊する情報空間の中で、 カレンが空を見上げていた。
「……終わる……」
イリスは静かだった。
だがその身体が、 少しずつ透け始めている。
彼女は理解していた。
自分こそが、 ループ固定点。
同期世界そのもの。
観測塔が壊れれば、 自分も消える。
カレンが振り返る。
「イリス……」
イリスは笑った。
どこか穏やかに。
「ようやく、終われるんだね」
その言葉に、 カレンの顔が歪む。
「ふざけないで」
珍しく感情を露わにする。
「そんな終わり方、認めるわけないでしょ……!」
イリスは少し驚いた顔をした。
そして、嬉しそうに微笑む。
「……ありがとう」
空間が崩れる。
足場が消えていく。
遥か上空では、 巨大な“眼”が次々閉じていた。
観測者達が、 世界を維持できなくなっている。
その時。
空間中央に裂け目が走った。
光。
その奥から、 ギアが落ちてくる。
「ギア!!」
カレンが叫ぶ。
ギアは地面へ叩きつけられながらも、 なんとか立ち上がった。
だが、彼の身体もまた、 崩壊を始めていた。
輪郭がノイズ化している。
観測不能領域へ踏み込み過ぎた代償。
ギアはイリスを見る。
イリスも、 ギアを見る。
言葉が出ない。
ただ、 互いに理解してしまった。
時間がない。
イリスが静かに聞く。
「……壊したの?」
ギアは頷く。
「全部」
短い沈黙。
それから。
イリスは、 本当に嬉しそうに笑った。
「そっか」
涙が零れる。
「じゃあ……もう、繰り返さなくていいんだ」
ギアの胸が痛む。
彼女はずっと、 終わりを望んでいた。
何千回もの孤独。
何千回もの別れ。
その全てから、 ようやく解放される。
だが。
ギアは納得できなかった。
「勝手に終わるな」
イリスが目を瞬く。
ギアは彼女の腕を掴む。
崩れかけた手で。
「まだだ」
「まだ終わってない」
カレンが息を呑む。
イリスが震える声で言う。
「でも……世界が……」
「知るか」
ギアは笑った。
傷だらけで。
消えかけながら。
それでも、 いつものように。
「世界が壊れたなら」
崩壊する空を見上げる。
閉じていく無数の“眼”。
消えゆく同期世界。
その向こうにある、 本当の宇宙。
ギアは言った。
「今度は、“俺たちで”作ればいい」




