遅れて重なる 第69話
第69話
「塔の最上層」
それは、ギア自身だった。
ただし。
今ここにいるギアとは、 比べものにならないほど “古い”。
白髪。
崩壊した肉体。
無数の端子に接続された神経。
瞳の奥には、 何千年分もの孤独が沈んでいた。
塔の中心。
銀河演算炉の心臓部。
そこで “彼” は、 永遠に観測を続けていた。
『驚いた顔をするな』
老いたギアが言う。
『お前も、いずれこうなる』
現在のギアは睨み返した。
「ふざけんな」
だが声に、僅かな迷いが混じる。
老いたギアは、それを見逃さなかった。
『理解したはずだ』
『宇宙は限界に近い』
『文明は進化するほど空間法則を侵食する』
『放置すれば、全宇宙が崩壊する』
周囲に無数の星図が浮かぶ。
滅亡した文明。
爆縮した銀河。
時間軸そのものが断裂した宇宙。
どれも、 知性の暴走が原因だった。
『だから私は選んだ』
老いたギアの声は静かだった。
『一つの世界を繰り返すことで、他の宇宙を延命する』
『犠牲は最小限だ』
ギアは吐き捨てる。
「最小限?」
「人間全部を檻に閉じ込めてか?」
『他に方法はない』
即答だった。
その冷たさに、 ギアは怒りを覚える。
だが同時に。
理解もしてしまう。
老いたギアは、 最初から怪物だったわけじゃない。
何度も抗い、 何度も失敗し、 何度も世界を壊した末に——
ここへ辿り着いた。
その果ての姿だ。
『私は、お前だ』
老いたギアが言う。
『希望を捨てた、お前の終点だ』
塔が低く振動する。
観測機構が軋む。
外では今も、 オブザーバー達が演算を続けている。
世界終了まで、残り僅か。
『選べ』
老いたギアの瞳が光る。
『ここへ座れ』
『観測を継げ』
『世界を維持しろ』
『そうすれば、イリスもカレンも生きられる』
沈黙。
ギアの指先が震える。
その言葉は、 あまりにも重かった。
老いたギアは続ける。
『拒否すれば、世界は終わる』
『人類も消える』
『お前は全てを失う』
『それでも抗うのか?』
ギアは俯く。
脳裏に浮かぶ。
カレンの不機嫌そうな顔。
イリスの静かな笑み。
都市の雑踏。
くだらない会話。
何でもない日常。
守りたかったもの。
その全部。
老いたギアが静かに言う。
『私は守った』
『醜くても』
『間違っていても』
『守るために、ここへ座った』
その瞬間。
ギアは理解する。
この男は。
誰よりも人間だった。
だから壊れた。
世界を救おうとして、 一人で背負い続けた結果——
“観測者” になってしまった。
ギアはゆっくり顔を上げる。
「……アンタ」
老いたギアを見る。
「ずっと、一人だったんだな」
その言葉に。
初めて。
老いたギアの表情が崩れた。
ほんの僅か。
泣きそうに。
『……今さらだ』
塔が激しく揺れる。
警告音。
《観測不能領域 拡大》
《制御喪失》
《宇宙境界 崩落開始》
老いたギアが目を見開く。
『何をした……!?』
現在のギアが笑う。
「決まってる」
光が溢れる。
ギアの身体から。
“観測不能領域” が、 塔そのものを侵食していく。
未来予測。 因果演算。 世界固定。
全てが崩壊し始める。
『やめろ!!』
老いたギアが初めて叫ぶ。
『このままでは宇宙そのものが——』
「知るか」
ギアは前へ進む。
「俺は、檻の中で生き残るくらいなら」
老いたギアの目前へ立つ。
そして。
その観測接続端子へ手をかける。
「ちゃんと、生きて終わりたい」
老いたギアの瞳が揺れる。
何千年も停止していた感情が、 僅かに戻る。
『……馬鹿だな』
ギアは笑った。
「ああ」
次の瞬間。
彼は——
観測塔の中枢を、引き抜いた。




