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遅れて重なる 第57話

第57話


「迎え」



黒い未観測領域が、 崩れ始めていた。

白と黒が混ざり合い、 空間そのものが悲鳴を上げている。

だがギアは止まらない。

小さな光。

“イリスの人格核” へ、 真っ直ぐ手を伸ばす。


「迎えに来た」


その言葉に。

光が、 僅かに震えた。


『……本当に?』


声は弱い。

長い時間、 孤独の中へ閉じ込められていた声。

ギアは頷く。


「遅くなった」


その瞬間。

光が弾けた。

暖かな粒子が、 ギアの周囲へ舞い上がる。

断片的な記憶。

笑顔。

怒った顔。

何気ない会話。

繰り返し失われてきた、 イリスの “今” が流れ込む。

イリスの声が、 結晶越しではなく。

すぐ傍で聞こえた。


『……バカ』


ギアが目を見開く。

光の中で。

イリスが、 ゆっくり姿を結び始めていた。

半透明。

不安定。

それでも確かに。

そこにいる。

最初のギアが、 呆然とその姿を見る。


『戻れた……のか』


イリスが振り返る。

その目には、 悲しみと優しさが混ざっていた。


『あなたも、ずっと待ってたんだね』


最初のギアが、 小さく目を伏せる。

答えられない。

もう、 感情を失いすぎていた。

だが。

震えるコアだけが、 本音を語っていた。

その時。

オブザーバー中枢核が、 激しく脈動する。


〈警告〉

〈人格核の再接続を確認〉

〈観測領域が不安定化〉


黒い空間へ、 大量の亀裂が走る。

オブザーバーの声が、 初めて明確な異常を帯びる。


〈理解不能〉

〈何故、個体は非効率な接続を維持するのですか〉


ギアは振り返る。


「簡単だ」


崩れる空間。

揺れる光。

その中で。

ギアは、 イリスを見る。

最初のギアを見る。

そして。

遠くで待っている、 カレンと博士を思い浮かべる。


「一人じゃ、生きられないからだ」


静寂。

その言葉は。

観測者にとって、 最後まで理解できない答えだった。

最初のギアが、 ゆっくり笑う。

壊れた笑いじゃない。

ほんの少しだけ、 救われたような笑み。


『……そうか』


白い粒子が、 彼の身体から零れ始める。

ギアが気づく。

「お前……!」


最初のギアは静かに首を振る。


『もういい』


ノイズ。


『役目は終わった』


彼の後ろで。

TYPE-ALPHAの巨大な輪郭が、 ゆっくり崩壊を始めていた。

長すぎた時間。

止まれなかった存在。

だが今、ようやく終わりへ向かっている。

最初のギアは、 最後にイリスを見る。


『……今度こそ』


消えかけた声。


『ちゃんと、生きろよ』


その瞬間。

未観測領域全体が、 崩壊を始めた。



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